UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

いまだに解けない疑問:コガネムシはなぜ水あめを買って子どもになめさたのでせうか?

2017-03-13 01:29:27 | 日記

昨日、近くのGGIの食糧庫みたいな平和堂さんのスーパーに行き、コピー機のコーナーでいつもながらいずれ紙屑なる運命の紙切れを何枚も何枚もコピーしておりましたら、隣の「処分品」のコーナーに「水あめ」が売られているのが目に入りました。

「処分品」というのは有効期限切れが近づきましたので、ご奉仕価格で安売りいたしますという売り場のことです。

今日の写真はこの売り場に鎮座しておりました水あめ君を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ。

このプラスチック容器に入れられた水あめ、かなり量がありそう、毎日チョビチョビなめていてもひと月以上はもちそう、それでもお値段はたったの170円也!これは間違いなくお買い得であります!

まず、「水あめ」を目にするなんて久しぶりでありましので、まだこういうモノが売っているんだ、とちょっぴり感激いたしました。

次いで、コガネムシは金持ちだ、という童謡のことを突然思い出しました、次いでGGIが幼少のみぎりから長年にわたり、いまだ抱いている疑問がふたたび何の前触れもなく浮上いたしました。

コガネムシの歌、歌詞は以下のようなものです。

作詞:野口雨情(のぐちうじょう)
作曲:中山晋平(なかやましんぺい)
発表年:大正十一年(1922年)

黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
飴屋で水飴買つて来た

黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
子供に水飴 なめさせた

GGIが幼児のころから抱いております疑問というのは、コガネムシはなぜ水あめを買ってきて子供になめせたのだろうということであります。GGIがコガネムシの童謡を耳にしたころ、まだ誰もが貧しい時代でありましたから、お金持なのでれば、もっといいものを子供に買ってあげられるはずなのに、どうして水あめなんかしか買わなかったのだろうという、子供らしい素朴な疑問をいだいたのです。その疑問がいまだに続いているのです

もっと分かりやすく申し上げますと、コガネムシは金持ちなのだろう、それなら金持らしくもっと高級なお菓子なんかを買ってきて子どもの食べさせればいいではないか、たとえばゴディバのチョコなんか買ってやればいいじゃないか、それなのに水あめなんていう安いものを買ってきたりしてどいうつもりなんだ、昔から金持ちは吝嗇というから、コガネムシは単なるケチだったのか、そうであればこの童謡、まことにユメのないお歌であるということになってしまうではないか?

GGIは半世紀以上にわたりこのような疑問を抱いているのですが、いまだに納得のいく答を見つけることできず、悩みは尽きません。

えっ、何ですか?子どもが水あめを欲しがるから買ってきてなめさせただけの話だとおっしゃるのですか?ほんとうにそうなんですか?それなら「コガネムシは金持ちだ」などとわざわざ強調する必然性はまったくないではありませんか!

とにかくGGIにとりましては、お金持ちであるということと水あめを買ってきて子供になめされるという行為の関係がまったく不条理に思われて理解できないのです。

GGIよ、なにを幼稚なことを言っているのだ、この歌詞は互いに何の関係もない事柄、つまり単なる別個の事実をランダムに羅列したに過ぎないのだ、だから金持ちであることと水あめ云々は無関係、因果関係は皆無、無関係という関係なのだ、つまり人生は無関係つまり不連続の連続なのだ、と野口雨情は言いたかったのだ。だから「コガネムシは金持ちだ、金蔵建てた蔵たてた、コガネムシは子供を虐待していた、健康診断を決して受けなかった、アホなブログを書いていた」などと互いに無関係・不連続な事実を羅列してもいいのだ、などと説教なさる方もおられるかもしれませぬが・・・・

まあ、無理やりそのような解釈をすることも可能なのでありますが、かようなしだいでありますので、とにかく、なるほどなあ、それでコガネムシは水あめを買って子供になめさせたんだという納得のいく答をご存知の方がおられましたら、どうかGGIに御教示くださいませ

グッドナイト・グッドラック!

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