審判日記



野球や審判について書き綴ります

更新休止のお知らせ

2006年08月13日 | お知らせ
今日からしばらく、ブログの更新を休止します。
今まで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。

再開がいつになるかは現時点では分かりませんが、このブログの事を記憶の片隅にでも留めていただけると嬉しいです。

旅立ちの日に

2006年02月25日 | 日常の話
今、新幹線で新山口駅を出発しました。指定席ですが喫煙車なので非常に煙たいです。
わざわざ見送りに同じクラスのS君が来てくれました。彼は陸上部に所属して、且つ多くの大会でトップクラスの成績を残しています。
きっと彼は将来、日本の陸上界を担う存在になると思います。
自分も負けないように行司として頑張ってこようと改めて思いました。


お世話になりました

2006年02月24日 | 日常の話
今日の6時間目で、クラスの皆と最後の時間になってしまいました。
正直な所別れるのは辛いですし多くの人が泣いてくれたのでなおさら辛いです。しかし、皆の期待を裏切らないために早く向こうの生活にも慣れて後ろを向かず、突っ走っていこうと思います。疲れたときには休養も必要になってきますので休む事も忘れないようにして日々を過ごしていきたいです。
クラスの皆や多くの先生から色々と気持ちのこもった品を頂きました。寄せ書きや手紙など、どれも行の間がないほど書いてあって本当に感激しました。辛くなった時は今日の事を思い出して、頑張ろうと思います。
学校のみんな、本当にありがとう!!

あと2日

2006年02月23日 | 日常の話
今日を含めて、学校へ行くのは2日となりました。今日で最後となる教科もあり苦手な数学をはじめ多くの教科としばしの別れとなりました。それぞれの教科の単位が認められるかどうかは分かりませんが、将来的に通信制や定時制の高校で高卒の資格は取りたいと思っているので結構気になる所です。
体育の授業(サッカー)も今日で最後となり、チームの皆が僕の為にパスやシュートの機会を多く与えてくれたおかげで6~7ゴールを決める事が出来ました。本当に感謝、感謝です。
夜には、中学時代の野球部の先生とお会いして今回の経緯を詳しくお話しし、激励の言葉を頂きました。

明日で、泣いても笑っても何もかもが最後です。通学で使う電車も、毎日会う交通のおじさんとも、いつも道ですれ違うお婆さんに挨拶をするのも最後です。
とにかく、悔いのないように過ごしたいです。

挨拶

2006年02月22日 | 日常の話
今日の7時間めに体育館で卒業式の練習、事前指導がありました。
もちろん、僕が式自体に参加することは出来ませんが、校歌斉唱の練習は自分にとって最後の校歌になる可能性もありましたので悔いの無いように歌いました。
ですが、一年生の声が小さすぎるのには驚きました。僕が卒業生の立場であれば、ヤル気の無い歌声なら初めから式に参列する資格はないと思います。

その話題はさておき、指導が終わった後に2年生だけを体育館に残し、担任の先生が僕が行司になり、中退をするという旨を学年の生徒に伝えました。僕が東京で審判仲間に会って勉強した事や、高砂部屋に体験入門した事、野球部としてまだ未練があるといった事などを僕の代わりに代弁してくれたように思います。先生のお話が終わった後に、同じクラスで野球部のA君が笑いを誘うような激励の言葉をくれました。正直、予想していなかったので嬉しかったです。そして僕自身から約120人の生徒の前で簡単な挨拶をしました。クラスが違うと接点があまりないので、おそらく僕の事を知らない人も中にはいたと思います。ですが、挨拶の後に皆が拍手をくれたことでなんだか勇気付けられたと思う反面、この学校との別れがいっそう名残惜しく感じられました。同じクラスの人とは集合写真を撮りました。野球部の皆が寄せ書きや胴上げをしてくれたのと同様に、みんなの温かい心が感じられて本当に感謝の気持ちで一杯です。

僕には、学校以外にも大変にお世話になった方々がいます。
昨日の事ですが、軟式野球の審判員として活動していた宇部野球連盟の審判員の方々に電話で行司が内定した旨を伝えました。僕自身、高校卒業までは連盟にお世話になってもっと練習を重ね、向上心を持って審判をしようと思っていたので皆さんに挨拶をするのは辛かったです。ですが、皆さんが激励の言葉や温かいお言葉を下さったので、僕としてもそれに応え立行司を目指して精進しようと踏ん切りがついた瞬間でもありました。

多くの方に支えられ、今まで頑張る事が出来ました。
全ての方に感謝して期待を裏切らないようにこれまで以上に頑張れればと思います。


恩師

2006年02月21日 | 日常の話
この日、中学時代の野球部の先生に行司に内定したという旨でご連絡しました。
詳しい事はまた後日電話でお話しする予定ですが、中学生の時には自分が行司に興味があるという事を知らない、というか言った事がないので驚かれていると思います。推薦で高校に入学したのに中退をする結果になってしまったので、この点では謝らないといけないかもしれません。

野球・審判を振り返って~感謝~

2006年02月20日 | 野球審判関係
明日からテスト週間という事で、部活が終了になります。つまり、今日で僕の高校生活最後の野球部としての練習は終わりました。練習の始まりはいつもと同じく三キロを走り、体重を量った後キャッチボールへと移りました。ちなみに三キロ走では記録をとるのですが、今日は自身二回目の一位獲得となりました。部員の皆が華を持たせてくれた事に感謝しつつ、体が重いなりに妥協せず走れたと思います。

僕が野球部に所属して、今日で約五ヶ月になります。軟式野球審判員として活動しつつ、野球部の練習に参加するのはハードでしたが、今思えばかけがえのない価値ある思い出です。野球部の練習試合で審判を数えるほどしか出来ませんでしたが、軟式だけでなく硬式の試合をジャッジできた事は僕にとって大変良い経験となりました。
今日の練習後、野球部の監督、部長、部員の皆が僕に対して激励の言葉を送ってくださいました。しかも、色紙やボールに寄せ書きをしてくれたり、色んな想いの込められたユニフォームを頂いたり、そして最後には皆に胴上げをしていただきました。三回ほど宙に舞いましたが、色んな事が思い出され、言葉になりませんでした。野球部として頑張り抜いた事を誇りにして、新たな一歩を踏み出し、困難に立ち向かっていこうと思います。

~ブログにコメントをくれたクラスの皆へ~
わざわざコメントをありがとう。皆と一緒に三年になる事は出来ないけど、いつまでも僕の事を忘れないでいてくれたら嬉しいです。皆の気持ちが痛いほど伝わってきます。なので、その期待を裏切らないように向こうに行っても精進したいと思います。学校で会えるのはあと少しだけど、ヨロシクお願いします!

機動力野球

2006年02月19日 | 野球審判関係
岡田阪神の理想形オーダーが18日、3月31日(神宮)の開幕戦相手でもある古田ヤクルトを粉砕した。宜野座球場に新生ヤクルトを迎えての練習試合。岡田彰布監督(48)が理想とする「1番鳥谷、2番赤星」の布陣が初回から連打で無死一、三塁の好機をつくり、3点先制を導いた。4番浜中と7番林(りん)が適時打2本で競演し、8-4の快勝。連覇と日本一を目指す岡田阪神には会心の「1勝」となった。(日刊スポーツ)

鳥谷選手は、彼が試合前に投げ込むサインボールを甲子園に観戦した際に手に入れた経緯があるだけに、大変注目している選手の一人でもあります。赤星選手に関しても、盗塁の数だけ車椅子を送るボランティア活動にも熱心な方ですし、人間として大変尊敬しています。注目の理由は違えど、今シーズンの更なる活躍に期待しています。

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野球・審判を振り返って~その一~

2006年02月18日 | 野球審判関係
テスト週間に来週の火曜日から突入という事で、硬式野球部として練習できるのは今日を含めて3日となりました。
自分が野球部として活動し始めたのは去年の9月からでした。
その時は審判員として硬式野球も経験した方が自分としてもレベルアップできると思いまして練習に加わるようになったわけですが、急に練習に加わっても体力的についていけない日々が続きました。
入って間もない頃は、練習の最後にダッシュがありました。それがきつくてきつくて死にそうでしたが徐々に慣れてきて、体力的には皆についていけるようになりました。
練習での実戦形式の練習では審判をして、練習試合では塁審や球審をした事もあります。
ただ、自分が軟式野球の審判員をしているという事で、色々と弊害もありました。高野連と軟野連は山口県内では二重登録できないという事で、硬式野球は学校内での部活登録のみで休日は軟式野球の審判員として活動しました。

先週、宇部野球連盟の事務局長さんに今回の行司として入門するという旨を伝えた際に激励の言葉を頂きました。自分の軟式野球の審判員としての活動は終わってしまいましたが、将来的に自由な時間があれば絶対に野球の審判をしたいと思っていますし、暇さえあれば今年から市販される野球規則を読んで、規則の勉強もしたいと思っています。

明日の日記には、審判についての思い、軟式野球の審判員として活動しようと思った経緯や野球の練習についてを書き綴ろうと思います。

改革

2006年02月18日 | 野球審判関係
<学生野球協会>元プロ審判、学生野球でも活動可能に

日本学生野球協会は17日開いた評議員会で、新たに「元プロ野球審判員に関する特別審査規定」を学生野球憲章に盛り込むことを承認した。元プロ審判員は、都道府県高野連や各地区大学連盟から日本高野連、全日本大学連盟を通して同協会に申請し、承認されれば当該連盟に限って審判員としての活動ができるようになる。(毎日新聞)

選手会の活発な活動でで選手側の改革は進んでいた反面、審判側は改革が遅れていましたし、日本球界にとって大きな一歩となるのではないでしょうか。

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