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逆転無罪 窃盗事件 最高裁判決

2017-03-14 | 刑事
最高裁が職権調査の結果、逆転無罪を自判した 窃盗事件


平成27年(あ)第63号 窃盗被告事件
平成29年3月10日 第二小法廷判決

主 文
原判決及び第1審判決を破棄する。
被告人は無罪。
理 由
弁護人久保豊年の上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であり,被告人本人の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,次のとおりである。
第1 本件公訴事実並びに第1審判決及び原判決の各判断
1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成24年9月24日午前9時22分頃,広島銀行○○支店(以下「本件支店」という。)において,客の女性Aが同店内の記帳台の上に置いていた現金6万6600円及び振込用紙2枚在中の封筒1通を窃取した」というものである。
2 第1審判決は,(1)本件前日の夜,手持ちの封筒(以下「本件封筒」という。)の中に振込用紙2枚とともに現金6万6600円を入れたとするB(Aの母親)の証言,及び,本件当日の朝,出掛ける前に,本件封筒の中に現金が入っていることを確認したとするAの証言の各信用性を肯定して,Aが本件封筒を記帳台上に置き忘れた時点でその中に現金6万6600円が在中していたとの事実を認定し,(2)本件支店に設置された防犯カメラの映像によれば,Aが本件封筒を置き忘れてから,本件支店の行員が記帳台上に置き忘れられた本件封筒(現金の在中していないもの)を発見するまでの間に,本件封筒から現金を抜き取ることが可能であったのは,Aと同じ記帳台を利用した被告人しかいないとして,公訴事実どおりの犯罪事実を認定し,被告人を懲役1年,3年間執行猶予に処した。
3 被告人からの控訴に対し,原判決は,第1審判決の認定を是認して,控訴を棄却した。
第2 当裁判所の判断
1 原判決の認定及び関係証拠によれば,次の事実が明らかである。
(1) 本件支店は,比較的小規模な店舗であり,A及び被告人が利用した記帳台(以下「本件記帳台」という。)は,行員の常駐するカウンターの目の前にある。また,本件記帳台の後方(カウンターの反対側)には来店客用の長椅子が設置されていた。さらに,本件支店内には複数の防犯カメラ(店内の様子を毎秒1コマ単位で記録するもの)が設置されており,店内における顧客等の動静は,いずれかのカメラによりほとんど漏れなく記録される仕組みとなっていた。
(2) Aは,本件当日午前9時17分頃本件支店に来店し,本件記帳台で作業した後,午前9時20分頃本件記帳台を離れたが,その際,本件封筒を本件記帳台上に置き忘れた。
(3) 被告人は,Aが本件記帳台を離れた直後頃本件支店に来店し,午前9時22分頃まで本件記帳台で作業した後,本件記帳台を離れ,発券機で番号票を取り,ATMコーナーで通帳に記帳し,カウンターで行員に預金の払戻手続を依頼するなどした後,午前9時24分頃本件記帳台付近に戻り,10秒間ほど,右手を本件記帳台の上に置いた状態でその側に立っていた。その後,被告人は本件記帳台を離れ,午前9時31分頃預金の払戻しを受けて本件支店を退店するまでの間,本件記帳台に近づくことはなかった。その当時,本件支店内には,相当数の行員と来店客がおり,来店客の中には,本件記帳台の後方に設置された長椅子に座っていた者もいた。また,被告人は,この間に2名の知人に出会い,会話を交わしている。
(4) 被告人の退店後,本件支店の行員が,本件記帳台上に置かれた本件封筒を発見したが,その時点で,本件封筒内には,三つ折りにされた振込用紙2枚のみが在中しており,現金は在中していなかった。この間,本件記帳台を利用したのは,Aと被告人の2名だけであった。
2 原判決及び第1審判決を是認できない理由
(1) 前記のとおり,第1審判決は,A及びBの各証言に基づき,Aが本件記帳台上に本件封筒を置き忘れた時点で本件封筒の中に現金6万6600円が在中していたとの事実を認定し,これをいわば動かし難い前提として,被告人以外には現金を抜き取る機会のあった者がいなかったことを理由に被告人を有罪と判断したものであり,原判決は,その判断を是認したものである。
(2) Aが本件封筒を置き忘れた時点で現金が在中していたことを前提とすれば,防犯カメラの記録上,本件支店の行員以外に本件封筒に触れることのできた人物は,被告人しかいないから,必然的に被告人が窃盗に及んだと認定されることになる。しかしながら,本件封筒内に現金が在中していたとの前提をひとまずおいて,他の証拠から被告人が本件封筒を窃取したと認定できるかどうかについてみると,本件では,そのような認定をちゅうちょせざるを得ない次のような事情が存在する。
ア 本件支店内の被告人の様子は,防犯カメラによってほとんど漏れなく記録されている。被告人が1回目に本件記帳台を離れる際,本件記帳台の上面から何かを取り上げたように見えるものの,それが記入済みの払戻請求書や預金通帳ではなく,本件封筒であるとは確認できない(なお,取り上げた物が何であるかに関する被告人の供述には変遷があるが,いずれも記憶に基づく供述というよりは,防犯カメラの映像上何かを取り上げたように見えることについての弁明というべきところ,そのような弁明に変遷があるからといって,取り上げた物が本件封筒であるとの推認が可能になるわけではないし,直ちに被告人の供述全般の信用性が損なわれるわけでもない。)。また,被告人が本件封筒を持ち歩いている場面や,その中から内容物を取り出す場面も確認できない(被告人がズボンの右ポケットに手を入れたり,シャツの左胸付近に何かを接触させたりする場面は確認できるものの,それが,本件封筒やその内容物をポケット等に出し入れする動作であるとは確認できない。)。そして,被告人が,本件記帳台に本件封筒を戻す場面も確認できない。
イ 本件封筒には,三つ折りの振込用紙2枚が在中していたところ,これを残して現金(Bの証言を前提とすれば紙幣12枚と硬貨2枚)のみを抜き取るには,複数の動作が必要であり,相応の時間を要すると考えられる。本件支店内に設置された防犯カメラは,毎秒1コマを記録する目の粗いものであり,かつ,被告人がATM機の前に立っている時間帯については,背後からの映像しかないものの,被告人がそのような動作をしているように見える場面は存在しない(原判決は,被告人がロビーとATMコーナーを往復する際の動作の一部や,ATM機を操作している際の被告人の手元等が防犯カメラの死角となっていることを指摘して,被告人には本件封筒から現金を抜き取り,これをポケット等に隠す機会があったと認められる旨説示するが,被告人がそのような動作をしているとみられる場面を具体的に指摘するものではない。なお,被告人が,本件支店内の防犯カメラの設置位置や死角を熟知していたと認めるべき事情はうかがわれないのであるから,たまたま防犯カメラの死角となる位置で現金を抜き取るなどした可能性を否定することはできないにしても,その可能性が高いなどとはいえない。)。
ウ そもそも,銀行に防犯カメラが設置されていることは公知の事実である上,行員や来店客の視線も意識せざるを得ない状況の中,本件封筒を窃取した者がいるとしても,わざわざその店舗内で本件封筒から現金を抜き取り,封筒だけを本件記帳台に戻すような行為をするとは考えにくい。被告人は,本件記帳台を離れてから預金の払戻しを受けて退店するまで,10分近く本件支店に滞在しており,そのような危険を冒すとは一層考えにくい。
(3) 以上は,被告人が本件封筒を窃取したとの認定を妨げる方向に強く働く客観的事情ということができる。このような事情が認められる以上,Aが本件封筒を置き忘れた時点で現金が在中していたとの前提を確実なものと考えてよいかどうかについて,特に慎重な検討を要するというべきである。本件では,A及びBの各証言の信用性評価が問題となり得るところ,以下のとおり,この点に関する第1審判決及び原判決の説示はいずれも説得的なものとはいえない。
ア 第1審判決は,Aの証言が一貫しており,迫真性があることや,AはBの指示により市県民税の納入を行うつもりで本件支店に赴いており,本件封筒の中に現金が在中していないのに,その事実に気付かず,振込用紙だけが入った封筒を持参したとは考え難いことなどを指摘して,Aの証言の信用性を肯定し,そうすると,本件封筒に現金を入れた旨のBの証言も十分に信用できると判断した。原判決は,以上に加えて,本件封筒に市県民税2か月分合計6万6600円分の振込用紙2枚が在中していたことや,本件封筒の表面に「66,600- ⑩⑪月分」と記載されていたことを指摘し,これらの事実は本件封筒に現金6万6600円を入れたとするBの証言と整合し,その信用性を高めるものであること,本件封筒に三つ折りの振込用紙2枚に加えて,紙幣12枚と硬貨2枚が入れられていた場合には,相応の重量及び厚みになるから,Bが本件封筒に現金を入れるのを忘れるなどしていたとしても,Aがそれに気付かないまま,本件封筒に必要な現金が入っていると思い込み,これを本件支店まで持参したとは考えにくいことを指摘して,第1審判決の判断を支持した。
イ 現金が在中しているのを確認したとの点に関するAの証言の要旨は,「本件当日の朝,処理を要する通帳等を入れていた専用のケースの中から本件封筒を取り出し,通帳や固定資産税の冊子とともに輪ゴムでくくり,巾着袋に入れた上,かばんに入れて銀行に持参した。本件封筒の表には6万6600円と書かれており,中をのぞいたところ,1万円札が数枚と,千円札と,あと硬貨が入っているのが分かった。封筒の感触からもお金が入っていることが分かった。」というものであり,本件封筒から現金を取り出して数えたというものではない上,Aは,Bの指示で日常的に銀行振込み等の用務を行っていたというのであるから,仮に本件当日の記憶がなくても,上記のような証言をすることは容易といえる。したがって,上記のようなAの証言について,迫真性があるとしてその信用性を高く評価することは相当ではない。
ウ また,本件当日,Aが市県民税を納入する用務だけのために本件封筒のみを持ち出して外出したというのであれば,確かに現金の入っていない封筒を持参したとは考え難いし,現金が入っていないならば気付くはずであるとも考えやすい。しかし,本件では,Aは,本件支店において,市県民税を納入する用務の他に,預金を払い戻した上で固定資産税を納入する用務を予定しており,本件封筒の他に通帳や固定資産税の冊子を束ねて持参している上,預金の払戻しと固定資産税の納入については予定どおり実行する一方で,本件封筒については本件記帳台上に置き忘れ,市県民税を納入しないまま本件支店を退店し,Bからの連絡を受けて初めて本件封筒を本件支店に置き忘れたことに気付いたというのである。そうすると,市県民税等の納入を行うつもりで本件支店に赴いているのであり,かつ,現金が入れられていれば相応の重量と厚みになるのであるから,現金の在中していない,振込用紙だけが入った封筒を持参したとは考え難い,との評価も相当とはいえない。また,原判決の認定によれば,Aは,通帳及び固定資産税の冊子と一緒にされた束の中から,相応な重量と厚みのある本件封筒だけを本件記帳台に置き忘れたことになる。その可能性の方が,現金の入れられていない封筒を持参した可能性よりも高い,などとはいえないであろう。
エ Bは,本件封筒に現金6万6600円を入れたことは間違いない旨証言するものの,入れた金種と枚数について,「いつもそうしているので,1万円札と千円札が各6枚,500円硬貨と100円硬貨が1枚であったと思う」旨述べていることから明らかなとおり,日常的にそうしているから,本件前日の夜も同じようにしたに違いないと考えて証言をしている可能性もある。また,本件封筒に入れたとする現金の出所については,個人で自由に使えるお金の中から出したと述べるのみで,それ以上に具体的な証言をしておらず,何らの裏付け立証もされていない。本件封筒に在中していた振込用紙2枚の合計金額が6万6600円であり,本件封筒の表面に「66,600- ⑩⑪月分」等と記載されている点も,6万6600円を入れようとしたことの裏付けになるとはいえても,実際に入れたことの裏付けになるわけではない。
オ 複数名の証言が一致していることは,通常,各証言の信用性を高め合うものといえるが,A,Bの関係性,とりわけAがBの指示で日常的に銀行振込み等の用務を行っていたことや,AとBが,本件封筒に現金は在中していなかった旨行員から知らされた直後に,現金を入れたかどうかを確認する会話をしていること等に照らすと,本件においては,A,Bの証言が一致していることを過度に重視することは相当でない。A,Bにおいては,上記の会話やその後のやり取りを通じ,他日の記憶と混同するなどして,事実と異なる記憶が定着してしまった可能性も否定できないというべきである。
(4) 以上のとおり,A及びBの各証言の信用性評価に関する第1審判決及び原判決の説示はいずれも説得的なものとはいえず,その他に各証言の信用性を高める方向に働く事情も見当たらない。要するに,A及びBの各証言は高い信用性を有するとまではいえないのであって,そのような証拠に依拠して,Aが本件記帳台上に本件封筒を置き忘れた時点で本件封筒の中に現金6万6600円が在中していたとの事実を認定し,これを動かし難い前提として,被告人以外には現金を抜き取る機会のあった者がいなかったことを理由に被告人を有罪と判断した第1審判決及びこれを是認した原判決の判断は,被告人が本件封筒を窃取したとの認定を妨げる方向に強く働く客観的事情を無視あるいは不当に軽視した点において,論理則,経験則等に照らして不合理なものといわざるを得ない。被告人が本件公訴事実記載の窃盗
に及んだと断定するには,なお合理的な疑いが残るというべきである。
3 結論
そうすると,被告人に窃盗罪の成立を認めた第1審判決及びこれを是認した原判決には,判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
そして,既に検察官による立証は尽くされているので,当審で自判するのが相当であるところ,前記のとおり,本件公訴事実については犯罪の証明が十分でないから,被告人に無罪の言渡しをすべきである。
よって,刑訴法411条3号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,404条,336条により,裁判官小貫芳信の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
裁判官小貫芳信の反対意見は,次のとおりである。
私は,被告人を有罪とした第1審判決及びこれを是認した原判決の事実認定は,論理則,経験則等に照らし不合理とは認められないので,本件上告はこれを棄却すべきであると考える。以下,その理由を述べる。
1 本件事案の概要及び本件の証拠構造
本件は,Aと共に不動産賃貸管理業を営むAの母Bが,従業員らの市県民税の納入のため自宅で本件封筒に現金を入れ,翌日,その納入をAに依頼し同封筒を託したが,Aが本件支店の本件記帳台にこれを置き忘れ,その連絡を受けて,同支店に戻って確認したところ,本件封筒は銀行の窓口係に届けられていたものの,同封筒内に現金が入っていなかったことから,窃盗事件として捜査が開始され,被告人がその犯人として起訴されたというものである。本件支店のロビーには,防犯カメラが設置されており,これによると,Aが本件記帳台に本件封筒等を置いて作業を終え,そこから離れた後,本件記帳台において何らかの行為をしたのは,被告人と本件記帳台上に本件封筒が置かれているのを発見して窓口係の職員に届けた警備員の2人だけであり,警備員が本件封筒を発見してから再びAの手に戻るまでの間に,本件封筒に触れたのは同警備員と窓口係の職員を含む本件支店の職員である。
本件においては,本件封筒が本件記帳台上に置かれ,Aが本件記帳台から離れた時点で,本件封筒内に現金が入っていたと認められれば,現金を抜き取った可能性のあるのは,現金が入っていなかったことが確認されるまでの間に本件封筒を手にすることができた者ということになる。したがって,本件公訴事実が認定できるかどうかは,①本件封筒に現金が入っていたことが認められるか,②被告人以外の者,つまり警備員と窓口係の職員を含む本件支店職員について現金抜き取り窃取の可能性を否定できるか,③被告人に現金抜き取り窃取の可能性があり,かつ,窃取行為を疑わせる行為があったと認められるかの諸点にかかっている。②が否定され,①と③とが肯定されるならば,本件公訴事実は認定されることとなる。このうち②は,本件で争点とされていない上,警備員及び窓口係員は本件封筒内に現金は入っていなかった旨証言し,両名の手元は終始防犯カメラで撮影されているが現金抜き取りを疑わせる所為は認められず,②の可能性は否定できるので,以下,①に関しA,Bの証言の信用性を,③に関し被告人の窃取の可能性等を順次検討することとしたい。
B及びAの証言の信用性
(1) Bの証言内容
市県民税については従来からBと従業員の合計3名分をBの個人資金で支払うこととしており,今回も本件前日,市県民税納入書等とともに3名分として,1万円札6枚,千円札6枚及び500円硬貨,100円硬貨各1枚を封筒に入れ,これを本件当日の金融機関回りに必要な通帳等とともに専用のケースに保管し,翌日,金融機関回りをするAに納入を依頼し,これを託した。
(2) Aの証言内容
Aは,本件当日,固定資産税の納入,自宅改装費の現金引き出し等の用務のため3か所の金融機関を回る予定であったところ,同日の朝,Bから市県民税の振込みを依頼され,上記ケースから通帳及び本件封筒などを取り出し,同封筒内に現金が入っているのを確認し,これらを輪ゴムでくくって巾着袋に入れてかばんに収め,金融機関回りのため自宅を出た。まず,本件支店を訪れ,本件記帳台の上に通帳等
とともに本件封筒を出し,現金引き出しのための書類作成などの作業をしているうち,本件封筒を本件記帳台の上に置き忘れてそこを離れ,窓口で現金を引き出し,固定資産税の納入をしただけで,市県民税の納入を失念したまま本件支店を出て,他の銀行に回った。Bからの電話で本件封筒を置き忘れたことを知った。
(3) A及びBの証言の一般的評価
本件封筒内の現金については,Bは本件封筒に入れたと証言し,Aは本件封筒内に現金が入っていることを確認したと証言し,それぞれの証言が支え合う関係にある。また,証言を求められている体験事実は,単純なものであり,複雑な記憶を要するものではない。そして,被害当日に捜査が開始され,A及びBが供述を求められたのは,前日又は当日の出来事であって,記憶の薄れを危惧する必要のない時期のものである。さらに,両名には,虚偽供述をする動機は全く認められない。なお,Bは本件封筒に現金を入れ,Aは本件封筒の現金を確認したというそれぞれの事実を,2人ともそろって思い違いをしたというのは,後述するように,本件の事実関係の下では,抽象的な可能性にとどまり,あまりにも偶然が重なりあった希有の事態であって,その可能性は低いものというべきであり,したがって,原審の事実認定の審査の根拠の1つとするのは相当でないであろう。
以上のような本件事情に照らせば,A,B両名の証言には高い信用性が認められ,それを是認した原審の判断は正当というべきである。
(4) 多数意見に対する反論
多数意見は,A,B両名の証言の信用性について,次のように指摘して,信用性を肯定した第1審及び原審の判断を誤りであるとするが,信用性を否定する理由とはなり得ないものであるか,的を射ていないものと考える。
ア Aの証言について,「Bから日常的に振込みを依頼されていたので,仮に記憶がなくても,上記のような証言をすることは容易といえる」から,Aの証言を迫真性があるとの評価は当たらない,とする。
多数意見の指摘するところが,第1審の「迫真性」という表現を批判するにとどまるのか,Aの記憶の存在に疑義を挟むものであるのか必ずしも判然としないが,前者の表現の問題とするものであればAの証言の信用性を左右する指摘とはいえないし,仮に後者であれば次のようにいえよう。捜査が開始されAに供述が求められたのは本件当日のことであり,この供述が証言時まで維持されたとみるのが相当であるところ,当日朝の出来事であることからすると,記憶の薄れを危惧する必要は少ないし,体験事実であるから詳細な供述となっているとの評価も可能である。証言に作為がうかがわれる等の事実があれば別論であるが,本件では,「AがBの指示で日常的に銀行振込み等の用務を行っていた」ことだけを理由に,記憶の存在を疑わしいとするのは,妥当とは思われない。
イ 多数意見は,Aが市県民税の納入以外の用務も予定しており,本件封筒の他に通帳や固定資産税の冊子を束ねて持参していることを根拠に,「市県民税等の納入を行うつもりで本件支店に赴いているのであり,かつ,現金が入れられていれば相応の重量と厚みになるのであるから,現金の在中していない,振込用紙だけが入った封筒を持参したとは考え難い,との評価も相当とはいえない」とする。
しかしながら,納入を依頼されて現金を託された際は,現金在中の有無を確認するのが通常であろうし,本件では,Aが銀行に行く前に少なくとも本件封筒を手に取ったことは明らかであるところ,本件封筒に市県民税納入用紙のほか,紙幣12枚,硬貨2枚が在中していたとすれば,現金在中の有無によって封筒の厚み,重さに格段の差(在中していた場合32.54グラム,在中していない場合8.5グラム)があり,外観及び感触によって識別が容易であった事情が認められることからすると,「振込用紙だけが入った封筒を持参したとは考え難い」とした原判決の判示は相当である。また,多数意見が置き忘れた事実から直ちにAが封筒に現金が入っていたことを確認したとの事実も疑わしいとするのであれば,時点と内容を異にする事項を脈絡を示さないまま結び付けるもので,論理の飛躍があるように思われる。Aが本件支店で他の用件を果たしているうちに,振込みを失念してしまうことは異例なことではないであろう。
ウ 多数意見は,Bの証言のうち,本件封筒に入れた金種と枚数について,「いつもそうしているので,1万円札と千円札が各6枚,500円硬貨と100円硬貨が1枚であったと思う」旨述べていることを根拠に,日常的にそうしているから,本件前日の夜も同じようにしたに違いないと考えて証言している可能性もあるとする。
しかしながら,Bは,現金を入れた状況について,1万円札は手持ち現金を保管している封筒から,千円札と硬貨は財布から出したと具体的に証言しており,またBの証言を通覧してみれば,Bが自己の記憶として証言していることは明らかである。多数意見のように証言の一部のみを強調するのは相当でないであろう。
エ 多数意見は,現金の出所について,Bは,「個人で自由に使えるお金の中から出したと述べるのみで,それ以上に具体的な証言をしておらず,何らの裏付け立証もされていない」と指摘し,さらに,封筒表面に「66,600- ⑩⑪月分」と記載されている点も,実際に封筒に入れたことの裏付けになるものではないとする。
まず,現金の出所についてみると,Bは本件現金は保管金の中から支出した旨証言しているところ,Bは自らも個人で賃貸物件を所有して不動産賃貸管理業を営む者で,6万6600円程度の現金を所持していたとしても不自然とはいえず,他に原資の存在に疑いを挟む事情はなく,また,多数意見が裏付けを欠いていると指摘する点については,本件現金の原資が手持資金である以上,裏付けといっても銀行口座の動きなどから資金の流れを裏付けることは困難であるから,結局はBの証言の信用性を認めるに足りる客観的状況があるかどうかにかかっていることとなり,前述したとおり,その信用性は優に認められるところである。
また,多数意見が具体的な証言をしていないというのは,Bが,現金の保管場所についての証言にためらいを見せていることを理由とするものであろう。しかし,この点については,Bが法廷慣れしていない市井の人であることからすると,原判決が判示するように,「公判廷で自分の財産の保管場所などが明らかになるのがためらわれたからである」と認めるのが相当である。実際この点についての法廷でのやり取りをみると,Bは,自分が自由にできる金銭50万円くらいは別の封筒で保管している旨を述べた後,「Aらは知りません,どこにあるかは」と証言し,更に保管場所を追及されると,「それを言わなきゃいけませんか」と逡巡しており,このやり取りは,Bの心情を彷彿とさせるものがあり,原判決の認定に沿うものといえよう。
封筒外面の記載については,原判決も現金を入れたことの直接の裏付けだとしているわけではなく,「Bが,現金6万6600円を入れようとしたことは明らかであり」と慎重に評価しているところであり,この点についての多数意見は原判決に対する批判としては当たっていない。さらに,本件封筒の外面には上下2か所に「66,600」の数字が記載されているが,このことに関し,Bは「入れた,だから,確かめてそれだけ入ってますよと書いております。そして,通帳などと一緒にしますので,こうやった場合に,よく分かるようにまたもう一度書いております」と証言しているところ,「66,600」の記載の1つは封筒上部の通帳を封筒に重ねたときにも見える部位に位置しており,証言が客観的記載に裏付けられているとみることができ,封筒2か所への記載事実は,証言の信用性を高める事項と評価できる。
オ 多数意見は,AとBの証言が一致していることについて,A,Bの「関係性」と銀行員から知らされた後にAがBに現金在中の有無を確認した事実を根拠として,過度に重視することは相当でないとする。
前者については,口裏合わせの形跡があるとか,供述内容に照らし不自然な一致があるとかの事情があれば別論であるが,多数意見は,そのような証言の信用性を減殺するような具体的な事情を指摘するものではなく,また本件においてはそのような事情は認められず,被害発覚直後から捜査が開始されていて供述合わせの機会もなかったのであるから,母娘の関係だけから信用性を測るのは相当ではないであろう。
後者については,応対をした窓口職員の証言によると,Aは,「入っていたはずなんだけど,確認します」という感じであったというのであり,封筒に現金が入っていたことに自信がなかったことを示す状況は,何ら認められない。また,Aの電話確認の行動は,これからものごとを大きくするに先立って慎重を期すため,念のため母親に確認した常識的な行動とみることができるのであり,この行動をもって封筒への現金在中について自信のなさを示すものと解するのは相当ではない。
カ 多数意見は,種々ABの証言のマイナス面を強調するが,可能性を指摘するにとどまっているか,証拠評価に問題がある上,証人尋問にも立ち会っていない法律審が第1,2審と異なる結論を採る上で必要とされる具体的な指摘にはなっていないように思われる。
3 被告人の行動及びその供述の評価
(1) 原判決が認定した事実及び関係証拠によると,被告人の行動は以下のとおりである。
ア 被告人は,Aが本件記帳台を離れた数分後,本件記帳台に現れ,本件記帳台上で何らかの作業を行い,本件記帳台上から顔を上げ,一旦左方向に身体を向け同所から離れようとしたが,やおら本件記帳台上を振り返り,次いで顔を左右に動かし辺りを見回し,Aが作業をしていた方向に右手を伸ばして,白色の物体をつかみ,持ち去った。白色の物体は,本件封筒とみても矛盾はない。続いて,被告人は,発券機で番号札を取り,ATMコーナーに至ったが,被告人がATMコーナーに立った際には,防犯カメラには被告人の背面だけが写され,手元は死角となっている。その後,被告人は,窓口カウンターを経て,雑誌コーナーに立ち寄り,再び,本件記帳台に戻ったが,被告人が手にしていた白色の物体は,ATMコーナーを離れる時点では手にしていない。本件記帳台に戻った被告人は,顔を左右に動かし辺りを見回しながら,右手を警備員が本件封筒を発見した付近に置き,その後本件記帳台を離れ,ロビー内の長椅子に座った。
イ 発券機で番号札を取った後の被告人の行動を更に詳細に見てみると,被告人は,発券機の前で十数秒間立ち止まり,周囲の様子をうかがった上で,右手をズボンのポケットに入れるような仕草や左手に持った物を右手の方に傾ける仕草をするなどし,ATMコーナーに向かって歩きながら,左手に持っていた物を右手に持ち替えた上で,左手につかんだ何らかの物体を着ていた半袖シャツの左胸付近に接触させた。被告人が上記発券機の前にいるときの手元の動きは,白い物体に隠れるなどしている部分があり,被告人がロビーとATMコーナーを往復する際の動作もすべては防犯カメラに写っておらず,ATM機を操作している場面の被告人の手元も,約10秒程度防犯カメラの死角となっている。さらに,被告人は,窓口で払戻請求書等を提出した後は,右手をズボンのポケットに入れた状態で,本件記帳台の奥にある
雑誌コーナーに行き,その後,右手をズボンのポケットから出して雑誌を見るなどした後,同コーナーから本件記帳台に向かい,その途中,右手を左胸付近にもっていった後,本件記帳台の前に立ち止まって,その右手を本件記帳台の上に十数秒間置いていた。
(2) 被告人の行動に対する原判決の判示
被告人の前記行動について原判決は次のように評価しており,その評価は是認できるところである。特に原判決は,単に被告人に窃取の機会があったことを指摘するにとどまらず,後記イのように被告人の行動を子細に検討して,被告人が封筒の持ち去りとこれを再び記帳台に置いたことを推認しており,本件においてはこのことを重視すべきである。
ア Aは,現金等在中の本件封筒を本件記帳台の上に置き忘れたところ,警備員が本件記帳台の上に本件封筒を発見した際には,現金が入っていなかったことからすると,何者かが本件封筒の中から現金6万6600円を抜き取り,窃取したものと認められるが,Aが本件封筒を置き忘れてから,警備員が本件封筒を発見するまでの間,本件記帳台の上面に触れた人物は被告人以外に存在しないことから,被告人が本件封筒に触れて,これを窃取したことが推認できる。
イ 被告人が本件記帳台の上でつかんだ白色様の物体が置かれていた位置が,Aが本件封筒を置き忘れる前に作業していた位置付近であることは,被告人が本件記帳台の上から本件封筒を持ち去ったことの裏付けになる。また,被告人が,再び本件記帳台に戻り,本件記帳台の上に置いていた右手の位置が,警備員が本件封筒を発見した位置とほぼ同じであることは,被告人が本件封筒を本件記帳台の上に戻したことの裏付けになる。したがって,以上の各事実は,被告人が本件封筒を窃取したとの前記アの推認を更に強める。
ウ 防犯カメラに撮影されている被告人の諸行動によると,被告人が本件封筒を取ってから本件記帳台の上に戻すまでの間,特に,本件封筒を取ってからロビーの窓口に至るまでの間に,本件封筒内から在中物(現金)を抜き取り,これらをポケット等に隠す機会があったことが十分認められ,さらに,ポケット等に隠した在中物(現金)を取り出した後の本件封筒を,本件記帳台の上に戻す機会も十分にあったと認められる。
(3) 多数意見に対する反論
多数意見は,被告人が本件封筒を窃取したとの認定を妨げる方向に働く客観的事情として,以下の点を指摘するので,それぞれ検討を加えることとする。
ア 「被告人が1回目に本件記帳台を離れる際,本件記帳台の上面から何かを取り上げたように見えるものの,それが本件封筒であるとは確認できない」という。
確認できないのはそのとおりであり,原判決も確認できるとは判示していない。仮に,確認できるのであれば,そのことのみによって本件公訴事実の立証は十分であって,原判決が子細に行ったような間接事実の積み重ねによる認定は不要となろう。したがって,確認できないことを強調しても,原審に対する的確な批判とはいえず,このことは,下記イも同様である。むしろ,この事実において注目すべきことは,被告人が手にした物体が色彩や形状から本件封筒とみても矛盾はないことであり,特段の事情がないかぎり,これを被告人に犯人性を推認する間接事実の1つとすることは正当である。
イ 多数意見は,「被告人が,その何かから内容物を取り出す場面や,本件記帳台に本件封筒を戻す場面は確認できない」,「防犯カメラの映像上,抜き取り行為,抜き取り動作をうかがわせるものはない」旨判示する。
いずれもほぼそのとおりであるが,原判決もまた当然それらのことを前提として,間接事実を積み重ねて本件事実の認定をしているのであるから,原判決の事実認定を審査するに当たっては,原判決がそれらの前提に反する認定をしているのであれば格別,そうでなければ,それらの事実を強調するだけでは的確な事実認定審査とはいえないであろう。
ウ 多数意見は,窃取行為はともかくとして,「封筒だけを本件記帳台に戻すような行為をするとは考えにくい」という。
しかし,犯罪者心理の一般論の是非はしばらくおくとしても,本件の事実関係に即して検討してみると,本件では,警備員が本件封筒を発見した際,本件封筒が記帳台の上に置かれていたことは明白な事実であり,しかも警備員の証言によると,本件封筒の口は開いており,領収書様のものが本件封筒の口から一,二センチメートルはみ出していたというのであり,これらの事実は記帳台に置かれる前に本件封筒に対し何人かによって何らかの作為が加えられた可能性を示すものと解することができるところである。このような本件の事実関係に照らせば,本件については,そのように一般論で片付けるのは相当でないであろう。
また,多数意見は防犯カメラの人の行動に対する抑制力を立論の前提としていると思われるが,スーパーマーケットやコンビニエンスストアーなど防犯カメラが備えられた店舗において万引き事犯が多く発生していることは公知の事実であり,多数意見が前提とするような一般論が成り立つのか疑問がある。また,本件記帳台に封筒を再度置く行為について検討してみると,本件では,中身を知らないまま封筒を手に取り,封筒内に現金が在中していることに気付いて現金を抜き取ってしまったという偶発的経過をたどった可能性が高く,手元に残った本件封筒をどう処置するかの段になって,目立つ行為をとらずにできるだけ自然な振る舞いの中で問題の封筒を手から離したいと考えることも人の心理としてあり得るところであるから,犯人ならば再度置くことは「考えにくい」とはいえないと思われる。
エ 以上のとおり,多数意見の指摘するところは,原判決も当然前提としている事柄を指摘するにとどまり,原判決に対する的確な批判とはいえず,また反論の余地のある指摘であって,原判決に対する具体的,効果的な批判にはなっていないように思われる。特に,原判決が被告人の犯行を推認する事実として判示する前記(2)の事情については,防犯カメラの映像上確認できないと一蹴しているにすぎず,それ以上に十分な指摘がないと思われる。
(4) そこで,以下,①被告人が本件記帳台を離れるに際し,本件記帳台の方向を振り返り,右手を伸ばして何かをつかんで持ち去ったこと,②本件記帳台に再び戻り,封筒が発見された方向に右手を伸ばしたことについて,被告人の供述を含めて検討することとする。
これらの被告人の行動は,被告人が本件封筒に接触した可能性を示す特異な行動として注目されるところであり,また①と②を併せると,被告人が封筒を持ち去り,再び本件記帳台の上に置いたことの推認力を増すと考えられるが,このことに関し,被告人は以下のように述べている。
本件記帳台から離れる際に右手を封筒があった方向に伸ばしたこと等については,捜査段階では,防犯カメラの映像を見た結果の弁明として,本件記帳台の上に忘れ物の書類を見付けて手に取った,届けるために顔見知りの行員を探したが,いなかったので,書類を本件記帳台の上に戻した旨供述していた。しかし,公判廷に至ると,払戻請求書を書き損じて置いていたのを回収した旨述べて,弁明内容を変遷させた。したがって,被告人の供述は,信用性を欠き,被告人は自らの行動の不審さについて何ら合理的な説明をなし得ていないのであって,原判決が前記(2)のとおり,被告人の窃取行為を推認する1つの事情として判示するところは相当といえよう。
再び本件記帳台に戻ったことについては,被告人は「長椅子には人が座っており,話しかけられると面倒なので,本件記帳台のところに立ち,ただ突っ立っているのも手持ち無沙汰なので,ちょうど本件記帳台の高さが手を置くと安定もするので,そういうふうにしたんだと思います」旨述べるにとどまっており,②について①の推認力を増すものと評価することを左右するものとはいえない。
(5) 以上によれば,被告人が本件記帳台から立ち去る際に振り向いて,本件封筒が置かれた方向に右手を伸ばして何らかの物をつかんで持ち去り,再び本件記帳台に戻り封筒が置かれた付近に手を置いた行動は,本件封筒を持ち去ったことと再度置いたことの裏付けとなるとした原判決は合理的なものといえよう。
4 まとめ
事実認定の事後審査の在り方は,「第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実認定の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきもの」であり,「控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である」とされている(最高裁平成23年(あ)第757号同24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁,最高裁平成24年(あ)第797号同26年3月20日第一小法廷判決・刑集68巻3号499頁参
照)。この理は,事実の取調べに制約があり,かつ,事後審で法律審である上告審には一層強く妥当するものと思われる。この観点から,多数意見をみると,第1審判決及びこれを是認した原判決の事実認定に対し,前述したとおり,それが論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示したとは到底いえないと考える。
検察官野口元郎 公判出席
(裁判長裁判官 鬼丸かおる 裁判官 小貫芳信 裁判官 山本庸幸 裁判官 菅野博之)
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残業代を歩合給から差し引いて計算する賃金規則の有効性

2017-03-01 | 労働

残業代が生じた場合、売り上げに応じて支払われる歩合給から、残業代と同額を差し引いて計算していた場合でも一律に無効とはならない
実質的に割増賃金の支払いがあったかどうか審理するために差し戻し


※引用


平成27年(受)第1998号 賃金請求事件
平成29年2月28日 第三小法廷判決

主 文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人長尾亮,同中垣美紀,同飯野雅秋の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,上告人に雇用され,タクシー乗務員として勤務していた被上告人らが,歩合給の計算に当たり残業手当等に相当する金額を控除する旨を定める上告人の賃金規則上の定めが無効であり,上告人は,控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うと主張して,上告人に対し,未払賃金等の支払を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,一般旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
(2) 被上告人らは,第1審判決別紙雇用日等一覧表の「雇用年月日」欄記載の年月日頃,上告人との間で労働契約を締結し,タクシー乗務員として勤務していた。
(3) 上告人の就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)は,本採用されているタクシー乗務員の賃金につき,おおむね次のとおり定めていた。
ア 基本給として,1乗務(15時間30分)当たり1万2500円を支給する。
イ 服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金)として,タクシーに乗務しないことにつき従業員に責任のない場合は1時間当たり1200円,責任のある場合は1時間当たり1000円を支給する。
ウ(ア) 割増金及び歩合給を求めるための対象額(以下「対象額A」という。)を,次のとおり算出する。
対象額A=(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62
(イ) 所定内基礎控除額は,所定就労日の1乗務の控除額(平日は原則として2万9000円,土曜日は1万6300円,日曜祝日は1万3200円)に,平日,土曜日及び日曜祝日の各乗務日数を乗じた額とする。また,公出基礎控除額は,公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(平日は原則として2万4100円,土曜日は1万1300円,日曜祝日は8200円)を用いて,所定内基礎控除額と同様に算出した額とする。
エ 深夜手当は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×深夜労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間
オ 残業手当は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×残業時間
カ(ア) 公出手当のうち,法定外休日(労働基準法において使用者が労働者に付与することが義務付けられている休日以外の労働契約に定められた休日)労働分は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×休日労働時間
(イ) 公出手当のうち,法定休日労働分は,次の①と②の合計額とする。
① {(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.35×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.35×休日労働時間
キ 歩合給(1)は,次のとおりとする(以下,この定めを「本件規定」という。)。なお,本件賃金規則には,従前支給していた賞与に代えて支払う賃金として,歩合給(2)が定められている。
対象額A-{割増金(深夜手当,残業手当及び公出手当の合計)+交通費}
ク なお,本件賃金規則は平成22年4月に改定されたものであるところ,同改定前の本件賃金規則においては,所定内基礎控除額の基準となる1乗務の控除額が,平日は原則として3万5000円,土曜日は2万2200円,日曜祝日は1万8800円とされるとともに,公出基礎控除額の基準となる1乗務の控除額が,平日は原則として2万9200円,土曜日は1万6400円,日曜祝日は1万3000円とされていた。また,上記エからカまでの各計算式において「基本給+服務手当」とされている部分がいずれも「基本給+安全手当+服務手当」とされていたほか,賞与が支給されていたために上記キの歩合給(2)に相当する定めはなく,「歩合給」として,上記キの歩合給(1)と同様の定めがあった。
(4)ア 被上告人らは,平成22年2月から同24年2月までの間,本件賃金規則上の本採用のタクシー乗務員として,第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定乗務数」及び「公出乗務数」の各欄記載のとおり勤務した。
イ 上記アの期間における被上告人らの揚高(売上高)は,第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定税抜揚高」及び「公出税抜揚高」の各欄記載のとおりであった。これらに基づいて,本件賃金規則の定め(ただし,平成22年3月支給分は同年4月の改定前の定め)により,残業手当,深夜手当,公出手当,交通費及び歩合給(1)(同年3月支給分については「歩合給」。以下,両者を区別せずに「歩合給」という。)の額を計算すると,それぞれ,同計算書の「残業手当」,「深夜手当」,「公出手当」,「通勤交通手当」及び「歩合給」の各欄記載のとおりであり,上告人は,被上告人らに対し,上記各欄記載の額の金員を支払った。また,上記の期間について,被上告人ごとに各月の対象額Aの額を計算すると,同計算書の「対象額A」欄記載のとおりであった。
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件規定のうち,歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除する部分は無効であり,対象額Aから割増金に相当する額を控除することなく歩合給を計算すべきであるとした上で,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきものとした。その判断の要旨は,次のとおりである。
(1) 本件賃金規則は,所定労働日と休日のそれぞれについて,揚高から一定の控除額を差し引いたものに一定割合を乗じ,これらを足し合わせたものを対象額Aとした上で,時間外労働等に対し,これを基準として計算した額の割増金を支払うものである。ところが,本件規定は,歩合給の計算に当たり,対象額Aから割増金及び交通費に相当する額を控除するものとしている。これによれば,割増金と交通費の合計額が対象額Aを上回る場合を別にして,揚高が同額である限り,時間外労働等をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は同額になるから,本件規定は,労働基準法37条の規制を潜脱するものである。同条の規定は強行法規であり,これに反する合意は当然に無効となる上,同条の規定に違反した者には刑事罰が科せられることからすれば,本件規定のうち,歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分は,同条の趣旨に反し,ひいては公序良俗に反するものとして無効である。
(2) 本件規定が対象額Aから控除するものとしている割増金の中には,法定外休日労働に係る公出手当が含まれており,また,労働契約に定められた労働時間を超過するものの労働基準法に定める労働時間の制限を超過しない時間外労働(以下「法内時間外労働」という。)に係る残業手当が含まれている可能性もあるが,本件規定は,これらを他と区別せず一律に控除の対象としているから,これらを含めた割増金に相当する額の控除を規定する割増金の控除部分全体が無効になる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 労働基準法37条は,時間外,休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり,使用者に対し,労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし,これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。
 そして,使用者が,労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で,そのような判別をすることができる場合に,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照),上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
他方において,労働基準法37条は,労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると,労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に,当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの,当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。
イ しかるところ,原審は,本件規定のうち歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し,公序良俗に反し無効であると判断するのみで,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か,また,そのような判別をすることができる場合に,本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく,被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。そうすると,原審の判断には,割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果,上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。
(2) なお,原審は,本件規定のうち法内時間外労働や法定外休日労働に係る部分を含む割増金の控除部分全体が無効となるとしており,本件賃金規則における賃金の定めについて検討するに当たり,時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別していない。しかし,労働基準法37条は,使用者に対し,法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず,使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられているものと解されるから,被上告人らに割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては,被上告人らの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要があるというべきである。
5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
そして,被上告人らに支払われるべき未払賃金の有無及び額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大橋正春 裁判官木内道祥 裁判官 山崎敏充)
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投稿記事削除仮処分決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件

2017-02-20 | 民事

当該事実を公表されない法的利益

当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情
を比較衡量して判断すべきもの

・他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実

・児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項である
・本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものである
を比較衡量したが前者の法的利益が優越していることが明らかとはいえない。


※引用

平成28年(許)第45号
投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件
平成29年1月31日 第三小法廷決定

主 文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理 由
抗告代理人神田知宏の抗告理由について
1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
(1) 抗告人は,児童買春をしたとの被疑事実に基づき,平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関
する法律違反の容疑で平成23年11月に逮捕され,同年12月に同法違反の罪により罰金刑に処せられた。抗告人が上記容疑で逮捕された事実(以下「本件事実」という。)は逮捕当日に報道され,その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。
(2) 相手方は,利用者の求めに応じてインターネット上のウェブサイトを検索し,ウェブサイトを識別するための符号であるURLを検索結果として当該利用者
に提供することを業として行う者(以下「検索事業者」という。)である。
相手方から上記のとおり検索結果の提供を受ける利用者が,抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件として検索すると,当該利用者に対し,原々決定の引用する仮処分決定別紙検索結果一覧記載のウェブサイトにつき,URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(以下「URL等情報」と総称する。)が提供されるが,この中には,本件事実等が書き込まれたウェブサイトのURL等情報(以下「本件検索結果」という。)が含まれる。
2 本件は,抗告人が,相手方に対し,人格権ないし人格的利益に基づき,本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案である。
3(1) 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年
4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁,最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁,最高裁平成13年(オ)第851号,同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁,最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照)。他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,抗告人は,本件検索結果に含まれるURLで識別されるウェブサイトに本件事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されている
として本件検索結果の削除を求めているところ,児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
4 抗告人の申立てを却下した原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官木内道祥 裁判官 山崎敏充)
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会議の生産性

2017-02-16 | 雑感


普段考えていることは

1 議論する機会・時間
2 意思決定する機会・時間

を区別することぐらいですが

サボタージュマニュアルに見事に当てはまる参加者もいたりしますね。


「1.決断の手順を複雑化する」
「2.長々と話す」
「3.メンバーを大勢にする」
「4.無関係な話をする」
「5.細かい言い回しを気にする」
「6.一度決まったことを蒸し返す」
「7.メンバーに注意深さを求める」
「8.上層部の方針を気にする」


これと逆のことを実践すればいいのですね。


※引用


こんな会議をやっている企業は内側からダメになる


 第二次世界大戦の最中、アメリカの諜報機関が、あるスパイ工作マニュアルを作成しました。それは、敵組織に侵入して、生産性を低下させるための「サボタージュマニュアル」です。

 サボタージュとは“仕事を怠けること”という意味で、要は「サボりマニュアル」ということになります。サボりといっても、あからさまに怠けるというわけではありません。一見すると、組織のために働いているように見えても、実は生産性を低下させて、組織を内部崩壊に導くという、手の込んだ手法です。

 つまり、このサボりマニュアルに記載されていることが自社でまかり通っているのであれば、会社の未来は危ないかもしれません。一方で、サボりマニュアルに記されていることをしなければ、会社の生産性は向上することになります。

 本連載では、このサボりマニュアルを反面教師に、どうすれば組織の生産性がダウンすることを防げるかを考えていきます。



CIAが作った、敵組織を骨抜きにするマニュアルとは

 アメリカ合衆国には、選りすぐりのエリートが集まって情報収集活動などを行う組織「CIA」(Central Intelligence Agency)があります。このCIAの前身となる組織が、第二次世界大戦中に諜報活動を行っていた「OSS」(戦略情報局/Office of Strategic Services)、です。

 諜報活動とは、つまりスパイ工作活動のこと。情報収集や情報かく乱、プロパガンダ工作など、あらゆるスパイ活動を駆使して、敵国を弱体化させることが、このOSSの目的です。

 OSSが作成した資料のひとつに、「Simple Sabotage Field Manual」というものがあります。ここに、組織を内部崩壊させる「サボり」のマニュアルが記載されているのです。

 OSSはなぜ、このようなマニュアルを作成したのでしょうか?その狙いは、敵組織の「内部崩壊」にあります。戦時中は、多くの企業が戦争に協力し、物資の供給や武器の製造などを行ってきました。このサボりマニュアルには、こうした生産活動を行う敵組織に入り込み、内部崩壊させるためのさまざまな工作手段が記されています。

 今回はその中から、「会議」における組織の破壊工作術を紹介しましょう。



こんな会議をやっている組織は内部からダメになる

 サボりマニュアルでは、会議の場を利用した組織を内部崩壊させる工作が、8カ条にわたって挙げられています。少し長くなりますが、その8カ条を見てみましょう。

第1条:何事をするにも「決められた手順」を踏む必要がある、と主張せよ。迅速な決断をするための簡略化した手続きを認めるな。

第2条:「演説」せよ。できるだけ頻繁に、延々と話せ。長い逸話や個人的な経験を持ちだして、自分の「論点」を説明せよ。適宜「愛国心」に満ちた話しを入れることをためらうな。

第3条:「さらなる調査と検討」のために、すべての事柄を委員会に委ねろ。委員会はできるだけ大人数とせよ(決して5人以下にしてはならない)。

第4条:できるだけ頻繁に無関係な問題を持ち出せ。

第5条:通信、議事録、決議に書かれた「細かい言い回し」を巡って議論せよ。

第6条:以前の会議で決議されたことを再び持ち出し、その妥当性をめぐる議論を再開せよ。

第7条:「用心深く」なるように主張せよ。「合理的」に物事を進めろ。ほかの会議出席者にも「合理的」になるように要請せよ。後で恥をかくことや、問題となるような軽率さを回避するように要請せよ。

第8条:あらゆる決断に対する妥当性について「懸念」を示せ。計画された行動はそのグループの権限内にあるのか、それが上層部の方針と矛盾していないのかという懸念を投げかけろ。


 以上の8点を簡単にまとめると、「1.決断の手順を複雑化する」「2.長々と話す」「3.メンバーを大勢にする」「4.無関係な話をする」「5.細かい言い回しを気にする」「6.一度決まったことを蒸し返す」「7.メンバーに注意深さを求める」「8.上層部の方針を気にする」ということになります。



過剰な形式と過剰な合理性が会議を壊す

 もしかすると、「これは自社の会議のことを言っているのか!?」と、冷や汗を流した人もいるかもしれません。それもそのはず、この8カ条には、日本の大企業に共通している“ある特徴”があるのです。

 その特徴とは、一言でいうならば「官僚制の逆機能」です。社会学においても、研究の対象とされています。官僚制とは、つまり役所仕事のことを指します。そして逆機能とは、本来の機能とは裏目の結果が出てしまうことです。こうした役所仕事が持つ危険性については、アメリカの社会学者であるロバート・キング・マートンが指摘しています。

 大規模な組織を効率的に運用するためには、運用の形式化が求められます。なぜなら、業務の量が増えるごとに、ルーチン化した処理が必要となるからです。しかし、この形式化が過度になると、効率的な組織運用どころか、逆に非効率を生み出す原因となるのです。

 このサボりマニュアルでは、こうした官僚制がもたらす欠点である「過度な形式化」と同時に「過度な合理性」の両方を組織に負わせています。これによって組織運用の柔軟性とスピードが低下し、内部崩壊を自らが起こすのです。

 あまりにも硬直的な会議は、その最たる例です。ダメな会議が持つ組織破壊力は抜群の力があります。そして、会議人数は多ければ多いほど、その破壊力は増大するのです。

 形式化と合理化は、たしかに組織運営にとって大切なことですが、これが落とし穴になりうることを、サボりマニュアルは教えてくれます。



会議の人数は多ければ多いほどムダになる

 このマニュアルから得られる教訓としては、ムダな会議を行わないよう心がけるということに尽きるでしょう。会議をすれば、なんとなく仕事をしている気分になってしまいがちです。

 もし会議をするのであれば、議題をあらかじめ明確にすることが大切です。そうすることで、第6条で挙げられているような、前回で決着が着いた議題をまた始めるという堂々巡りを避けることができます。

 また、第3条にもあるように、必要以上に会議参加者を増やさないようにすることも重要です。会議の人数を増やしたところで、熱心に議論する人は限られています。会議を「パレートの法則」に当てはめれば、有益な議論をしているのは、参加者の2割しかいないことになります。つまり、会議が大規模になればなるほど、無益な議論をしている人が増えるだけなのです。

 そして第1条、7条、8条で記されているような、必要以上に組織のルールを意識しすぎる必要もありません。時には、ルールとは反対の心構えを持つことも重要です。組織の形式化ばかりにとらわれず、柔軟な思考力を持ち、ときに簡略化し、不合理に見えることにも勇気を持って取り組むことで、組織の権限を越えた勇敢な決断ができるのです。

 このことを肝に銘じて会議に臨めば、少なくとも会議の生産性が落ちることはないはずです。健闘を祈ります!

※OSSのサボタージュマニュアル全文は、現在、インターネット上で公開されています。参考文献:サボタージュ・マニュアル:諜報活動が照らす組織経営の本質(越智 啓太監修・解説 国重 浩一翻訳)

※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年1月24日)のものです。



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書記官 の お仕事

2017-02-15 | 雑感
家裁書記官が事件の事務処理放置 最長1年1カ月後回し



書記官の仕事も忙しいのだろうけど・・・。
主任書記官だからテキパキしてそうだけどそうでもないのだろうか。
隣接だけど内部事情は分からない。

先日の地元の報道についても感じたことですが、やはり職場のメンタルヘルスは大事だと思う


※ 引用

家裁書記官が事件の事務処理放置 最長1年1カ月後回し


 福井家庭裁判所は14日、失踪宣告に関する事件など計9件について事務処理を放置し事務を遅らせたなどとして、福井家裁管内所属の50代主任書記官を同日付で戒告の懲戒処分にしたと発表した。

 9件は2015年4月から主任書記官が担当することになった事件。他の仕事を優先し最長1年1カ月処理を後回しにした。また裁判官の決定を経ることなく、失踪者の所在に関する回答を求める書類を警察などに送った。

 上司が昨年7月、まだ終わっていない事件の処理状況を確認したところ発覚した。9件中7件は手続きが終了し、2件は手続きを進めている途中という。主任書記官は管理職に当たる。

 木下秀樹福井家裁所長は「職務を適正、迅速に遂行すべき書記官がこのような行為をし遺憾。今後、職員に対する指導監督を徹底し、再発防止に取り組みたい」とコメントした。
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相続税節税目的の養子縁組の有効性

2017-01-31 | 家事


相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得るものである。
したがって,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。

※引用

平成28年(受)第1255号 養子縁組無効確認請求事件
平成29年1月31日 第三小法廷判決

主 文
原判決を破棄する。
被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理 由
上告代理人野原薫の上告受理申立て理由第4について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人X1は亡Aの長女であり,被上告人X2はAの二女である。
上告人は,平成23年▲月,Aの長男であるBとその妻であるCとの間の長男として出生した。
Aは,平成24年3月に妻と死別した。
(2) Aは,平成24年4月,B,C及び上告人と共にAの自宅を訪れた税理士等から,上告人をAの養子とした場合に遺産に係る基礎控除額が増えることなどによる相続税の節税効果がある旨の説明を受けた。その後,養子となる上告人の親権者としてB及びCが,養親となる者としてAが,証人としてAの弟夫婦が,それぞれ署名押印して,養子縁組届に係る届書が作成され,平成24年▲月▲日,世田谷区長に提出された。
2 本件は,被上告人らが,上告人に対して,本件養子縁組は縁組をする意思を欠くものであると主張して,その無効確認を求める事案である。
3 原審は,本件養子縁組は専ら相続税の節税のためにされたものであるとした上で,かかる場合は民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとして,被上告人らの請求を認容した。
4 しかしながら,民法802条1号の解釈に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
養子縁組は,嫡出親子関係を創設するものであり,養子は養親の相続人となるところ,養子縁組をすることによる相続税の節税効果は,相続人の数が増加することに伴い,遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得るものである。したがって,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
そして,前記事実関係の下においては,本件養子縁組について,縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はなく,「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
5 以上によれば,被上告人らの請求を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木内道祥 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官大橋正春 裁判官 山崎敏充)
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養子縁組 と 相続税

2017-01-31 | 家事
「相続税対策で養子」無効は覆るか 最高裁で31日判決


養子縁組をして相続税の非課税枠を拡大するという節税方法ですね。

高裁が無効と判断した要素が最高裁判決で分かるはずです。

節税をした分をどうするかという話はされていなかったんでしょうね。


※引用

「相続税対策で養子」無効は覆るか 最高裁で31日判決

 相続税対策で孫と養子縁組したことが有効かどうかが争われた訴訟で、最高裁が31日、判決を言い渡す。二審判決は「節税目的の養子縁組は無効」としたが、最高裁は二審の結論を見直す際に必要な弁論を開いたため、「無効」の判断が覆る可能性がある。養子縁組は相続の様々な場面で使われており、最高裁の判断が注目される。

 今回の訴訟では、福島県の男性が2012年、当時1歳だった長男の息子を養子にしたため、この孫が男性の法定相続人となった。制度上は、長男一家の相続分が増えることになる。男性の死後、男性の実の娘らが「養子縁組は無効だ」と提訴した。

 15年の一審・東京家裁は「男性には、孫と親子関係になる意思があった」として養子縁組を有効とした。だが16年の二審・東京高裁は、男性が税理士から、孫を養子にすることで節税効果があるとの説明を受けていたことなどから、「節税目的の縁組で、実際には親子関係をつくる意思はなかった」として無効と判断した。

 養子縁組は節税策として広く使われており、今回の最高裁の判断は大きな影響を与える可能性がある。
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過労死 事案

2017-01-30 | 労働

過労死の事案の損害賠償事件です。

「2店舗の店長で、県内他の9店舗で店長不在時の代理業務を兼務」

とあります。

勤務時間はどのようになっていたのでしょうね。

しかし、死亡から判決まで4年半余りかかっていますね。


毎日新聞の記事からです。

※引用

<店長過労死訴訟>会社側に4600万円支払い命令…津地裁

 三重県内の「ミスタードーナツ」のフランチャイズ店に勤務していた男性店長(当時50歳)が過重な業務によって過労死したとして、遺族が店を経営する製菓会社「竹屋」(四日市市)と社長らに約9500万円の損害賠償を求めた訴訟で、津地裁(岡田治裁判長)は30日、約4600万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

 訴状などによると、男性は2011年7月から津市内の2店舗で店長を務めたほか、県内の他の9店舗で店長不在時の代理業務を兼務。12年5月15日早朝、車で通勤中に不整脈により死亡した。

 四日市労働基準監督署が13年7月、過労死と認定していた。
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間接強制

2017-01-23 | 家事

結論として面会交流できたみたいですので、

間接強制が効果を発揮したと考える人もいるでしょうね。

もちろん、記事だけではわからない部分も多いのでしょう。


毎日新聞からの引用です。

※引用

<面会交流>面会拒否に1回100万円 東京家裁が間接強制


 ◇夫が長女連れ去り、妻の申し立て、東京家裁が決定

 別居している長女との月1回の面会交流が裁判で認められたのに、長女と同居する夫が応じないとして妻が1回の拒否につき100万円を支払うよう求める間接強制を申し立て、東京家裁がこれを請求通り認める決定を出していたことが分かった。面会交流拒否に対するものとしては異例の高額で、妻側の代理人弁護士は「画期的な決定」と評価した。これに対し、夫側は「常識外れだ」として東京高裁に抗告している。

 昨年10月4日付の家裁決定などによると、争っているのは離婚訴訟中の日本人の夫と外国籍の妻。夫は長女が7歳だった2011年に家を出た後、小学校から長女を連れ帰って転校させた。引っ越し先を妻に知らせておらず、妻が長女との面会を求めて家裁に審判を申し立てた。

 夫側は妻が長女の転校先を探して押しかけたなどと指摘して「娘が外国に連れ去られる恐れがある」と面会を拒んだものの、家裁は15年12月、月1回5時間面会させるよう決め、東京高裁も支持して確定した。しかし、夫は1回目の面会に応じず、妻が間接強制を申し立てた。

 間接強制の家裁決定で、棚橋哲夫裁判官は「夫は面会を認めない理由として既に退けられた主張を繰り返している。もはや任意で応じることは期待できず、間接強制で実現を図る必要がある」と判断。夫の収入なども参考に1回100万円とした。夫側はその後面会に応じ、妻と長女は5年ぶりに面会した。

 最高裁が13年に面会交流拒否に対する間接強制を認めた後、同様の司法判断が広がったが、額は拒否1回につき5万〜10万円程度が多く、金を払ってでも面会を拒む親もいるという。妻側代理人の棚瀬孝雄弁護士は今回の決定について「『子供のために親と会わせるべきだ』と決めたのに、無視されたことに対して裁判所が毅然(きぜん)とした態度を示した。面会が実現し、子供の福祉にかなう判断だ」と述べた。

 ただ、専門家の間には金銭の力で面会を促す手法に懐疑的な声もある。夫側の代理人弁護士は「連れ去りへの恐怖から面会に応じられなかった。金額も常識外れで到底承服できない」としている。

 ◇間接強制

 民事執行法に基づく強制執行の一種。判決や家裁審判などの取り決めを守らない当事者に対して、裁判所が「従わなければ金銭の支払いを命じる」との決定を出すことで心理的な圧力をかけ、自発的な履行を促す。
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請求額の妥当性??? 提訴が心理に与える圧力の検討???

2017-01-19 | 弁護士会・弁護士
AV出演拒否で女性に賠償請求 提訴の弁護士「懲戒審査相当」 日弁連異例の決定 「正当な活動」反論も


懲戒請求は当事者以外なんですね。


二弁の懲戒委員会でのやり取りは興味深いものとなりそうです。

事案を一般化できるか不明ですが

一般的に 原告代理人が 請求額の妥当性 まで検討し
提訴が被告側に与える圧力の検討 まで しなければならないものだろうか。



※引用

AV出演拒否で女性に賠償請求 提訴の弁護士「懲戒審査相当」 日弁連異例の決定 「正当な活動」反論も


 アダルトビデオ(AV)出演を拒否した20代の女性に所属事務所が約2400万円の損害賠償を求めた訴訟をめぐり、日本弁護士連合会(日弁連)が、所属事務所の代理人を務めた60代の男性弁護士について「提訴は問題だった」として、「懲戒審査相当」の決定をしていたことが18日、関係者への取材で分かった。弁護士は依頼者の利益を代弁する職責を持つため、提訴を理由に懲戒審査に付されるのは異例だという。

 確定判決によると、女性は「タレントになれる」と18歳でスカウトされ、事務所と契約。その後、AV出演を求められ、拒否すると事務所から「違約金を支払え」などと脅された。女性が契約解除を求めると、事務所は男性弁護士を代理人として損害賠償訴訟を東京地裁に起こした。

 しかし平成27年9月の1審判決は「事務所は高額の違約金を盾にAV出演を迫った」と指摘。「女性には契約を解除するやむを得ない事情があった」として請求を退けた。事務所側は控訴せず、判決は確定した。

 この報道を知った東京都の男性が27年10月、「提訴は女性を恫喝(どうかつ)したAV出演強制を助長する行為で、弁護士の品位に反する」として、男性弁護士の懲戒を所属先の第2東京弁護士会(2弁)に請求した。請求した男性は女性や男性弁護士と面識はないという。

 2弁の綱紀委員会は28年3月、「提訴は正当で、品位に反するとは言えない」として懲戒審査に付さないことを決定。男性は日弁連に異議を申し立てた。

 日弁連の綱紀委は28年12月、「訴訟活動は弁護士の本質的職務で、提訴が懲戒理由とされるのは極めて例外的な場合に限られるべきだ」としつつも、(1)提訴はこの女性や同様の立場にいる女性にAV出演を強制する行為とみなされる恐れがある(2)請求額の妥当性や、提訴が女性の心理に与える圧力などを十分に検討していない−などとも指摘。

 「訴えの正当性がないことを知りながら提訴するなどの『不当訴訟』とまでは言えないものの、提訴や訴訟内容に問題がなかったとは言えない」として2弁の決定を取り消した。このため2弁の懲戒委員会は今年1月、懲戒審査を始めた。

 弁護士の不正を監視する「弁護士自治を考える会」主宰の市井信彦さん(62)は「懲戒理由の大半は、預かり金の着服や仕事放置、訴訟手続きのミスなどだ。提訴や訴訟内容を理由に懲戒審査に付されるのは異例で、懲戒処分が下れば初だろう」と指摘。「弁護士は依頼者の利益だけでなく、社会的利益の実現も求められていることを理解すべきだ」と話した。

 ただ弁護士の間には、日弁連の決定について「万人が持つ提訴権を代理して裁判所の判断を仰ぐのが職務なのに、提訴や訴訟内容を理由に懲戒されるリスクがあるなら、暴力団絡みの事件などは引き受け手がいなくなる」と危惧(きぐ)する声もある。

 男性弁護士は取材に「日弁連の決定は異例で納得できない。正当な訴訟活動で懲戒されれば弁護士全体の萎縮につながる。懲戒委で正当性を訴える」と話した。



 ■弁護士の懲戒 弁護士に違法行為や品位に反する行為があった場合、誰でも懲戒を請求できる。懲戒は重い順に、除名▽退会命令▽業務停止▽戒告。懲戒請求された場合、まず各弁護士会の綱紀委員会が調査。懲戒の可能性があると判断した場合、懲戒委員会に審査を付し、懲戒委が懲戒の是非や処分内容を決める。綱紀委から懲戒委に審査が付される割合は10%程度とされる。
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