名を上げたかったよ、浮かれ街で

かつて昭和のナイトクラブで働いていた男が当時流行っていた曲などについて書いていきます。主に歌謡曲。

たれかⅢ

2017-07-12 21:55:33 | 音楽
たれかⅡの続きです。

他にもありました、「誰」が「たれ」と歌われる曲。

佐藤千夜子「東京行進曲」(1929年) 仇な年増を誰が知ろ→「たれがしろ」
二葉あき子「夢よもういちど」(1948年) 露の涙を 誰が知ろ→「たれがしろ」
竹山逸郎、藤原亮子「誰か夢なき」(1947年) ああ 誰か夢なき→「たれかゆめなき」
鶴田浩二「さすらいの湖畔」(1953年) 抱いて泣くよと誰か知る→「たれかしる」
こまどり姉妹「浅草姉妹」(1959年) 辛い苦労を誰が知る→「たれがしる」
中村美律子「無法松の恋」(2016年?) 秘めた想いを 誰が知ろ→「たれがしろ」

「誰」を「だれ」と歌う曲についても追加で調べてみましたが、あまりにも多くて挫折しました。
考えてみると、「誰」を「だれ」と歌う事自体は普通と言えば普通の事ではあるのですが。

先にたれかたれかⅡで書いた、「誰」が「たれ」と歌われる曲を再掲します。

東海林太郎「むらさき小唄」(1935年)
藤山一郎「男の純情」(1936年)
霧島昇「誰か故郷を想わざる」(1940年)
鶴田浩二「赤と黒のブルース」(1955年)
大津美子「東京アンナ」(1955年)
和田弘とマヒナスターズ「夜霧の空の終着港」(1959年)
橋幸夫、吉永小百合「若い歌声」(1963年)

まとめのようなものを書くと、「1960年頃までは『誰』を『たれ』と歌う曲があったが、それ以降はほとんどない」でしょうか。かなり簡単ですが。

個人的には、「たれ」「だれ」両方聴くことが出来る「赤と黒のブルース」は、「たれがしる」が好きです。
また、「誰か故郷を想わざる」は、なんと言っても「たれか」でないとイヤです。

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