若葉と青葉と紅葉と・・・

少年時代の友達と楽しかった遊び。青春時代の苦い思い出。社会人になっての挫折。現代のどん底からはいあがる波乱万丈物語です。

若葉と青葉と紅葉と

2016-10-01 09:47:04 | 日記
第一話【小さな目】


それでも、新中川の妙見島までの25メールは泳ぐ事は出来た。
しかし、その先の浦安までの200メートルは泳ぐ自信はなかった。
一番の楽しみは、午後2時頃に成ると、満潮になり流れが遅くなる時だった。
低学年(小学校1年生~3年生)の私は、算数は習っていても数学は解からなかった。
確か!速い流れの川幅を子供の目で見て20m~25m位だったと測った。
そして、向こう岸の桟橋に泳ぎ着くには、どの辺から飛び込めば良いか、流れの速さを考えて飛び込んだ。
そして、クロールで反対岸の桟橋に泳ぎ着いた。
学校のプールだと底に足は着くが、大型船が通る新堀川で足は着かなかった。
その為、失敗すると、そのまま流されておぼれ死んでしま事もあった。
しかし、生きるか?死ぬかの?危険なリスクを背負い、勇気を出せる面白い遊びだった。
午後1時半時頃から川の流れが緩やかに成り、2時には満潮になった。
そして、完全に止まる2時半頃に成ると、荒川から中川に向かって新堀川を船が沈みそうな位、砂を満載した砂船が通った(通称ポンポン船)。
船縁を水面すれすれにして、小さな波を起して水をかき分けて来た。
横向きのマフラーから排気ガスをポンポンポンと渇いた音を鳴らしていた。
真夏の光を浴びながら、優雅に、ゆっくりと通って行った。
今までは、砂船が通る周りを泳ぎながら黙って見送って居た。
ある日。ガキ大将達が集まり相談をしていた。
『あの砂船に乗ってみようか?』とタカ坊が言った。
『面白そうだな!?遣ってみるか』とヨシ坊が言った。
『どうやって乗ろうか?』とトシ坊が言った。
『左右の横川から別れて乗ろう』とタカ坊が言った。
『何処に乗る』とヨシ坊が言った。
『船長が後ろにいるから、横腹の真ん中がいいな』とトシ坊が言った。
『あそこからなら、楽に乗れそうだ』とタカ坊が言った。
『怒られるんじゃない?』とヨシ坊が言った。
『大丈夫だよ!怒鳴られたら逃げればいいんだから』とトシ坊が言った。
『追いかけて来ないかな?』とタカ坊が言った。
『一人しかいないから大丈夫だよ』とカツ坊が初めて口を挟んだ。
『そうだな!やるか』とトシ坊が言った。
最初は4~5人で左右から乗り込んで居た。
そして、新中川に合流する手前で船から川に飛び込んで引き上げていた。
『おぃ!危ないから気をつけろよ』と船頭が注意した。
『おじさん!何処まで行くの?』とタカ坊が言った。
『浦安の工事現場だよ』
『この砂どうするの?』
『鉄筋コンクリートのセメントを作りんだよ』
『そろそろ、大川に入るから降りろ』
『じゃ!おじさん!明日ね』と全員飛び込んだ。
最初は、船長も笑って乗せて居た。

歳は50歳から60歳ぐらい、身長は155cm、小太りでヒゲのない丸顔だった。
オデコが出ていてシワが7本深く刻み、禿げた頭に手ぬぐいをねじり巻きしていた。
耳が小さく、一重瞼で目が丸くて小さく眉が薄く短かった。
焼酎焼けした顔に、短く丸い鼻を上に向かせて、唇が上下厚く、タバコのヤニで黄ばんだ歯は所々抜けていて赤いほっぺたをしていた。
首が短くて太くシワのリングを巻、ランニングシャツから出た白髪まじりの胸毛は、やはり焼酎焼けで真っ赤だった。
胴長の丸くせり出した腹に、ベージュの半ズボン腹の下でベルト締めてはき、短い足にはっかけを履いていた。
そして、潮焼けで嗄れた野太い声で笑っていた。

つづく
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