何年か前の真夏のある日、回覧板がまわって来た。葬儀のお知らせだった。夏の休暇を切り上げて参列した。ミンミン蝉が盛んに鳴いていた。焼香が終わって出棺を待つ間にも汗が噴きだす。
しばらくして司会者の声がスピーカーから響いた。
「出棺のお時刻でございます。」
その時、あれほど鳴いていた蝉がピタリと鳴きやんだ。確かに鳴きやんだ。棺が霊柩車におさめられると蝉が鳴き始めた。まるで蝉が出棺を見守っていたように。それを一首に詠み込んだ。
「作者の気づいたものはどこか切ない。」
「運河」誌上の「歌集批評特集」での一文である。「出棺」と「鳴きやんだ蝉」。このとりあわせが、暗示的だった。
「夜の林檎」に収録。