無意識日記
宇多田光 word:i_
 



ただの結果論に過ぎないが、やっぱり英語タイトル曲の方が曲調が「Popでキャッチー」な印象が強い。次作が『Fantome』よりも英語タイトルが増えるならば(まぁ、減る事はないわけで)、作品の全体の印象もより「Popでキャッチー」になる可能性が高い。

英語タイトル曲の方がPopになる理由は単純で、リフレインが使い易いからだ。キーフレーズを曲中で何度も連呼する事だ。連呼は繰り返しで、繰り返しは洗脳で、洗脳は宣伝だから、そちらの方がより「売れ線」に近づきやすい。商業的と揶揄される所以でもある。

実際、例えば『道』などは、タイトルはぶっきらぼうだが実際に聴いてみると『It's a lonely...』の繰り返しがとても印象に残る。何故タイトルを「A Lonely Road」とか「Road」にしなかったのかというレベル。いや確かにカッコいいタイトルとは言えないけれどだったら『道』はどうなのよ。未知と引っ掛けたりしてるんだろうけどねぇ。

そういう面で工夫があったのは『ともだち』で、『ともだちにはなれない・にはなれない』というフレーズは、まるで英語のリフレインのような使い方だ。『ニワナレナイ』って何なんだよ、意味通じるのかよというところだが、歌詞からストーリーを捨象して連呼させるフレーズを作り出すのがリフレインだから寧ろ無意味なくらいでちょうどいい。

そういった事で言うならば、Utadaの2枚のアルバムはやはりよりキャッチーに響く。その殆どが「サビでタイトルをリフレインする楽曲」で占められているからだ。逆に、リフレインを多用しない曲の方は歌詞のメッセージ性がより強い、とみてもいい。歌詞の役割とタイトルの付け方は割合連動している。

こういった"機能としてのPops論"があまり適用出来なかった『Fantome』が大ヒットを記録したのは結構興味深い。売れ線でない作品がこれだけ受けるというのは。勿論朝ドラのタイアップはロングセラーに対するこの上無い援護射撃だったが、それだけではここまで来なかろう。

では次にもっと売れ線のアルバムを出したらそれこそ更なる大ヒットが見込まれる…かどうかは、今の時点ではわからない。色々と渦巻くけれども、いずれにせよ『EXODUS』と『This Is The One』は今のうちに聴き直しといた方がいいよ、と日本語タイトルだらけの『Fantome』の曲を聴きながら、思う訳です。物事は存外、単純にあっちこっちに揺れながら前に進んでいくものなのですよ。

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