ゆうちゃんのイカす『やんちゃジジイ』

音楽、サッカー、演劇・・・・
還暦を迎えて、毎日を楽しく遊び、生きる事。
イカす、やんちゃなジジイが目標

久しぶりに『熟睡』

2015年10月31日 | Weblog

昨日から長期休暇。
昨日は、次の仕事先としてオファーを受けていた会社に行き、
正式に契約することを伝えてきた。
この会社のことを話すのは、時期尚早だと思うので内緒にしておきます。

今日はそういう意味で初めての休み。
目覚まし時計をかける必要も無く、寝たいだけ寝られる朝でした。
いつもは夜中に目が覚めて、何度も寝直すのだけれど、
今朝は一回も目覚めることなく10時近くまで熟睡。
今まで、行きたくない会社なのに、遅れずに行こうなんて考えて、
熟睡できなかったのかなぁ・・・・

普段の土曜日と変わらないのに、今日は本当に良く寝た。
去年の今頃は、心が不安定で眠れない上に血圧も上がったりで、
精神科のカウンセリングを受けていたことを考えると、嘘みたい。
理由はともあれ、気持ちよく眠り、目覚めると言うのはいいものです。

でも、正直な気持ちはちょっと寂しいかな?
30年近く居た会社を退くのは仕方がないにしても、何か心残りがある。
会社に対してと言うより、自分が育てようとしていた若手を
途中で放り出してしまったことに対してですね。

僕の嫌いな『言い訳』しか出てこない。
何があっても、育てるんだと言う気持ちが無かったんだと思います。
ただ、これは僕の側の問題。
育てて貰おうとか、教えて貰おうとか言う気持ちが見えなければ
僕も『ふーん、その程度だったんだ・・・・』
なんて思って、此方から手を差し伸べることはしなかった。

僕だって、教わった訳じゃない。
自分で調べ、実験してやってきた。
そういう環境と時間、そして結果を求められる環境を作ってくれ、
悩んでいるときにヒントやアドバイスをくれた恩師たちが居て、
その人たちが、じっと結果を待ち続けていてくれたお陰です。
その間は、その恩師たちが客先や上層部との間に入ってくれました。

同じように育てるには、僕と同じ様なマインドが無いと駄目なのかも?
ただ、やるべき事やそれに対する最低限の情報は伝えてあるから
放っておいても、育つ人間は育つでしょう。そう思っています。

しかし、もう終わったことだから、クヨクヨ考えてもどうにもならない。
こんな事を考えていたら、またストレスが溜まって不眠症になっちゃう。
僕は、また自分のことだけを考えて、次の仕事をすればいい。

もう一度、誰もやったことがない『チャレンジャー』になれたらいいなぁ。
胃が痛くなるような技術的な難題を抱えて、楽しみたいなぁ・・・。
そんな、歳を考えないことを思いながら過ごした一日でした。

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『1つの終わりは、次の始まり』

2015年10月30日 | Weblog

今日から、45日間の有給休暇です。
昨日は会社の人たちにお礼のメールを送り、沢山返事が来ました。
嬉しかったです。
そんなメールを少しだけ紹介します。

☆師匠Oさんから
長い間の日本電子での仕事、お疲れ様でした。
貴殿といっしょに仕事が出来た事は私にとっても良い思い出です。
これからは、心身共に健康に留意され、次のステップUPをしてください。
益々のご活躍、期待しています。

☆一番の盟友、何度も助けられた『Team1000KV』のNから
長い間本当にお疲れ様でした、
一緒に仕事させてもらった事は私の技術者として、とても貴重な経験になりました。
高圧に関して再発見する事が本当に沢山ありました。
私もまだ若い時で色々ご迷惑をお掛け致しました。
谷中さんの事だから何をするのでも楽しくやって行くと思っています。
私も今後どの様な立場になって行くか全く判りませんが
何をするのでポジティブにやっていけたらと思います。
本当にお疲れ様でした。
少しゆっくりされて、また次の活躍を願っております。

☆弟子M君から
お疲れさまでした。
一緒に仕事をさせて頂いた数年間が、今の糧となっていると思っています。
いろいろ勉強になりました、ありがとうございました。
これから1500kV化の設計が先行して始まります。
未知の領域ですので不安もありますが、良い報告が出来るよう頑張ります。
ゆっくり休んで、次の事に備えて下さい。
本当にお世話になりました。

☆子会社で僕の面倒を看てくれた若手女子社員Rちゃんから
谷中さんには、イロイロとお世話になり、
3DCADや、電界シミュレーションの方法など教わり、すごく楽しかったです♪♪
インスト関係で、3DCADをたまーに使ってます☆
これも谷中さんがいなかったら、どうなってたことか・・・。
ちょっとの期間でしたが、ありがとうございましたm(__)m
これから、新しい事に挑戦するみたいですが、
体調崩さないように楽しい生活を送ってくださいね。

☆北大出身であり、今や超高圧電子顕微鏡の責任者O君
今、私がここに存在できるのも,北大1000kVが予定通り完成し、
装置性能が発揮されたからです。 
装置の完成が遅れたり性能が発揮されなければ,私の学位はどうなっていたか?
想像すると気持ち悪くなります。
北大機があって、学位がとれて、就職氷河期で・・・
これらの偶然がかさなって、この会社に入社したわけですが,
北大機がなかったらそもそも入社することもありませんでした。
谷中さんの仕事で人生が方向づけられたといっても過言ではありんません。
この会社に入社して、私は今、幸せです。
そのきっかけとなった北大機の設計者である谷中さんに感謝します。 
ありがとうございました。

☆前の職場のマドンナAちゃんから
今日までですか!!
まずは、お疲れさまでした。
そして、私が設計に異動して来て沢山の事を教えてもらいました。
私的にも、恵比寿のビアステーション、水族館、お芝居・・・と楽しませて
もらいました。
ありがとうございました。
谷中さんの休み中に是非是非一杯!!、可能なら奥さんも一緒にやりましょう。
これから何か楽しい事の始まりですか!新装開店??
爺さんだから身体だけは気を付けて下さいね。
この会社に入社して谷中さんに出会えて良かったです。
まだまだこれからもよろしくお願いします。

会社人生では、嫌なことも良かった事と同じくらいあった。
嫌なことは、もう起こらないから忘れればいい。
良かった事の思い出だけ抱えて、次のステージに進みたいと思います。
そして『1つの終わりは、次の始まり』ですね。

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人として大事なもの

2015年10月29日 | Weblog

定年退職の日は1月20日の誕生日ですが、今日で出社は最後。
会社人生に一区切りつけたことになります。
この2年半は、全く仕事が与えられず、苦しい毎日でしたが、
僕としては珍しく、辞めることも無く耐えてこの日を迎えました。

家族が居たから、歯を食いしばって頑張れた。
家族には仕事ばかりの時期もあって、申し訳なかったけれど
家族の笑顔や笑い声が僕を支えてくれました。
本当にありがとう。

サッカー部の『お馬鹿連中』をはじめ、『ハゲを増す会』の組合役員OBたち。
旧部署の仲間『秘密部隊』、超高圧電子顕微鏡の『Team1000KV』など
会社の中でも、僕の精神的な支えになってくれた仲間に感謝します。
いつも僕に気をかけてくれた現社長にも感謝しています。
ありがとうございました。

会社以外でも、劇団の皆さんにはいつも心を癒してもらった。
いい歳して『やんちゃ坊主』を演じて来られれたのも、
僕はまだ人生の大先輩たちから見れば、若手であり小僧だから・・・・
そんな僕のことを、温かく見守ってくれたことで、幾度と無くあった
精神的なストレスに潰されそうな時に、何度も救って頂きました。
ありがとうございました。

そしてバンドの相方Charlieにも・・・・。
いつも良き相方であり『兄貴』で居てくれた。感謝しています。
Thank you so much・・・・ありがとう。

今日は会社の人たちにお礼のメールを送りました。
沢山返事が来ました。
本社に行って、師匠の御大に挨拶。
偶然、僕を目にかけてくれていた本社の副社長と遭遇して挨拶した。
常務に会いに行ったけど、忙しくて会えなかった・・・・
こちらはまた改めて・・・・・

仕事はそんなに一緒にならなかったけれど、元設計部署に居たA氏が
労いの言葉を伝えにデスクまで来てくれた。
そして、一番意外だったのは、元上司で取締役のH氏。

H氏はハッキリ言って、仕事を全く判っていない目障りな存在だった。
社員の殆どが、そういう目で見ているといっても過言ではないでしょう。
だから、いつも僕は強い口調で反発する。
僕のやることには文句を言わせなかった。

そのH氏がデスクに来て『お疲れ様でした。』と言ってタオルを手渡してくれた。

そのタオルは、地域振興のイベントの際に配った代物。
特別な物ではないけれど、それを手渡すときにH氏がこう言った。
『この装置、谷中さんが指導して小型化を進めなかったら、出来なかったですね』
と・・・・
会社で一番小さな、卓上電子顕微鏡。
確かに、子会社のメンバーは最初の設計では全く駄目だった。
それを僕が『こうしろ!』と、強引なまでに設計をやり直させて出来上がった装置。
その当時、上司だったH氏はその時の僕の開発に対する思い入れや
絶対にやるんだという迫力を感じて、それを今でも覚えていてくれたのだ。

最後の最後で、散々馬鹿にしていたこの、元上司H氏の言葉に救われました。
嬉しくて、涙が出そうになりました。
そして、まだまだ小さな自分に恥ずかしくなりました。
仕事なんて、会社以外では何の役に立たない。
人として大事なものは、他人を思いやる気持ちや気遣いなんだと、
改めて教えられました。
ありがとうございました。

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会社人生に一区切り

2015年10月28日 | Weblog
明日、正確には今日を最後に会社人生へ一区切りをつける前の長期休暇に入ります。
今日は、その旨を伝えるため、社長室を訪ねました。

社長にはこの2年間、色々と気を遣って頂きました。
とある会社から誘われていて、もう少し自分の経験を生かせそうなので、
その会社に、世話になるつもりだと今後の身の振り方について話しをしたら、
社長から『お前は、技術者として幸せだな』と意外な言葉が返ってきました。

社長の話はこうだった。
『会社を辞めて、自分で会社を作ったまでは良く聞く話だけれど、
自力で会社をやるだけの能力や市場開拓力が無くて、
その殆どが、この会社に仕事を貰いに戻ってくる。
結局、雇用延長を含めて、殆どがこの会社にぶら下がっている人間だ。
技術者としての能力を買われて、他の会社に行く人間はお前くらいじゃないのか?』…と。

そう言われてみると、辞めたはずの人間がいつの間にか会社に戻っていたり、
会社を作ったは良いけれど、他の会社では通用しなかったりで、
結局は会社に頼って来るしかないのが実情。

定年退職した人が雇用延長して、契約が終了したにも関わらず
さらに嘱託として居座っているケースも良く見受ける。
そういう人は、会社で何をやっているのか?
その経験を買われているのなら、若い世代に伝えるべきなのに、
個人のスキルとして保身のために、次の世代に引き継がせるようなこともない。
ただ、会社に縋り付いているようにしか見えない人が如何に多いか・・・・

まぁ、まだ子供が居たりで生活がかかっている人も居るだろうから、
一概に切り捨てられないのかもしれないけれど、何だかねぇ・・・・。
そういうお金を出せる余裕がある会社なんだって考えるしかない。

社長にそんなことを話されて、僕は社長の言うとおり
『技術者として幸せ』だと思うし、稀なケースかも知れない。

色々と大変な仕事が沢山あったけど、やるべき事はやった。
そう考えて、会社人生に一区切りつけることにしました。
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『非日常』から『日常』へ

2015年10月27日 | Weblog

僕の定年退職日までいよいよカウントダウンも一桁の『5』。
年明けに3日ほど行くけれど、それは世話になった人達へ挨拶の為。
なんせ、会社の隅から隅まで、世話になった人だらけだから、
一日ではとても全部回れない。
それに僕はメールで挨拶する前に、キチンと頭を下げてお礼を言いたいし・・・・。
そう云うところに妙な拘りを持ったりするのも、『変人』なのかも?

先週の今頃はまだスイスに居たのに、帰国して既に1週間が経過。
『ずっとスイスに居たい』とか『スイス人になりたい』とか、
単純な僕は、旅行へ行くと必ずと言っていいほど、行った土地が好きになる。
これは海外に限らず、日本国内でも同じ様な感覚に陥る。

旅行は『非日常』の生活。
だからこそ、ちょっとした事に感動する心の余裕が生まれるのでしょう。
出張で出かけた場合は、そんな事を感じる心の余裕がないから
そんな感情は芽生えない。
それでも、2週間の滞在を繰り返した札幌や、毎週月曜日に出かけて
週末の土曜日に帰京という生活を半年続けた仙台の街は、
旅行で出かけた街と同じような感覚を持つ街かも知れない。

最近では震災に見舞われた岩手県大船渡市。
ここは音楽仲間で始めた『The North Journey』というツアーに参加して、
地元の商店街や、飲食街の『屋台村』で3日間の精力的な演奏活動をした。
自分の出番を待つ間、街の中を歩いてみて廻ったり・・・・
そういう意味では、演奏よりも純粋な『旅行』がメインなのでしょう。

そういえば、今回の旅行は凄く楽しかった。
一緒に行った15人が、今流行のLINEを使って、旅行の後も連絡を取り合っている。
それに皆、いい人ばかりなので僕も初めてLINEなるものに参加してみた。
僕のような定年退職する爺さんを相手に、若い人が絡んでくれる。
写真を交換したり、メッセージを投稿したり・・・・
何よりも、皆さん上品な方ばかりなので、やり取りしていても気分がいい。
多分、間違いなく一番品が無いのが僕だ・・・・という気がします(笑)

僕の人間関係は、学校の同級生や会社の付き合いもあるけれど、
むしろこうやって何処かで知り合って、続いている人の方が圧倒的に多い。
バンドの相方、劇団の仲間もいつの間にか関係が出来ていた。

誰が名付けたか知れないけれど『スイス連邦の会』と称する旅行の仲間は
この後、どんな繋がりを持って行くのでしょうね?
去年の旅行で知り合った人も、いまだに連絡を取り合ってるから
きっと今年知り合った人の数人は、この先も付き合いが続く気がします。

『非日常』から『日常』へ。
終わりがあるから、次の始まりがある。
人生は、そんなことの繰り返しですね。

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『白い薔薇』

2015年10月26日 | Weblog

今週は残りの休暇の関係で4日だけ出社します。
今日はお土産のバラマキ用チョコを持って行きました。
と言っても20フランするんだから、北海道の『白い恋人』よりは
高級なチョコレートなのであります。

会社について唖然とした事・・・・
デスクの上に給与明細が忽然と置いてある。
先週の金曜日が給料日で、給与明細が出たのは解るけど、
これって机の上に置いて渡すもの??

今は現金が入って居ない上に、ミシン目のついた給与明細。
それでも、こう云うものを渡す時には少なくとも僕は、
『良く頑張ってくれた』とか、感謝の気持ちを込めて
『ご苦労様でした』とひと事加えて手渡ししていた。

その上、デスクに置きました・・・・の一言も無い。
僕との確執が有るかも知れないけれど、大人の対応じゃないですね。
やっぱり育ちがよろしくない、人の上に立つ器じゃない気がします。

とは言え、今日から4日間はサッカーだけやって帰るだけ。
金曜日から晴れて定年退職前の長期休暇だと思うと、
こんな事を気にして気分を害して居るだけ、エネルギーの無駄・・・・
スマイル、スマイル・・・・・

帰りがけに花屋に立ち寄りました。
スイス旅行へ出かけて、帰って来てから何となく部屋が殺風景で
気がついたら部屋の中に花が無い。
有るのは枝物ばかりで、生花が一本も無くなっていた。

それで、今日は久しぶりに部屋に花を飾ろうと、花屋さんに立ち寄った。
最初は店内を何となく眺めていた。これと言って欲しい花が無い・・・・
でも、何か気になる・・・・・
で、気になる方向を見たら居たのですよ・・・・『白い薔薇』
小声で「ここに居るよ」って呼ばれているような、そんな気がするのです。

『白い薔薇』は、葬儀屋さんが大量に使うために、花屋さんでは滅多に見かけないのです。
だから薔薇と言うと、『情熱の赤い薔薇』になっちゃう事が多いんだけれど、
実は僕は『白い薔薇』が一番好きなのですよ。

それで迷わず残っていた3本を購入。
『白い薔薇』が主役の今日は、色のついた他の花は要らない。
組合せにピットスポラムという初めて見る葉物を購入。
ルスカスの葉は、僕の定番。
ただ、これだけだとどうも上手く構図が描けない・・・・・
空間を埋める何かが足りない気がして、その役を大好きなカスミソウにお願いして・・・・

大好きな『白い薔薇』は、僕の方に顔が向くように、ゆっくりと手で曲げる。
こう云う作業を「ためる」と言うそうです。
『こっちを向けよ』とか言いながら、他人が見たら変に思うでしょうね。
『白い薔薇』をカスミソウで包むようにして、長さを調節して切る。
そして構図の見た目の重心を下に持って行く為のピットスポラムを置いて・・・・
何とか良い感じに出来上がりました。

花は生きているから、毎回同じにはなりません。
だから花と会話して、形を作りあげる。
『生け花』はかなり高度な空間アートだと思って楽しんでいます。
これって設計の仕事にも似てるんですよ。

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2年ぶりの金メダル

2015年10月25日 | Weblog

市民大会が有りました。
40歳以上で子供のコートとゴールを使った8人制。
20分ハーフなので、普段フルコートでやっている我々にとっては物足りない。
その上、体力、スピード共に、昭島市の壮年チームで我々に勝るチームは無い。

とは言え、コートが小さい上にゴールが小さいので、シュートもなかなか入らない。
フルコートでやっている我々にすると逆にやりにくい。
そんな事もあって、去年は油断して引き分けに持ち込まれて、苦手のPK戦で敗れて3位。
今年は、連覇を逃した去年のリベンジという事で、目標は優勝のみ。

予選リーグで失点して居るので、準決勝に上がって来たチームも侮れない。
対策として早いプレスを仕掛けて、相手に余裕を与えない事を指示した。

僕はと言うと、スイス旅行で2週間休んでいたので試合が大方決まった所で
10分程度出場すればいいと思っていた。

準決勝は『パパーズ』というお父さんチーム。
正直言って、予選リーグで対戦したチームの方がよほど強かった。
オマケに相手は明らかに引き分け狙い。
ゴール前に人を集めて、守るばかりで全く攻めて来ない。
その上、ボールアウトしても取りに行かず、時間稼ぎをする。
20分ハーフの短いゲームだから、そう云う事も可能なのです。
『勝つ気が無いならやらなければ良いのに・・・・』
イライラしたチームのメンバーからこんな声も出てきた。

とにかく相手は殆どゴール前に居る。
こうなると小さいゴールはなかなか、こじ開けられない。
サイドからえぐっても、ゴール前にごちゃごちゃと居るのでパスコースも空かない。
こう云う時は遠目から強いシュートを打って、GKが弾くのを狙って押し込むしかない。
前半はその作戦で2点を奪い、試合の主導権を握って前半終了。

後半は圧倒的に攻めても、シュートが枠に行かなかったりで膠着状態。
残り10分、試合もひっくり返りそうもない所で、50代の怪物Mが出場。
残り5分で僕が出場。その僕が追加点を奪い、そのまま3-0で試合終了。

『あー、また入れちゃった・・・・面倒臭いなぁ』なんて声が聞こえる。
僕は『まぁ、5分で結果出しちゃうところがストライカーだなぁ・・・・』と自画自賛(笑)

決勝は『スフィーダ』という小学校のコーチをやってるお父さんたちのチーム。
こちらは、攻めようとする姿勢が出ている、少し手応えがあるチーム。
いつも通り『前半で試合を決めちまえ』と指示。
最初の10分でなんでもないシュートを数本外して嫌なムード。
相手は引き分けでも良いと切り替える前に決めないと・・・・・

それを勇ちゃんが、強烈で豪快な美しいシュートを決めて払拭する。
相手はその見事なシュートで出鼻をくじかれて、攻めに出るしか無くなった。
試合は4-0で完勝。
2年ぶりに金メダルを獲得しました。
  

久し振りにサッカー。
2週間走って居ないので、1試合10分足らずの出場でしたが、
得点して皆の嫌がる顔を見れたので楽しかった。
気の合った仲間とやるサッカーは、やっぱり楽しいですね。

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公共のマナー

2015年10月24日 | Weblog

昨日は三鷹の自宅へ行っても、嫁さんは仕事で居ないし、子供たちも居ない。
子供たちや、嫁さんへのお土産は帰国した日に渡したので特に用事は無い。
そんな訳で、何処へも出かける事無く、独りで旅行の後片付け。

夕方6時から、組合の同期だった現執行委員長が、上部団体である
JAM東京・千葉の執行委員長に就任した為、その激励会に顔を出す事になっていた。
そのついでに、組合から借りたスーツケースを返す為に空っぽにする必要があったのです。

今回の旅行はスーツケースに悩まされました。
と言うのも、借りたスーツケースが去年購入したにも関わらず、
キーが無くなって居てカギがかからない。
それに気がついたのは、荷物をスーツケースに詰め終えた出発直前。
アメリカじゃないから、盗難は少ないだろうという事で、着替え以外の貴重品は
全部リュックの中に入れて出かける事にした。

それでもロックが上手くかからず、ガタガタと音がする。
仕方が無く、カギ付きのベルトで締めあげて何とか収まったんだけれど、
それでもバスや飛行機の荷台に入れて運ぶと、必ずロックが外れて
スーツケースが開いてしまい、1cmほどの隙間が出来ていた。

だからベルトの長さをギリギリにして、ロックが外れても隙間が出来ないように
移動の前の日は『コン畜生』と言いながら、ベルトでスーツケースの蓋を押さえた。

そもそも、借りる時にそう云った確認をしないで来た自分が悪い。
とは言え、借りものを大事に扱わない人が居る事に腹が立った。
カギが無くなれば、新しいものと交換しなければならない。
そうなると新品を買った方が安かったり・・・・・
皆で使うものこそ、大事に使わないといけないのに。

こう云った事は、日常の生活や会社のオフィスでも散見する。
コピー機や文房具など、共同で使用するものを使っても使いっ放しで、次に使う人の事を考えない。
トイレで使うトイレットペーパーが自分の時に無くなったら、
交換して出る人と、そのまま出て行ってしまう人が居るように
後の人の事を考えない人間が、思いの外多いのですよ。
これって企業風土なのかも知れないなっていつも思う。

食堂で食べ終わったら、自分の居た席のテーブルを拭いて帰るとか、
サッカーの試合の後は、次に使う人の為にトンボがけをして帰るとか。
そう云うのは日本人の美徳だと思っていたのだが・・・・・

最近は家庭ごみをコンビニのゴミ箱へ捨てたり、
ゴミの収集日以外にゴミを出したりする人が多くなっているのも、
成田で見た大きな隣国の人達と、たいして変わらない、
『公共のマナー』を心得ていない、そう云った類の人でしょう。

でも、よく考えたら日本人は『自分の目の前から消す』
という事が掃除だと考えるって言う説もある。
昔の家は、トイレに掃き出し用の小窓が有ったり、
部屋のゴミを縁側から庭に掃き出したり・・・・

原発の高濃度放射性物質を不法投棄したり、ゴミを所構わず捨てる人は
そういう昔の日本人の習性を引き継いでるのかも?

まぁ、次回は借り物じゃなく自前のスーツケースにした方が良さそうです。
次の海外旅行はいつ行くか?解りませんが・・・・・

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大きな近隣国の『赤旗の方達』

2015年10月23日 | Weblog

今回の旅行で一番感じたのは、あの大きな近隣国である『赤旗の方達』のこと。

グリンデルワルドから登山電車で、クライネシャイデックまで電車で行き、
そこから乗り換えた電車で、世界一の高さにあるユングフラウヨッホ駅まで行く、
電車の中で遭遇した『赤旗の方』の集団。

我々の座る席は4人掛けのボックス席6個分。JTBが予約した席でした。
その場所には『Reserveed(予約席)』と書かれた、仕切り板があって座席を仕切ってあった。
ところがその『赤旗の方達』のカップルが、自分達の荷物を置いたら座る場所が
出入り口の近くにしか残っていなくなって、先回りして我々の席に勝手に入り込んできた。
写真はその、座席を占拠した大きな近隣国である『赤旗の人達』です。


JTBの添乗員女性が『ここは予約席ですよ』と言って、席を移動するように促した。
そうしたらそのカップルが『ここは空いているじゃないか』と言って、ボックス席を占拠しちゃった。
それでも、添乗員が冷静に『我々が予約した席なので・・・』と言って、再度移動を促した。
そうしたら突然、大声でわめきだして『Reserveed(予約席)』と書かれた仕切り板を外して
網棚の上に放り投げちゃった。
ここで添乗員がひるまず『落ち着いてください』と、説得したにも関わらず、大声でわめく。
添乗員が凄かったのは、ここで引き下がらなかったこと。
引き下がれば、相手に舐められる。
ツアー客も言い返そうと言い出したのだが、ここは僕が制止した。

多分、昔の僕ならば間違いなく実力行使していたであろう場面。
でも、JTBの添乗員がひるまず冷静に対応しているのだから、プロに任せるべきだと皆に話した。
その後、JTBの添乗員が『赤旗の方達』の添乗員に苦情を言ったのだけれど、
当の『赤旗の方達』に付いた添乗員(写真奥で立っている赤い上着の男)は、
そういう傍若無人の下品な客を制することが出来ずお手上げ状態。
我々日本のツアー客は『赤旗の方達』は何を言っても聞かないことに呆れて、『もういいです』という雰囲気。
お陰で車内の空気は、凄く悪い雰囲気になってしまった。

『赤旗の方達』の振る舞いは、日本だけではなく世界中で問題になっているらしい。
成田空港でも、爆買いした電気製品の箱を所構わ捨てて、清掃の人たちが苦労していた。
何処へ行っても大声で話し、列には平気で割り込んでくる。
マッタホルンのロープウェイでも、待っているスキー客の列を離れて、反対側の扉から乗ろうとしていた。
さすがにそれは、係員が認めず目の前で扉を閉めてしまったので、割り込みは出来なかった。
その時は待っていたお客さんたちが『ざまぁみろ』みたいな空気になっていたけど・・・・・

ところが『赤旗の方達』はみんなそうなのか?と思ったら違っていた。
フィストというアイガーの対面にある展望台でのこと。
カップルの二人が、雲の上に乗った写真を、交互に撮り合っているのを見て、
僕が『二人一緒に撮ってあげようか?』と訊いたら、嬉しそうに頼んできた。
写真を数枚撮ってあげたあとに、そのカップルと暫くお喋りした。

その二人は新婚旅行で香港からドバイ経由で、ドイツに入りスイス、ギリシャ、イタリアと巡って
またドバイ経由で香港に戻ると言う話。
30歳の青年は礼儀正しく、流暢な英語を話し、僕の話も色々と訊いて来た。
話をするときには目を見て話す、連れ合いの女性も穏やかで上品な感じでした。

どうやら、最初に遭遇した『赤旗の方達』は上海あたりから来た集団。
聞くところによると、そういう集団はマンション用地として農地を売って得た大金で、
海外旅行に出かける集団だそうで、社会的な『躾』をされていない、いわゆる『成金』の人たち。
日本に来る『爆買い』の集団も殆どが、その類だそうです。
対して、展望台であったカップルは、イギリスの影響を受けた香港で
しっかりとした社会的な『躾』や『マナー』などを教育された、いわゆる『育ちの良い』人。

同じ大きな近隣国の国民と言って、『赤旗の方達』と、十羽一絡げにしてはいけないようです。
でも、隣国の『辛い国』の人たちも、スイスあたりに来る人は礼儀正しい。
そう考えると、同じ東洋人として一緒に見られているかも知れませんね。

スイスという国は、国民全体が人に優しい感じがしました。
今年も行きたいと思った理由の一つでもあります。
日本もこれから東京オリンピックで、海外から旅行者が沢山来ると思うけれど、
その前に『大きな近隣国』のバブルが崩壊して、品のない『成金』が来なくなればいいなと思いました。

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帰国翌日

2015年10月22日 | Weblog

昨日は帰国したのが朝8時半。
成田から秘密基地に到着したのが12時過ぎ。
スイスとの時差は7時間。
夜中の3時というと、スイスでは夜8時になる。
スイスにいる時は、酒を飲んで帰ってきたらそのまま寝ちゃったことが多くて、
9時には寝ちゃった日が何日かあった。

ところが夕方、ペットのウサギ『ウー』の調子が悪いとの事で、急遽三鷹に行き
かかりつけの動物病院へ車で連れて行ったのだけれど、思いの外元気で拍子抜け。
前日は体が冷たくなって、もう駄目かと思って子供たちが夜通し見守っていたらしいのだけれど、
病院の先生の話では、自力で体温を上げて頑張ったみたい。
もう10歳なので、自然の生命力に任せて生活させるしかないと思った。
夕食は嫁さんが僕の好物、『豚汁』を作ってくれたので、三鷹で食べたのだけれど
食べたと途端に睡魔に襲われそうになって、急いで秘密基地に帰って来た。

風呂に入って横になったものの、一向に眠くならない。
むしろ目が冴えちゃって、結局夜中の3時まで起きていた。

そんな訳で、なんとか眠りについたけど、今朝は9時に目が覚めたものの、
何となく布団の上で横になっていたらまた寝ちゃった。
二度目の目覚めは11時。このときもウトウトしていて、最終的に布団から出たのは12時半。

大量にある洗濯物を洗濯機に入れて、朝昼兼用の食事をしながら、
洗濯が終わるまでの間に旅行の荷物の整理。
お土産は
嫁さんからリクエストがあった高級チョコレートと、
子供達にヴィクトリノクスの小型ナイフ。
スーツケースを借りた組合と、会社の連中にはチョコレート。
それ以外に土産は一切買ってこなかった。渡す人もいないしね・・・・

自分用のお土産は、向こうで失くした帽子と手袋を買ったほかに、
去年買ってから、たった1ヶ月で失くしてしまった皮製の財布と、
ユングフラウで買ったマグカップくらい。
そして今年もまた『地図』を買ってきました。(左)

山登りしたわけではないけれど、目の前にある山の名前がわからないのが嫌で、
去年も3冊ほど購入し、そのうちの1冊(右)は今回の旅行に持って出かけた。

地図を見ながら、山の地形を想像し、実際にその山を見て自分の想像との乖離を楽しんでいる。
今回は特にアイガー周辺の山が凄く気になって、フィストの展望台に行ったのも、
実は麓からも、ユングフラウからも見えない地図にある『小さなピーク』を見たかったから・・・・。
『小さなピーク』と言っても、殆どが3500mほどの山なので、
日本ではこの『小さなピーク』より高い山は富士山しか存在しないのだ。

スイスの山は、殆どが氷河に削られた岩山で500m以上もある断崖絶壁を有する山ばかり。
シュレックホルン
メンヒ
 ユングフラウの西側
ユングフラウ


マッターホルン周辺
                                
マッターホルン
モンテローザ

そうでないのはモンブランやモンテローザくらいだったかな?
その迫力は、上高地の涸沢カールや横尾から見る穂高連峰、剣岳や北アルプス、
それと南アルプスの北岳のバットレスのあたりの迫力によく似ていた。

元々、登山を愛好していた僕に、また山歩きをしたくなるようなインパクト。
ただ、スイスのように登山電車やロープウェイで行ける方が好きですね。
僕の場合は山登りをすることよりも、『地図を見ながら、間近で山を観賞する』のが好きみたい。
また、来年行きたくなっちゃいそうだけれど、そんな時間が取れるかどうか?・・・・

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無事帰国:『最上級の添乗員』のお陰

2015年10月21日 | Weblog

今回のスイス旅行は宿泊地がサンモリッツ、ツエルマット、グリンデルワルドの3箇所。
それぞれ2泊ずつだったので、ゆったりと観光を楽しめました。

最初の展望台は雪、マッターホルンは快晴の無風、モンブランは強風の雲上、
アイガー、ユングフラウ、フィスト展望台もは再び無風の快晴。
事前に調べた現地の情報で、予想していた通りの天候でした。

今回はいろんな事がありました。
まずはJTBの出した予定通り、事が進まなかった。
最初に出かけたディアボレッツァ展望台は雪で、ロープウェイの間引き運転に遭い、
午後の予定は殆ど予定通り進まなかった。
翌日は雪の影響で、氷河特急のコースが走れなくなりルート変更。
楽しみにしていた、高さ71mのランドパッサー橋のルートは通れず、
大回りしてツエルマットまで行ったり。

それでも添乗員の奮闘に応えるように、ツアー客が皆、仲良くなって楽しんだ。
今は『LINE』というスマホのアプリがあって、それを使って写真のやり取りをしたり・・・・
相変わらずガラ携の僕は、その仲間には入れなかったけど・・・・・

僕はまた、帽子を飛行機の中に忘れたり、手袋を展望台に忘れたり・・・・
幸い、財布などの貴重品は首からぶら下げて無事でしたが、
それでも、切符を落とすことが1回。
これは忘れ物が多いことを知った、ツアー客たちに拾ってもらって事なきを得ました。
いつしか、世話の焼けるおじさんとして、ツアーの中心に居た気がします。
若い子達が『次の海外旅行も一緒に行きたい』と嬉しいことを言ってくれました。

今回のツアーは山好きが多かったのも、仲良くなった理由の一つですね。
僕が率いて行った、クラインマッターホルンの展望台に行ったメンバーは
皆、『ありがとう』と言ってくれたのが、本当に嬉しかった。

最後の夜に、僕の部屋に5人集まって打ち上げの飲み会。
お互いに会社や、生活の不満を口にしたり、皆色んな事を抱えて旅行に来た。

今回の旅行は、ベテラン女性添乗員の、林さんが『プロフェッショナル』で、
その仕事ぶりが、ツアー客の快適な旅行を演出したのでした。
彼女は毎日、翌日の予定を手書きで寝る前に全員の部屋に配っていました。
それも、個人個人に宛てて、細かいところまで気配りされていたものでした。

夕食も朝食も、殆ど見かけなかった。
間違いなく、部屋で食べながらそういった仕事をしていたのでしょう。
僕はそんな仕事ぶりに気がついて、『この女性は最上級の添乗員』と感じたのは
2日目の雪で予定が変わりまくった日からでした。

最大限の努力を当たり前のようにして、お客さんに出来るだけのことをする・・・・・
この仕事に対する姿勢は、見習わなくちゃいけない。
そんなJTBの女性添乗員、林さんのことを『豪腕添乗員』と称して、
若い人たちに話したのでした。
その話を聞いて、感動して泣き出す子までいたりして・・・・

素晴らしい旅行は、そんな『プロフェッショナル』によって快適な旅になりました。
また、この添乗員と旅行したいと思ったのは、僕だけではないでしょう。
『プロフェッショナル』、『豪腕添乗員』の林さん。お疲れ様。
本当に楽しい旅を、ありがとうございました。

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グリンデルワルド:(アイガー、ユングフラウヨッホ、フィスト展望台)

2015年10月20日 | Weblog

10月14日~21日まで8日間のスイス旅行へ出かけてきました。
向こうで書き溜めていたブログの原稿をアップします。

スイス旅行6日目(現地10月19日)。

グリンデルワルドから、登山電車を使って欧州一、3454mの高さにある駅『ユングフラウヨッホ』へ。
一年前はまだ雪が無く、写真を比較してみると違いが判ります。
去年9月

今年10月

昨年は何とか上まで行きましたが、強風と降雪で視界が殆ど無かったけれど、
今年はほぼ無風。去年見ることが出来なかった眺望を堪能できて、満足です。

日本では考えられない、車椅子の人がこの展望台にも沢山居ました。
ユングフラウヨッホから、始発駅のクライネシャイデックの一つ手前の駅
アイガーグレッチャー駅で降りて、ランチタイム。
ここで飲んだウィンナーコーヒーが美味しかった。
お土産に珈琲カップも購入しました。

グリンデルワルド:アイガー、ユングフラウヨッホ、アイガーグレッチャー
 

予定では、途中のアイガーグレッチャー駅から徒歩でクライネシャイデックまで
1時間半のトレッキングをする予定でしたが、雪が25センチも積もってしまい、
足元が危ないので、中止になりました。
代りにクライネシャイデックから一時間半かけて、途中駅まで歩くコースに変わり
僕は迷った末に、自由行動で一旦下まで降りて、対面にあるフィスト展望台へ
ロープウェイで登ることにして離脱しました。

フィストへのロープウェイの駅で、『上はガスで何も見えないけど・・・・』
と言われて頂上付近のライブ画像を見たら、確かに真っ白。
でも、雲の厚さが400mあったとしても、もしかして雲の上に行けるかも?
一瞬でも、雲の上から対面のアイガーが見えたら良いと思って、上に行く事にしました。

ロープウェイは途中まで、全く視界の利かない雲の中。
それでも、終着駅近くで予想通り雲が切れてきた。駄目元で出かけて、正解でした。
展望台では、想像通り雲の上からアイガーとユングフラウの山並みに加え、
アイガーと並ぶシュレックホルンとベッターホルンの迫力ある岩肌が見えて満悦。

アイガーの麓に居ると、全体の形が判らない。
下からは見えない、隠れたピークを地図を見ながら確認して・・・・・
地図でその形を想像して行ったから、余計に楽しかったですね。
グリンデルワルド:フィスト展望台

ホテルに戻ると、トレッキングをしたメンバーもご満悦。
写真を見せてもらって、ちょっと悔しかったけど、今回の自由行動の計画で
一昨日の『クラインマッターホルン』とこの日の『フィスト展望台』へ行く計画だったので
そういう意味では、計画を全う出来て満足でした。

明日は、帰国。
この日の夜は、仲良くなった若者たちが食べ物を持って、
僕の部屋へやってきて、旅行の打ち上げをしました。
今回の旅行は、例によってまた僕がリーダーみたいになっちゃいましたが、
皆が、楽しんでくれたので良かったです。

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シャモニーモンブラン(エギュードミディ展望台⇒ワイン工房)

2015年10月19日 | Weblog

10月14日~21日まで8日間のスイス旅行へ出かけてきました。
向こうで書き溜めていたブログの原稿をアップします。

スイス旅行5日目(現地10月18日)。

ツエルマットから、高速道路を使ってフランス領のシャモニーまでバスで移動。
モンブランの一角の、3842mの高さにあるエギュードミディ展望台まで、
去年と同じロープウェイを使って行ってきました。
昨日と同じ、一年前の写真と比較すると1ヶ月でこんなに違うのが判ります。
去年9月
 
今年10月
 

今日は強風でロープウェイの運行が怪しい中、何とか上まで行きましたが、
ガスが立ち込めて、モンブランの頂上を見ることは出来ませんでしたが、
僕の場合、去年は工事中で行けなかった展望台まで行けたことと、
元々この時期のシャモニーは期待していなかったことに加え、
去年、訪れた時には快晴に恵まれ、その眺望を楽しめたので、
今回は展望台から雲海を見るのも、一つの楽しみだったので、これで満足です。

しかし、同じ様な高さなのに今日はちょっとしんどかったですね。
階段を上り下りするだけで息が苦しい感じがしました。
こんな高いところまで、簡単に来れれる欧州の観光地は本当に素晴らしい。

日本も、富士山の頂上までロープウェイを作れば、もっと色んな人が行けるのに・・・・
おまけにゴミも少なくなる気がします。
国民性ですかね?
今回の旅行で、国民性というものを凄く感じました。
それについては、あとでゆっくり書くことにします。

展望台から降りた後は、レマン湖の対岸にあるワイン工房へ行きました。
ちょっと飲みすぎて、この日の宿泊地グリンデルワルドまで、
バスの中でしっかり眠ってしまいました。

シャモニーモンブラン(エギュードミディ展望台⇒ワイン工房)

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スイス旅行4日目:ツエルマット(ゴルナーグラード展望台⇒クラインマッターホルン展望台)

2015年10月18日 | Weblog

10月14日~21日まで8日間のスイス旅行へ出かけてきました。
向こうで書き溜めていたブログの原稿をアップします。
スイス旅行4日目(現地10月17日)。

ツエルマットから、3143mの高さにあるゴルナーグラード展望台まで、
去年と同じ登山電車で行ってきました。
去年と同じコースなので、写真を比較すると1ヶ月でこんなに違うのが判ります。
去年9月                           

今年10月

雪が積もっているものの、天気は快晴、風はほぼ無風。
山の上に行くには、絶好の天気になりました。
まず最初に着いたのはゴルナーグラード展望台。
ここまで、普通の服装で来られるところが、スイスの凄いところ。
山登りをする人の特権みたいに考えている日本の山愛好家からすれば
こんなのは登山じゃないと言うのでしょうが、僕はプロセスなんてどうでもいい。
この場所に来られることの方が、大事なのです。
一番高いところまでは、ちょっと歩くので誰でもと言うわけには行きませんが、
ちょっと頑張って、展望台の向こう側に見えるモンテローザを観に行きました。
夏の表情に対して、冬の眺望は迫力満点でした。

スイス旅行(ゴルナーグラード展望台3136m)
 

一旦、途中駅のフィンデルバッハ駅まで電車で降りて、
そこからツエルマットの街まで、山道をハイキング。
約1時間のハイキングは、去年歩いた道とほぼ同じ。
それでも、雪があるので全く違ったところを歩いているようでした。

街まで降りたら、その足で去年行けなかったクラインマッターホルンの展望台、
『マッターホルン・グレッシャー・パラダイス』に行く事にしました。
僕が行くと言ったら、他に8人ほどが一緒に来たいというので、
僕がにわか添乗員となって、行く事になりました。
往復58スイスフラン(約7500円)と、決して安くはありませんが、
富士山より100m以上高い場所へ行き、イタリア側の山並みが見てみたかったのです。

標高が高いので、一緒に行ったメンバーの一人が酸欠と軽い高山病に見舞われましたが
それでも最後部の展望台へ立ち、その眺望に皆が感動して居ました。

スイス旅行(クラインマッターホルン展望台)
 

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スイス旅行3日目:氷河特急全線乗車(サンモリッツ⇒ツエルマット)スイス旅行(氷河特急)

2015年10月17日 | Weblog

10月14日~21日まで8日間のスイス旅行へ出かけてきました。
向こうで書き溜めていたブログの原稿をアップします。

スイス旅行3日目(現地10月16日)。
今日はスイス旅行の目玉商品『氷河特急』でサンモリッツからツエルマットまで
約9時間の列車によるスイス観光でした。

この日もアクシデント。
予定していた氷河特急のコースが、雪の影響で変更になり、
楽しみにしていた、高さ71mのランドパッサー橋のルートは通れず、
その代わりと言っては何だが、大回りしてツエルマットまで行くルートになりました。
それでも、皆は文句を言わず・・・・
今回のツアーは、山や渓谷が見れる事で納得している『大人』の集団です。

電車の中で昼ごはんを食べたけど、味はいまいち・・・・
頼んだカンパリソーダは、予想に反して養命酒のソーダ割りのような味。
空き瓶が可愛いので、お土産にしようと思って気持ちを切り替えたのに、
気がついたら、ビンもゴミと一緒に無くなっていた・・・・・(涙)


それでも、皆で持ち込んだワインやビールに、おつまみを分け合って
ワイワイガヤガヤ・・・・・
9時間の電車は、全然退屈しないで過ごせました。

途中、先場所で引退を表明した元関脇の芳の里関が乗ってきて、
添乗員の方が声をかけて、僕らの席まで来てくれることになりました。
ルート変更が無ければ、こんな人と遭遇することも無く、
添乗員も埋め合わせのつもりだったのでしょう。
芳の里関も『日本人に会えるなんて嬉しい』と言ってくれて、一人ずつ記念撮影。

格闘技好きの僕にとっては、これ以上ない幸運に恵まれました。

スイス旅行(氷河特急)

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