UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

一隅を照らす・・・

2017-06-18 01:10:39 | 日記

十日ほど前の夜、満月でありました。月明かりが隣家の大きな木のシルエットを夜空に浮かび上がらせていました。今日の写真をこの満月の光景を撮ったものです。安物の使い古したデジカメ、そのうえGGIの腕がお粗末でありますのできれいには撮れていないのですが、よろしければクリックしてご覧くださいませ。

撮った写真を眺めておりましたら、右下、大きな木の下に小さな明かりが二つ写っているの気づきました、街灯の光です。GGI、下界を照らし出しているまん丸のお月様の光とこの小さな明かりを目にして、「そうかあ、一隅を照らす」というのはこういうことなのだと、すんなり納得してしまいました

「一隅を照らす」というのは天台宗の始祖、最澄さんのお言葉とされています。仏教に限らず宗教とは縁無き衆生のGGIが「一隅を照らす」とはどういう意味であるかなどと説教を垂れるのは真に身の程しらずでありますので、関心をお持ちの方は天台宗の以下のサイトなどをどうかご覧くださいませ。

http://ichigu.net/person/

天台宗といえば、そのGHQともいうべき「天台宗務庁」が延暦寺がある比叡山の麓、坂本の町にあります。

GGI、若干の縁で何度かこの宗務庁に足を運んだことがあるのですが、知人といっしょに初めて訪問したとき、廊下に赤絨毯が敷き詰められているのを目にしていささかびっくり、知人に「すごいなあ、これは日本のヴァチカンやなあ」と申しましたら、「そのとおり、なにしろ世界宗教者会議などがあるとき日本を代表して出席するのは天台宗なのだから、ここは日本のヴァチカンであるというのは正解なのです」という答が返ってきました。

いつであったか、もうずいぶん以前のことですが、GGIはこの日本のヴァチカンでたいへんな冷や汗をかいたことがあります

びわ湖を一望することができる大きな講堂で何か人権問題に関する講演会があったときのことです。

あるとき、何かと世話になっている宗務庁の社会部で宗務に励んている若いお坊さんからGGIさんたちも講演会にいらっしゃいませんかと招待されました。知人と二人で出かけたのでありますが、講演が始まる前にこのお坊さんが私たちのところをやってきて、「講演が始まる前に、簡単で結構ですからごあいさつをお願いいたします」とのたまわれて立ち去っていきました

このことば聞いて知人曰く「えっ、あいさつ!そんな話、まったく聞いてなかったぞ!とにかく、オレはダメダメ、とんでもない、GGIに全権委任や、とんでもない、とにかくオレはダメ!」

知人をさっさと、あっという間に遁走、責任転嫁 、GGI危うし、絶体絶命であります。

まったくとんでないことであります。会場いっぱいに居並ぶ御坊様を前にオレが説教垂れるのか、そんなアホな・・・・

「え~、え~、え~、あのですねえ、え~、いずれの宗教においても殺生は禁じるとされているようですが、仏教でとくに重い罪の一つとみなされているとお聞きしております。みなさん、殺生はいけません、人殺しをいけません、どのような場合であってもいけません」

「いま世界のおよそ3分の2近くの国で死刑が廃止されるに至っております。ところが、みなさんもご存知のように日本にはいまだに死刑制度が存在しています、悪いことした奴は因果応報、死刑もやむを得ないとお考えのかたが多いようではありますけれども、死刑もれっきとした殺人です、まさに人殺しなのです、人殺し以外の何ものでもありません」

「え~、みなさんに日本に死刑があるのはあたりまえとお思いかもそれませんが、昔は日本に死刑などという野蛮なものはなかったのです、少なくとも中世頃までは死刑なんかありませんでした、現在は極刑と申しますと死刑を意味していますが、そのころまでは「極刑」と申しましてもせいぜい「島流し」というところであります、敷島の大和心を誇る日本の雅な文化には本来、死刑などという野蛮な文化が入り込む余地などなかったのであります」

「え~、ですから、現在においても、どうしても死刑にしたければ、その代わりに島流しにすればいいのであります、え~、島と言えば日本にはまだまだたくさんの無人島がありますし、それにこれらの無人島は結構風光明媚でありますから、観光開発に努め、日本の経済成長を下支えすると申しますか・・・え~、何の話でしたっけ・・・あっ、経済成長なんかどうでもいいのでありますが、とくにかく、みなさん死刑は国家によるものではあっても人殺しそのものでありますから、どうかみなさん・・・・」

「そんなエラソーなこと言いながら自分の家族や近親者など、大切に思っていた人間が殺されたりでもしたら、おまえだって死刑にしろと言うかもしれないでないか、だからそんなことはキレイごとだとお思いになるかもしれません、が、しかし、今、この時代はキレイごとこそが大切な時代なのであります、キレイごとはダメということになれば、本音でいこう、弱肉強食でいこうということになりますから、宗教界のみなさんもこれから思いっきりキレイごとを主張していただきたいと申しますか・、日本における殺生の絶対禁止に向けて宗教者として吾ご尽力たまわりたく・・・」

などと実にまっとうなるお説教を垂れてしまったのでありましたが、まあ、ほんとうに冷や汗タップリでありました、一生分の冷や汗をかいてしまいました。もう後にも先に、このように身の程をわきまえぬことを行うことはないでありませう

なもあみだぶ、なもあみだぶ、なもあみだぶ・・・・

グッドナイト・グッドラック!

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