史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

大野 Ⅴ

2017-06-17 15:30:57 | 福井県
(大野城)



大野城

 前回の大野訪問から二年が経過した。三度目の大野である。これまで麓から見上げただけだった大野城にもチャレンジした。柳廼神社脇から登山道をゆっくり歩いて二十分程度で亀山山頂(標高二四九メートル)に行き着く。


土井利忠像

 山頂近くに大野土井家七代目藩主土井利忠の銅像が立っている。利忠は在位四十四年(文政元年(1818)~文久二年(1862))。藩政改革に取り組み、財政再建を成し遂げたほか、藩校明倫館や洋学館の開設、西洋医学・砲術の採用、藩店大野屋の展開、蝦夷地探検と開拓、藩船大野丸の建造など、次々と事業に着手した。全国的な知名度は低いが、幕末を代表する名君の一人である。


大野城からの眺望
シバザクラ祭り

 山頂からは大野市街を一望することがきる。反対側は、対照的に建物のない、田園風景である。ちょうど「シバザクラまつり」の真っ最中で、水田の畦道は鮮やかなピンク色で覆われていた。思わず声を挙げたくなるほどの美しさであった。

 登山道途中には大野丸の碑がある。大野丸は安政年間に大野藩が建造した洋式帆船で、蝦夷地開拓と交易のため蝦夷地との間を幾度も往復した。しかし、元治元年(1864)八月、根室沖で座礁沈没。その直前に蝦夷地開拓を主導した内山隆佐も世を去っており、これ以降、大野藩の蝦夷地開拓の試みは頓挫した。


大野丸の碑

(柳廼神社)
 柳廼(やなぎのやしろ)神社は、明治十五年(1882)の創建。土井利忠を祀る。境内に利忠を支えた三人の家老の顕彰碑が建立されている。


柳廼神社


内山良休翁の碑

 内山良休は土井利忠を支えた家老の一人。経済に明るく、地場産業奨励に尽力し、藩店大野屋を大阪等に三十店余開き、直接販売を通して利益を上げ、藩財政の立て直しを図った。維新後は、良休社を設立して士族の生活を支えた。私財を投じて大野‐福井間の道路の改修を実現。


貫斎先生(内山隆佐)の碑

 内山隆佐は蝦夷地開拓、大野丸建造に尽力した。


中村矩倫翁の碑

 中村矩倫も土井利忠を支えた家老の一人。天保十三年(1842)の藩政改革の際には、政務の一切を委任され、士風刷新に尽力し、藩の規律が矯正された。

(結ステーション多目的広場駐車場)
 広瀬病院の目の前、結ステーション多目的広場駐車場が大野藩の開いた洋学館跡である。この場所には大野藩の招いた高名な洋学者伊藤慎蔵の顕彰碑、伊藤の名を慕って藩内外から集まった人々の名前を記録した石碑、それに洋学館跡を示す石碑、以上三つの石碑が並べ建てられている。


伊藤慎蔵先生顕彰碑

 伊藤慎蔵は、文政八年(1825)、長州萩に医師の子に生まれた。嘉永二年(1849)、緒方洪庵の適塾に入り、のちに塾頭を務めた。この頃、慎蔵と名乗った。安政三年(1856)、土井利忠の招きで大野藩洋学館教授として来藩。教育とともに我が国初の気象学翻訳書「颱風新話」など蘭学書訳出など多数を残した。文久元年(1861)、大野藩を辞去し、大阪ついで名塩(現・兵庫県西宮市)で蘭学塾を開いた。明治二年(1870)、大阪開成所にて数学教授、明治四年(1872)には文部大助教を拝命。明治六年(1874)辞職。明治十三年(1880)、東京で病没。年五十五歳。


幕末の大野藩に遊学した人々

 この碑には、安政二年(1855)、伊藤慎蔵が着任して以降、大野藩に遊学した人々の名前が刻まれている。有名なところでは、美濃赤坂の所郁太郎や緒方洪庵の二男三男、緒方平三、緒方四郎らの名前が見える。出身地でいえば、大野藩周辺の福井、丸岡、鯖江、府中、勝山、大聖寺に留まらず、遠く肥前や豊前中津、讃岐高松からの留学生もいた。


大野藩洋学館跡の碑

 土井利忠は、安政三年(1856)、この地に蘭学所を開設し、伊藤慎蔵に蘭学指導を委嘱した。藩士の西川貫蔵、山崎譲らが伊藤を補助した。蘭学所は、のちに洋学館と改称し、原書や辞書も充実していた。大野藩の蘭学は、その砲術訓練や蝦夷地開拓と合わせて全国に知られ、当城下に留学した者は、二十余藩から数十名に及んだ。

(武家屋敷旧内山家)
 洋学館跡から歩いて数分、有終西小学校の向い側に内山家の屋敷が、ほぼ当時のまま復元展示されている。


武家屋敷旧内山家
母屋


内山良休肖像

 内山家は、衣裳蔵、米蔵、味噌蔵を備え、母屋と離れが渡り廊下で繋がれた広壮な住宅である。内山良休と隆佐兄弟を偲ぶために、平成五年(1993)に解体復元したものである。母屋は明治十五年(1882)頃に建築されたもので、現在は瓦葺きであるが、元は板葺きだったことが復元の段階で判明したそうである。また離れは、大正期に建設された数寄屋風書院である。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 池田 | トップ | 大野 Ⅵ »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。