まとめ髪白書

聴聞正法 行善修真

風の望郷

2017年07月11日 | Weblog




♪風の望郷
https://www.youtube.com/watch?v=gm_uNz-C_j8

♪虫けらの唄
https://www.youtube.com/watch?v=KUfWXILUlLc

♪風の大地の子守唄
https://www.youtube.com/watch?v=fEG2X2Xbsu8

♪織江の唄
https://www.youtube.com/watch?v=slw64tjOEcM

♪にがい酒
https://www.youtube.com/watch?v=WPNkdQtBcO4

♪ Feeling Good
https://www.youtube.com/watch?v=D5Y11hwjMNs

♪月の光 
https://www.youtube.com/watch?v=jEc_r33ODos

♪月光値千金
https://www.youtube.com/watch?v=LQu83rtNYec

♪ムーンライト・セレナーデ
https://www.youtube.com/watch?v=Bo8sS4FBdtU

♪Mr. Moonlight
https://www.youtube.com/watch?v=4dy-qfbGgZQ


♪The Moon Song
https://www.youtube.com/watch?v=SU6KFnGF9M8


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恋 唄 (詩集 永遠の空腹)
2017-07-11 01:07:26
  恋 唄

マーラーは好きじゃない
じゃあ
ブラームスは? という
日曜日

ランボーの永遠が浮かんだ
朝焼けなんか見たくない と
独り言(ご)ちながら
僕はクロワッサンを齧(かじ)っている

昨日の夢の始まりは
玉葱の宇宙だった
羅針儀が逆しまになっていた

君はコンソメスープの中の
歳月を飲んでいる

夢の終わりで
這(は)いずり回っていた
蜥蜴(トカゲ)の尻尾は
どこへ行ったのだろう

お互いに顔を見合わせて
苦笑すると
窓の外から

プロメテウスを強迫神経症にした
太陽の雑音(ノイズ)が飛び込んできた

いくら戯(たわむ)れても影は影
ベートーベンは好きじやない
じゃあ
ワーグナーは?

今日は
歪な一日になるかも知れないわ
でも
その理由は問わないよ

 コールサック社  恋 唄  松本高直詩集
くしゃみと魂魄 (もみ@中部日本放送)
2017-07-11 05:20:08

|・)…

くしゃみと魂魄には 関係があって

それにより 上の画像のような
「何曜日にくしゃみをしたかで占う」というジンクスが生まれたようなのだけど

「火曜日:見知らぬ人とキス」というのは
ただならぬ感じがするばい。
甲虫(カブトムシ) (ジヨンの声はモスグリーン)
2017-07-11 07:39:36
 知り合いの魔女の血筋をひく
森本女史は弓削姓・・その彼女は曰く・・
ジヨンレノンの声音はモスグリーンなのよと?
 知らなかったけれどジヨンは詩人でも
 あったんだろうネ・・・・・
以下こぴぺ 感謝

1 「アクロス・ザ・ユニバース」を解釈する
ジョンレノンの作ったビートルズ時代の傑作に「アクロス・ザ・ユニバース」という曲がある。この曲を聴きながら、ふと宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を思い出していた。まあ、ジョンの傑作の中でも、この歌の内容をめぐって、これほど誤解されている歌も少ないかもしれないが、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」もまた、宮沢が伝えたかったメッセージを真に理解している人は本当に少ない。その意味で、この「アクロス・ザ・ユニバース」の歌詞を読み解きながら、併せて宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」という作品との比較を試みてみたい。

ジョンはもちろん宮沢賢治のことを知らなかったであろうが、並々ならぬ自意識と想像力に富む言葉に対する鋭敏さは、どこか共通するものがあるように常々感じてきた。別に先のふたつの作品が共に宇宙を表現したからというようなことではなく、自分が心の中で、築き上げていく、作品の一コマ一コマ、あるいは言葉の選択の仕方が、私に宮沢とジョンの時代の僅かな位相の中で「連なる魂」というものを感じさせるのである。

ジョンはその歌の中でこのように歌い出す。
「言葉は、長雨がペーパーカップの中へ降り注ぐように、飛び散っては消える
(Words are flying out like endless rain into a paper cup)
それは滑り且つ過ぎ大宇宙を遙かに越えて何処かに滑っては消える
(They slither while they pass They slip away across the universe)
悲しみはプールとなり、歓びは波となり、私の真実の心を漂っている
(Pools of sorrow waves of joy are drifting thorough my open mind)
悲喜こもごもの言葉の雨は、私を捉え、そして私に口づけをくれる
Possessing and caressing me
たとえJai(?)でも、導師(グル)でも、悪魔でも、呪文でも
(Jai guru deva om)
私の世界を変えることなどできないのだ。
(Nothing's gonna change my world)

何たる強靱な自己への思いであろう。ジョンは後に、この歌を作るきっかけについて、インドのある導師(グル)との出会いであると告白したことがある。しかし彼は大いなる疑念を持って、帰ってきた。それは導師の女性スキャンダルから発した思いであったが、それ以後、ジョン自身は、この導師と距離を置き、多くを語らなくなった。それはまさにジョンの若い魂が出くわした大いなる失望の経験であった。その意味で、この歌は、大いなる失望の歌と言えるで。

ジョンは、この歌の中で、自分の心の世界を宇宙に喩え、自分の広大無辺な宇宙の中に入ったならば、たとえどのような導師でも、私の心の中にある宇宙を変えることなんて不可能だと宣言をする。考えてみれば、この世界に人間が発生し、文明というものが形作られた時から、宗教というものは、多くの人間の心の拠り所として、人間社会そのものを支えてきたのである。でもジョンは、そのような宗教の中にある大切なものを知りながらも、もしもその中に、ある種の危うきものを、見つけた時には、自分の内部という宇宙の光りに照らして、それが真実であるか虚偽であるかを見抜く力をすでに持っていたようである。

続けてジョンは、歌う。

壊れた光りのイメージが、百万の瞳となって私の前で踊る
(Images of broken light which dance before me like a million eyes)
それが私を呼び止め、大宇宙を越えて「行こう・行こう」と誘いかけるのだ
(That call me on and on across the universe)
すると私の思いは、郵便箱の中に吹く風のように落ち着きなくふらふらと彷徨い
Thoughts meander like a restless wind inside a letter box
イメージが創り上げる「大宇宙の越える道」とやらに盲目的にのめり込むでしまう
(they tumble blindly as they make their way across the universe)
たとえJai(?)でも、導師(グル)でも、悪魔でも、呪文でも
(Jai guru deva om)
私の世界を変えることなどできないのだ。
(Nothing's gonna change my world)

この歌は明らかに怪しげな新興宗教が、一人の人間を幻覚的な甘い誘惑をもって誘い込み、そのイメージが一人の人間を幻想の世界に留めてしまう姿に対する強靱な自己による反逆の歌詞である。多くの人は、この歌の意味をよく分からずに、LSDを吸引した時の幻覚を歌にしたものとか、インド思想にジョンが傾倒していた時代の幻想的な作品と解釈している人物が多いが的を得た解釈ではない。これはある導師に対する思想的訣別の歌なのである。

さらに続けてジョンは歌う。

人生の影たちの笑い声はサウンドとなり、
Sounds of laughter shades of life
私の耳穴を通して鳴り響いている
are ringing through my open ears
それは私を興奮させ、私の心をそそるのだ
exciting and inviting me
限界もなき不滅の愛が
Limitless undying love which
百万の太陽をちりばめたように私の周囲で輝いている
shines around me like a million suns
それが大宇宙を越えて、どんどん行こうと私を呼ぶのだ
It calls me on and on across the universe

たとえJai(?)でも、導師(グル)でも、悪魔でも、呪文でも
(Jai guru deva om)
私の世界を変えることなどできないのだ。
(Nothing's gonna change my world)

この歌は、1968年2月4日に録音された。実はジョンとジョージが、インドへの旅に出たのは同年2月16日である。するとこの歌は、失望の歌、訣別の歌というよりは、ジョンの中にあるある種の宗教的不安のようなものが作らせた歌と言えるかもしれない。つまりこれまで自分が信じてきた宗教とは、異質な宗教者に会うという緊張が、どこかに自己防衛的な本能を呼び覚ましてしまったということになる。あるいはジョンの強烈なる魂(無意識)が、会う前にして、「どんな聖人だって、簡単に”ああそうですか”と弟子になるような俺ではないぞ、と宣言した結果かもしれない。ともかくはっきりしていることは、どうしても眠れなかったジョンが、この歌を作った後は、不思議なほどぐっすり眠れたということである。その意味でこの歌は、ジョンの魂が、均衡を保つための補償的な役割を果たしていたということになる。

優れた芸術というものは、このようにして誕生するものなのだろう。要するに理性が勝ちすぎたような作品ではなく、自分の魂が均衡を保つ為に作られた作品が、たまたま人の心に共鳴し、共感を呼び、傑作として、世に残っていくのであろう。

ジョン自身この作品に対しては、評価が揺れている。初めはこの歌詞を見てくれ、この歌詞はメロディがなくたって「詩」そのものとしていいだろう。と言っていたのが、80年のラストインタビューの辺りになると、大した歌ではない、と語っている。それはこの歌のアレンジが満足いくものではなかったので、それがいやな思い出として残ってそのように語ったのかもしれない。しかし私はジョンという芸術家の凄まじい自意識と先見性をこの歌に感じて背筋が寒くなる思いがするのである。

私は、このジョンの自意識の中に「ブッダの魂」というものを感じる。それはブッダが死ぬ前に弟子のアーナンダに遺した言葉を思い出したからだ。死の床に就いたブッダは、泣いているアーナンダに向かってこのようにいった。
「何も悲しむことはない。また言い残すこともない。人生に秘密などない。すべてお前には教えてきた。ただ自分を信じ、自分の心を光りとして、修行に励みなさい。」

人は何か、人生に大いなる秘密でもあって、それを諭してくれるのが、宗教であったり、偉い坊さんや聖人という人だと思い込んでいる節がある。そこに怪しげな新興宗教でも蔓延る精神的基盤がある。しかし大事なのは、自分の中から発せられる心の光を当てて、実物を見、判断できる眼なのだ。左翼的と一般には思われているジョンだが、ジョンは左翼でも右翼でもない。例えば彼は「ホワイト・アルバム」の「レボリューション(革命)」という作品の中で、「君は革命・革命というけれど、物事すべてを破壊するような考えには賛成できないな。世の中を変えるのは賛成が、革命のようなもので、世界が変わるとは思えない。まず自分の頭の中を変えようや、そして時期を待て、時代は少しずつ良くなっていくさ」というようなことを歌った。当時ジョンは、学生革命を鼓舞して「悪魔を憐れむ歌」などを歌っていたローリングストーンズに対して、体制派の日和見主義と見られていた。しかし今時代を遡って考えてみて、ジョンが抱いたあの時の「学生革命」に対する「メッセージ」の正当性は、誰も否定できないほど正しいものであった。
 ・・・・ では追加リクエスト
   アクロス・ザ・ユニバース ビートルズ
     ゆーちゅー&もみさん 感謝
アクロス・ザ・ユニバースは帯域制限ばい (もみ@走れ歌謡曲)
2017-07-11 13:14:57

|・)…

ビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」は
帯域制限に該当していて
こちらからは カバーしかヒットしないのばい。

♪Across the Universe
https://www.youtube.com/watch?v=PxucQe-3gMY

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