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菩薩行といふ生き方

2017-03-06 14:03:27 | 雑談
菩薩といふのは、仏になる前の段階にあたるそうで、仏典にはいろいろな菩薩が紹介されている。

それぞれ、役割が異なるのだらう。詳しいことは知らない。

有名なのは、観音菩薩、常不軽菩薩、文殊菩薩といつた方々か。


この菩薩が化身となつて、この世に現れることもあるさうだ。あるひは菩薩の使者となつて生きる人もいるさうだ。

ただそれは、目立たす影ながらに、人々を背後から、下から支えるやうな行為行動を取るらしい。

人助けが目的だから、立身出世にも地位にも名誉にも、所得金額にも興味がないらしい。

かうした生き方を、菩薩行といふ。


菩薩でも、恋愛や結婚をするのだらうか?

するとしても、そこら辺の凡人とはだいぶ違った感覚なのだらう。


目立たないのだから、教祖とかヒーラーとか政治家とか実業家のやうに、表立つて俺についてこい的な陣頭指揮は取らないらしい。

とすると、教祖などは菩薩から見たらまだまだ悟りに遠いのだらう。



男性に多いのか女性に多いのか、そこらへんは解らない。

おそらく、人の心を見透かせるのかもしれないし、病気の原因も、だうすれば良くなるかも解るのかもしれない。でもその能力も普段は表さないらしい。

とすると、ヒーラーやセラピストになつて、医者と張り合うなどは菩薩から見たら幼い態度なのかもしれない。

とすると、まさに近所のコンビニで働く、なんとなく品の良い人が、観音様の化身なのかもしれない。

彼は彼女は、果たして普通の人の部類なのか、変わつた人の部類に入るのか?

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2 コメント

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さういふ人は (風)
2017-03-06 19:54:44
自分がさうなのだと
そもそも知らないのかも…?
そして淡々と世を渉るのか
観音とは感応? (ウエダ)
2017-03-07 15:09:06
自分がさうなのだとも、自分にはこんな力があるのだといふ自覚もないのかもしれません。

昔の日本人の「力観」は、「血から、地から、靈から」とどこからかやってくるものに感応し、その力の媒体となつて他者に伝えるだけといふものだつたやうです。

だから己の力を見せ付け、他者を圧倒するやうな態度は戒めたやうです。

ところで「己」の言霊は、「おお性惚れ」ださうですが、これは他者に対して自分を謙遜する意ださうです。

また「施す」とは「仏負ひす」で、仏の願いに応える意のやうです。

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