山梨発 アドラーカウンセラー 梅さんのブログ

山梨でアドラー心理学に基づいたカウンセリングをしているブログ主の勇気づけの日々 

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黙って聴いて・・・ (傾聴 9)

2016-11-08 00:31:46 | カウンセリング

山梨のアドラーカウンセラー梅です。
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 わたしがカウンセリングというものを知ったのは17年前です。
とある経緯から有名な牧師さんが主催するカウンセリングセミナーを受講しました。

あ、前回おことわりしましたがわたしは現在クリスチャンではありません。
しかしその頃のわたしはプロテスタントの牧師への志を持って勉強していたという過去があります。
それで前々回の記事には聖書の一節を想起させられるなんて書いたのです。

「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」
新共同訳 ルカによる福音書17章21節

このイエスの言葉にはいずれまた触れます。
アドラー心理学に言う「ライフスタイル」は「何処に在るのか」ということと、アドレリアンが「不適切に着目しない」ということについて、聖書のこの一節にある(やがて来る)「神の国」という言葉・隠喩の関係から聖書講解として書くことも出来ると考えていますのでお楽しみに。

 さて話はそれましたが、最近わたしは何度か、「傾聴」ということについてよく知らない方が、よく知らないまま評価しているのを見て「ああ、それは傾聴ではないんだけど」と思うことがありました。

それで今回の記事のはじめに書いた17年前に初めて受講したカウンセリング・セミナーを思い出したのです。
講師から「じゃあこれから3分間、カウンセラー役の人はクライエント役の人の話しをとにかく黙って聴きましょう。クライエントの人がどんなお話しをしても、黙って聴いてるんですよ。聴いていて何か言いたくなっても、黙ってウン、ウン、ってうなづいて最後まで聴きましょう。」なんて言われ、受講生みんなでその通りしたのを覚えています。
 
 大学の心理学科を出た人たち相手のセミナーじゃないんです。ごく普通の人たち、心理学なんて一つも知らない、善意に溢れたおせっかいで世話焼きな方ばかりなんです。だからそういうところから入るんです。
書いていて思い出しましたが、確かはじめてCO役CL役でロールプレイをした相手は大学生の息子さんとの関係に悩んでおられる御婦人でした。彼女、ロールプレイではカウンセラー役で黙ってうなづきながら3分間聴いていましたが、時間が過ぎるやクライエント役の私の話したことに怒涛の如く意見し始めました。こりゃあ息子さんたまらんわなと思ったのを思い出しました(笑)

そういう方々が初歩の初歩からカウンセリングの基本を学んで行くとき、後になって思い返すとアホらしいと感じるほど基礎的なことを練習します。

「どうも、傾聴ってふんふん、はあはあって、うなづいて、オウム返ししてるだけみたいなんですよねえ。」と思う人が居たら、それは上記のような基礎的な練習を思い浮かべているのではないでしょうか。

 ところでこのブログの5回目、傾聴って…5の最後に書きましたが、わたしたちが「困りごと」「悩み」「苦しみ」を抱えている時、話しを聴いてもらいたいと思うのはどんな人でしょう。

 自分の話しをキッチリ最初から最後までああだこうだ言わずに【まずは】聴いてくれる人。そう思える人、ですよね。

 話はじめてすぐにさえぎられ意見を言われたら、どうでしょう。 そういう人に話を聞いてもらいたいとは思わないでしょ。
「あなた、それ間違ってる」なんてやられたら、その瞬間心折れて話す気は失せるでしょう。かと言って「そうよねそうよねわかるわぁ、わたしもね」なんていつの間にか自分の話しに持って行かれたらため息出ちゃうでしょうし、「それはさぁ、こうすればいいじゃないよ」なんてあっさりアドバイスされても、ウンってうなづきながらも「もういいよ…」って俯いてしまうんじゃないでしょうか。

 話しを黙って聴くというのは、話し手の【存在をありのままで受け容れる】という事なんです。

はじめてのカウンセリング・セミナーを思い出すと周りで受講生(主にお年を召されたご婦人方(笑))が「ああ、駄目だやっぱり質問したくなる。」「あんた、それ駄目よって言っちゃった(笑)」なんて大騒ぎしていたのを思い出します。
たった3分間、黙って相手の話しを聴く事が難しい。そんなもんなんです。

でもそれが相手の存在を無条件で受容する訓練の第一歩なのです。

ありのままの自分を受け容れられる時、人は癒されます。 癒される時、そこに命が湧き出します。 

ご婦人方と大騒ぎしながら口をキュッと結んでウンウン頷いていた、今思い返すとおかしくて吹き出しそうな練習は、無条件で相手を受け容れ、癒しと命を与え合えるようになる道への、はじめの一歩でした。

傾聴の基本的態度は3つありますが、その一つが【無条件の肯定的配慮・受容】と言われるものです。

 次回に続きます。

       
         山梨のアドラーカウンセラー 梅



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