岩田亨の短歌工房 -短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎-

短歌、日本語、斎藤茂吉、佐藤佐太郎について考える

歌人の戦争責任『短歌研究』12月号をめぐって

2016年11月20日 | 総合誌・雑誌の記事や特集から
 『短歌研究』12月号が届いた。「短歌年鑑」で記録ともなるものだ。ここで僕の名がでた。このブログの「岩田亨の短歌工房」のタイトルも出た。あまり印象のよい出方ではない。そこでここで最小限のことを書かせてもらう。


 問題の一文は屋良健一郎の「2016評論展望」だ。ここでは2015年のシンポジウム「時代の危機と向き合う短歌」をめぐっての吉川宏志と内野光子の『うた新聞』紙上での論争について述べられている。


 取り上げられているのはこのブログの2015年12月8日の記事だ。先ずはそちらを読んでほしいが。ここで言いたいのは二点。一つはシンポジウムの内容に関しての事実関係。二つは歌人の戦争責任について。


 まず事実関係。ブログには、永田和宏がシンポジウムで「怖いを連発したことに闘わないから怖いのだ」と書いた。また永田が「安保法制に反対する学者の会」に参加していながら、歌人としての発言に問題がある旨を書いた。「うた新聞」の論争については知っている。だが僕は論争の当事者ではないのでとりわけ発言しなかった。僕の意見は吉川とも内野とも違う。僕が発言すると論争が混線しそうだからだまっていた。しかし「短歌年鑑」で僕のブログの記事の内容の信ぴょう性に関わる問題がでてきた。そこで事実確認しておきたい。


 屋良は吉川の一文を引用している。「(このブログの記事という)不確かな情報を鵜吞みにし、シンポジウムについて冷静な評価ができなくなっている。」ここだけ読むと僕のブログの記事が不確かな内容であることになってしまい、「短歌年鑑」という記録に残ってしまう。ひとつだけ言っておく。永田は確かに怖いを連発した。そして「自分が逮捕されるようなことがあれば説をとおす自信がないから今、安保法制に反対するのだと言った。。ここには二つ問題がある。「怖いと言って、シンポジウムの会場という閉じた空間のなかだけで反対するだけでいいのか。」「反対したにも関わらず安保法が通ってしまい共謀罪などの弾圧立法が意図されているとき永田はどうするのか。」


 そして屋良は「(賛成か反対かという)二項対立的なものの見方が強まると、・・・賛成と反対の間に存在する静かな思索・意思を見逃してしまうだろう。」と書く。日本中の弁護士会、改憲派を含む大多数の憲法学者、多くの市民が反対している「戦争法廃止の署名」は短期間に1850万筆が集まった。戦後の署名運動で2000万人を超えたのが三つしかないことを考えればこれはおろそかならざるものだ。こういう反対運動を展開しているひとが「二項対立」の単純思考とでも言うのではあるまいが、これは問題ではないか。


 つぎ。歌人の戦争責任について。僕は確かに「三枝昂之の『昭和短歌の精神史』が歌人の戦争責任を不問に付し」と当日発言しブログにもそう書いた。戦争責任については家永三郎が次のように書いている。「もしXなる行為をしてYなる結果が予想された場合、Xなる行為をしなかった人間にはY以外の結果がでた場合、その結果に対する責任が生じる」という趣旨のことを書いている。「不作為の責任」を問うているのだ。僕が言う戦争責任の所在はここにある。しかし三枝の著作からはそれが感じられない。


 吉川は「うた新聞」の8月号で「三枝の著作のどこを読んだら『戦争中の歌人の戦争責任を不問に付すと言えるのか』と書いているが、三枝の著作のどこを読んだら「不作為の責任」が読み取れるのか逆に聞きたい。戦争中の歌人は「不作為」どころか「戦意高揚に一役も二役も関わっている。」これをかつて篠弘は「歌壇の癒着構造」だと言った。


 戦争責任の取り方は弾劾、批判だけではない。とかく「見せしめ」的なことが想像されるが、本当に大事なのは総括だ。そのうえでの再発防止。日本学術会議と日本ペンクラブにはその性格がある。だが歌壇にはそれにあたるものがない。ここが一番の問題だと考える。


 
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