上田寛ブログ

LIVE情報や思う事を綴ります。

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6月11日ライブ

2011-06-09 | profile
明後日6/11(土)は久々にライブやりますので、お時間あったらいらして下さい~!代官山です。

11月くらいにディスコ的なライブやって以来。りょうじ君に誘って頂き、昨年もライブをやったフルーティストの黒川貴史くんと僕のピアノで1stステージをやります。

ちなみに、どんなのをやるか?って言うと、、、

アイズレーブラザーズ、久石譲、デイブグルーシン、大島ミチル、エンニオモリコーネ、マイルスデイビスなどの曲などです。

自分でやりたいって言った曲が難しくてリハで苦戦しました、、、。まあ、世の中に素晴らしい曲は沢山あるんだな~と改めて実感!オリジナル曲を書くのは簡単ですが、オリジナル曲で人を感動させるのは大変ですね~!当たり前か?!と、言う事で曲に随分助けられています!

代官山 風土カフェ&バー 「山羊に、聞く?」
http://yagiii.com/
TEL:03-6809-0584
FAX:03-6809-0572
MAIL:info@yagiii.com
住所:東京都渋谷区代官山町 20-20 モンシェリー代官山 B1F

2011.6.11(土) open19:00 start19:30
chage:無料

flute: 黒川貴史
piano: 上田寛(1STステージ)
piano:さいとうりょうじ(2ndステージ)
baas:加藤ぶん健一
Parcussion:北原健太郎

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久々

2011-04-29 | diary
久々です.

BOΦWYがカッコイイです。


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三十路

2010-08-04 | diary
30歳になりました!

小学生の頃、TM NETWORKのファンでしたが、TMのメンバーが30歳以上だった事が凄く「オジさん」的なイメージを僕に持たせていました。

20代もあっという間でしょうがこれからの10年もあっという間なのでしょう!


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母について

2010-07-29 | history
前回は父についてだったので今回は母について、、。

母は戦後生まれの所謂「団塊の世代」で、祖父が「女の子になんか一つ身につけてあげなきゃ、、」という考えからピアノを習い、芸大目指したが結局、武蔵野音大へ通った。

母は音大出身といえどもそこまで音楽好きではなく、コンサートに自ら出かける事もなく、ベートーヴェンが好きだ、とかそこまで熱烈な音楽好きではにと思える。少なくても僕にとっては。

また、僕が中学生の時に「ミュージシャンになりたいから音大の作曲科を目指したい。」と言ったら、「音大に行ったからといって音楽で仕事ができる訳じゃないし、音大に行かなくても才能あって活躍してる人もいるあるよ。」と話してくれた。この事は今となっては良きアドバイスだったと思う。

そして、幼稚園児だった僕に「ピアノを習いに行こうか?」と誘ったみたいだけど「ピアノは女の子がやるお稽古ごとだから僕は嫌だ!」と断ったらしい。僕には記憶が無いのだが、、、。もし、無理矢理ピアノを習わされていたら、、、違う人生になっていたハズ。

最初に戻ると、「グランドピアノが2台あるにも関わらず幼少期の僕は全く音楽に関心が無い」という不思議な幼児であった。


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hirosory 1 父について

2010-07-25 | history
stingの自叙伝を読んだのにインスパイアされてしまい、30歳を前にしてなんとなく振返ってみようと思いました。

僕はグランドピアノが2台ある家庭に産まれてしまった。だから、アップライトピアノなんてものは中学に入るまで見た事無かったし、グランドピアノがある事が普通だったし、幼少期は親の期待通りにはいかず音楽に興味は無し。だからグランドピアノが2台あっても5歳の僕にとってはただのオブジェでしかなく、ピアノは友達と戦いゴッコをする時にはスペースを取って邪魔でしょうがなく、唯一役に立ったのは"かくれんぼ”の時でしかなかった。

父方の祖母がピアノの先生でもあったため、父は1942年生まれの戦中生まれにもかかわらず、その時代で幼少期からピアノを習っていた。父は指の短さ故にピアニストの道は諦めたが、作曲家を目指し高校生までは作曲を学び、1950年代において男子でピアノが弾ける男子といったら学校中で一人だったとか。

その後、1960年代の高度経済成長期という時代背景もあり作曲家なんて不安定な職業に就くよりも、東大にも進学できる可能性があった父に音楽家よりもエンジニアの道に転身する事を高校の先生などが強く勧め、名古屋大学~沖電気と所謂“理系エリート”の道を進んだらしい。


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