加藤初 投手を偲ぶ

加藤初氏死去(元プロ野球巨人投手)

 今日のニュースにライオンズやジャイアンツで活躍した加藤初が
12月11日に直腸がんで亡くなっていたらしい。

 加藤初といえば西鉄ライオンズに72年に入団して17勝を挙げ新人
王に輝くと72年にも12勝を挙げ東尾修と2枚看板で活躍していたの
だが、76年に関本四十四&玉井信博とのトレードでジャイアンツに
移籍する。

 前年のジャイアンツは長嶋茂雄監督の球団史上初の最下位に終わ
り捲土重来を期してファイターズから張本勲を高橋一三&富田勝と
のトレードで獲得していたので、加藤は高橋一三に代わるローテの
柱として期待されての事だった。

 移籍初登板だったホエールズ戦では負け投手になったものの4月
12日のカープ戦でリリーフとして登板しジャイアンツ手の初勝利を
挙げると18日に広島で行われたカープ戦でノーヒットノーランを
達成し、チームに勢いを付け10月12日にタイガースに勝ってマジッ
ク1とした試合はリリーフで勝てば優勝という最終戦のカープ戦では
先発して5回まで3失点したものの勝ち投手になり長嶋ジャイアンツ
初優勝に大きく貢献した。

 ところが翌年肺門リンパ腫で入院し83年には右肩血行障害を起こ
すなどブランクを作りながらも復帰して活躍し、チームにとっては
欠かす事のできない貴重な戦力だった。

 長嶋時代には堀内恒夫、小林繫、クライド・ライト、新浦寿夫ら
と第1期藤田&王貞治時代には江川卓、西本聖、定岡正二とローテを
守っていたのが印象深い。

 余談ながら加藤が最後に先発登板した89年4月17日の東京ドーム
でのカープ戦を私は観戦している。

 5点差を追い付いてサヨナラ勝ちした翌日だっただけに前日の勢
いで川口和久を攻略と意気込んでいたのだが3回に2アウト満塁から
ロッド・アレンの2点タイムリーを浴びると、なおも満塁で達川光
夫に満塁HRを打たれて一挙6失点でKOされた。
 
 ちなみに試合は この6点で勝負が付きジャイアンツ打線は川口
相手に2安打完封負けを喫するなど、見どころといえば3番手で登
板した木田優夫が初登板を果たして150㌔の速球を投げ込んでいた
ぐらい。

 ただし加藤はこの試合が最後の先発試合だったのだから勝敗に
拘わらず、貴重な試合を見られたという形で未だに記憶に残って
いる。

 藤田監督以降は目立たないけど堅実に仕事をこなすいぶし銀と
いう言葉がピッタリする投手だったわけで、先述したトラブルで
戦線を離脱しながらよくぞ19年も投げ続けたと思う。

 加藤初氏のご冥福をお祈りします。

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