岩田亨の短歌工房 -短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎-

短歌、日本語、斎藤茂吉、佐藤佐太郎について考える

72回目の「終戦の日」前後

2017年08月19日 | エッセイ
 2017年の「終戦の日」を迎えた。この日は「敗戦の日」とも呼ばれる。だが昨年から「ポツダム宣言受諾の日」と呼ぶようにした。なぜか。


 「終戦」では自動的に戦争が終わったとい受け身のとらえ方だと思う。「敗戦」では戦争に負けた屈辱という印象が強い。「屈辱」からは「復讐」の考え、戦前への復古的思想の温床になるのではないか。日本の軍国主義は敗れた。戦後の民主化がやがて始まる。がから「ポツダム宣言受諾の日」という表現が相応しいと考えた。戦後民主主義を後退させてはならない。そういう思いからだ。


 2017年の「ポツダム宣言受諾の日」は「8・15を語る歌人の集い」に参加した。ここでは作家の澤地久枝の講演を聞いた。


 「短歌と俳句の違い。戦争の問題など時代性のあるものは俳句では表現できない。時代性のある作品は短歌でしか表現できない」。この言葉が印象的だった。社会詠に重要な示唆を与えるものだ。


 またこの日はフェイスブック上で考えさせられることがあった。それは「聖断神話」である。8月15日は昭和天皇の「玉音放送」がありポツダム宣言の受諾が発表された。そこで「昭和天皇が戦争を終わらせてくれた」「昭和天皇は平和主義者だった」ということが広く語られる。


 だがそれは事実に反する。戦争の開始を命じたのは昭和天皇だ。降伏の時期を遅らせ、戦争の被害の拡大を招いたのも昭和天皇だ。


 満州事変からの15年間の戦争を15年戦争と呼ぶ。満州事変が戦争と呼ばれずに「事変」と呼ばれるのはなぜか。帝国軍隊の大元帥は昭和天皇だった。日本軍は天皇の勅令を踏まえた奉勅命令がなければ動かせない。満州事変は奉勅命令なしで満州の日本軍、関東軍が独断で行った軍事行動。だから「事変」なのだ。戦時国際法が適用されて中立国からの輸入が途切れないようにというのも、ひとつの特徴だろう。しかし天皇との関係で言えば、勅命がなかったのが大きな特徴だろう。

 大日本帝国憲法では軍隊の統帥権は天皇の大権だった。つまり満州事変を起こした関東軍は憲法違反を犯したのだ。だから満州事変を違法として軍隊の引き揚げも可能だった。これは時の内閣の独自の判断では無理だった。統帥権は天皇にありと、ロンドン海軍軍縮条約の時から「統帥権干犯事件」が強調され軍部の発言権が強かったのだ。

 ゆえに軍隊を引き揚げるには、首相、陸軍大臣、海軍大臣、参謀総長、海軍軍令部長のだれかが昭和天皇に軍隊の引き揚げを上奏し、昭和天皇の許可を受ける必要があった。だが誰もそれをしていない。満州事変の報告を受けた昭和天皇は、不愉快な顔をし、「こういうことは以後ないように」とだけ言った。事後承諾したのだ。ここで、天皇の命令を待たずにに軍隊を動かしたのは認められない、とハッキリ言えば軍隊は撤退したはずだ。22,6事件の時の様にハッキリ意思を示せば戦争は終結できた。昭和天皇はそれをしなかったのだ。これが1931年である。

 次に1937年。日中戦争が始まった。昭和天皇の勅命を受けた奉勅命令が出された。天皇の命令で戦争が始められたのだ。始まったのではない。中国への宣戦布告はなかった。しかし全面的な軍事衝突となり、奉勅命令があった。「宣戦布告なき戦争」だ。ここでも昭和天皇の命令がなければ戦争は始められなかった。


 最後に1945年。2月に近衛文麿が昭和天皇に連合国に降伏するという上奏を行った。戦争を遂行したのには、三つのグループがある「宮廷グループ」「軍部」「内閣」の三つだ。近衛の上奏は「宮廷グループ」が「軍部」に戦争責任をなすりつけるものだった。しかし昭和天皇はこの近衛の上奏さえ受け入れなかった。「もう一度戦果をあげてから」。このとき降伏していれば沖縄戦、東京大空襲、広島長崎への原爆投下はなかったはずだ。


 ここまでくると昭和天皇の戦争責任は明らかだ。

 また1941年の日米開戦に当たっては、杉山陸軍大将に「勝てるか」と何度も問い、内閣と軍部では開戦の踏み切れすに開かれた御前会議で開戦論が展開された直後昭和天皇は退席した。宮中の慣例ではこれで承認されたことになる。このあと宣戦布告がなされる。


 こうみてくると満州事変、日中戦争、アジア太平洋戦争での昭和天皇の戦争責任は超一級だ。戦後の極東軍事裁判では中国、オーストラリアが昭和天皇を戦犯として訴追するのを強く求めた。しかしアメリが軍が日本の占領に天皇を利用するために昭和天皇を訴追しなかった。


 これが歴史的事実だ。日本史学会、歴史学研究会で、当然のように語られている。


【参考文献】

「天皇の昭和史」(藤原彰ほか著)、「昭和天皇の昭和史」(吉田裕著)、「昭和史」全6巻(小学館)、「天皇の戦争責任」(井上清著)


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