無意識日記
宇多田光 word:i_
 

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昔に較べて圧倒的に触れる割合が低くなったからか、最近日本語の「縦書き」がちょっと読み難い。

その縦書きのブックレットを搭載して発売されたヒカルのシングルが『光』だ。何故縦書きだったのか―最近のヒカルの曲の名前に慣れているとうっかり忘れてしまいそうだが、宇多田ヒカルのシングル曲のタイトルで漢字が使われたのが十枚目にして初めてだったのだ。リスクとかタイム・リミットとかのカタカナならあったし、アルバム曲なら甘いワナからあるんだけれども。

今や日本語タイトル曲ばかりで『Forevermore』の"久々感"たるやな気分だったのだが、『光』の発売された16年前の空気はといえばヒカルは帰国子女のバイリンガルとやらで日本語も英語もペラッペラの才女みたいな扱いだった。そりゃ曲名も横文字になるやろ、みたいな。

勿論アルバムを聴いてるファンはそんなステレオタイプな認識ではなかったし、メッセに親しんでいれば漢字タイトルのシングルを出すくらい何の事はなかった。いや勿論いちばんのトピックは「自らの名を冠した」事でしたのやけれども。兎も角ヒカルの知名度と注目度は当時尋常ではなく、そんな軽いイメージから色々と軽口を叩かれた訳だ。

今は勿論総てが落ち着いて、日本語タイトル曲をリリースしようが英語タイトル曲をリリースしようが誰もそれについて話題にしなくなったが、こうやって『誓い』と『Don't Think Twice』が同時発表されても皆動じないのをみると、やはり根底には「宇多田ヒカルはバイリンガルで英語ペラペラ」なイメージが横たわっているのかもなぁと益体の無い事を考えてしまう。

でも。立ち止まって考えてみると。他に「1つの楽曲の日本語詞と英語詞の2バージョンを同時に発表する」事を世界中から期待されている音楽家が居るのだろうかと溜め息を吐いてしまう。いやまぢでいるっけかな。もっと言ってしまえばそれがヒカルの「今のイメージ」だ。ただ日本語と英語を操る才女というだけではなく、日本語での活躍と英語での活躍を同時に期待される立場。希有としか言いようがない。

世界で活躍する日本人、というと英語等を駆使して言葉の壁なぞものともしないタイプか、或いは日本語のままで文化を輸出して他国語人たちに「ジャパン・イズ・クール!」的な事を言わしめて日本語を学ぶよう仕向けるタイプのいずれかだった。中国語でインタビューに答える福原愛とか、アニメイベントで日本語の歌をそのまま熱唱する現地の皆さん(を触発したクリエーターや歌手の皆さん)とか。ヒカルはいずれでもあり、いずれだけでもない。ただ日本語と英語の両方で活躍するだけでなく、周囲からそれを期待されている。即ち、そのようなイメージを自ら作り上げてきたのだ。別に意図していた訳ではなかったろうが。結果的に。

『誓い』と『Don't Think Twice』が、今後どこまで絡み合っていくか。『光』と『Simple And Clean』は、発売も扱いも別々という感じだった。『Passion』と『Sanctuary』も途中までは同じような感じだったが、『In The Flesh 2010』で突如"邂逅"を果たしたのだ。あのようなドラマティックな出来事が『誓い』と『Don't Think Twice』にも起こるかどうか。まだ誰にもわからないがヒカル相手なら期待しても構わないだろうさ。

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2月は歴代、シングル発売が多い。単純にオリジナルアルバム6枚中3枚が3月に発売されているから先行シングルカットも該当するからなんだが、『Movin' on without you』に『Can You Keep A Secret』、『Keep Tryin'』に『Flavor Of Life』更に『HEART STATION / Stay Gold』と錚々たるラインナップだ。しかも、『B&C』や『蹴っ飛ばせ!』、『WINGS』などカップリングに新曲も多く、お得感満載の月なのだ。もっとも、むびのんは私リアルタイムでシングルを買ってないのでカップリング曲から得られた興奮、というのは想像するしかないんだけれども。

昨年はThe Back Hornとのコラボレーション・シングル『あなたが待ってる』が発売された。そして今年は…っとと、思わず『誓い』/『Don't Think Twice』が発表された、と書きそうになったけれど、いやそれは真実なんだがまだ別にリリースされた訳じゃない。いつもの豊作な2作とはちと違うわね。

本音をいえば、前に触れた通り90秒のショートバージョンをさっさと配信販売して欲しいのだが、現実は難しいのだろう。特に信用と評判に大して慎重になるなら「阿漕」のイメージは徹底して払拭したいところ。余談になるが、「阿漕」の英語訳に"brazen"があった。本来なら"真鍮製の"という意味だが「厚かましい」「図々しい」という意味もあるようだ。知らなかった。英語圏では真鍮にそんなイメージがあるのだろうか。ついでに付言しとくと昨日の照實さんのツイートにあった"from scratch"は「スタートラインから」という意味だ。下手に"scratch noise"とかいう言い方を知っていると戸惑うだろうな。以上、中高生の読者を意識した発言でした。

脱線した。信用や評判を考えると、ショートバージョンで稼げる小銭は割に合わないという判断なのだろうな。でもガラケー時代は更にこれの半分の45秒のファイルとかに210円(消費税5%時代だな)を払っていた訳で、別に構わないかなと思わなくもないのだけれど、いちばん本当に考えられるのはこの『誓い』『Don't Think Twice』の音源が未完成品なのではという事だ。ラフミックスとかね。真相はわからないがフルを聴く日を心待ちにしてます。

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さて、目下の最新曲『誓い』の話に戻ろう。歌詞がゲームの中でどのような効果を発揮するか、いかなる存在感を示すか、という話は実際にプレイした皆さんからの評判が上がってくるのを待つとして。いつになるやらだが。

こちらではシンプルに「宇多田ヒカルの新曲」として歌詞をみてみよう。

『あなた』の歌詞の何が秀逸だったかって、映画のエンドロールにピタリと収まった事だ。本編の余韻を引き摺る1番の間の歌詞は本編に準ずる内容で、そこからスタッフロールが続き観客が少し冷静になった頃合を見計らったように2番の歌詞が歌われる。それはまるで、映画に没頭していた観客をそのまま自然な流れで「宇多田ヒカルの世界」に引き込んだかのような手腕の巧みさを感じさせた。

これは、誰が考えた事なのか。恐らく、主題歌を受け取った監督が尺に合わせてエンディングロールを組んだのではないかと思うが、それにしたって見事だ。ヒカルの方もある程度、歌がエンディングに流れる事を想像しながら歌詞の構成を考えたのではないか。

という卑近な前例を踏まえると、ひとつの疑問が浮かぶ。果たして、今公開されているワンコーラスは『誓い』の何番の歌詞なのかという点だ。1番なのか2番なのか3番なのか。いやピアノのイントロから続いているんだから1番に決まっているじゃないかという意見、恐らく正しい。多分、本当にそれ以上考える必要はないと思う。しかし、それでもついつい妄想してしまうのだ。この曲が編集されていて、イントロと2番を無理矢理繋げてあるのではないか、或いは、そもそもこれが楽曲の真ん中のパートなのではないか、などなど、と。

最後の視点は妄想がより膨らむ。実際は『誓い』はもっとアップテンポで、中間部に差し掛かるとテンポダウンしてバラードのような曲調に変化する、なんていう曲展開を持っていたりしたら、と。勿論さっき言ったように考え過ぎなのだが、宇多田ヒカルさんはこういう所本当に怖いのだ。『真夏の通り雨』というタイトルが発表された時、誰が直前の歌詞に『降り止まぬ』が来ると看破していたか。皆が思う「通り雨」のイメージを利用してタイトルだけを先に発表し期待感を一定の方向に揃えた上でフルコーラスでがつんと頭を殴ってくる。もう一度言おう。宇多田ヒカルさんは本当に怖いのだ。

その知性に対しては「考え過ぎる」位で丁度いい。私としては、でも、『誓い』はストレートな名曲であって欲しいという願望があったりすんだけど、あのリズムを聴くとなかなかそうはなってくれそうもないのだった。取り敢えず、いつものように、「全貌を知らないからこそ言える」事を綴っていきますよ。

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「宇多田が有名だからと忌避している人」は今や絶滅危惧種になっていると思うのだが、今後の立ち位置如何ではまた若い層からそのように思われる機会が増えないとも限らない。今は昔と違ってYouTubeが手元にあるから気になればすぐ聴いて貰えるとは期待しているのだが。

「どちらをとるか」と言われればヒカルはPop Musicianだ、大衆/多数派の方を取るだろう。しかしヒカルの性格は常に「どちらもとる」である。多数派も少数派も。根本的に欲張りなのだ。

すぐに考えつくのは「アルバム曲のタイアップ」である。ワイドショーで取り上げられる、駅の広告でみかける、CMが至る所で流れる…というのは昔でいえばCDシングル曲、今でいえば先行単独配信曲である。その「マスな雰囲気」に違和感を感じるそうが「宇多田なんか聴くまでもない」と切り捨てる。そうではなくて、「アルバムのタイアップ」というのはシングルカットもしない、大々的に宣伝も流さない、しかしタイアップ先のコンテンツ消費者は確実に触れる、というものだ。

近いイメージとしては『人魚』の取り扱いである。美術館展とのコラボレーションではあったが、どうやら地味にCMが日テレで流れるくらいで、シングルカットもなくレーベルのプッシュも殆どなかった。せっかくタイアップが決まったんだからミュージックビデオでも作ればいいのにと思うか思わないかで何故か『忘却 feat.KOH』の方のビデオが作られた。何だろうこの事態は、と思ったものだ。

しかし、これでよかったのである。美術館展を巡るような人の中には「マスな雰囲気を嫌う」層が幾らか存在する。そんな人たちが油断をした所でとても邦楽市場で話題になりそうにない曲調の『人魚』で不意打ちをかける。「あれ、日本語詞でこんなトラディショナル・スコティッシュ・フォーク・ロックみたいな曲歌う人居るんだ…って宇多田ヒカルかよ!?」―そう思って貰えれば御の字である。偏見の無い状態でまず歌を聴いて貰って「こんな歌も歌うんだ」とニッチな人たちに知ってもらえる。悪い事じゃない。

こういったタイアップをアルバム曲全曲で行えばヒカルの「どっちも」イズムをかなり満足させる事ができるだろう。シングルカットもしない、ビデオも作らないとなれば予算も必要ないしな。しかしそうやって細かく分け入る事で全体の雰囲気がヒカルをより受け入れる方向に進んでいく。決して無駄な事ではないのである。

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「音楽の好みは、平均すると女性で13歳の頃に、男性で14歳の頃に決まる」というスレッドが立っていた。自分も大体そうなので特に反論する気も起こらない。自分の好みは15歳の頃から四半世紀以上ず〜っと一緒である。音楽に対する理解力は上がっているので楽しめる音楽は年々増えてはいるが、枝葉が充実しても幹は変わらない。未だにメタルだプログレだと五月蝿い。本当に煩い。

所詮は平均、統計なので誰にでもあてはまるものではないが、ある程度の真実は言い当てているのだろう。しかし、この調査(?)は現実に対して大きなポイントを見逃している(或いは最初から度外視しているのだろうな)。それは、人の好みではなく、音楽の方の変化と進化である。

いつの時代でも、という訳にはいかないが過去50年、ある程度の割合で「新しいジャンル」の音楽が生まれている。それは、聴き手の年齢なんぞ気にしない。逆にいえば、幾ら好みが固定化した人が居てもその時に全く新しい音楽に巡り会えたら、そっちの方がずっと気に入るかもしれない。それは本当にわからない。

この調査(?)の含意が実は「人間、歳をとると新しい音楽に反応しなくなる」だったら悲しい。いや、人の音楽の好みは一期一会の十人十色、百花繚乱千差万別。ずっとこれだと固定化した好きなジャンルを追究し続けるのもまた麗しい人生、全く悪くはない。悲しいのは、なぜかそこで新しい音楽を否定しにかかる人間が居る事だ。何が怖いのだ貴方は。

そもそも、好みに古いも新しいもない。古くて伝統あるジャンルの魅力がさっぱりわからないとかありがちである。あたしゃ未だに日本の民謡の魅力がわからなかったりして…いつか気に入れるといいな、とは思っているのだけどそれはさておいて。いつの時代であろうがその人にとって初めて聴く音楽は新しい音楽だ。その筈なのに"トレンド"として取り上げられた音楽を真っ向から否定しにかかる人がいる。普段、トレンドでない好みの音楽に食ってかかるような事をしないにもかかわらず、ね。私が悲しいと言っているのはその事だ。

宇多田ヒカルもデビュー当時物凄いトレンド(というか事件というか現象というか)になったので、"新しいトレンドに否定的な人々"は、歌に耳を傾けさえしなかった。その時の機会損失は大きい。もし目を隠して歌だけを聴いてくれれば気に入ってくれてたかもしれない人たちから「ワイドショーで取り上げられるような」というイメージを持たれたお陰でシリアスに捉えられなかった。ヒカルの歌はある意味全く新しく、人によっては13〜14歳の時に確立した好みを超えて受け入れられる可能性を秘めるほど大きなものだったのに、スルーされてはどうしようもなかった。流石にデビュー20周年を迎えようというタイミングでそこまで頑なに「宇多田なんて聴いた事がない」と言う人は減ったと思うけれども、まだまだこれから若いリスナーが増えていく中で同じ事態が起こらないとも限らない。それを防ぐ為の特効薬は存在しないが、もうひたすらシンプルに音楽を聴いて貰えるように、様々な工夫を凝らしていく事が必要だろう。具体的な話はまたいつか書
きますわ。

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昔に較べて、音楽を聴くのが面倒臭くなったなぁ、というのはよく思うよね。いや勿論、何でも手元のスマートフォンで検索すりゃすぐ聴けるのが現実だから、そりゃ「昔に較べて遥かに便利になった」のが本当なんだけども。

昔はテレビのリモコンもあんなに複雑じゃなかった。電源スイッチ、チャンネルつまみ、音量つまみな3つしか操作系は存在しなかった。いつどんな時も、電源スイッチを入れるという1つの操作で何かしら番組が見れたのだ。その前のラジオ時代からずっとそうだったのだが、ビデオの登場から話が変わってきた。観る選択肢を増やしたお陰で、操作系の複雑さも飛躍的に増した。

音楽リスニングもそうで、ラジオはテレビ同様電源スイッチと周波数つまみ、音量つまみの3つの操作系で、AM/FMの切替がつけばそれだけでうわっとなったものだ。カセットテープウォークマンも似たようなもので、カセットを入れて再生ボタンを押せば何かしら音楽が再生された。こちらはビデオと違い録音機能がないものから普及したのでさほど複雑さは変わらなかった。

CD/MDウォークマンになってもそれは基本的には変わらない。ランダム再生やプログラム再生などの機能は増えたが、取り敢えずディスクを入れて再生ボタンを押す、それだけで音楽が鳴った。

やっぱりメモリ型ウォークマンやガラケーが出てきた所から潮目が変わったかな。その、なんか入れてぽちっとなで取り敢えず、というのがない。選んで観たり聴いたりするのが億劫でない人はホクホクだったが、どうにもそれではねぇ。

去年から日本でも定額配信の話題が増えたが、金額よりもあれやこれやの説明を読むのが面倒臭い。こんなの読んでる間にYouTubeやRadikoのアイコンタップして1曲聴けるがな、となる。

やはり、操作系がシンプルなのがいい。もしかしたら他のアーティストがやっているのかもしれないが、例えば「宇多田ヒカルアプリ」って作れないのだろうか。機能は極々単純、アイコンをタップするとUtada Hikaru VEVOの動画がランダムに再生される、というだけ。元々YouTubeに置いてある動画なんだから痛くも痒くもないだろう。何がいいっていちいち「宇多田ヒカル」と入力して検索しなくていい。そんな手間も惜しむのか、って言われそうだがさっき書いたようにテレビは「ピッ、ガチャガチャ」で観れたし、ウォークマンは「ガチャッ、ピッ」で聴けたのだ。あの頃より遥かに便利になった今の方が必要な操作が増えるのはおかしい。

現実的には「宇多田ヒカルアプリ」より「EPICアーティストアプリ」くらいになっちゃうかもしれませぬが、それでもいいよ。兎に角一操作ですぐ楽しめるというのが大事。何でも選べる時代だからこそ、態々熊々選ぶのが面倒。そういう心理も理解して貰えると有り難い。

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あら気がついたらEPICに移籍して間もなく一年なのか。『あなたが待ってる』がまたよく響く季節なんだな。

この一年の活躍は、ユニバーサルEMI時代から引き続き目覚ましい。2016年ほど本人の露出は多くないが(という印象を私が持つのはサントリーのCMに余り遭遇していないせいかもしれない)、何か話題に出る度に引用される写真がクーチャの撮影したヤツなので何だか凄く気分がいい。いつも妙な写真で記事にされて「ちょっとそれどっから持ってきたん?」となるのが常だったのだが今はツイートを拾われても写真がカッコいいから安心だ。何だろう、こう言っていいのかはわからないが、この半年で随分ヒカルのイメージがよくなったんじゃない? そう感じてしまう位に写真の効果は大きい。女性に年齢の事を言うのは失礼なのかもしれないが、今のヒカルの年齢皆忘れてんじゃないかなーいい意味で。

だなんて事言ってたら「ビジュアルイメージを固定したくない」ヒカルさんはまた違ったテイストの写真を見せてくれるようになるかもしれない。ただ、それはとてもリスキーだ。クーチャよりいい写真を撮らないと「そのままでよかったのに」と言われかねない。いや、私だってヒカルのアピアランスはその都度お気に入りが沢山あった。『Passion』の妖怪ウェディングドレスや『HEART STATION』の少年ショートヘアなどどれだけ「ごちそうさまです」と言ってきた事か…だからビジュアルイメージを変え続けるのには本来何の不満もないのだが、マチェイ・クーチャの写真の特異性は「ファン以外の人に見られても大丈夫」な点なのだ。いつもと違う場所で取り上げられてもファンとしておどおどせずに済む。40代はおどおど。いや何の話や。

クーチャ以外を起用するのは全く構わないが、この特異性を維持できるか否かはデカい。あのいつも感じていた「ホントはもっと美人なのに」とか「ホントはもっとかわいいのに」みたいなもどかしさがほぼなくなった。いや、実物は写真では捉え切れない魅力があるので(ラジオの公開収録に行くとほんの2〜3mの距離で見れるのですよ若人の皆さん)"所詮は写真"ではあるのだけれども。

で、何となくだけど、このタイミング、後世からしたら「宇多田ヒカルはEPICに移籍してからかっこよくなったよね」と言われるようになるんじゃないかと妄想した。今はまだ一年が経とうとしている所で写真もせいぜい半年といった具合なので今の我々はそういう心境にはないのだが、長い目〜数十年スパン〜で見た場合にそういう「都合のいい解釈」が生まれるんじゃないかという話。

しかしその為には、まずツアーの衣装がカッコいい事が重要だ。ヒカルの衣装はカジュアルがいちばん、というのが定説だが、例えば『WILD LIFE』ではどやさどやさのど派手なドレスから入りつつ最終的にTシャツとジーンズに着地するという流れだった。つまり、網羅的だった。次のツアーでも似たコンセプトなのではと推測するが、出来れば「EPIC伝説」を補強するような洗練された衣装を期待したい。

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「キングダムハーツ(1)」のテーマソング『光』と『Simple And Clean』は、歌詞が対になっていた。『光』が『家族にも紹介するよ きっとうまくいくよ』と歌っているのに対し『Simple And Clean』は『だからって僕が君のお父さんに会わなくちゃいけないっていうのか?』とにべもない。何やってんだと当時は思ったが…今でも思うな(笑)。

『Passion』と『Sanctuary』の歌詞には直接的な対比はない。しかし、『光』&『Simple And Clean』とミュージック・ビデオのテーマの取り方は同じだ。『光』のビデオのテーマは『Simple And Clean(カンタン、キレイ!)』で、カメラ1台1カットというシンプルさと次々に綺麗になっていく(…)お皿たちという内容だった。『Passion』のミュージックビデオのテーマは更に直接的に『Sanctuary(聖域)』で、アニメ部分には『Samctuary』の歌詞にも出てくる『飛ぶ天使』が描かれてたりもする。安直に言ってしまえば『Passion』と『Sanctuary』は映像イメージで繋がっているのだ。

では今回の『誓い』と『Don't Think Twice』の歌詞の間にはどんな関係があるだろうか、というのが次の疑問になるのだが、今のところそれは殆ど見えていない。『誓い』の直接的な言い方に較べ『Don't Think Twice』はやや含みを持たせた言い方になっているからだ。

しかし、中には直接的な対応をみせる箇所もある。『誓い』の『今日という日は嘘偽りのない永遠の誓い日和だよ』と『I want you for a life time(生涯貴方を求める)』は意味としてはかなり誓い、もとい、近い。ほぼ同じと言っていい。しかし、やはり『want you』というのがひっかかる。『be with you』とかではなく、『want』というのは、文脈にもよるが、これは「生涯求め続ける」のなら「永遠に手に入らない」のだとも解釈できる。そうなると幸せ既定路線(にみえる)『誓い』とは真逆の悲しい歌になる。

この、「文脈にもよる」というのは「含みを持たせた言い方」のせいである。このままだとまだ素直に受け止める事は出来ない。いや勿論、『誓い』の方だってフルコーラスで聞かされたらどうなってしまうかわからないが今のところ聞こえてくる歌詞はストレートだ。しかし『Don't Think Twice』の方は今の時点で既に考え込まされてしまうような言い方だらけである。ひとに「二度考えるな」と言っといてこの仕打ちは酷いのだが今暫くはこのまま行くだけだ。

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オリンピックの報道ばかりでいまいち注目されていないかもしれないが、この週末に安室奈美恵のラストツアーが始まった。前に書いたように、ここから約一年、「歌姫たちの20周年」が始まる。いや安室ちゃんは25年だけど、ここを口火に98年デビューの皆さんのあれやこれやがどやさどやさと押し寄せてくるのだ。更に来年はドリカム30周年で、という話もしたな。

でその中でヒカルがどの時期にツアーをするかが、まだ明らかになっていない。正直、アルバム用の曲なんて大体できちゃってるんじゃないのという気もしなくはないのだが、まさかの2月にキングダムハーツ3テーマソング解禁となったので………ますますわからなくなった(笑)。

ほんに、これは予想がつかんな。というのも、トレイラーは公開しましたしかしそこから半年放置!なんてのも十分あり得るからだ。実際英語版は「すんまへんまだ作りかけですねん」という字幕が最初に出る。歌だけ先にできちゃっているのだ。

まだフルコーラス聞いていないのは我々の方であって、制作陣は既にフルで耳にしているだろう。クソ羨ましい。もしかしたら、まだ制作中のゲームのこと、『誓い』の歌詞に合わせた演出をこれから仕込むとかしてくるかもわからない。そうなったらますますゲームしたくなるじゃねーかバカヤロウ(←羨ましくて口調が乱れています今暫くお待ち下さい…)。


…こほん。さてここからである。『Ray Of Hope』や『あなたが待ってる』や『Lonely One』といったボーナスを挟みつつ、『大空で抱きしめて』『Forevermore』『あなた』『誓い』と順調に楽曲が揃ってきている。ひとまず、この4曲は次のアルバムに収録されるだろう。前作ではまず『花束を君に』と『真夏の通り雨』が昔でいう両A面シングル扱いでアルバム発売半年前にリリースされたが、今作は『大空で抱きしめて』から既に半年以上経過している。このペース、決して遅い訳ではないが、少なくとも現時点ではアルバム発売は最速でも6月だろうから、約一年の間に制作された楽曲がフィーチャーされる事になる。前作の場合『桜流し』をどうみるか難しい所だが、果たして、ヒカルが「アルバム制作モード」に入ったのがいつなのか、というのが重要になってくるだろう。

前作『Fantome』の場合は、復帰作という事で2016年4月の両A面シングルのリリースはその時点で既に同年9月のアルバムリリースを見据えたものだった。つまり、4月にはヒカルはアルバム曲の制作に携わっていた。そして今作。昨年の3曲の制作の中で、どこかの時点で既にアルバム曲の制作スケジュールが入ってきていたのだろうか? そこから今後のアルバムリリースのタイミングを推理してみようかな、という野心である。

その試みがうまくいくかどうかは今後に期待、かな?

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週末の報道合戦は凄まじくて、本来なら号外ものの「藤井五段一般棋戦優勝で六段昇格」のニュースを「羽生2連覇」が押し退けた感があった。どちらも天上の話だが、庶民が1日に認識できる情報量には限度がある。今回は「羽生くんが勝って、羽生さんが敗れて」と紐付きで覚えて貰えるからよいものの、普段であれば「あれだけの偉業なのに扱いが小さい」となっていたところだ。

メディア戦略は斯様に難しい。音楽業界も、同じ業界のライバルたちの動向だけでなく「世間の目」全体を意識せねばならず、となると音楽以外の様々なイベントにニュースシェアを奪われないようにプランを立てねばなるまい。

勿論突発的なニュースにまでは対応できないが、例えばサッカーワールドカップなどは最初からスケジュールが決まっているのだからそれに合わせて、或いは合わないようにメディアアピアランスを事前に調整する事は出来よう。幅広い分野にアンテナを張っていないとマーケティングも成り立たない時代になった。いやま昔からある程度はそうなんだけど今は皆でスマホの画面の取り合いだからねぇ。

ヒカルさんの場合は自らのアルバムとツアーとは別に大型タイアップとの兼ね合いがあるから大変だ。キングダムハーツの発売日が未だ発表されていないのは販売戦略の為なのか或いは本気で決まっていないのか。そちらの業界に全く疎い自分にはさっぱりわからないが、もし今キングダムハーツがソフトとしてのみならずハードの売上まで左右するようなビッグコンテンツになっていようもんならもう誰も関連商品のプロモーション戦略を端から端まで完全に掌握制御する事は出来なくなっているだろうね。

タイアップ相手が巨大過ぎる場合、逆に「だったらこっちはマイペースで進めるから」という契約になっていても不思議ではない。誰もどうしようもないのなら。

実際、コンサートツアーデイトは、我々に知らされていないだけで既に決定済みで動かせない筈だし、となるとアルバムの発売も、ズラせて一週間とかそんな単位に思える。つまり、動かせるとしたら『誓い』のシングルカットのタイミングだけだろう。配信限定であればそれはそこまで難しい事ではない。が、先日指摘したようにミニアルバムをアルバムよりかなり早いタイミングでリリースしたらかなり売れる可能性がある。こちらはCDでのリリースを検討してもよいだろう。しかしそれをするにはオリジナルアルバムの発売日とある程度離す必要があり、過去のテーマソングがいずれもゲームの発売日と大体同時期だった事を考えると、ゲームの発売がかなり早いタイミングになってくれないと実現味は薄くなる。ここらへんがどう転ぶかで、我々の手に入れられるマテリアルが変わってしまうとすれば気が気ではない。ワガママなのは重々承知ではあるのだが、歌手のファンをやっている身としては早くゲームの発売日を決めて欲しいものである。

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そしてもう一つの流れがある。キングダムハーツとは関係なく、「最近の宇多田ヒカルの新曲はフルコーラスで聴くまで真価がわからない」のだ。

勿論昔からそうだったのだが最近は特に、な。代表的なのが『大空で抱きしめて』で、CMで流れる部分だけだと最終的に楽曲が『天翔る星よ 消えないで』にまで至るだなんて想像もつかなかった。これが、例えば『Lonely One』のように全く予測不能の、唐突ですらある"全く新しいパート"の挿入により成し遂げられた事なら、まだそこまで怖くなかった。極論すれば、誰でも出来る事だからだ。『大空で抱きしめて』が物凄いのは、メロディーの軸を冒頭から一切崩す事なく歌詞とサウンドの流れで果てしない境地まで連れて行ってくれたからなのだ。

日本語がくどい。(自分に向けた独り言)

その魔法のような手管を以て、あらゆるバリエーションが可能な「キングダムハーツ」の世界に飛び込むのだからその恐怖たるや。ひとつの楽曲の中でですらどこまで連れて行ってくれるかわからないのに、それが更に2つ3つと派生していくのだ。「目も眩むような」と形容しても言い過ぎじゃあないだろう。

歌詞もまた、キングダムハーツから離れて見ると、"最近の宇多田ヒカル"という感を強く持たせる。『誓い』の歌詞はワンコーラス分だが、一聴して『花束を君に』と同じ世界が浮かび上がる。嫁ぐとか結ばれるとか、何かおめでたい事が起こる、起こったのだな、と。

我々は途端に軽快するだろう。『花束を君に』は、死化粧とのダブルミーニングだった事を思い出してしまうから。『誓い』は、その憂いある曲調も相俟って悲しい物語のように思える。実際、『Don't Think Twice』の方の歌詞は「知りたくない」と力強く歌っている。第一印象としては、ネガティブである。まぁ、過去(完了)形なら「知りたくないのに知ってしまった」とネガティブからデスピアへと昇格(降格?)してしまっていただろうけど。兎も角、どこか、このまま本当にうまく行く歌なのかという不安が拭えない。『光』と『Simple And Clean』の歌詞が背反的だった事もまたその不安に拍車をかける。そう、今回はただフルコーラスを聴くまで油断ができないのではなく、英語版の歌詞も全編確認して、派生バージョンの内容まで隅々までチェックして初めて全容が明かされるのだ。正直、この、「キングダムハーツ3」のテーマソングという"1曲"だけでアルバム一枚分位の満腹感が味わえそうである。

この"1曲"を、きっとヒカルは「オリジナル・アルバムの収録曲のうちの1曲」に収めてしまうのだ。嗚呼、気が遠くなってきた。なんというスケール感。しかし、前作だって『桜流し』と『真夏の通り雨』というスケールの大きな名曲を2つ収録していたのだ。次もきっと、そうなる。今から覚悟を決めておいた方がいい。そんなアルバムを引っさげて今年、貴方の町にヒカルがやってくる。

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今週は色々と"楽しみで仕方のない事"を綴ってきたが、何だろう、根本的に不思議な気がしている。どうしてここまで"大船に乗ったつもりで"楽しませて貰える事が確定しているのか、と。

前2作の『光』と『Passion』は宇多田ヒカルのキャリアの中でもとりわけ特別扱いを受けてきた曲だ。『ヒカルの5』では『光』がオープニング・ナンバーだったし、『Utada United 2006』では『Passion』がオープニングで、『光』がエンディングだった。ここまでするとまるで「キングダムハーツで売れた歌手」にみえてくるが、今週みてきたように実際は逆で、『光』も『Passion』もヒカルのキャリアの中では売上の谷間にある楽曲だ。本来なら黒歴史としてそっ閉じされていても文句の言えないポジションだった。それが今や神格化されまくって『誓い』と『Don't Think Twice』のハードルを上げに上げているのだから人生本当にわからない。

いや本当にわからないのはヒカルの態度だな。「エヴァンゲリオン」に関しては本人も元々凄い思い入れが強い作品で、アーティスト活動休止中にも関わらず『桜流し』を制作してきた時は気迫すら感じさせた。タイアップかくあるべしという作品への入れ込みよう。『Beautiful World』と『桜流し』が歴史的な名曲になったとしてもそれは必然的な流れでしかなかった。

それが、「キングダムハーツ」についてはどうだろう。ヒカルがこのシリーズをやりこんだという話はきかない。ヒカルとて全くゲームをやらない訳ではなく、トルネコとかシレンとか、プレイした時はちゃんと発言している。キングダムハーツについても、実際に手にとれば何らかのコメントがあってもおかしくない。それがない。そのまま素直に受け取れば、ヒカルはキングダムハーツに何の思い入れもこだわりもない事になる。

売上だけをみればそれもさもありなんだ。あまり成功しなかったタイアップ、自分もどうも乗り気ではなかったから―と。勿論現実は真逆で、のっけから自分の名前を冠した歌を提供した。気合いが入ってるなんてもんじゃなく、「ゲームと心中した」と言ってもいいレベル。なのにプレイはしていないというこのギャップ。何か、恐ろしい。

実際にプレイしたユーザーたちからは、『光』も『Passion』もゲームに合いすぎていて身震いするとか何とか、神懸かった評価を得ている。知らない身からすれば「ほんまかいな、こんな恋人にフラレタだのという歌詞で?」と思う所なんだが、そう言うんだからそうなんだろう。

ヒカルの「タイアップ力」は近年更に上がっている。『あなた』が「DESTINY 鎌倉ものがたり」のエンディングで流れてきた時は感服してしまった。出来上がった映画を観た上で一年かけて作曲してもあそこまでは行かない、という位にジャストフィットしていた。その現状の力量と過去の(16年前と13年前の)実績を併せて考えれば『誓い』と『Passion』がハズしてくるなんて有り得ない。そう捉えるしかないのである。

この、「思い入れのないゲームと心中して一蓮托生」という奇妙な状況に対する合点のいく解釈は今の私にはまだ無い。将来振り返ってみた時にどんな風景がみえるのか想像もつかない。しかしこの確固たる信頼は揺るぎそうもない。まだまだこの物語は続いていきそうだ。

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『誓い』/『Don't Think Twice』のバッキングのリズムは4拍子と3拍子の重ね合わせだ。ここから何をどう推理するか。

一つ言っておきたい事実がある。宇多田ヒカル/Utada Hikaruという人は、全くと言っていいほど3拍子のリズムを使わない。もしかしたらまだ一曲もないんじゃないのという位に。4分の3拍子と8分の6拍子でもまた意味が違うが、4拍子の中で三連符を使う事すら稀だ。考えてみれば不思議な事である。

言ってしまえば「宇多田ヒカルはワルツを踊らない」のだ。なので、今回もし仮に『誓い』に3拍子が現れるのであれば歴史的画期的な出来事になるだろう。

では。『誓い』のリズムは、今皆さんが聴いている通りだがこれがどうなるか。

ちょっと英語のコメントで見かけたのだが、「キングダムハーツ3は悲しい物語になるかもしれない」んだと。どういう推理なのかゲームをしない身にはさっぱり定かではないのだが、今までのテイストとは異なるストーリーならテーマソングもそれに合わせて変わらなければならない。そう、『Beautiful World』と『桜流し』位の落差で。

となると、ひとつ予想したくなるのは、『誓い』/『Don't Think Twice』の"オリジナル・バージョン"が実は「マイナー・キーのワルツソング」みたいな雰囲気になっているのではないか、と。4拍子のメロディーを3拍子のリズムに合わせるのは、"結構何とかなる"ものである。無理な話ではない。つまり、今あるアレンジから4拍子の部分を抜いて3拍子を剥き出しにするのだ。8分の6拍子の解釈が4分の3拍子に変化している事もあるかもしれないが、これも"結構何とかなる"ヤツである。

この話は前提として、今聴けるトラックが"バラード・バージョン"であるという解釈に基づいている。前作に倣うならこれがエンディングで流れるのか、となるが、ストーリーのテイストが変わるならオープニングが静かに始まって、エンディングが賑々しいという逆転現象も考慮に入れておかねばなるまい。とは言ってもそういう思考は場合の数の発散を齎して疲労感が出る。考え過ぎるのは止めにしよう。

「マイナーキーのワルツソング」の一例としては私はいつも通りに「チムチムチェリー」を思い浮かべるが(IN FLAMESの"Moonshield"が…と言っても誰も反応せんしな)、そういやこの曲「メリーポピンズ」だから一応ディズニー作品という事になるな。え、今年日本でミュージカルやんの!? へぇ…。

まぁそれはさておいて。妄想するのは自由である。今までの流れからして、バージョンなりミックスなりが複数あるのはほぼ間違いない訳で。最終的にはオーケストラ・バージョンがトドメを刺してくれさえすればよい。まだまだ情報が少なくて妄想は収斂し難いがそれも今だけの楽しみ方だよね。

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では、『誓い』/『Don't Think Twice』の派生バージョンは具体的にどんなものになるのだろうか。ゲームのストーリーもわからないうちに予想するのは難しいなんてもんじゃないが、ちょっと違う方面からみてみよう。

少し最初に戻ってみる。今回の2曲が発表された時に話題になったのは「変則的なリズム」である。ピアノの演奏がジャストではない点と、複数のリズムが重ね合わされている点。ここである。

『誓い』/『Don't Think Twice』は、基本的にはバラードと言っていいテンポで演奏されている。これは前作でいえば『after the battle』『Ending Version』を想起させるものだ。となると、最初に口火を切ったこの2トラック、派生バージョンな可能性があるのである。

オリジナルのシンプルなバージョンではない方から先に発表? そんな変則的な事がありえるのか?と思う所だが私達ヒカルファンは既に経験済みである。11年前、2007年の2月に発表された『Flavor Of Life』は同年1月に『ballad version』の方が先に発表された。後にCDシングルが発売になった時このバージョンは2曲目に収録されていたのである。つまり、派生バージョンの方が先に発表されたのだ。こういう事態を私達は経験済みなのである。

『ballad version』が先に発表された事で当時の私は随分曲の解釈に苦労する事になる。『ありがとうと〜』以下のサビメロは文句なくキャッチーなのにそれに繋げるブリッジ(Bメロですね)の構成がよくわからない。着うたで大ヒットした楽曲なので大半の購入者は気にならなかったのかもしれないが、スカスカのアレンジは一体どういう意味なんだ?と随分首を捻ったものだ。結構な時間が経ってからオリジナル・バージョン(CDシングルの1曲目)が発表されてそこで漸く、ブリッジには元々『Don't be afraid, You'll be ok.』というコーラスが存在した事を知り腑に落ちたのだ。そういう事だったのね、と。

つまり、今回の『誓い』/『Don't Think Twice』も、先に派生バージョンが発表されているのだとすればアレンジに違和感があるのは当然であって、今後オリジナル・バージョンが発表されてその時やっと「そういう事だったのか」と合点がいく、という展開も想像できるのだ。ヒカルとスクエニ&ディズニーによる壮大な仕掛けである。

しかし、もしそうだとすればCDシングルというか、ミニアルバムを出して欲しくなるよね。派生バージョンにリミックスにオーケストラにインストをフィーチャーした、『Flavor Of Life』や『FINAL DISTANCE』並みのボリューム、5〜6曲収録した30分〜40分位のヤツを。流石にこれは売れると思うんですけどどうですか?

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