名を上げたかったよ、浮かれ街で

かつて昭和のナイトクラブで働いていた男が当時流行っていた曲などについて書いていきます。主に歌謡曲。

気分はギャッコウセン

2017-06-20 13:07:20 | 音楽
1983年、21歳でナイトクラブのアルバイトホール係として入店した当時、店には生バンドが入っていました。
バンドは4人編成。ベース・ギター・ドラム・キーボードをそれぞれが担当していて、リードボーカルは主にギターのバンマスとキーボードの人がやっており、曲目は日本の歌謡曲が多かったものの、ラテン系や民謡など様々な楽曲を演奏していました。

入店当時を思い出すのが、来生たかお「気分は逆光線」。
これはキーボード担当の人が歌っていました。
オリジナルはほとんど聴いたことがなくて、バンドの演奏だけしか知らずに今まで過ごしてきました。
最近来生たかお本人の歌唱によるCDを聴いたところ、「逆光線」を「ぎゃくこうせん」と歌っているのを知り、かなりショックを受けました。
というのも、バンドの人が『ギャッコウセン』と歌っていて、それ以外に考えられなかったからなのでした。
オリジナルは勿論尊重します。でも私の中では「気分は逆光線」の読み=「きぶんはギャッコウセン」なのです。

「もと歌を聴いたことがない」というのは当時よくあったことで、たとえば1981年頃に大ヒットした「奥飛騨慕情」なんかは、カラオケ(当時は8トラックでした。テイチクのTRとか)でお客さんがよく歌うものの、竜鉄也によるオリジナル曲は全然知らずに過ごしていました。
でも仕事をする上では何も問題はありません。
繰り返し繰り返しお客さんが歌われるのを聴いて自分も覚えて、飲みに行けば聴いたことがある曲として歌う。そういうものでした。

石原裕次郎も渡哲也も水原弘も、もと歌はほとんど知らないけれどその曲はよく知っている。そういう時代でした。今もかな?


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