アメリカ留学~Where there is a will, there is a way~

アメリカの大学に入学前から卒業するまで書き続ける予定。
HipHop,R&Bお勧め曲も飽きがくるまでがんばります!

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結婚式まで2週間

2016年09月29日 15時56分12秒 | Weblog
31歳。
生まれてからもうそんなに経った。
同時に、日本に帰国してから、もうこれだけ経った。

人生、いいこと、悪いこと、いろんなことがあった。思ってもみなかった未来にいま立っているのかもしれない。思ってもみなかった仕事に就いているのかもしれない。

そんな俺が、まもなく結婚するらしい。実感はない。単純に変な気分だ。
こんな人と結婚するのかなって昔思っていたのとは少し違うけど、でもいい人だと思う。あとはもう少し優しく、穏やかになってもらえれば。

日々、忙しい。
あまり先が見えていない仕事。まだやる気とペース感と、いろいろな歯車がうまくかみ合っていない新しい職場。

いま日比谷でこの文書を書いているが、この町で人があわただしく行きかうように、その激しい流れの中で、時間だけがまったくくるうことなく、着々とその時が近づいている。

いつまでも健康だけは願いつつ、健やかに生きていきたい。
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自分の中では落ち着いてきた

2016年03月20日 23時51分42秒 | Weblog
やっと、自分の中で整理ができてきた。突き付けられた現実を噛み砕くことができてきたようだ。

ただ、逆に父がいったんのバタバタが終わり、少し弱音を吐く場面が多少がある。今後はそちらの方にもケアしていく必要があるだろう。

結婚について、母はとてもうれしそうだ。指輪はおばあちゃんが持っているとか、そのデザインを変えるのがいいだとか。たぶん、これまで散々俺の友達の結婚の話をママ友から聞いていて、自分の時はどうしようかとずっと考えてたんだろうな。「彼女がやりたいことをなるべくかなえてやって」と強く言っていた。

一方、母はよく「お父さんが心配」と口にする。そうだな。でも母さんはまずいまは自分のことだけを考えておいてほしい。
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自分だけではない。

2016年03月19日 08時32分39秒 | Weblog
自分だけではない

当たり前の話、いま辛いのは自分だけじゃない。
直後はずっと下を向いて歩いていた。ごはんもあまり食べられなかった。
えみおばちゃんは楽観的だった。「すぐによくなるよ。」病室でもずっと母と笑い話をしていたようだ。

誰かと苦しみを共感したくて、えみちゃんに電話した。

「写真みたよ。泣きそうになったじゃん。おばちゃんだって、今日も昼まで仕事してて、突然号泣しちゃってとまんなかったんだから。」

そりゃそうだよな。当たり前だ。

50年間ずっと一緒にいた姉妹だ。俺なんかより苦しいだろう。
父だって、30年以上一緒にいて、そしてこれから30年間また一緒にいる、そしていろんなところに行くつもりだった。間違いなく誰よりも一番辛いはずだ。
そして妹。女の子にとっての母親の存在はたぶん、何よりも勝るだろう。

みんな俺よりも気丈に振舞っていた。俺が落ち込むわけにはいかない。
ちゃんと生きている。意識だってある。それでいいじゃないか。俺だっていまは日本にいる。帰ろうと思ったら1時間半で帰れる距離にいるし、休みも取りやすいポジションにある。不幸中の幸いがこんなに転がっている。
前向くぞ、絶対。

夢で、母さんから普通の声で電話がかかってくる夢をみた。「あんた~」とか言ってたな。絶対正夢にしてやる。
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一日経ち

2016年03月17日 22時44分50秒 | Weblog
3月17日
この日も全然寝れなかった。何度も目覚め、5時ぐらいだろうか、いよいよ起きた。またタイミング悪く、邦人テロも起こり、デスクからも電話がある。朝、急きょ東京に戻らなくてはいけなくなった。週末連休で戻るが、いったん戻る。
朝、8時ごろ病院に行った。トイレから戻ってくる母と顔を合わせた。この時間に俺が来たことで多少驚きや喜びの表情を見せてくれると思ったが、驚くほどに無表情。理由はすぐにわかった。昨日から今日にかけて、昨日までできていた動作がまたできなくなったようだ。右手がほとんど上がらない。右足も動かない。認めたくないが、言葉も昨日より出にくくなっている気がする。というか、なっている。会話を途中で諦めてしまうことがある。
本人が一番辛いだろう。間違いない。それが痛いほどわかる。たぶん、その現実にまだ真っ向から向き合えていないのだろう。それは俺も同じ。「悪い夢なら早く覚めてくれ」と心の底から思う。
昨日まで「私のことは気にしないで」と言っていた。きょうは検査に行くとき「俺検査している間に帰るね」というと、「えぇ~」と言っていた。本当に悲しそうな、寂しそうな表情をしていた。
出る前にコンビニ行って、この前の東北旅行の家族写真を印刷してきた。いま思うと、本当にあのタイミングで旅行に行ってよかったと思う。
裏にメッセージを書いた。

母へ
病は気から 負けるなよ
あなたなら乗り越えられると思って、選ばれたんだと思って
ガンバレ
ヘコたれるのは30年早いぞ

結婚のことは「マオに早く言わないと、また私だけ聞いてないとか言って怒るよ」なんて言ってた。よかった。ちゃんとそういうことはまだ言える。
ガンバレよ、絶対に。負けるな。
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その日

2016年03月16日 13時13分00秒 | Weblog
3月16日。
自分の人生でこんなタイミングでこんな日が来るなんて、正直思ってもみなかった。

母が倒れた。脳梗塞だ。
午前10時ごろ、病院についた。行く前に神社に寄った。心から母の回復を願った。
病院に着く直前だった。母から家族あてにLINEが来る。

「お母さんは大丈夫です。強いでし。強いです。こんなことでは負けない」

力をふり絞って書いたのだろう。涙があふれる。

病院の人につれられたとき、「家族のみ面会可」という場所に通された。胸を刺すような重いだ。奥の白いカーテンの区切り。対面した途端、母は泣いてしまった。そして自分も。でも、こっちが泣いていては母に悪い。一度後ろを向く。30秒ぐらいだろうか。涙をこらえる。

母が話す。言葉になかなかならない。あんなにおしゃべりだった人から言葉が出てこない。でも笑い方は同じだった。それに意識ははっきりしている。よかった。
ただ、やはり大きなショックを受けていることは、明らかだった。
14時から医者の話を聞く。「手術」という文字が出てきた。左にいた母の横顔。なにも自分からは聞かず、ただただ話を聞いていた。

夜、母と二人きりで話した。あんなに長い時間、母と二人きりで話すのはいつぶりだろうか。俺は本当に馬鹿だ。なんでこんなふうになる前に、自分の人生で何が大切か、気づくことができないんだろうか。

「週末、山形に行って、彼女の親に挨拶してきた」と切り出した。「結婚する許可をもらった」と。そして本当は今週末でこっちに戻り、こちらにも挨拶しようと思っていたと。
母はまた泣き出す。俺も泣いてしまう。でも母ははっきりと「よかった。うれしい。本当によかった」と言ってくれた。この道で間違いないんだと確信持った初めての瞬間だったかもしれない。
母は同時に自分がこのタイミングで病になったことを申し訳ないという気持ちになったのだろう。「なんでいつもお母さんなのかな。ばちがあたったのかなぁ」と言った。「お父さんにも申し訳ない。せっかく自分が好きなことできるようになったのに」と。
全然、そんな風に思ってほしくなんてないんだよ、母さん。いまは我がまま言っていい。自分優先で考えてくれ。母さんほどタフな母はいない。あなたなら乗り越えられると思ったから、母さんが選ばれたんだよ。俺の子供をかわいがってくれよ。遊んでくれよ。あと最低でも30年ぐらい生きてくれ。ここからそう思った。

正直、きのうもきょうも寝れない。きょうは本当に何年振りだろうか、ショックによって、晩御飯が食べれなかった。まだこういう風になってしまったという事実を自分の中で消化できていない。

いろんな人から電話があった。母の友人から。本当にいろんな愛されているのだとわかった。そしていろんな人を愛しているのだとわかった。携帯の暗証番号は1593だそうだ。ひこくみ。泣けてくる。
いろんな人から励まされた。いろんな人から「久美さんには感謝しきれないほどお世話に会った。なにかあれば助けにいく」と言われた。みな口をそろえて「あんなに元気な人なのに。あんなに糖尿病の検査してたのに」と。そして「絶対久美さんならこんなんに負ける人じゃない」とも。

夜、父と1時間ぐらい話した。多少俺よりは冷静に受け止めているのかもしれない。それは年齢なのか、ばあちゃんのことがあったからなのかはわからない。でもこれからやっと好きなことがお互いできるようになるのにと強調していた。
ただ俺の気持ちが整理できていないのを見ると
「悩んで解決することはとことん悩め 悩んでもしょうがないことは悩むな」と言われた。それはそうだな。でもさ、そんなに大人じゃないよ。
あと結婚のことも話した。喜んでいた。
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母が。

2016年03月16日 08時53分53秒 | Weblog
2016年3月15日。

会社の班かいを終え、家ですき焼きを食べかけたまさにその時だった。携帯がなり、見ると父の名前が。一瞬ご飯食べてからにしようかと思ったが、一応でた。
「お母さんが脳こうそくで入院することになった」
父の説明は落ち着いてはいたがまどろっこしい。要するにいまどういう容態なのか。時計を見ると20時すぎ。まだ今晩中にも帰れる時間だった。
電話の内容を伝えると彼女は泣いてしまった。やめてくれよ、縁起でもない。
ただ、その後恵美おばちゃんの話を聞くと、一刻を争う事態ではないと。ただ、「外人みたいな話し方」と聞いた。一方、無理をしていたのかもしれないが、恵美おばちゃんの話を聞いて少し安心した。
しかし、あれほど話すことが好きな母。もし「そんなこと」になったら、今後どうやっていくのか。嫌な想像が頭をよぎる。翌日、会社を休むことにした。
その晩、さすがに寝つきが悪い。夜中一度何かの声のようなもので目が覚めた。母からだったのか。朝も5時すぎには目覚ましもなく起きた。
夜寝る前、母にラインをした。母からの返信をあんなに心から待つことなんてこれまであっただろうか。朝起きると既読にはなっていたが、返信はない。複雑だ。
ありきたりな言い方だが、親なんて今後30年ぐらいはいると理由もなく思っていた。スローペースで人生歩んでしまった。いま思うと、母はその一瞬一瞬に常に全力投球していた。そして常に人に感謝していた。あんな人はいない。聞くと、5日前から違和感を感じながらも、おばあちゃんを見る人がいないということで病院に行くのをためらっていたようだ。

いまは名古屋に向かう新幹線の車内。落ち着こう。
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泣きそうになるもんなんだな

2016年03月12日 23時06分52秒 | Weblog
2016年、3月12日。

きょう彼女の親に結婚の許しを求めに行った。

車で5時間かけて彼女の実家山形県まで向かっていった。道中、前日飲みすぎた彼女は後部座席でずっと寝ている。そうすると、どうにもこうにもいろんなことを考えてしまう。引き返そうとまでは思わなかった一方で、何か起きて延期になることに少しだけ期待していた。
この人、と決めた。。。はずだった。
で、やっぱりこの人なんだろうと思うし、思い込ませていた。そんなもんよくわらかいですよ、実際。馬鹿になって、100%の力でこの人以上の人はこの世にいないなんて言いきれる人っているのかな。

そうこうしているうちに実家についた。さすがに緊張する。
開口一番、切り出そうと思ったが、着々と料理が出され、まず食べることに。

30分後ぐらいだろうか、彼女の兄夫妻も来た。妻は初めて会う。俺のひとつ下のようだ。
正直、人生における数少ない「ここ」という場面を、会ったばっかりの人の前でやるのは恥ずかしい。ただ、それはしょうがない。

「きょうは結婚のお許しをいただきたくあがりました。」と切り出した。
母の表情は特に変わることはなかった。「いや、私は許可するとか、しないとかそういうことは言いませんので。」と。

正直、むしろ自分の方があふれそうになる涙を堪えていた。母は「尻にしかれないように、がんばってください。意外とそういうところありますので。」と。

お兄さんからは「どうぞ、ぜひもらってやってください」と言われた。
その横にいた妻からは「おめでとうございます」と。

それから3時間後のいま、蔵王の近くの温泉旅館にいる。

率直にいうと、気持ち悪い。よくわからない。
「血がつながっていない人と家族になる」というのはこういう感覚なのだろうか。

彼女はもう数年付き合っているので、家族になりつつあるし、それは自然に入ってくる。
しかし、会うのが2回目のお兄さん、そして初めて会うその妻、そして母親。ちょっと出会ったばかりの人と、この先何十年もいろんな場面で顔を合わせることになる。親戚となる。なんだこれ。。。

正解、不正解なんてもちろんなく、誰に言われるものでもなく、自分でどう思うか。
現時点で「これでよかった。最善の選択だ」と自信を持っては言えないし、それは素直に受け入れることにする。後から振り返って、そう思えるようになればいいのだから。

なんか、疲れた。あー、悲しいぐらい、年とった。
結婚が人生最良の日ってのは、ちょっと違うね。
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ブログ

2010年04月05日 00時16分30秒 | Weblog
http://ameblo.jp/arequipa-7/

学生から社会人になったので、新しいブログつくりました。
よかったらどうぞ。
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喉が・・・

2010年03月31日 07時37分34秒 | Weblog
昨日上京しました。
母さんと、そしてなぜか父さんまでも有給とってついてきた。
まぁ今までアメリカだったから、こんなんが嬉しいんだろうねぇ。

しかし俺の体調最悪。
昨日の朝一で地元の内科いって薬もらってきたんだけど、あまり効果がなく。
とにかく喉が痛いんです。
明日入社式だからどうにか治したいんだが、うーーん。。。

ガスやら電気に電話しなきゃいけんかったんやけど、どうにも声を出すことが痛いので、母さんに全部電話してもらった。24歳なのにね。

今日は区役所に転入届だしたり、ベッドとか机を買い揃えなきゃいけない。母さんとレンタカー借りて色々回る予定なんだが、今朝起きてもまだ調子悪い。

部屋は天王洲アイルにある。局の保有するスタジオの上にある。11階に住んでるんだけど、目の前にいい感じでフジテレビが見える。まぁあとはJALとかJTBの本社がある。

早く風邪治そう。。。
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MIHO LIFE

2010年03月27日 22時43分37秒 | Weblog
どうやら俺は今からテレビ東京の社員になるようだ。
昨日の3時からの面接が終わり、5時ぐらいには電話があった。
その時俺は新幹線に乗ったばかり。面接のできの悪さにふさぎ込んでいたところだった。

正直諦めかけていた。
花王の時もそうだったが、俺は最後の最後で力が出せない。いつもいいとこまでいく止まり。今までの人生で一度も夢を掴んだことなんてなかった。

そんな俺がテレビ東京から内定をもらった。

実感は全くない。正直今まだ選考が進んでいる企業への思い残しがないかといえば全くそんなことはない。
ただメーカーが俺の道ではないことはここ3週間ぐらいでわかった。キリンビールやキューピーなどすこぶる向いていないと思ったし、テレ東はその反面とても一緒に働きたいと思う人が多かった。
家に帰るとスバルがES通過したとメールがあった。永谷園とアサヒビールはダメ。
人生こんなもんだろうか。自分を必要としてくれる人は意外なところにいるものか。


でもこんなに喜びの報告をできることって今までの人生で一度もなかった。高校も大学も第一希望に受かったことはない。
そういう意味では初めて親を喜ばせることができたのかもしれない。それは単純にとても嬉しい。じいちゃんにもいい報告ができたと思う。
ばあちゃんもすげー喜んでくれた。東京テレビかね?なんていってたけど、田舎に泊まろうを作ってるとこだよって言ったら「あの番組は大好き」と言っていた。
新幹線で何人もに電話した。
としさん、やすこ、香菜、俊介、涼、こうめい、よーたん。
本当にみんなの助けがあってこそ掴んだ夢だ。こいつらとは一生付き合っていきたい。

父さんもなんだかんだで、とても嬉しそうだった。やっと楽させてあげられる。
最後まで「君は花王のマーケが向いてると思ったけどなぁ。」なんて言ってたけど、心のなかでは誇らしげだと思う。

夢を掴むってこんな気分なんだね。実感なくて、足がまだついてなくて、でも実際俺は今テレビ東京と雇用契約を結ぶために東京へ行く新幹線に乗っている。

人生何が正しいなんて分からない。花王の一件とても悔しかったけど、あれがあって今がある。

テレ東の最終では2/3の人が落ちた。狭き門だった。
父さんが言った。「君が花王の時に味わったあの気持ちを、今20人ぐらいの学生が味わっている。その意味をしっかり受け止めなさい。」と。
その通りだと思う。

これから一週間で引越しやらなにやらで忙しと思う。
一段落したら、同時に実感も覚えるようになるのかなぁ。


MIHO LIFE


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ふぅ。

2010年03月25日 08時22分35秒 | Weblog
就職活動やっと一区切り。

ひとつの会社から内定をもらった。しかも最初は考えてもみなかった業界から。

運命ってのは存在するんだろうか。

実は昨年末留学生用の枠で花王の内定が決まりかけていた。マーケティングをしていた俺としては、日本で一番広告費を使っている花王で働けるのが一番いいと思っていた。

しかし結果は、最終で落ちた。


それがきっかけで、日本で本腰入れて就職活動するようになった。

最初は予定通りマーケティングが得意そうなメーカーを中心に活動していた。
日本マーケットでの消費財でマーケに予算の多くを使っている、キリン(これがちょっと前に批判してた三菱財閥系の会社なんだが)、キューピー、P&Gとか。あとベンチャーやSI系も受けたりしてた。
けども、メーカーの説明会に参加するたびに幻滅することが多かった気がする。これは自分のなりたい姿じゃないなと。

SI系はけっこうおもしろそうだったけど、なんといってもベンチャーがおもしろそうだった。

まぁしかしそんな中で一つだけ違う業種を受けていた。そしたら今回内定をもらえた。

実は俺の両親がその業界に務め、結局蛙の子は蛙なのかと。
しかも特例で、今決まって、来月の4月から入社できる。こんないい話はない。


一度このブログを近々終了にしようと思う。
もちろん俺は文が好きだから、新しいのを同時に始めるつもりだが、これは学生時代の終了という区切りでね。

gooブログのマイナーな感じ、あまり人に見られてない感じがけっこう好きなんだよねぇ。
でもちょっとアメブロデビューしちゃおうかとも思うけど。
まぁそなへんは熟考中。乞うご期待。

ぴーす。
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好きなもの

2010年03月22日 17時56分09秒 | Weblog
やっぱ俺は冬が好きだね。うん。

今日はいつもより寒い。そんな日に音楽聴きながらコーヒーを飲む。落ち着く。

日本に戻ると、いかにアメリカ人がポジティブなやつが多いかがわかる。あのポジティブさがアメリカのイノベーションを生む最大の強みなんだろうね。
何かはじめようとしている時は、できる限りネガティブな意見は排除したい。やって失敗した事のある人の意見はまだわかるんだが、やってみたこともないのに憶測だけでネガティブになることは、自分たちの可能性にリミットをかけているだけだと思う。


最近ツタヤのDiscasというのに登録した。あれいいね。レンタルビデオ屋では置いてなくて、アマゾンで新品しか売ってないようなニッチなCDがレンタルできる。返すの楽やし。
でもあれも、アメリカのNetflizの日本版だよな。
日本発のサービスが生まれてほしいもんだ。

明日は大阪で、明後日東京。
がんばろう。

Nouvelle Vague - Dance With Me


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久しぶりの帰郷

2010年03月21日 07時22分16秒 | Weblog
やっと一宮に戻った。5日ぶりかな。

今週はほんとにしんどい週だった。けどいい結果が伴ってよかった。あとちょっと。
いつも電話やら酒の席で労ってくれる仲間にはやくいい報告をしたい。



しかし今日Nujabesの訃報を知った。
http://natalie.mu/music/news/29266

高校の頃何度Luv sicを聞いたことか。
日本が世界に誇るクリエーター。
もっといろんな音が聞きたかった。

Rest in peace, yo.



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日本にいるのにね。

2010年03月16日 00時43分11秒 | Weblog
今週のスケジュール過密。
月 名古屋
火 朝名古屋 昼東京 夜大阪
水 朝大阪 昼東京
木 朝東京 夜やっと帰宅
金 終日大阪

周りに同じ立場の友人おらず、独りの戦い。週末友達と飲めることが唯一の楽しみ。


さて、日本にいるのにね。
俺とても孤独を感じるんですね。日本文化に対し部外者のようなね。
逆カルチャーショックというのを留学生は体験するらしいけど、今まさにその状態。
そりゃ一年ばかしの留学で体験するその違いはまぁ生活習慣だったり、その程度のものだった。

しかしね、5年も海外に暮らし戻るとね、もっと根の深い表面だけではない価値観だとか、考え方みたいな部分でカルチャーショックを受ける。

例えば今は多くの説明会に参加するんだが、まぁ大きいもので100人ぐらいの物もある。

んでたいてい「質問がある人は遠慮なくどうぞ」みたいな事を最初に言われる。
けど誰も何も質問しない。
俺はくせなんだろうか、発言をしない、自分の意見を表現しない事は愚であるという国で5年間教育を受けたものだから、唯一質問をする。

それでたいてい聞いた質問には採用担当者も快く答えてくれるのだが、それに対しかぶせるように追加質問するとたいてい顔を曇らせる。
そう議論というのを非常に嫌うし、「なぜ?」という質問にすごい拒否反応を持つ。


今日は今までの中でも特に大きな企業を受けた。
正直大学入学時、アメリカの高校を出たばかりのアメリカ人は本当に子供。日本人のほうが数倍ませている。
けど大学卒業時、アメリカ人生徒は本当に大人びる。責任感があり、また自分の意見をちゃんと持っている。
日本は一気にそこで抜かれ、会社に入っても大企業であればあるほど、責任の所在がとても不明瞭な気がする。
一般論ね。

今日は所謂財閥系の会社。ありゃダメだ。俺には合わない。辞退しようかと思う。
そして本当にああいう企業が日本の競争力を失う根源なんだなと強く思った。ほんとに特異な社会だ。財閥系の仕組みはどう考えてもただのカルテルだろ。
数社が非常に強い力を持ち、そしてベンチャーがとても育ちにくい。

今世界を席巻しようとしているアメリカ企業はほとんどできて10年未満。そのことをもっと考えないかんし、これから日本はどの分野で成長できるんだ?人口は減っていくのに、世界に勝負できる分野はあるんだろうか?


パソコン、ネット、クレジットカード、医療、デジタル書籍やデジタル音楽。
これから確実に伸びていく分野で、創出したのも、トップシェアを誇るのも、そして一番利益を上げるのも全部アメリカ企業。
Warren BuffetがNBCのインタビューでこう語った。

「I'm 100% optimistic about future of America. There is no way you bet against America and win.」

最初聞いたときはバカじゃねーかと思ったが、アメリカでビジネスを勉強すればするほどその真意というものがわかった。ヴェリタスってやつが。


ただね、なんで孤独を感じるかというと、結局おれは日本で仕事を探し、アメリカで一生暮らすって決意をできない中途半端な存在だからなんだよね。遠吠えにしかすぎない。
それにこの国の主流は俺みたいなタイプじゃないから、まぁ孤独を感じるわな。
ただの天の邪鬼野郎なんですかね。


雨降る日は、Jill Scottでも聞きましょうかね。Bobby Womackもいいですね。寝ます。ぴーす。
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モチベーション

2010年03月12日 09時52分08秒 | Weblog
モチベーションってどうやって保てばいいんでしょうね。
みんなと協力して行う事ならまだ糸口が見つけやすいんだけど、一人で取り組むことに対してのモチベーションって俺が崩れたら、もうダメになる。

実は昨日からこの状態が続いている。どうもやる気というか元気が漲らず、寝起きからどこかぐったり。
あんまりそういうことはないほうなんだけどなぁ。

サッカーなんかなぁ、今の俺の生活に足りないものは。

ちょっと旅に出ようかと思う。時間があれば。
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