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2011年高齢出産野田聖子(50)・体外受精帝王出産・真輝まさき(長男)の闘病

2015年12月13日 11時57分23秒 | Weblog
21000文字数

2011年高齢出産の代名詞;
野田聖子(50)/体外受精帝王出産長男(真輝まさき)の闘病
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▼要約▼
2011年1月6日午前:
50歳という超高齢出産にて重い障害のある男児(野田真輝)が誕生した事を発表した。
この際、野田聖子は子宮の摘出を余儀なくされている。

2011/2月に事実婚だった男性(木村文信)と2011/1月18日に婚姻し男性が改姓(野田文信)した。事をブログと手記で公表した。
出産前から密着取材を要請し、2012年1月、医師の反対を押し切って重病の子をTVで公開した。
子は1年で9回の手術を受けるが脳梗塞も併発し、2年近く入院中で1回も退院経験がない。
現在人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺がある。
後援会400名で2班に分かれて韓国旅行をした際、旦那(文信)&実母(弘子)も連れて5日に合流するが、韓国旅行中に子どもは肺炎になった事などが批判された。
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□息子(真輝まさき)が動き始めました□
2013/7/23野田聖子/近況投稿

▼4人家族▼(一軒家賃貸100万円・260m2・4LDK)
・野田聖子(52)
・野田弘子(79)=野田聖子の実母
・野田真輝(2)=野田聖子のDNAはない
・野田文信(旧=木村文信45)

以前にも書いたように、二歳半の私の息子はいろいろな障害を抱えています。
ゼロ歳の時に起きた脳梗塞のせいで、■右半身が不自由。
気管を切開して人工呼吸器をつけているので話をすることもできません。
当然、ハイハイもできません。お座りするだけでした。

でも、その息子が動き始めたのです。

ある日のこと、ここに座っている、と思っていた息子が、
ちょっと目を離したら別の場所に座っていたのです。

あれ?私(聖子)もモウロクしたかな?と思っていたら、突然、私の目の前で息子がひょこひょこと動き始めたではありませんか!
■おしりと、■左手左脚を使って、お尻歩きを始めたのです。
誰が教えたのでもありません。息子が自分の力で動き始めたのです。

それからはもう大変、日々あちこちにくるくると動き回っています。移動するということを覚えた息子は好奇心のかたまり。ごみ箱をあさったり、コンセントを抜いたり...。この間は動きすぎて階段から落ち、大泣きです。

それから、声を出すことも覚えたのです。
切開しているのどのカニューレの管に指をあてて、「あー」と言えるようになりました。
泣く時も、管をおさえて声を出して泣いています。

親ってよくばりで、一つできたらこれもあれも......、と思ってしまいがち。でも、私は決して焦っていません。ゆっくりの成長で良いと思っています。彼(真輝)はほかの子供たちよりも、数倍スローな成長です。でも、逆にいえば、それだけ長い間、彼(真輝)が成長していくのを楽しめるともいえます。

最近では、保育園にも通い始めました。
■重度の障害児のクラスに、呼吸器や酸素、吸引器などを持参して通っています。

初日、夫(木村文信⇒野田文信)が連れて行ったのですが、
朝別れるときに大泣きするかと思いきや、ニコニコしながらバイバイ。拍子抜けしたそうです。

息子(野田真輝)はほとんど人見知りをしません。
生まれた時から多くの人が彼の成長にかかわっていますから、
それをわかっているのだと思います。

お医者さんからもOKが出たので、今度は私(聖子)の地元の岐阜に連れて行こうと思っています。近々、近場への海外出張も予定しているのですが、できたらそこにも連れて行ってあげたい。彼(真輝)は確実な将来がわかりません。
今は元気ですが、重度の障害児であることは変わりませんから、
今のうちにできるだけいろいろなところに連れて行ってあげたいと思っています。

■真輝=生年月日=2011/1/6午前 ⇒野田真輝
帝王切開=2154グラム
・卵子=野田聖子ではない・若い女の卵子=購入金額500万円
・精子=木村文信(現在=野田文信)
・子宮=野田聖子(帝王出産当時50歳)

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↓野田聖子(52)の『子を産む』と言う執念史↓

▼14回(1回目の事実婚解消後の無断受精卵使用を含む)の不妊治療は実らず、
日本では認められていない有償の卵子提供を受けることを決意

▼国会開会中に海外医療視察の名目で渡米し、
ジュリアロバーツ似のアイルランド系メキシコ人卵子を購入し妊娠に成功
▼精子提供者は2回目の事実婚配偶者(木村文信)
▼妊娠初期、胎児の重大な奇形が判明し、染色体異常を疑った医師に羊水検査を薦められたが、「どっちにしろ産むから」と検査を拒否
▼胎児の異常が判明した以降のインタビューで2人目3人目も頑張ると宣言
▼2011年1月、現職の衆議院議員である野田聖子は50歳で男児を出産
▼野田聖子⇒子宮摘出⇒もう産めないと泣く!!
▼子は、重大な心臓・肝臓疾患に食道閉鎖症があり、誕生後すぐに1回目の手術を受ける
▼1年で9回の手術を受ける
▼人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺あり、1回も退院していない

生まれた瞬間から「臍帯ヘルニア」「心臓疾患」「食道閉鎖症」
生後9カ月で「脳梗塞」と「呼吸停止」。そして1歳になる前に「気管切開」で声を失った。

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▼鶴保庸介=2001~2006(事実婚期間)▼精子無断使用▼
2008年1月27日号読売ウイークリー(p96~99)より抜粋
・・・・・野田聖子の話⇒⇒・・
2006年10月、不妊治療のことで夫(鶴保庸介)と口論とナリ、
夫(鶴保庸介)はマンションを出て行ったその後、
病院に凍結していた精子を使って最後の不妊治療をした。「神様あと1回だけ挑戦させて」と。
内証でした(庸介の凍結精子無断使用)。
あの時は、「おまえ、異常だ。おれと別れようって話をしている最中に治療もないだろう。
今すぐ電話して、キープしている卵を捨てろ!」って、どなられた。
でも、彼(鶴保庸介)とは決定的な(別れの)状況になかったんで、やっぱり、子がかすがいとなるなら、最後にかけてみようと思ったんです。

⇒1週間後、受精卵不成功だとわかった。・・・・・・

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野田聖子語る、卵子提供者は「ジュリア・ロバーツに似ている」
2010/10/4女性セブン

卵子提供による体外受精妊娠を告白してから1か月。2010年5月に2回目の卵子提供を受け、
2010/6月に妊娠が判明した野田聖子議員(50)が、卵子提供者の女性について語った。

「私は血液型以外一切の条件をつけませんでした。私はみなさんに公表せざるを得ない立場だから、いくら似せたところで子供は自分の出自を知ることになりますから。みんな1年かけて選ぶとかいう人もいるみたいだけど、私のほうの体力の限界もあるし、とにかく時間優先でした。

だから主治医の先生がこのかたでどうですかとおっしゃっていただいたかたに即決しました。実は、卵子を提供してくださった女性の小さいころの写真だけはいただいたんです。子供の写真だから、5才ころの写真かしら。それが若干、ジュリア・ロバーツさんに似ているので、私たちの間ではジュリアさんって呼んでいます(笑い)」(野田聖子)

今回の卵子提供でかかった費用は約500万円という。
その金額は一般家庭にはとても出せない金額であり、
野田聖子の立場だからこそできたことだという否定的な意見もあった。

「不妊治療をしている女性には体外受精を10回する人も少なくない。そのお金とほぼ一緒です。体外受精10回やって打ちひしがれる精神的な慰謝料を加算すれば、妊娠できる可能性の高い卵子提供のほうがいい」(野田聖子)

※女性セブン2010年10月14日号

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▼卵子受取り(2010/5)
2010年5月にアメリカ合衆国にて卵子提供を受けて体外受精を実施して妊娠したことを、
2010年8月下旬に『週刊新潮』での自らの手記にて明らかにした。
渡米した目的は日本では認められていない有償の卵子提供を受けるため。
しかし渡米は国会開会中の海外医療観察名目で行われた。

妊娠初期に胎児の重大な奇形が判明するが、「どっちにしろ産むから」と精密検査を拒否した。胎児の異常が判明した以降のインタビューで、「2人目3人目も頑張る」と宣言(当時)。

▼帝王切開出産(2011/1/6)
2011年1月6日、50歳という超高齢出産にて重い障害のある男児が誕生したことを発表した。
この際、野田聖子自身は【子宮の摘出】を余儀なくされている。
また、当面の間は休養することも明らかにしている。
2011/2月、事実婚だった木村文信と2011/1月18日に婚姻し木村が改姓(野田)したことをブログと手記で公表した。
同時に、鶴保庸介と事実婚の関係を続けたのは自身が跡取り娘で名字(野田)を維持するためだったことも明かしている。 出産後にその男性と入籍。
出産前から密着取材を要請し、2012年1月、医師の反対を押し切って重病の子をTVで公開した。 子(真輝)は1年で9回の手術を受けるが脳梗塞も併発し、2年近く入院中で1回も退院経験がない。現在人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺がある。
尚、時々子供のお見舞いに行き写真をブログで公開している。1歳の誕生日は野田聖子からお守り2つがプレゼントされ、短時間のお誕生会が開かれた。後援会400名で2班に分かれて韓国旅行をした際、旦那&実母も連れて5日に合流するが、韓国旅行中に子どもは肺炎になった事などが批判された。

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野田聖子「出産・重度障害児・子宮摘出・婚姻届」壮絶ドラマ
2011/2/24Jcast

本の題名「生まれた命にありがとう」(新潮社)。
著者は2/22日(2011年2月)に事実上の結婚生活を送っていた木村文信(43)との婚姻届を出した自民党・野田聖子(50)=比例東海ブロック。

夫=木村文信(現在・野田文信43歳2011現在)
妻=野田聖子(50歳2011現在)
子=野田真輝(男・2011/1/6生)

野田聖子はアメリカで卵子提供を受け、2011年1月6日に男児を出産したばかり。
著書には、男児が胎児の段階から重い病魔に侵されていることが分かり、さらに婚姻届を提出(1月18日)した翌日、野田聖子自身も病魔に侵されていた経緯が綴られている。

息子(真輝)を抱えて永田町出勤が夢
まだ胎児だった2010年11月の段階で、生まれてくる子供の心臓に穴があき、本来2本ある心臓の血管が1本しか繋がっていないこと、肝臓にも疾患があることが分かった。出産の喜びも束の間、男児はそのまま集中治療室に運ばれ手術が行われた。その際に食道閉鎖症も見つかり、1歳になるまでに6度の手術を受けなければならないという。

それでも野田聖子は息子(真輝)との夢を次のように語っている。

「産後休暇が終わったら、息子を抱えて永田町に出勤し、保育所に預けて本会議に向かうのが今の夢」

夫(木村文信)も長男出産をきっかけに、
「最初から真輝の父として戸籍に自分の名前を刻みたい」と、
夫婦別称を訴えていた野田の籍に入る決意をした。

ところが、試練はまだ終わらなかった。婚姻届を提出した翌日、
野田聖子の子宮に血のかたまりが見つかり、2日後に【子宮摘出手術】を受けている。
本にはこうした野田聖子の体験が記されているという。

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野田聖子“事実婚”解消、夫(木村文信)が野田姓に改姓
2011/2/24

体外受精で妊娠し、2011/1月に男児を出産した元郵政相の野田聖子衆院議員(50)=自民、比例東海ブロック=の事務所は2011/2/23、野田聖子が事実婚の関係にあった木村文信との婚姻届を提出したことを明らかにした。
事務所によると、木村文信が「(長男の)戸籍上の父になりたい」と希望し、野田姓に改姓したという。

野田聖子はブログで「夫が私の意思を尊重してくれて、ムスコの出生届の直前に婚姻届を提出し、野田聖子であり続けることになった」と説明している。

野田聖子は2010年、米国で卵子提供を受け、
事実婚の関係にあった木村文信の精子との受精卵で妊娠。2011/1月6日に男児を出産した。

■2006年に不妊治療の在り方をめぐる口論の末、鶴保庸介との関係を解消した。■
≪現在のパートナーは大阪でバーやレストランを経営している7歳下の木村文信。
2人は2007年初め、木村文信がオーナーを務める焼き肉店で出会い、翌年の2008年に交際がスタート。木村文信は1メートル75でがっちり体系、顔はプロ野球・阪神タイガースの金本知憲に似ているという。≫

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野田聖子の夫(木村文信)、韓国料理店を閉店
2013/2/14ポストセブン
2013年2月28日号女性セブン

ざっくり言うと自民党の野田聖子は第三者による卵子提供によって長男を出産
長男は生まれる前から大病を患い、生後2年で9回もの手術を繰り返した
野田聖子の夫(木村文信)は長男のためにオーナーを務める韓国料理店を閉じた

野田聖子の夫(木村文信)は、長男(真輝)と義母の面倒みるため韓国料理店閉店
現在、自民党総務会長として激務をこなしている野田聖子(52才)だが、
その一方でプライベートでは新たな問題に直面していた。

野田聖子は2011年1月、第三者による卵子提供によって長男・真輝(まさき・2才)を出産した。
生まれる前から臍帯ヘルニアと心臓疾患という大病を患っていた真輝は生後すぐにNICU(新生児集中治療室)へ。いくつものチューブにつながれ、機械に囲まれる生活を余儀なくされた。

2年間で9回もの手術を繰り返し、何度も生死の境をさまよったが、ついに退院できるまで回復したのだ。しかし、手放しで喜べるわけではない。
今度は、退院後の真輝には、在宅ケアが必要となってくる。

「入院中は看護師が24時間体制で診てくれましたが、今度は、野田さんたちが自分たちの手で処置や投薬をしなければなりません」(野田聖子の知人)

さらに、老人性うつに悩む母・野田弘子(79才)の介護にも追われている野田聖子。
そんな現実を前に、2012年末、野田夫妻は3年前に買ったばかりのマンションを引き払い、新居へ引っ越した。

新居は、都心の閑静な住宅街にある2階建ての一軒家。専用のテラスや暖炉も備え付けられている洋風な造りで、【家賃は100万円前後】。約260平方メートルの4LDKで、一部屋一部屋が広いのが特徴だ。入居時に相談すれば、バリアフリーにリフォームできることになっていたという。

「真輝くん専用のベッドや椅子を用意するだけでなく、病院にある機械の一部を自宅に入れなければならないため、広いスペースが必要だったそうです。また、弘子さんの症状がさらに進行することや、もうすぐ80才にもなることを考えて段差などがないバリアフリーを充実させたそうです。
弘子さんは、真輝くんに会うときだけ、シャキッとして症状が出ないんです。4人で住むことで、お母さんの病気がよくなるかもしれないという思いもあったのでしょう」(前出・野田聖子の知人)

・野田聖子(52)
・野田弘子(79)=野田聖子の実母
・野田真輝(2)=野田聖子のDNAはない
・野田文信(旧=木村文信45)

家だけではない。さらに野田夫妻は、もうひとつ重大な決断をする。
それが野田聖子の夫である木村文信(45才)がオーナーを務める韓国料理店の閉店だ。

「野田さんが家族の心配をせずに、国のために思いっきり働けるようにと、木村文信さんが提案して、自分がふたりの面倒をみることにしたそうです。閉店を決めたときは、スタッフひとりひとりに“申し訳ない”と頭を下げてまわったと聞きました。

実は、この店はもともと大阪でやってたんです。3年前(2010)に野田聖子が妊娠したのをきっかけに、木村文信が東京に移店させた。
“妻のことを第一に考えている。だから、移店も閉店も惜しくない”
って言っていて、本当に奥さん思いの旦那さんなんです」(前出・野田聖子知人)

※女性セブン2013年2月28日号

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↓【 木村文信(金文信)の過去歴 】↓

▼2009/3月5日号(木曜号)週刊文春記事▼
■木村文信■
2005/5=逮捕歴(アダルトスパムメール大量送信)
木村文信は飲食店経営だというが、週刊文春で、スパムメールを大量に送って、サーバーをダウンさせたことで逮捕歴があるという。アダルトサイトの経営者。

「スパムメール」80万通を一斉送信し、
インターネットサービス「なな☆メール」のサーバの機能を一時的にまひさせたとして、
京都府警ハイテク犯罪対策室と伏見署は2005/5/16日、有線電気通信法違反の疑いで、
大阪市中央区島之内、
アダルトサイト会社社長木村文信(金文信)容疑者(37)を逮捕した。
府警は、木村容疑者がスパムメールを送る際、
他人のIDパスワードを不正に使って家庭内情報通信網(無線LAN)に侵入し
送信していたとみている。

週刊文春によると飲食店オーナーとなっているが
それが表向きであることは関係者の間では常識。
裏では現在もアダルトや出会い系サイトの運営・広告業に実質的オーナーとして携わり法外な収益を上げ税務調査の常連。
ワンクリック詐欺的なサイトからサクラ中心の出会い系まで消費者泣かせのサイト多数。
2009/3月5日号の週刊文春によるとこれらの事実を知ってか知らずか消費者行政担当相野田聖子は黙認している模様。

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スパムメールを大量送信 男を逮捕 京都府警 有線電気通信法違反の疑い
2005/5/16京都新聞

営利目的の電子メールを不特定かつ大量に送る「スパムメール」を一斉送信し、
インターネットサービス「なな☆メール」のサーバの機能を一時的にまひさせたとして、
京都府警ハイテク犯罪対策室と伏見署は16日、有線電気通信法違反の疑いで、
大阪市中央区島之内、アダルトサイト会社社長木村文信容疑者(37)を逮捕した。

府警によると、全国で同様の事件で偽計業務妨害容疑で立件された例はあるが、
今回の容疑での逮捕は初めてという。
「なな☆メール」は、機種の異なる携帯電話同士で画像交換ができるサービス。
府警によると、最盛期には1日に延べ約100万人が利用した実績もあるという。

調べでは、木村容疑者は2003年12月18日~22日の間、
京都市伏見区のインターネットサービス会社エアツールズが開発した「なな☆メール」を不正利用し、 広告宣伝メールを不特定・大量に送信。
うち約41万件があて先不明で返送されサーバにたまったため1時的に機能不全に陥るなど、有線電気通信を妨害した疑い。
木村容疑者は「会員獲得と宣伝目的でやった」と容疑を認めているという。

府警は、木村容疑者がスパムメールを送る際、
他人のIDパスワードを不正に使って家庭内情報通信網(無線LAN)に侵入し、
送信していたとみている。

(京都新聞)2005/5月16日

↑【 木村文信(金文信)の過去歴 】↑

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野田聖子/不妊治療で薬漬けだった10年間
2012.03.19/月刊SPA<取材・文/佐藤留美>

体外受精に挑戦すること14回。
妊娠、流産、離婚、再婚を経験し、米国病院での卵子提供を受けて、ついに50歳で初産。
週刊SPA!2012/3月19日発売号の「エッジな人々」では、
40歳から10年にわたって不妊治療に取り組んできた野田聖子衆院議員を直撃。
母・野田聖子と議員・野田聖子のはざまで格闘する彼女の素顔をつまびらかにした。

長男/真輝が今年(2012)1月6日に1歳の誕生日を迎えたことを喜ぶ野田聖子議員

①――やはり、10年間にわたる不妊治療は苦行でした?
野田:塗炭の苦しみね。
最初は普通妊娠を目指していたけど、なかなかできないから、不妊治療を始めて。
漢方薬を服用したり、排卵を誘発する注射を打ったりで薬漬け。
この注射は、“アレ”(性交)の10数時間前に打つので、
当時の夫に「今日は早く帰ってきて」と強要してしまう。すると、
「俺はお前の子供をつくる道具じゃない」なんて言われて、随分、不毛なケンカをしました。
その上、私の卵管が詰まっていることが発覚して体外受精に挑戦したのだけど、
何度やっても、妊娠できない。

②――それなのに、40歳から10年間も治療を続けられたのはなぜ?
野田:家族が欲しかった。
それだけ。女性はみんなそうでしょ? だから、私はシングルマザーでもいいとは思わなかったんです。愛する夫がいて、その人と子供を産んで、家族をつくりたかった。普通でしょ?
私はやっぱり普通に生きてる人が普通に政治家にならなきゃいけないと思っているので、滅私奉公とか、我が身を政治に捧げるなんて発想は、必要ないどころか、かえって迷惑だと思ってる。そんな人に、普通の暮らしがわかるかって、言いたくなっちゃう。

③――しかし、「普通の人」は卵子提供に500万円、不妊治療に500万円もかけられません。
「特権階級の贅沢」だという批判もありますが。
野田:でも、不妊治療にお金をかけられるだけ、働いてきたわけだし。
自分でできないことを人にまかせる自由は許されると思うんです。
努力は報われるっていう、資本主義国家にいるわけだから。
それでも「野田は国民の血税で不妊治療している」って言う人はいるよね。
でもね、卵子提供も出産も費用は全部、夫に出してもらっているんですよ。

④――卵子提供から現在に至るまでの道のりは、フジテレビのドキュメンタリーで放送されましたが、「障害を抱えた子が生まれるのを承知で子供をつくるなんて、エゴだ」と、だいぶ批判もあったようですね……。
野田:そういう批判は構いません。
だって、出産自体、エゴじゃない?
子供の側から見れば。親がエッチして、世に送り出されちゃって。
ただ、ネット掲示板に「基地外」だ「ババアは引っ込んでろ」だの書かれたときは、ずっと泣いてましたよ。何だか日本人が汚く見えて。外に出ると、そういう人ばっかりなのかなと怯えちゃってね。
だから、そういうときは野田聖子とわからないように変装して、すごい内向き女になってた。

⑤――番組のなかで「子供には私のためではなく、自分のために生きてほしい」と言ったのが、かえって誤解を招いたのかもしれませんね。
野田:前後がカットされていたので、正確に伝わらなかったんです。
本当のところを説明すると、うちの子は何度も死にかけて、息も何度も止まりかけて、それでもカムバックしてくるんです。
そのとき私は、子供を助けてくれたお医者さんや看護師さんに「ありがとうございます」って言うでしょ。すると、お医者さんは「いや、違いますよ。真輝君はママのそばにいたくて頑張るんですよ」って必ずおっしゃるんです。
救っているのは、私たちじゃない、お母さんですよと。それを聞いて、私、胸が詰まって、「もう私のために頑張らなくていいよ」と言ったんです。

⑥――“同業者”から批判されたことはありました?
野田:表だって言わないですよ。ズル賢い人たちですから。
でも、地方の市会議員のおじさんとかには散々言われました。
前夫との間の不妊治療について書いた『私は産みたい』を出したとき、
「ポルノ小説」と言い切った人もいたんですから。

⑦――どの部分がポルノなんですか?
野田:「精子をくれ」と、私が夫に言ったくだりとかじゃない?

⑧――お子さんにこれだけ重篤な障害があるなら、
1日中母親が付いているべきだという批判もありますよね。
野田:「お母さんに徹しろ」って批判ね。徹したいよ、私だって。死にかけてる子供がいるのに、仕事をするのはツラいですよ、本当に。でも、やっぱり社会人として穴開けられない仕事は、行くしかないでしょ。私の心の中では、いつだって
「母・野田」と「議員・野田」がケンカしてますよ。天使と悪魔みたいに。

母と議員、相反する2人の野田聖子を内に秘めながらも、
野田聖子議員が成し遂げたいことはなんなのか?

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2011年高齢出産の代名詞;
野田聖子(51)/体外受精帝王出産長男(真輝まさき)の闘病
2011/11/12女性セブン

2011年1月6日に真輝(まさき)を帝王切開で出産した自民党・野田聖子議員(51)。
さまざまな苦難を乗り越えての出産だった。

■真輝=生年月日=2011/1/6午前 ⇒野田真輝
帝王切開=2154グラム
卵子=野田聖子ではない・若い女の卵子
精子=木村文信(聖子より7歳若い)

41才のときに不妊治療を始めた野田聖子は、
■体外受精14回、
■流産1回という経験を経て、
2010年8月に第三者による卵子提供での妊娠を公表した。

51ー41=10年間/体外受精14回・・・・・・体外受精14回=13回失敗+1回成功
x+2y=14
x+y=10
x=6
y=4

よって、1年に1回の体外受精を6回
よって、1年に2回の体外受精を4回となる。

このとき、
「お金にものをいわせている」
「彼女のせいで不妊治療をもっと頑張れといわれる」など、
彼女の妊娠をめぐっては多くの批判も寄せられたが、
野田聖子は本誌のインタビューで、“何としてでも子供を欲しかったという思い”
をこう明かしている。

野田聖子;
「いろいろな可能性すべてに挑戦してきた女としての最後の苦渋の決断だったんです」
批判されるのも覚悟のうえで、決死の思いで真輝を出産した野田聖子だったが、

その真輝は、生まれる前から、
■すでに臍帯ヘルニアと心臓疾患という大病を患っていた。

●へその緒の中に肝臓が飛び出した状態で、
●さらに本来2本ある心臓につながる血管が1本しかなかった。
●仮死状態で生まれてきた真輝は呼吸も止まっていて産声をあげることすらできなかった。

また、産後すぐに、
●食道閉鎖症が見つかり、口からの食事は不可能と診断され、
●チューブで直接、胃にミルクを送り込まなければならない状態だった。

そのため、真輝は生まれた直後から、
NICU(新生児集中治療室)で、何本ものチューブにつながれ、
機械に囲まれる生活を送ることになる。

出産直後の思いを野田聖子はブログにこう綴っている。

<息子は、低体重だけではなく、内臓疾患があることが判り、もう少しNICUにお世話になることになりました。小さなからだで、ふびんだと思うけど頑張ってくれてます>

それ以降、野田聖子は、
その闘病の様子をブログに綴るようになる。
それは、まだ生まれたばかりの小さい命には、あまりにも過酷で苦しい日々。

※女性セブン2011年11月17日号

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野田聖子10か月長男(真輝) ICUで人工呼吸器つながれ予断許さず
2011/11/08女性セブン

2011年1月、野田聖子議員(51)が体外受精の末に帝王切開で出産した、

真輝=生年月日=2011/1/6午前
帝王切開=2154グラム

長男(真輝)は心臓などに疾患があり、
実は生後10か月を過ぎたいまも、集中治療室から出ることができずにいる。

それどころか、生死の境をさまようことも少なくないという。
野田聖子は、何もしてあげられない無力を息子に詫びながら、胸詰まる思いで日々闘っている。

さまざまな病気を併発していたため、
●1才までに6度の手術を受けなければならないほど、危険な状態だった真輝(まさき)だが、

すでに、
5度の手術を経て、5月(2012?)には心臓の手術(6度番目の手術)を残し、後の病気は完治する。

そして、
2011/7月には一般病棟に移ることができた。
2011/8月にはいると、野田聖子は、こんな喜びをブログに綴っている。

野田聖子ブログ:
2011/8月9日<病院でムスコの主治医から、予防接種をそろそろ、やりますね、とのこと。ぶるぶるっと嬉しさ……何故なら、これまでは、目の前の命を守るだけの毎日だったから、予防なんてしている余裕はなかったのだ。(中略)今のムスコは、かつてのように一日一日の命の力だけでなく、もう少し先まで生きていけるパワーが生まれてきたのだな、と>

このころには体重は5kgにまで成長して、野田聖子自らの手で真輝を抱いてお風呂に入れてあげられるほどに、容体も上向いた。だが、その喜びも束の間だった……。

直後から、
■真輝の容体は、再び後退していく。

野田聖子ブログ:
2011/8月16日<実は、今、あしぶみ、状態。ここ数日、ムスコは、苦しんでいます。苦しんでいるのに、なんもしてあげられないよ……ごめん、ごめん、ごめん>

そして、
2011/9月7日、地元の岐阜に所用で戻っていた野田聖子が帰京したとき、
失意のどん底に突き落とされる知らせが。

野田聖子ブログ:
<東京駅についたところで、夫に電話。すると、ムスコ、再出血とのこと。ショックで息が止まりそうに…いまだ原因も出血場所もわからないままだ。(中略)病院に向かう。ムスコ、ぐったりしている。笑顔なし。おむつを替えると、血便がべったり……ほんとに辛いんだろうな、かわってあげられなくて、すごく悔しい。抱っこしたら、すっと軽くなっていた…心を鬼にして、仕事場へ向かった>

2011/10月18日 <昨日、月曜日の朝……突然、ムスコの呼吸が止まりました。心臓マッサージで蘇生。(中略)その後、緊急手術が決定、午後3時半から9時半までの長時間。(中略)今朝、戦い終わった、いや、戦闘中のムスコと対面。安らかに眠っています。どうか、どうか、この困難を乗り越えてくれますように>

2011/10月20日 <本日もPICU(小児集中治療室)へ行き、ムスコに面会してきました。筋弛緩剤はなくなり、鎮静剤のみになりました。よって、目覚めました……でも、目は開いているものの、焦点が定まらず、こちらを認識出来ていません。(中略)即死してもおかしくないほど深刻であったこと。しかし、ムスコはぎりぎり心停止をまぬがれ、呼吸が止まったのも2~3分で済んだこと>


2011/10月28日現在、真輝はPICUで人工呼吸器につながれ、予断を許さない状況にある。
野田聖子も多忙なスケジュールの合間をぬって病院へ通い、わが子にエールを送る。

※女性セブン2011年11月17号

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野田聖子/生まれた子供の心臓疾患は体外受精が原因ではない
2011.03.05女性セブン

野田聖子(50)は1月6日、帝王切開で2154グラムの男の子を出産した。
14回の体外受精と1回の流産を経ての妊娠・出産は困難きわまるもので、
2010年8月に胎児の臍帯ヘルニアが発見されただけでなく、
2010/10月には子宮頸管の長さが通常より短く縮まり、子宮口が柔らかくなるといった母体の異変も生じた。

そんななか、
2010/10月26日の朝、
野田聖子は大量出血して病院に運ばれ、
そのまま出産までの2か月半、入院生活を送ることとなった。

入院から20日ほど経った2010年11月15日の夜、突如猛烈な痛みが腹部を襲った。
その痛みが陣痛につながることを避けるため、
ウテメリンと呼ばれる点滴を腕に打つことになった。
この日からほぼ24時間の点滴生活が始まった。

そんな野田聖子に、さらなる子供の異変が突きつけられた。
すでに発覚していた臍帯ヘルニアの他に、心臓疾患が見つかったのだ。
心臓に穴があいており、本来2本ある心臓に繋がる血管が1本しかなかった。
そして複数の疾患を併発していることから、

■子供が『 染色体異常 』である可能性が高まったとの説明も受けた。

最悪の場合、生まれてきてもどれだけ生きられるかはまったくわからないとも…。

●『踊る産科女医』の監修者で、産婦人科専門医の宋美玄はこう話す。

「野田さんの場合は、卵子提供に関しては若い女性の卵をもらっているわけですから、病気の赤ちゃんを授かる確率は低かったはず。野田さんに起こったことは年齢に関係なく、誰にでも等しく起こる可能性があります」

しかし一方で
●咲江レディスクリニックの丹羽院長がこう指摘する。

「野田さんの場合は、年齢と赤ちゃんの病気には因果関係はないかもしれません。しかし、母体が高齢であると、血管の老化で血圧が上がってしまったり、妊娠性高血圧症候群という病気になりやすいんです。35才以上だと2割近くがこの病気になるともいわれています。そうすると、赤ちゃんの発育が悪くなる可能性がある。それから、年をとると糖尿病や心臓の病気、甲状腺など内科の病気が増えます。その病気そのものが、妊娠中に悪化する場合があって、それが赤ちゃんに影響を及ぼすこともあります」

※女性セブン2011年3月17日号

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野田聖子/妊娠4か月で赤ちゃんが体外に飛び出す恐れあった
2011.03.04女性セブン

2011/1月6日、野田聖子(50)に男児が誕生した。
長年にわたる不妊治療から出産までの道のりは想像を絶するような苦難の連続だった。
お腹の赤ちゃんに次々と疾患が見つかったことに加え、妊娠4か月になると、
今度は彼女自身の体に次々と変調が表れた。

まずは子宮頸管の長さが以前は、
『4センチ』あったのに、『2.6センチ』に縮まっていた。
子宮頸管とは子宮下部の管状になった部分で、赤ちゃんが生まれるときに通る道のこと。
これが短いと、何か圧力がかかった拍子に、赤ちゃんが体外に飛び出してしまう可能性が高い

さらに、
2010年10月14日の健診では、
子宮口がマシュマロのように柔らかくなっているとも診断された。
赤ちゃんが勢いで出てきてしまうリスクがさらに高まっていたのだ。
医師には「高齢妊婦であることが原因ではない」と説明されたという。

野田聖子は、高齢出産のリスクとは、
「妊婦の血圧が上がったり、たんぱくに異常が生じたり、体重が異様に増えてしまったりすることなど」だと聞いており、そうした一般的なリスクは、それまでの彼女には皆無だった。

しかし
●咲江レディスクリニックの丹羽咲江院長はこう指摘する。

「子宮頸管も子宮口が柔らかくなるのも、妊婦が高齢であることとの因果関係は、ケースバイケースといえるでしょう。原因はふたつ考えられます。絨毛(じゅうもう)羊膜炎という炎症が原因となるものと、子宮頸管無力症という体質的な問題です。絨毛羊膜炎は疲労や過労が原因となりやすく、若い人にもよく起こります。ただ若い人とは基礎体力が違うので、高齢になればなるほど疲れやすくなることを考えれば、リスクは高くなります」

そして、
2010年10月26日の朝、
野田聖子は大量出血をして病院へ運ばれる。
この日から出産まで、2か月半に及ぶ入院生活が始まったのだった。

※女性セブン2011年3月17日号

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男児出産の野田聖子/切迫早産でベッドに寝たきりだった
2011.01.06女性セブン

米国で第三者から卵子提供を受け、体外受精で妊娠していた野田聖子衆議院議員(50)が
2011/1月6日午前、男児(真輝まさき)を出産した。

お腹に異変を感じたのは、2010/12月の初めのことだった。
自宅のトイレに行くと出血と少量の破水があった。下腹部が張り、痛みもある。

「切迫早産です」

駆け込んだ病院でそう診断され、絶対安静、即入院をいい渡された。

「このまま出てきてしまうのではないかって…本っ当に不安でした」

野田聖子が診断された切迫早産とは、
妊娠22週以降37週未満に下腹痛、出血、破水などの症状が見られ、
早産の危険性が高い状態のこと。自らの状況について野田聖子本人はこう話していた。

「子宮が収縮して子宮頸管の長さが極端に短くなって、(早産の)リスクが高いっていわれました。それで、いまはベッドに寝たきり生活(笑い)。朝6時に起きて、子供の心音を聞いて、午後3時にはモニターで子供の様子を見て…あとはお腹が張らないように張り止めの薬は24時間点滴してます。いまは母子ともに順調ですが、胃が圧迫されて物が食べられなくなってるし、めまいがしたり、以前より妊婦だな…という症状が出てきています」

↑※女性セブン2011年1月20・27日号↑
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■知っておきたい不妊治療のリアル■
2014/6/14ダヴィンチニュース(文章/相馬由子)

体外受精の妊娠率⇒30代後半で30.54%、40代前半で15.78%、40代後半では3.58%
1回の費用⇒採卵から凍結させるのに30万~60万円かかる。
⇒子宮に戻す時に10万~20万円ほどがかかる。

『「2人」で知っておきたい妊娠・出産・不妊のリアル』(富坂美織/ダイヤモンド社)の紹介
富坂美織医師=不妊治療の専門。

7組に1組のカップルが不妊に苦しんでいると言われている。
そんな中、2013年8月、厚生労働省は不妊治療の公費助成の対象を、2016年より42歳までの年齢制限を設けるとする方針を決めた。

■不妊治療の章で、最初に書かれているのが、不妊の原因を突き止めるための検査について。女性の場合、検査だけでも4回は病院に通わなければならないとの事。

①低温期のホルモン量を採血により調べる、
②月経から排卵までの間に造影剤を使って卵管が詰まっていないかを調べる、
③排卵の時期に夫婦で性交を持った後、子宮頸管粘膜と精子の相性を見る、
④高温期のホルモン量を採血によって調べる。
と言う4つの項目がある。

この一連の検査だけでも、時間、体力的に女性の負担は大きそうだ。
一方、男性は精液検査のみだ。

これらの検査の結果により、例えば、
▼左右の卵管が詰まっていたら卵管再建の手術を検討したり、
▼ホルモン値に異常があったらホルモンを補充する薬を出されたり、
▼精液の状態によっては人工授精や体外受精を行うなど、
その後の方針が決まって行くと言う。

不妊治療と言っても、人工授精や体外受精だけを行うのではなく、
原因がわかれば、その原因を解決するために様々な治療が考えられるのだ。

ここで気になるのが、治療を受けた場合、
①どれくらいの確率で子どもを妊娠できるか?、
②また費用はいったいどれくらいかかるかと言う事。

まず妊娠率については以下のような数字が提示されている。
■体外受精の妊娠率は、
・30代後半で30.54%、⇒35~39歳=約31%弱
・40代前半で15.78%、⇒40~44歳=約16%弱
・40代後半では3.58% ⇒45~49歳=約4%弱

当然のことながら、治療を受けたからといって必ずしも子どもを授かれるわけではないということ、また、治療を始める時期が早ければ早い程可能性は高いという事がわかる。

■また、1回の体外受精の費用については、
採卵から凍結させるまでに30万~60万円、
子宮に戻す時に10万~20万円ほどがかかるのだ。

その他にも、不妊の原因になることがある子宮内膜症や子宮筋腫、子宮頸癌の治療法や、
高齢の妊婦がかかりやすい妊娠高血圧症候群、NICUをめぐる日本の現状など、
NICU=新生児特定集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit)

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■卵子は確実に年をとる…、本当は怖い高齢出産のリアル■
2014/6/1ダヴィンチニュース(文章/タニハタマユミ)

↓紹介誌↓
『本当は怖い高齢出産/妊婦の4人に1人が35歳以上の時代』(週刊現代編集部/講談社)

実際、厚生労働省の発表によれば、
女性が初めて出産する平均年齢は、
2011年に30.1歳と30歳を突破。
40歳以上の出産は3万8280件と、10年前のおよそ2.5倍にまで増加している。

35歳以上で出産する高齢出産の割合は、
2014現在妊婦の4人に1人に当たる。

生物としてのヒトの体のメカニズムは、遥か昔から変わらない。
男性の精子は、老人になるまで新しい細胞がつくられ続けるが、
女性の卵子の細胞は、胎児の時期から卵巣の中につくられ、この世に誕生すると同時に、その持ち主と同時に年をとっていく。
さらに、卵子は年を経るごとに、その数や質の低下および、染色体異常の頻度が増加していく。実は精子と卵子では、時間経過がまったく異なるのだ。

▼生まれた時=原始卵胞約200万個の備蓄数
▼生殖年齢時=原始卵胞20万~30万個にまで減少(備蓄数,約1/10に)
▼それから、月約1000個ずつ減少(1日あたり30~40個ずつ減少)

本書は『週刊現代』(講談社)で連載された特集記事「高齢出産・不妊治療・出生前診断」をもとに、加筆再構成されている。
①東尾理子
②ジャガー横田
③野田聖子など、
高齢出産や不妊治療を経験した著名人の実例を軸に展開しているのが特徴的だ。

男性では、
壮絶な不妊治療を経て、2014現在では1女2男の父となったダイアモンド✡ユカイが、
男性不妊の現状について貴重な体験を明かしている。

急増する高齢出産についての章は、東尾理子の告白から始まる。
「結婚後、35歳になってから、妊娠、出産の適齢期が実は10年前だったと知ったんです。年をとるごとに妊娠率がどんどん下がっていくことも、45歳を過ぎると妊娠がほとんど難しくなるという事も、自分で不妊治療を経験して初めて知りました」

おそらくほとんどの女性が東尾理子と同じような感覚をもっているのではないだろうか。
衆議院議員の野田聖子も、自身を含め知識がない為に子づくりが遅れてしまった
「出遅れ不妊」の女性が多く、それは教育に問題があるのではないか?と指摘している。

■では、高齢出産のリスクとはいったい何か。

35歳を過ぎてからの高齢出産が不安視される大きな理由のひとつに、
染色体の異常から、ダウン症児が生まれる可能性が高い事がいわれている。
妊娠・出産年齢が上がるごとに、流産や先天性異常のリスクもまた増加するとされ、胎児の異常の有無の判定を目的として、妊娠中に実施する「出生前診断」への注目が高まっている。

本書によれば、一般的に出生前診断で胎児の異常が見つかれば、中絶するのが暗黙の前提となっている事は否定できない、と言う。
東尾理子は、胎児の異常の有無を確定する羊水検査を受けなかった事を、ブログに綴った。
精神科医の斎藤環は、
「出生前診断の判断を絶対化しない為にも、著名人がこのように公表したことには意味がある」と支持している。

しかし、50歳で第1子をもうけたサイエンス作家の竹内薫(NHKサイエンスゼロに時々出演)は、
複雑な思いを抱えつつ、こう語っている。
「僕個人はクリスチャンなので、中絶には抵抗がある。障害は個性であるという考えにも賛成する。しかし実際問題、自分の現在の経済状況や、年齢の問題などを全て勘案し、今2歳半である娘の事も考えると、もしも次に子どもを授かる機会があるのなら、僕も妻も、必ず出生前検査を受けるつもりです」

「人生に遅すぎるという事はない」と多くの人が言っている。
だが、妊娠・出産には、確実にタイムリミットが存在する。いつか来るかもしれないその時の為に、女性はもちろん、男性も、一度立ちどまって、考えてみるべきではないだろうか。

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■厚生労働省(2008データ)年間出産総数■

・・・・⇒2005/H17 ⇒2006/H18 ⇒2007/H19 ⇒2008/H20
~~14歳⇒・・・・42人⇒・・・・41人⇒・・・・39人⇒・・・・38
15~19歳⇒ 16531人⇒ 15933人⇒ 15211人⇒ 15427
20~24歳⇒128135人⇒130230人⇒126180人⇒124690
25~29歳⇒339328人⇒335771人⇒324041人⇒317749
30~34歳⇒404700人⇒417776人⇒412611人⇒404769

35~39歳⇒153440人⇒170775人⇒186568人⇒200328
40~44歳⇒ 19750人⇒ 21608人⇒ 24553人⇒ 27528

45~49歳⇒・・・564人⇒・・・522人⇒・・・590人⇒・・・594
50~~歳⇒・・・・34人⇒・・・・9人⇒・・・・19人⇒・・・・24
総合計⇒104万5993⇒109万2665⇒108万9812⇒109万1142

■35~44歳=10年期間■の出産年齢が増加傾向です。
平均、前年度の1割増しで年々増加して来ている。
45歳を越えると、急激に妊娠しずらくなる。
子供を産むなら39歳が限界になる。
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野田聖子
生年月日=1960年9月3日(51歳)
元事実婚夫=元夫・鶴保庸介=2006年に事実婚解消

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鶴保庸介(自民党伊吹派参議院議員)
つるほようすけ
生年月日=1967年2月5日(44歳)

2001年自由民主党の野田聖子元郵政大臣と「結婚披露宴」と称した盛大な式を、
東京、岐阜で5回にわたり挙げ、マスコミにも大々的に報道されたが、
5年後(2006年)に別離。
鶴保庸介は野田聖子との関係について
「元々籍も入れておらず、同居もしていなかった」と語っている。

2005年事実婚の関係にあった野田聖子元郵政大臣が、
小泉純一郎首相が成立に執念を燃やす郵政民営化法案に反対票を投じ、
第44回衆議院議員総選挙に無所属での出馬を余儀なくされる。

鶴保庸介は2005年8月10日、
「夫としては当然、妻の応援に向かわねばならない」として所属する二階派に退会届を提出した(選挙後に撤回)。なお、この総選挙で初当選し同じ二階派に所属した川条志嘉は2004年の第20回参議院議員通常選挙に民主党公認で和歌山県選挙区から出馬したが、鶴保庸介に敗れている。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党大敗の煽りを受け、
鶴保庸介が所属する二階派の衆議院議員は会長の二階俊博を除く全員が落選し、
二階派は伊吹派に合流した。

2010年7月の第22回参議院議員通常選挙に自民党公認で和歌山県選挙区から出馬。
長らく事実婚の関係にあった野田聖子の応援も受け、3選を果たした。

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大須田勉
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