整体師の独り言  ウエダ心理整体塾のブログ

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奉仕について考える 4

2017-04-24 10:33:01 | 雑談
前の記事に書いた営業マンは、まさに私の心に触れたのだ。

触れてくれたから、うれしくなり喜んで、相手の願いにも応じてあげようといふ気持ちになつた。

奉仕とは、さういう心の共鳴なのであり、そこからいろいろ行為が展開してゆく有様ではなからうか?


しかし私も含めて、「見返りを求めない無償の奉仕」をしている人が、相手の心に触れて、相手の望むこと、こちらに求めることを求めてきたときに的確に応じた行為をしているかと云ふと、疑問である。

むしろ、自分がしたいことを適当な相手を捕まえて勝手に施しているだけと言へないか?それでは施すとは言へないが。

なぜさのやうな自分勝手な行為になつてしまうのか?

これは相手のためといふより、自分を認めてほしいといふ心理が裡に働いている氣がする。

表面の意識では見返りも報酬も求めてないかもしれないが、無意識では求めているのではなからうか。

その、見返りと報酬を求める心を否定している。そんな自分を醜いとして許していない。

だから自分が世間で普通に働くことも、見返りや報酬を求めて働く人々のことも、許せない。



しかし人は、見返り(評価)によつて心が支えられ、報酬によつて生活が支えられているのだ。だからその営みは、自然であり当然なことなのだ。


だから、相手の心に触れ、相手のために何かをするには、自分は既に認められていて報酬も与えられている、という状態でいる必要があらう。

だからまずは、世間でみんなと同じように普通に働き報酬を得る。そこで他者に対する気配り、気遣いを身体で覺える。そして大した評価を得られずとも、大した報酬を得られなくとも、働かせて戴けるだけでありがたい。

そのやうに、現状に感謝する。

それが出来ないと、相手にこちらの不満を投影してしまうから。


奉仕とは、何も特別で神聖な行為なのではなく、生活のために普通に働く営みの中にあるのである。









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