ZAMACのフォト日誌

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大震災後の浜を訪ねて

2016-12-13 16:06:25 | 社会
● もうあれから5年9カ月が経った。おぞましい大津波被災地の今!を月命日にあたる2016年12月11日(日)に訪ねてみた。各地で鎮魂の行事や不明者捜索が行われている。
さて、そこは大震災後人口が約1,400名も減った宮城県七ヶ浜町だ。この町は松島湾の一角を成す半島のような丘陵地にある。温暖な気候と仙台、多賀城、塩釜、松島と隣接したリゾート的性格と太平洋の恵みを受けた漁業、海水浴場を持ち、また国際村と称する外国との交流施設もある明るいイメージの町なのだ。

地図で見てみると町の北側には「日本三景の松島湾」、南側には「仙台港」「新仙台火力発電所」「キリンビール工場」が近くにあって工場・物流基地にもなっている。


青い線が訪ねたルートだ




● こんな立地の町だから3.11の大津波をまともに受けた。隣町だとはいえすぐ側の油槽所が燃え上がり、その黒煙が天高く昇る様を仙台の市街地から何日間も見えていた。また発電所、ビール工場も大損壊、仙台港も使えず、住宅災害とは対照的にインフラ被害が甚大なものだった。
それに比べると七ヶ浜町は主に漁港と住宅の被害が大きかった。海に囲まれた地形の割合に比較的少ない被災者だが、それでも81人も犠牲者を出した。

  ・町土の面積はわずか 13.19平方km
  ・人口 10月1日現在  19,142名(日本人のみ)
  ・震災による死者+不明者  81名(人口比 0.4%)



     <参考まで宮城県内の死者数+不明者を調べてみた>
      仙台市  950 (0.89%)        気仙沼市  1,434 (1.95%)
      石巻市  3,975 (2.47%)      南三陸町   832 (4.77%)
      女川町  872   (8.68%)

青い斜線部分が大津波の浸水区域だ




● 今日は雪がチラツキ海風が冷たい。カメラ持つ手はかじかんでこの冬初めて手袋のありがたさを知った。3.11大震災の日と同じような空模様の中、七ヶ浜の菖蒲田(しょうぶだ)海岸をスタートして浜伝いに北上し、松島四大観の一つ「多聞山(たもんざん)」の展望所までを訪ねてみた。

はじめて訪れる人だとしたらこんな印象だろうか?
「どこが被災地なの? 」「海岸伝いのきれいな舗装道路」「平に整地されて家がない」、ところどころに震災前の部分と思われる「曲がりくねった窮屈な幅の道」を通る。それに人っ子一人見ることがない。そうか「今日は日曜日」「月命日だ」… とは思ったが、それにしても海風と鉛色の空以外に動きを感じないひっそりとしたものだ。
後で分かったことだが、海側から高台に上がると新築住宅の多いこと! 新興団地にさえ見える。新しい街づくりの結果だろうと考えたが… 果たしてそうなのか?

● そんな思いで走り廻ったカメラメモをUpしておくことにする。

重くて暗いあの雲の向こうから津波はやってきた (菖蒲田浜)




新設された防潮堤だ。車は左の海側から登って、右の内陸側に降りる堤防上の交差点だ。かつては防潮ゲート付の堰堤があった。正面は延々と続く堤防で、遥か遠くには新仙台火力発電所の煙が見える。




日曜日のためか人ひとりいない菖蒲田の港を漁師小屋から見た。




岩山が海に突き出したようなところにある避難路だ。高さ約40mの先にあるのが「多聞山展望所」で、松島湾の絶景を望むことができる。




ここが頂上。毘沙門天を祀る神社の境内が避難所に指定されていた。
    




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