真実と幻想と創価学会

創価学会について色々書いています。ほぼ毎週日曜更新。

宗教を語る

2016-02-07 22:02:25 | 創価学会問題

先日ご紹介しましたシニフィエさんのブログ「対話を求めて」のコメント欄で話題になっていました「宗教を語る」というサイトを、こちらでもご紹介したいと思います。

「宗教を語る Think about religion.」

まず最初の「あいさつ」の部分だけで興味を惹かれること必至です。

「あいさつ」のページに危険なカルト宗教の見分け方について触れられている部分がありますので、少し抜粋してご紹介します。

一般的に、危険なカルト教団の見分け方は、①回答不能な人間の悩みに付け込むこと。②科学的な根拠が無いのに人の不安を煽ること。③人を洗脳して正常な判断力を奪い、教義を刷り込むこと。④むやみに寄付金を集めること。 ⑤世間の非難、迫害を喜びに転化させる教義があること。 ⑥脱退が困難なまでに人的関係を縛り組織防衛を強化する教団。⑦社会に対し攻撃的になること。などが上げられています。実際には、これらの要素の複数に被疑事実がある具体的なケースについて検討すべきことですが、様々な手口や手法を使い個人の自由意思を縛り付ける要素がある場合も同様と考えられます。

よくあるカルト宗教要件10項目とカブるところもありますが、現代の身近な社会問題としてより分かりやすいのではないかと思います。

たくさんの項目があり、私もまだ創価学会関連とあとは少ししか読めていないのですが・・・w

創価学会の項目を読んだだけの感想ですが、客観的にとてもよくまとめられていると思います。

もう既にご存知の方も多いかもしれませんが、まだの方はどうぞ一度読んでみてください。

さて、もう一つ皆様ご存知かもしれませんが、例の「元創価学会員3名のブログ」で、今月28日に集会を行うことが告知されています。

全国から彼らに賛同する同志たちが大勢集う・・・ということのようですが、一体どのような集会になるのでしょうか。

式次第もブログで公開されていますが、3番目の「元創価職員の私達の体験と決意」はちょっと興味ありますね。決意はいいから体験の方。

今まで散々ブログで書いてきた内容と全く同じ、という可能性もありますが。

そしてどのような人たちが当日集まるのでしょうね。全員が彼らに同調・賛同している人たちとは思えませんが。まあそれも彼ら自身想定の範囲内のことでしょう。

動画撮影したものをネット配信してくれたらいいですね。するかなぁ・・・?


5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (けいこ)
2016-02-11 00:28:25
脱会者は、我が儘で好き勝手に生きるゆえ学会から離れる、或は師匠の偉業に嫉妬の理由で、学会を離脱するとよく聞きます。嫉妬する程の団体か毎回疑問ですが、離脱に罪悪感や、退会で地獄行きと長年植え付け、恫喝しこれ自体問題かも。嫉妬より時に、軽蔑の対象でした。殺人犯の容疑者が、会合で体験談を語る学会員で、講演中の顔写真載せ、週刊誌に記事が出た事もあります。犯人は警察職員で、金銭絡みの争いで人を殺した容疑でした。何の為の仕事で、何の為の宗教でしょうか。
クロさん おはようございます♪ (ミルフィーユ)
2016-02-13 09:32:12
今日の聖教2面【新時代を創る】で名誉会長が次のように書いていました。


「戸田城聖先生を偲び、生誕の日に恩師記念会館で勤行・唱題した(11日)。………昭和33年の3月、戸田先生は後継に広布の印綬を託された。会館の展示室には関東の友から届けられた、その当時を描いた絵画が掛けられてあり、妻と共に懐かしく拝見した…」


原田会長ご一行さまとは別の場所で名誉会長は勤行したと、きのうの記事にありましたが相変わらず『行った行ったアピール、やったやったアピール』がお好きなようで(笑)
わざわざ『(11日)』と入れてるけど、都合悪いと写真の説明は『(今月)』なんて曖昧にするくせにね。

この恩師記念会館での写真も忘れた頃に載るんでしょうか(笑)


そうそう8日の新聞に兵庫で開催された全国男子部幹部会の記事があり様子が書いてありました。


「…舞台はクライマックスへ。前方の巨大スクリーンに、池田SGI会長の…」だけ目に止まり つい動く池田センセイ登場か?と早とちりを(笑)


よく読んだら2000年2月に長田文化会館を訪れた時の映像だったようです。

「…SGI会長が被災した同志や故人に思いを馳せ、『せめてもの皆さまへの励ましになれば』と、ピアノに向かい、¨大楠公¨を奏でた、あの日である…」

今回の会合でも名誉会長はメッセージを贈っただけですが、二元中継かなんかで¨大楠公¨を弾いて激励する名誉会長のお姿が映し出されたら感動ものだったでしょうにね。


センセイのピアノ演奏十八番は¨大楠公¨のようですし(笑)


そうそう思いだしました。確か昨年の5月5日の【後継者の日】の記念大会には名誉会長からはメッセージだけでした。

その2日前の3日に何を思ってか大誓堂を訪れ、『後継の弟子の大成長』を祈りつつピアノで¨大楠公¨などの曲を奏でられたとか。


2日前じゃなくて5日の記念大会でピアノ演奏をご披露したなら未来部のみんなはさぞかし大喜びしたでしょうにね。


そういえば【グラフSGI】の広告に2月号の特別ページで『SGI会長の大田訪問』を掲載、3月号の特別ページで『SGI会長の埼玉訪問』を掲載とありました。

話題になった会館訪問のあれでしょうか。 新聞よりもグラフのほうがカラーも鮮明かもしれませんね。

私はもうグラフは取ってないのでチェックできないけど、もしチェックできる方がいたらぜひ感想をお聞きしたいものです。
クロさん おはようございます♪ (ミルフィーユ)
2016-02-14 08:52:03
今日の1面には例の埼玉訪問の際に名誉会長が撮ったというお隣の会館の写真が載ってました。

いやはや今度は『撮った撮ったアピール』ですか(笑)


こう書いてありました。
「…池田SGI会長夫妻は1月20日、21年ぶりに埼玉文化会館を訪問した。…中略…写真は、この恩師記念室から、隣接する埼玉国際女性会館を撮った一枚である……」と。


21年ぶりに訪れるというのに、わざわざ休館日に訪問したんでしたねえ(笑)
隣の会館も休館日だったんでしょうか。


埼玉国際女性会館の写真のほかにもう1枚写真が載ってますね。 なんだ2006年の写真じゃないですか。


できれば恩師記念室から隣の会館を撮影中の名誉会長の写真でも載せて欲しかったわ(笑)

そうそう1面の詩にこんな箇所がありました。
「…広宣流布へ戦う同志に 最敬礼していくことだ。 心で思うだけでなく、口に出さなければ 相手に伝わらない。 ほめて、ほめて、ほめ抜くことだ……… 『慈愛の声』が皆の勇気になる。 自信になり、張り合いになる。『声仏事を為す』である…」


いや~ よく言うわ(笑)
池田センセイ、その通り!心で思うだけじゃ相手に伝わらない。口に出さなければ!(笑)


『慈愛の声』がみんなの勇気につながるんですよね!

ご自分で詩にそう書かれているんですから是非実行なさっていただきた~い(笑)
けいこさんへ (クロ)
2016-02-14 22:38:17
脱会した人に対しての暴言や中傷は、目に余るものがありますよね。
よくもまあ、そのような独善的な考えに至れるものだと驚嘆に値します。
絶対正義と信じているからなのでしょうが、組織が言う分にはいいとしても、一人の人間がそれをどっぷり信じ込める精神構造がやはり驚嘆に値するわけでして。

批判者や脱会した人たちに対して、あるいは日蓮正宗や今ではそれほど声高ではないにしても他宗教に対しての、常軌を逸したとしか思えない攻撃性と醜い感情は、仏教とは相容れないものです。
ちょっと前にフジで放送された創価学会の特集で副会長さんが「(学会は)仏教です」と公共の電波に乗せて言っていたようですが、これは会員向けのプロパガンダかと思うような発言ですね。
「日蓮世界宗」という名の新興宗教であり、全日本仏教会にも所属していません。いや、そもそも所属なんかできないのかもしれませんが。
そういう団体だ、ということですね。
ミルフィーユさんへ (クロ)
2016-02-14 22:56:02
こんばんは。聖教レポートありがとうございます。

戸田氏との師弟愛アピールみたいになっていますが、本っ当に都合のいいように2代目を利用していますね。
何の都合が悪いのかw敬愛する戸田先生の「戸田全集」は廃刊にし、戸田氏の奥さんには池田氏がとても嫌われていたことはネットでは常識です。
戸田氏の死後、その財産を学会の所有物として根こそぎ奪ったとのエピソードもあり、本音のところで池田氏は戸田氏のことをどれ程大事に思っていたのかも怪しいものです。
結局戸田氏のご家族は創価学会には行かず、奥さんは日蓮正宗で葬儀ですからね。

ふと気になったんですが、最近は池田氏を「SGI会長」と称する記事が多くなっていますね。前にもご指摘頂いたと思いますが、これからはSGI推しなんでしょうか。
それと埼玉訪問の記事が今度はグラフSGIで出てるんですか。埼玉推しも目立ちますね。選挙厳しいのか、他に何かあるんでしょぅか?


>ご自分で詩にそう書かれているんですから是非実行なさっていただきた~い(笑)

ブーメラン炸裂ですねw
この詩が、今日の大勝利さんのブログで書かれていたやつですね。
「ほめ抜く」って表現も日常にない学会色強いもので違和感ありまくりですが、さて。「ほめ抜く」行為自体も違和感ありまくりですよね。
広宣流布云々は置いておくとしても、何かに頑張っている人に対して「ほめ抜く」ことが「慈愛の声」ですか。
学会的ワードでバリ活さんたちはもやっとしたニュアンスで伝わるんでしょうけれど、染められていない感性の人間が読めば違和感満載です。
深読みするまでもなく真意としては「法戦に発破を掛け合え!」以外にないでしょう。
その真意を汲み取れない人間が読むと、頑張っている人を褒め殺すのが何が「慈愛」でどうして皆の勇気になるのか?とさっぱり要領を得ないでしょう。
そしてその行き過ぎた行動の励行に違和感を抱かずにはいられないでしょう。
やはり聖教新聞は外部の人間には理解されようとしていない、ということがこういうところにも滲み出ていますね。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。