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牛で田を耕運した思い出

2016-10-16 04:49:03 | 農業

 ソバ育てをするようになってもう14年になる。一反近い田をお借りしてのソバ育てのため、中古の小型の耕運機を購入した。田舎を飛び出して町に来て、耕運機で田を耕すなど思いもしなかったのに、耕運機で田を耕すのはちょっとうれしい気分でもある。自動車の運転とは違うが、耕運機の扱いには、エンジンの始動とストップ、前進と後進と停止、耕運の開始とストップをしっかり覚えることが必要である。めったに耕運機での耕運はしないが、小型耕運機は何とか操作できるようになった。

 今年の夏には、畝たても出来る耕運機が手に入り、田の耕運と畝たてを行った。少し大きい耕運機で牛を思い出したのか、「ああ!高校生の時、こんな風に牛で田をすき(耕運し)、畝たてをしたのだ」と思い出した。
自動車とは違い、牛での耕運の要領を思い出すと、黒牛の環貫(鼻に環をつける)に手綱をつける。この牛に犂(スキ)をつけて手綱で操作して引っ張らせて田を耕運する。左手で犂を持ち右手で環貫からの手綱を持つ。牛を前へ進めるのは「手綱でバシ!と背中を鞭打つ」ようにする。右に回る時は「手綱をグッと引ぱり首を右に曲げる」とよい。左に回る時は「右手の手綱で牛の右腹を強く鞭打つ」と良かった。
 ストップさせるのは「足で踏ん張って左手の犂が前に行かないように力を入れて、オオ!オオ!」と叫んだように思う。この作業は一人で行うのだが、私は少しだけ手伝ったぐらいで、広い田をたくましく耕したわけではない。

 牛や馬による農耕は太古から変わることなく続き、稲作と裏作(麦など)の作業には子供なりの作業手伝いの役割がいっぱいあった。小学校では「農繁休暇というのがあって、田植え時期、稲刈り時期には学校が休みになった。
 今は機械と少人数での農作業だから、田植えも稲刈りも田畑の周りに子供たちの姿は見られない。 1960年頃から、田畑の耕運が牛や馬から耕運機に代わってきた。そして機械での耕運や稲作作業を可能にするため、農地整備事業で田畑が四角に区画整理された。多くの農家には、分散していた農地や曲がりくねっていた農地、高低差のある農地が一ヶ所になるメリットがあった。しかし山間部の山際の田や段差のある棚田など農地の区画整備が出来ないところも残った。農地の整備に一部補助もあったが農家の負担があり、牛や馬に代わる機械の購入費は貧しい農家には負担にもなった。
 牛馬を飼い田を耕運する時代でなくなり、機械の入らない山ぎわの農地は農業従事者の減少と高齢化によって放置が加速されている。
 向日市はもちろんのこと京都府内を自動車でドライブしていて、今日、牛馬による田の耕運を見かけることはない。
 
 

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