UGUG・GGIのかしこばか日記 

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「死刑執行始末書」という名の公文書・・・

2017-04-29 02:03:42 | 日記

GGIは死刑制度には反対です。理由は一言でいえば民主主義の基本理念に反する時代遅れの、野蛮かつ残虐な刑罰だからです。死刑に反対ではありますが、世の中に「死刑執行始末書」という名の公文書があるとは、GGIはこれまでまったく知りませんでした。

今日の話はすべて死刑を研究している大学の先生による講演(2016年11月)の内容を部分的につまみ食いしてGGIが勝手に記したものにすぎません。

講演者は死刑制度の存置に賛成であり死刑は必要悪であるとする永田憲史氏(関大法学部教授)です。以下は死刑廃止を求めている「フォーラム90」という団体のニューズレター(VOL152)に掲載されていた講演録に基づいたものです。

これまでもよく言われてきたことですが、法務省による死刑に関する情報の公開はまった不十分であり徹底した秘密主義が貫かれています。とりわけ死刑執行に関する情報は公開請求しても実質的には非公開に等しいものです。

その例のひとつが「死刑執行始末書」という名の公文書です。その内容はある特定の死刑確定囚に対して、いつ、どこで、誰の手により、どのように死刑が執行されたのか記録されている文書のことです。

GGIはこれまでそのような公文書が存在しているとは知りませんでしたが、よく考えてみれば、いや、考えて見なくても、死刑の執行というのも行政行為の一種でありますから、その記録はちゃんと残しておくことは当然のことです。今日の写真は上記のニューズレターに掲載されていた「死刑執行始末書」の小さな写真を撮ったものなのですが、元の写真そのものがあまり鮮明でないせいか文字がはっきり読み取れません。それでも結構とおっしゃる方はクリックして思い切り拡大してご覧くださいませ。

写真に示されている死刑執行始末書は平成19年8月23日の執行に関するものです。左側のページには始末書の項目だけが示されており、死刑執行日と法務大臣による死刑執行命令の期日は示されているものの、死刑囚を含めて関係者(死刑執行に立ち会った検察官なとやこの文書の作成に関与した者等)の氏名などは黒塗りにされており、まったく示されていません(これは平成19年のものですが、法務省はその後、死刑を執行した人物の名前と死刑を執行した拘置所の名称だけを公表するようになっています)。

そして右側のページには「執行経過」という項目が示されているものの、写真から分りますように、全面真っ黒けのけであります。全面非公開というわけです。この部分は公開されれば死刑が実際にどのように行われているのかが明らかになるのですが、これではまったくうかがい知ることはできません。

講演者の永田氏は「この部分には、おそらく執行を告げた時間、最後の言葉、さらには執行の様子、たとえば抵抗したとか、うなだれていたとか、最後に反省を述べたとか、そういうことが書かれているのでしょうが、完全に黒塗りでまったく読み取れない状況にあります」と述べています。

このように法務省の姿勢は、情報公開制度なんてどこ吹く風といわんばかりの頑なものです。

ふつうであれば、やっぱり死刑執行の実態を公文書を通じて知るのは現状では無理なんだとあきらめてしまうところですが、講演者の永田氏は研究者でありますかあきらめなかったのです。そして同氏の言では、違う情報源から情報が得られないかと考えていたところ同じ大学の文学部の先生を知恵を借りて「GHQ/SCAP」(連合国軍最高司令官総合指令部)の資料にたどりついたとのことです。

敗戦後の連合軍による占領時代、すなわちあのマッカーサー元帥閣下が天皇よりも偉かった時代に、日本側が提出させられた文書が米国の国立公文書記録管理局に保管されており、そのなかに戦後すぐに死刑が執行された一般刑事犯に関わる死刑執行始末書の資料(当時の日本の政府機関が英訳したもの)が含まれていたのです。

これらの資料には死刑囚の氏名、本籍地、現住所、犯行当時の職業、罪名、一審判決、控訴審判決、最高裁判決、前科、執行日時(何年何月の何時何分何秒から何時何分何秒まで)、立ち会った検察官と検察事務官の氏名、遺体の取り扱い(誰が引き取ったかなど)、面会や手紙のやりとりの有無、最後の言葉などが記録されいるとのことです。

講演者の永田氏はこのGHQによる占領時代の資料に基づいて、死刑囚の身体が首に架けられた綱により宙吊りになってから死亡する(心拍の停止)に至るまでに要する時間など(多くの場合14分程度)、死刑執行の実態に関して詳細な分析を行っています。その内容に関して関心があるかたは以下のサイトをご覧ください。講演に様子が映像で示されています。

http://forum90.net/report/archives/8

それにしましても自国の政府機関が保有している情報が公開されないために、外国の政府機関が保有している資料や情報に頼らなければならないとは、日本という国はなんとも救い難い国であるとGGIは慨嘆せざるなどを得ません、

日本という国は欧米の先進国とくらべて記録というものを大切にしない国です。市民が求める公文書が存在していても公開しなかったり、都合の悪い公文書をさっさと処分したり(あるいは処分したことにしたり)するなど記録の保管・管理がずさんであったりと、記録の重要性を認識していないデタラメぶりが目立ちます。

このようなデタラメぶりを改めるために年金記録の管理のずさんさが明らかになったのを機会に平成21年に公文書管理法(公文書等の管理に関する法律)が制定されました。この法律でいうとろころの「公文書」とは、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」であるとされており、また公文書管理法は公文書を「主権者である国民が主体的に利用し得るものであること」を担保する法律であるとされています(この部分はウィキペディアさんよりの引用です)

リッパな法律はできたのですが、最近の南スーダン派遣自衛隊による記録の隠蔽問題や「森友」騒動などを見ておりますと、残念ながら公文書管理法の理念なんかどこへやら、一向に国のお役人の姿勢を変わっていないようです。

グッドナイト・グッドラック!

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