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万博の思い出

2017-04-04 17:12:45 | 日記

タンザニアとんナイジェリアが紛争中と言うのに万博協会は一緒の宿舎に入れたのですから宿舎でもめるのは当たり前でした。それも草原の戦士同士です。誰も止められません。協会の職員は逃げていません。仕方なく僕が間に入って日本語で大声でわめき散らしました。実は怖くて喚いたのですが、僕に怪我させることが出来ずににらみ合い結局1時間ほどで大人しくなったのですが、後で協会の職員が勇気あるなあ・・と感嘆したのですが、僕はさすがに怒ってしまいました。 協会の職員は大阪府の職員で結構難しい採用試験を通ってきたエリートと思っていたのですが、僕の勘違いでした。何かトラブルがあると何処かへ行ってしまうのが公務員なんだと知りました。僕も後半の人生を公務員で過ごしましたが、この印象は同じです。色々ありましたが、万博で半年良かったことは猛烈な行列をパスして職員入り口から入れることでした。このときほど優越感に浸ったことはありませんでした。もちろん人気のパビリオンもフリーパスです。  それとパビリオンガールと気楽にしゃべれたことでした。 一応これも役得でしたがアフリカや東南アジア、南アメリカが中心で通訳と言うよりお世話係りでしたので、半年間大変でした。しかし、ちゃんと日当も出ていたので終ってみれば、結構貰えてました。なんしろ使う暇が無かったのです。大学4んねんで半年この状態だったので、就職活動はまったくせずで、自分で会社訪問を大阪南から順に北に向かって手当たりしだい行きました。船場のとある繊維の卸問屋に訪問と同時に採用と言われ就職しました。そこは物凄い古い体質の会社で丁稚と番頭のいるまるで映画のような会社でした。 子の続きは今度です。

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