UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

一強多弱の花壇・・・

2017-04-24 00:51:14 | 日記

わが庵から湖岸の道路を数百メートル東へ行ったところに道路に面して教会があります。この教会の前庭の花壇、手入れがよくいつもきれいな花がたくさん咲いていて、教会の前を通る人たちの目を楽しませてくれます

先日通りかかりましたらチューリップがたくさん咲いていました。満開でした。

今日の写真はこの満開のチューリップさんたちを撮ったものです。チューリップさんたち、とても張り切っているようですのでクリックしてご覧になり、愛でてやってくださいませ

そういえばチューリップさんたちをべた誉めした歌、童謡がありましたね

さいた さいた
チューリップの花が
ならんだ ならんだ
あか しろ きいろ
どの花見ても きれいだな

ゆれる ゆれる
チューリップの花が
風にゆれて
にこにこ わらう
どの花見ても かわいいな

GGIはこの教会の花壇に咲に咲いているチューリップさんたちの姿を眺めておりまして、たしかに「きれいだな」ではありますが、でもこのチューリップさんたち、大きな花だなあ、ちょっと大きすぎるのではないかなあ、「かわいいな」というには明らかに大きすぎるのではないかと思ってしまいました。

写真をご覧になればお分かりになると思うのですが、チューリップの根元に咲いている他の草花にくらべて、このチューリップ、大きすぎるのではないかというのがGGIの見解です。大きさが度を越しているのです。

GGIの勝手な見解なんかどうでもいい、美しいものは美しいのだとおっしゃるかもしれませんが、美を構成する重要な要因はバランスとハーモニーなのです。それなのに、このチューリップさんたちの様子は他の花々を圧倒しすぎており、このため花壇全体のバランスとハーモニーに明らかに欠けております。他の小さな草花への配慮がまったく認められないのです。

このように美の要因を無視して、ただただ他の花々よりも大きく咲いて「どう、わたしたち、とってもキレイでせう、かわいいでせう」と自慢しているように見えて、GGIとしましてはあまり感心できませぬ。これではまるでチューリプさんたちの一人勝ち、いわゆる「一強多弱」状態であります。

昨日の日記で紹介いたしましました川柳(「独裁と言わずに一強と呼ぶ不思議」)から分りますように一強は独裁に通じるのです。独裁は美しくはありませぬ

「仲良きことは美しきかな」であるかもしれませぬ、しかしながら「大きいことは美しきかな」とは限りませぬ。

このように大きな花を咲かせて一強多弱状態に至ったのは、種苗会社のみなさんが「大きいことはいいことだ」とひたすら品種改良に励んだ結果であり、なにもチューリップさんたち自身に責任があるわけでないことは言うまでもありません。ですからここは、やはりGGI、率直になって「チューリップさんたち、よく咲いたなあ、咲いてくれてありがとう、とてもきれいだよ」とほめたたえておくことにいたします。

グッドナイト・グッドラック!

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