ピアニスラー

ゴールド・フィンガー、ハイパー・ピアニスト矢沢朋子のブログ

台湾で解脱

2017年01月24日 | グルメ

夜の仇分。今年初の台湾旅行〜 そういえば去年は行ってなかったんだっけ

3回目にしてようやくかの有名な茶屋に辿り着きましたよ

映画は観たことないんだけどね

提灯に灯りが灯る夕方頃からは狭い路地が大行列で、牛歩で辿り着きました。1回目は夏に来て、牛歩の間中・蚊に刺されまくってイヤになって逃げ帰ったんです。両側が商店街の狭い道は風通しも悪くて暑くて辛かった。来るなら11〜3月がベスト。4月はもう蚊に刺されまくるとは思うけど、まだ熱中症にはならないかな。

 

まあ沖縄だって12月はまだ蚊取り線香を炊いてますからね

 

2回目は友人のウェンと金瓜石で待ち合わせして仇分は素通りしてしまったんです。仇分は何回でも行きたいけど、金瓜石は誘われない限り行こうと思いつかないだろうから、まあ良かったのかもしれない。

着いた!

観光地でも良心的プライス

「ツアーですか?じゃない??じゃ・ゆっくりして下さいね」と対応は観光ズレしてますが、名所なのにお茶もお菓子も美味しかったです。さすが美食の国

また来るわよ!並んで:笑

 

去年も正月開けに台湾旅行する予定だったのが、当日にドタキャンをして全額キャンセル料を支払って以来、行ってなかったんです。ドタキャンの日がノエルの余命1ヶ月宣告を受けた日でした。去年は1年が速かったなぁ

 

そんなわけで、2年分ほど買い込んであった台湾茶も切れて久しく、お茶やら食品を仕込みに出かけました。例によって行きは空のスーツケースで、帰りは食品をみっちみちに詰めて帰ってきました

 

今回は仕事じゃなくて旅行だったので、あっちこっち食べ歩いて、観光も出来て、満足したどころか、またすぐ行きたいという中毒のような台湾ラヴになってます。確定申告を早く済ませて春休みピーク前にまた行くのだ(←あくまで希望です。でも口にすると願いは叶うらしいから

 

あー美味しかったなぁ 楽しかった〜

 

仇分でのB級グルメ

漢字文化同士、なんとなく分かるし筆談で通じるんです。6個も要らないと思ったら「半分。?」とか書けば、100元とか書いてくれます。果物も「今日。食」とか書けば、食べごろを見繕ってくれますよ

このオイシソーな肉まんとかツミレ入り麺のヴェジ版があるのが台湾の素晴らしさ

 

「素」がヴェジ仕様の意味。出汁も全てヴィーガン。すっごく美味しかった

このなんちゃってヴェジ肉まん45元と、なんちゃってツミレ入り瓜粉麺70元を食べました。×4で日本円レートなので460円ほど。台北のカフェのコーヒーが平均で200元(コーヒーだけは激高価)なので、屋台とかのB級グルメは激安。肉のほうがヴェジ仕様より安いというのがコワいよね

一緒に食べた友人はヴェジじゃないんだけど、「美味しい美味しいこれ美味しい 」と感激してました。

10人に2人がヴェジタリアンの台湾では、ほとんどのレストランにヴェジタリアン・メニューがあるんです。なので肉食の人と同じレストランで食べられるの。1本の通りには少なくとも必ず1軒は素食の店があるし。

 

朝に那覇を出て、お昼はガイドブックに載ってた台北の永康街にある薬膳レストランでランチをして、夜は東京から来た友人と待ち合わせて火鍋を食べました。

天香回味の鍋

東京にはあっちこっちあるようでビックリですが、台北は2店だけ。週末だったせいもあって30分並びました。美味しかったー  季節のキノコ類をいっぱい頼んで食べました。台湾は1年中、色んな種類のタケノコとキノコが豊富なんです。沖縄でも作ってほしいけど土壌が違うのかな

 

私はだいたい食べ終わってから:「あ写真撮るの忘れた」と我に返ったり、「もうお腹空いてて写真どこじゃないわ」とガツガツ食べてしまう性質なので、あんまり写真を撮ってないんです。私よりはガッついてない友人がスマホで撮ってましたが、東京に帰って落として 要修理らしい。データが無事だといいなぁ〜

 

こちらも表参道にあるアイスモンスター

毎日・食べたい

那覇にも出店してほしい 天香回味と豆花とか愛玉とか台湾スイーツのお店も那覇にあればいいのに。

ないから 食べる事に注力しすぎて観光があまり出来ないんです。台北市内は博物館も他の名所も行ったことないんです。食べて食品を買って終わっちゃう。朝から朝市で試食しながら買い歩いてるんだからね。

 

試食するモノ全てが美味しすぎて、いっぱい買ってもすぐ食べてなくなっちゃう。1ヶ月に1回は行きたいくらい。友人はピータンをいっぱい買って、割れないように抱えて手荷物にしてました。

まるで温めてるようでしたよ

薬膳ローフードを食べたり

2日前に要予約の50°以下で48時間かけて調理するお料理。中には餅米やら栗など入っておこわみたい。器のカボチャも美味しい

ヴェジ料理最先端の台湾。話題のNKDFOODにも行ってきました!

オシャレな店内

ヴィーガンぽいよね

ロー・グラノラ

 

ロー・ピザ

酵素ワイルドライスのサラダ

デザート

シェフはインド人の女性で、デザートの梨がスパイシーで、食べた事のない素晴らしい味でした。ピザも美味しい。ここも毎日行きたいけど水〜日が営業日。

 

ロー・フードは栄養価が高く、見た目よりずっと腹持ちが良く精がつくので、食べ終わってしばらくしたら、ものすごく元気になってしまって、友人に昔の友人の悪口というか絶縁の経緯をぶわーっと話してしまった。せっかく美味しいもの食べたのに反省

 

私の悪口を、わざわざ私の友人で連絡先が分かる人に・彼女が吹聴してまわっているというのは、彼女から連絡があった友人から教えてもらって知っていたけど、特に反論も弁解も10年以上しなかったんです。忙しかったし、そんな糞女はロクな将来じゃないと思って自滅待ち。ということで放っておいたんです。

そうは言っても。仏でも神でもないのでそのクソ女の髪を掴んで・コンクリの壁に打ちつけて・脳梁が飛び散る夢 というのを何回か見ました。夢の中で飛び散る脳みそを見てスッキリした気分になってるんです。目が覚めて:「なんだ。夢か。アイツ、今日も生きてるのか・・」と思うと、どんよりとした気分になったもの。

 

と、この素晴らしく美しい美味しいブランチを食べ終わって、10年以上、胸に秘めていた思いを友人に打ち明けて、その夢からは卒業できたような気がしました。人に話す気にもなれないほどの殺意を抱いていたんですね。話した友人だって、そのクソから滅茶苦茶な話を聞かされてたはず。

 

ヤツが私の友人関係を破壊しようとしたのみならず、私を踏み台にしてまで出世していないということは、私の予測どおりで(恋愛のもつれ。じゃないところが現代女性ですね:笑)、気にする価値もないクソなのは確かなんですが、それでも「許し難い」という気持ちが自分を苦しめていたんです。

アイツが死んだら祝電を打って、ドンペリを抜く。と10年以上思ってました。

 

友人は「アナタ(←ヤザワのこと)の言うことはよく分かる。もっともだと思う」と言ってくれました。

 

なんか一歩づつ、荷物を捨てて身軽になって、成仏というか往生に向かえるといいなー

「アタシね、道に落ちてるゴミとか拾うのよ。性格の悪さを行動の良さでカバーしてるの」と友人に威張ったら、驚いてました。「ヤザワって性格、明るいよね」と。意地悪だけど明るいらしい

 

旧正月前に1つ、昔年の恨みが昇華されました。友人には感謝。それとこうして書く事で、本当に昇華させるの。

 

台湾から帰ってきてから読み終わった本。「人はなぜ人を殺すのか」がテーマの大絶賛本。

 
 
 

ワタシ的には:「人材活用の難しさ」について考えさせられました。田舎で第一次産業だけの地域で、はみ出してしまうことの生きづらさ。これが都会なら、もう少し適材適所的な仕事もあったと思うんだけど。これ以上書くとネタバレになっちゃうか。

東京でもニュータウンのような住宅地で、朝・サラリーマンのお父さんたちが通勤して、奥さんたちがゴミ出しをして家の前を掃く。というような場所を連想してしまった。

 

今年も頑張っていくかなという気分になった感じ。「告白」の読者レビューは「重くてしばらく何も手につかないほどの名作」「泣きました」というのが多かったけど。ヤザワ的にはなんかスッキリしたというか。後味は悪くないゾ。ナゼかしら?「人として軸がブレている」のか

 

 
 
 

 

遅まきながら:今年もよろしくお願いします 

 

 

 

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グルテンフリー・パンケーキ

2017年01月11日 | グルメ

          最近のマイ・ブームのアレンジは葉っぱナシのフレンチ

 

以前は葉っぱがいっぱいのナチュラル志向だったのに、ここのとこしばらく葉っぱがなくて人工的な感じが気分。なぜだろう。なぜかしら。

 

ところでライトは:マルチーズとプードルMIXではなく、ウエスティとプードルMIXだと思う。頭蓋骨と顔はウエスティそのものだし、骨格もがっちりしていてテリア系。気質も:頑固で自分で考えて行動するし、子ども嫌いなテリア気質。耳と毛質と賢いところはプードル。そう思うと胴長のアンバランスな体型も理解できる。テリア飼ってたヒトでないと手に負えない。ということを確信した経緯はまた別の日に書くとして・・

葉牡丹という名の紫キャベツ

年末から新年にかけて片付けたり料理してたら疲れてしまって

新年直後

お雑煮とか作ったんですが、すっかり疲れてしまって甘いモノが食べたくなってしまって、今年最初に食べたものは:カボチャのココナッツクリームのクレーム・ブリュレ。コレは超有名パティシエより美味しいと言われるヤザワ作

それでもまだ甘系がよくてホットケーキを作ることに。疲れてるのにデザートは作る気力があるという。

これです!

小麦粉じゃなくてホワイト・ソルガム(改良種のキビ)がメインの手頃なパンケーキ・ミックス。そうは言っても:袋に書いてある通りに作れば「お好み焼き」のようにムチムチとした餅のような食感。そして手頃なだけあって安っぽい甘さが口に広がるので、水分を吸収するココナッツ粉を入れたりライスミルクで溶いたりします。ミックス粉以外はオーガニックというよく分からない状態。自分で「あわ粉」でブレンドしたほうが美味しいけど、疲れてる時用の粉。

ねばねば。分量どおり

このままホットケーキミックスのように焼き上がると思うと茫然とする結果になる。味もホテル・ニューオータニのホットケーキミックスには遠く及ばず。ここからが勝負なのよ (ホテル・ニューオータニのホットケーキミックス)

ココナッツ粉投入

水分を吸って生地が立つくらいに。ミックス粉にベーキングパウダーは入っているので、ここにアップルサイダー・ビネガーを小さじ1/4とか少量入れます。クエン酸でも量を工夫すればオッケー。これでベーキングパウダーのアルカリと酸を反応させて膨らませるの。写真は酢も投入後。

 

案外、知らないプロのヒトもいるので、教えて回ってます。普段、小麦しか扱わないと関係ない苦労だけど、グルテンに繋ぎになったり膨らませる役割があるので、他の米粉とかグルテンの入っていない粉は「餅」のようになってしまうのだよ。

ヴェジ・カフェで売ってるグルテンフリーのスコーンとかでも、生焼けのピザ生地みたいなものがある。買う方も売る方も「グルテンフリーだから」と諦めてる。ダメだよそんなんじゃ

高価なオーガニックのバニラ・エクストラクト(エッセンス)とココナッツオイルも入れて・・

焼きます

蓋をするのがポイント

この間にホイップクリームを作ります

有機豆乳。とはいえトランス脂肪酸なので、ごく・たまーにしか食べません。味は生クリームよりはバター・クリームに近い。こういうものだと思えば、それなりに美味しい。小川軒のレーズンウィッチ・サンドのクリームに近い感じ。とはいえ六花亭のマルセユ・バターには遠く及ばず

 

冷やしながら泡立てる

途中、冷凍庫で冷やして続行。さして美味しくもなく身体にも悪いのに手間がかかる。だから滅多に食べない。1年ぶり

 

   

 

ホイップに熱中しすぎて焦がしてしまいました  それでも

膨らんでます

このふんわり感。Geisha Farmでミックス粉として販売したいくらいだよ

する気がないから公開してるんだけどネ

まいうー

このジャムが美味杉て

コレでアップルバイのようになる逸品

同じメーカーのチョコ・スプレッドで、明日はチョコ・バナナ・ホイップクリームでパンケーキにしようかな

 

ということで元旦はクレーム・ブリュレとパンケーキで始まったのでした

 

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音楽家の映画、小説、料理など

2017年01月10日 | 文化・芸術

音楽家・半野喜弘氏の映画『雨にゆれる女』

 

『雨にゆれる女』予告編

 

日本ぽさ。を意識すると、湿度とか雨とか貧困というものになるのというのは、邦画を観るといつも思う。TVでは貧困が日常のドラマというのはそうやらないと思うんだけど。

鈴木清順の映画は、昔の日本でも貧困な感じはしなかったし、湿度もさほどなかった。日本はやはり衰退してるのだね?

 

ストーリーは「あっ」と驚かない、ありがちな話をブラッシュアップしたものだけれど、タルい展開でもなく、退屈でもなく、安っぽくもなかった。嫌味じゃなく・この手の不条理モノの中では最高の出来じゃないだろうか

 

曲を作る感覚で構成を考えていくだろうから、バランスが見事 。半野さん自体はポップス系の音楽家なのかもしれないけど、ジャンルというのは分かりやすい出来でない限り、その人のバックグラウンドで決められてしまうので、音大出身でなければ、どんなに現代音楽ぽい曲を作ったとしても「ポップスのヒト」ということになるんですよ。映画での半野さんの曲はアコースティックでクラシック系だったりもしたんですけどね。音楽も映像も品があって正統的な感じがしました。

 

音大出身だけど:葉加瀬太郎氏や高嶋ちさ子氏はクラシックのヴァイオリニストなのかという疑問のためにJ-Classicというジャンルが出来たのでしょう。

 

いつもはポップスしか聴かないヒト(でも反知性主義ではない)がヤザワのCDを聴いて:「これはクラシックなんですか現代音楽というイメージとも全然・違うんですが。ジャズとかのコーナーのほうがいい(売れる)んじゃないですか?」と言ってくれるんですが、ジャズはジャズでまたい〜か〜に〜も〜なピアノ・トリオとか、コード進行でないとダメなわけですよ。それで「フリー・ジャズ」という、クラシックの現代音楽に匹敵するようなジャンルがあるんです。

 

典型的なジャズやエイベックス系とかパヒュームを聴いてるヒトよりはフリー・ジャズや半野氏のようなエレクトロニカを聴くようなヒトに現代音楽も楽しんでもらいたいとは10年以上模索していたことですが、沖縄に引っ越したことで、すっかり忘れてました。というより諦めたのかも。田舎でそんな会話は成り立たないのだよ。都市部限定話題。日本であっても英語以上に通じない。でも壁に向かって呟いてみるか。芸術家ぽいよね

 

オーケン(大槻ケンヂ)のエッセイで:オーケンがアニソン(アニメソング)のイヴェントに参加して、その盛り上がりぶりに驚いて、アニソンのリスナーとロックのリスナーが重なれば音楽界はもっと活性化するはず。なんとかならないものか。と何度も書いてるんだが、その後それはうまくいったのかな

人として軸がブレている (角川文庫)
角川書店
 

 

キューティー・ハニーをカバーしてヒットとなったこともあっただろうけど、それはクラシックでポップスをクラシック調にカバーするのとさほど変わらない。別にそれで活性化されたとも思えない。政治家になるわけじゃなし、世の中の幅広い層の支持を集めなくてもいいや。と思ったわけです。三宅洋平氏は頑張れ選挙演説ラップ

 

「世界一のレストラン、noma」の東京メニューが7万円で、それを食べたいヒトが世界中で6万2000人。半額の3万円ほどにしたら12万人が食べたいと申し込むと思う?という話で:ならないと思う。サッカーのフリーガンなんて世界中どこでも出没するでしょう?6畳一間に住んでるOLがエルメスのバッグ集めてたりルブタンの靴履いてたりするし。値切られたら売っちゃいけない。値切るヒトの生活にも人生にも関係ないモノだから。自分に言い聞かせてマス

 

話がズレたけど

 

創作の核となるものを変えて支持層を広げるというのは無理があるけれど、核は変えないで表現の媒体を変えるというのはアリだなーと思えた『雨にゆれる女』だったわけです。

 

やはり正月中に読んだ町田康の『パンク侍、斬られて候』で偶然にも同じ事を思ったんですね。パンク小説。パンク時代劇小説。パンクなんだけど小説。

この人のエッセイはヤザワ的にはバラエティ番組よりずっと笑えてしまうので、家以外で読むのが大変なんですよ

コレ のテーマは「アセンション」なのかも。時代劇でアセンション。いいなぁ。正にパンクだよなぁ

パンク侍、斬られて候 (角川文庫)
 
 

「茶山が誘導するまでもなかった。河原に参集しているのは木偶同様の付和雷同分子である。行列があればなんの行列かわからなくてもとりあえず並ぶし、売れていると聞けば買わなきゃと思う。芝居を真実だと思い込み、著名人を敬慕しつつ憎悪する。絶対に自分の脳でものを考えないが自分はユニークな人間だと信じている。そんな人間がこのリズムのうねりの中で腹を振らないわけがない」〜『パンク侍、斬られて候』より〜

 

こうバッサリとした表現で満ちていて、これを『ポップス』で表現(パンクはクラシックでもジャズでもないですから)するというのは、やはりジョン・レノンのイマジン。のようなワケにはいかないですよね。内容的には遠からずとも思うんですが。

 

そうだ

辺野古とか高江で、イマジンをスピーカーで流してみたらどうでしょね工事も警備も日本人だから通じないですかね?

 

マーチダ氏はお料理もかなり上手なんでしょうね。エッセイでも小説でも随所で感じられます。

 

辻仁成氏のお料理コラム子連れロッカー「希望回復大作戦」ムスコ飯<レシピ>

これも楽しみなコラムの1つ ヴェジ食に応用できないかチェックしてますよ

 

パリのムスコめし 世界一小さな家族のための
辻仁成 著 / 光文社
 

 

ロッカーのほうがクラシックの演奏家より芸術家気質だと思います。美食好きでオシャレのセンスもいい。部屋のインテリアも洒落てる。政治的発言も出来るし。神経質で友人も厳選されていて自分も友人もデブじゃない。ハゲでもスティーヴ・ジョブス系

それに比べてクラシックの音楽家は一般的に:ファッション・センスはダサく、美食は贅沢と敬遠しがち。部屋のインテリアも膨大な資料を収拾することで手一杯な学者の部屋に近い。友人は基本、組合員:笑。気が合わなくても酔っぱらっちゃえばカンケーねーし楽しーし。だいたい友情なんて幻影さ。政治?エクササイズ?そんなこたーヒマなヤツがやってりゃイんだよ。的な感覚が多数派かな〜

 

その点、故・中村紘子さまはエラかった

ピアニストという蛮族がいる (中公文庫)
中央公論新社
 

政治家のようでもあり、文筆家でもあり、料理本こそ出さなかったけど腕前は評判だった。ヅラに違いないと囁かれつつも・生涯同じキマった髪型で:「家ではジャージですわよ。おほほ」と仰りつつアシダとかキミジマをお召しになっていらした。取材で紹介されたご自宅も、天井の低い日本の建築で、ロココとモダーンが入り交じった、友人を招いて恥ずかしくないリビングだった。ちなみにご友人はTV文化人と政治家と音楽プロモーターとメディア関係者。

 

 やっぱダサい っちゃーダサいのかな

 

ご著書は拝読していたファンでしたけど

 

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『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』観たゾ

2017年01月09日 | 文化・芸術

まだ正月休み気分で読書三昧、映画三昧、美食三昧(といってもヴェジだけど

 

年末に食材を買い込んだので、今年に入ってからまだ1円も!食費は使ってないんですが、元旦から沖縄近辺で1番・予約の取れないレストラン、台北のRAWのオンライン予約に格闘して、20秒で敗退した腹いせに桜坂劇場で上映中の「ノーマ東京」を観たりしてます:笑

 

今回のノーマのドキュメンタリーは素晴らしかった!去年の7月に観た最初の映画より、経営面より創作面がフューチャーされていたせいでしょうか。

もう肉も魚も虫←も食べませんが、映画として楽しかった

これで7万円(ランチ、ディナー)というのは全然・高くないと思って観てました。星付きのレストランなのにグルテンフリー対応もしてくれるようだし。さすが最先端 。21世紀の料理はグルテンフリーにシフトするのはこれで明白。他の超・高級レストランも続くことでしょう。

 

ただ、自分的には「虫」はやはりダメなので、ひと皿目にして残すなーと。ア・ラ・カルトで頼めないから。

 

昆虫食は近未来の料理なので、そういう意味でも最先端とは思いますが、改めてヴェジになって良かったとは思います。


遠目に7万円(ワインと税・サービス料を入れたら9から10万)の客が映りましたが、30代が多い雰囲気。
若くないと食べれないですよネー 消化できなーい

ジョエル・ロブションが30代で引退したのも分かる気がする。当時は「まだこれからというのにナゼ!?」と思ったものだけど。

ノーマのレネ・レゼピがホテルでビーサンで寛いでいた時、ちらっと映った足が紫色で、もしかして糖尿なのかな?と思いました。他のスタッフは全員・若く、ジムでトレーニングして体調を整えたりしていてまるで音楽家:笑


ノーマのチームと同行した山本益博氏の顔色が茶色いのも一瞬でしたが映りました。すごいなーこの歳でまだ美食やってるんだーと驚きましたです。。

 

東京でも恵比寿ガーデンシネマと有楽町のヒューマントラストシネマで上映中ですよ!

 

12/10公開『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』予告編

 

この映画のチラシの文章が本当に失礼で笑えるんです。曰く:「北欧に『美食』という概念をもたらし、世界一と賞賛され、多くの美食家たちから注目を集めているレトラン「ノーマ」云々。

 

北欧に美味いモンなんかあるわけない。どーせアザラシの肉とかクジラの肉のステーキとか薫製食ってんだろと言わんばかり。こんなこと書かれるのも、映画の中で、レネが「日本を単純に皆で楽しみたいと思った。どうせ注目されるとも思わなかったし」とか、「日本の食文化は北欧以上だ」とか、ヨーロッパの田舎者丸出し発言があったせいではないかと思うんだけど。あたりまえだ。ヨーロッパの田舎とTOKIOを一緒にするな。

まあ、そういうヤザワもドイツや北欧は美食不毛の地。というイメージなので、「マイセンとかロイヤル・コペンハーゲンとか名窯があっても輸出用でしょ?だってあんな皿に載せる料理なんてないじゃん?」とは思っていたし、まだ・思ってはいる。こういう映画が公開されて、文化交流となるのは素晴らしいことですね

 

ノーマ以外のフツーの北欧のレストランのことはひとまず置いて:ノーマのスタッフ(シェフ)のストイックな暮らしぶりは音楽家に通じるものがあり、とても親近感を覚えました。

創作とはこれだけストイックなものである。ということを前作より世に知らしめてくれています。

 

音大や音楽学部を卒業すると、そこそこの専門知識と技術は身に付くので、それで世の中でも通用する(稼げる)と勘違いしてるヒトが多いんですが、調理師免許とさほど変わらないんです。たとえ大学院まで行ってもです。感動させられなかったら、料理のような物体がないわけだから、どんなに練習しても1円の価値もない。時給に換算出来ない世界。

 

それで同業者同士でチケットの売り買いをして組合化するのよね。味噌糞一緒。ほとんどは糞だけど。沖縄では「モアイ」というヤツだ。お互いの「時給」を払い合う訳さ。内容はともかく。この組合を抜ける覚悟を持った人だけが真のアーティストになるのだよ。ノーマのようにね。ってなんか大槻ケンヂのエッセイぽいこと書いてますね、アタシ。

 

ワンコインで食事が出来る世の中で、7万円の食事を提供するという意味。それを食べる人というのを想定できないと、音楽を職業にするということは料理人より遥かに不可能。料理より修行時期は長く(習って10年でピアニストになんか成れないですよ。3歳からやってるんですよ)、アイコン的な期待も科せられるから、ストレスで音楽家は料理人よりずっと性格が悪くなるのはしょうがない。職業病。

なーんて思いながら観てました。いーよねー「作品」としての料理に没頭できて。そんなことは録音の時だけさ。コンサート直前までバタバタしてても、着替えて、キレイにしなきゃというのがあるからねー。しかも・普段だってそうあるべきと思われてるんだから。

 

 去年観たドキュメントの感想はコチラ nomaを観て考えル

 

映画『ノーマ、世界を変える料理』予告篇

 

 

けっこう映画を観て、本も読んで、料理も作っているので順次感想やら写真もアップしていきますよん

 

 

オオカミを愛する女性…映画『ワイルド わたしの中の獣』予告編

 

 館内は男性客がほとんどで、ポルノ映画なのかと錯覚するし。映画の宣伝に男性に訴えるものが詰まってたんでしょうなーどこに

という期待どおりの映画でありました。ドイツ的エロス。暗いぞー

ジャーマン・テクノも暗くて『ポップ』スとは言い難い。それでエレクトロニカというジャンル名が出来たのかな?

 

ヤザワにとって北欧もこんなイメージ。以前、川崎のIKEAで買い物をしてレストランで食事をした時に、「こんな国でこんな食事してたら発狂するな」とは薄っと思ったんです。ともかく全てが合理的デザインで男仕様。ドイツも家電製品のデザインとかインテリアもシンプルで使い勝手が良さげであるとは分かっても、女の感性に訴えるものじゃないんだよなーこんな国で暮らしてたらこうなるよなー

と・「ワイルド わたしの中の獣」を観てました。だいたいパンティーが・・若い女子がこんなパンツじゃ・・

でも・そこが:男心をくすぐったのでしょうなー

 

勝負服。とか勝負下着。というのも、案外・こんなんがイイのかもしれませんネ。

参考にはしませんけど

 

 

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『雨にゆれる女』『ワイルド わたしの中の獣』

2016年12月31日 | 文化・芸術

サミュエル・フラーの「ショック集団」観賞後、「来月はどんなのやるのかな〜?」と桜坂劇場のチラシ置き場を見ていて気がついた

 

『雨にゆれる女』予告編

 

邦画かぁ タルそぅ〜 と先入観いっぱいながらも詳細を見てみれば、なんと音楽家・半野喜弘氏の渾身の映画監督デビュー作品でありました  

映画監督デビュー 映画やりたかった(やりたくなった)んだ

 

2005年に半野氏のピアノとヴィブラフォンのための曲を初演してるんです。

組み合わせは:「マリンバとピアノじゃヤだ ヴィブラフォンとピアノがいい」とヤザワがリクエストしました。

 

音楽家が映画監督なら、内容(ストーリー)なんてどうでもいい。ともかく映像と音楽を観てみたいいつから?ナニ12月3日から公開されてて1月は6日で終わりで、しかも・モーニング というハード上映(←ヤザワにとってね)かい

 

起きます。そして観ます ← 新年の抱負決定 

 

新年は喪中なのですが、餅は買って雑煮の支度をしつつあります。喉に詰まらせて天国に行かないように気をつけて食べます。

 

新年早々、早起きするのもいいかもしれない。今日は:お雑煮とお煮染めを作って犬猫をお風呂に入れるから。1日は掃除と洗濯。1日ズレてるけど。2日は畑に行って、3日いっぱいまでは映画と読書。4日から仕事を始めます。そして領収書の整理も始める。

 

人間のロマンス映画はラブ・コメも悲恋モノも全然・興味ないんですが、相手が人間じゃないとなると話は別。

 

この・い〜か〜に〜も〜ドイツ的グロさと暗さを漂わせている『ワイルド』も観るかな

 

 

オオカミを愛する女性…映画『ワイルド わたしの中の獣』予告編

 

それにしても今どきの犬や猫なんて、ヒトのアソコの匂いなんか嗅がないですよ。自分たち(猫同士と犬)だけで尻の匂いを嗅ぎ合ってますが、それもンコが付いてると避けてるし。しら〜っと顔が合わないようにしてるんです。ンコ付いてるって分かってるからでしょうね。ヤザワの脱いだパンツや靴下を顔に近づけると、ヤ〜な顔をして逃げます。アガタだけは私の脱いだパジャマの上で寝てたりするけど下着はイヤな様子。そんなにクサいんですかねぇ。体臭がないと言われるヴェジなのに。確かに犬猫みたく風呂は1ヶ月に1回とかになったら、激クサくて大変とは思う。人間て犬猫からしたらクサい生き物なんですかねぇ

 

今年もあと24時間を切りました!

 

来年もどうぞよろしくお願いします 

 

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50年前の映画と今

2016年12月29日 | 世の中のこと

サミュエル・フラーの60年代のモノクロ映画に通ってますよ〜@桜坂劇場 

本日「ショック集団」を観たら3作観た事になります。観ます。

2作観たところですが:人類の進化というか退化というか、一体、先進国の人類はどうなっちゃってるんだということを改めて考えてしまった。


まず!登場人物の主役はもちろん、通行人などのエキストラですら、アメリカ人なのにみんなほっそりとスタイルが良く、モデルのようです。誰もジャージの上下などは着てなく、素敵な洋服を着て日常の買い物をしたり家事をしたり仕事をしてます。子どもですら女の子なら品のいいワンピース、男の子でも丈の短いズボンのスーツなどを着ているし。

胴回り90cmの子どもとか、XLサイズの大人とか、歩いてないんですよ


私が初めてアメリカに行ったのが90年で、「ずいぶん肥満の多い国だな〜。ハリウッド映画のスターというのは、やはり別人種なのか」と思ったものです。その一方でヴェジタリアンという人々もいて、国民レベルの極端な国は天才を輩出するというのはローマ時代からの伝統かと納得したもの。

「コーラとかガムとかマヨネーズとかポテチとか食べてるからこうなるんだ」と思ってたけど、60年代のアメリカ人はデブじゃないんだよなーどういうことなんだろう

と不思議に思いながら観てて、家に帰ってキッチンの料理本の棚をふと見て気がついた


小麦だ


 

 
 
 


この本を読んで、自分は小麦アレルギーになったことで、糖尿病やら認知症のリスクを回避したということが分かりました。アレルギーにならない強くて健康な人が、積もり積もって将来的には重篤な病気になったりするんですね。


沖縄もアメリカばりに肥満人口が多いです。アメリカ統治時代のなごりでコーラとかファストフードを食べるからだと思ってたけど、そういえば沖縄の「そば」はそば粉じゃなくて小麦粉なんです。煎餅も米じゃなくて小麦。塩クッキーだろと関東出身者にしてみれば許せない煎餅:笑:なんですけど。


讃岐うどんで有名な香川県民の2人に1人(ということは予兆を含めれば全員だ)が糖尿病という風土病状態というのも、次いで沖縄の糖尿病患者数の高さというのも、ソウルフードが小麦粉の場所。香川県に行ったことがないんですが、やはりアメリカ人のようなヒトが多いんでしょうか?


太ってしまうとオシャレする気もしなくなるから、ジャージに走るのも分かる。そして皆がジャージを着てる中でオシャレをするのも浮いてしまうから、太ってなくてもジャージを着るようになるのかもしれない。ラクだし。そして世界はアメリカ化するのだ。

インドの貧しい農家の女性のインタビューで、とても素敵なサリーを着て農作業をしてる女性が、ブレスをジャラジャラ着けた腕で涙を拭いながら「貧しくて・・」と泣いているドキュメンタリーを観た時にも何か違和感があったのを思い出した。泣いてる顔には素敵なピアスが揺れてました。首にはもちろんネックレス。髪はアップにまとめたり編み込んであったりと自分で手をかけているのが分かりました。


なんだかなー アタシが農作業やってる時のほうが、このインド女性より、よっぽどボンビーな雰囲気が漂ってるはずだ」と思ったんですね。ピアノの練習をしてる時もボンビー臭いはずだと


着用のジャージは・いちお・エド・ハーディだったりするんですけどね。でもそういう問題じゃないんですよ思うことあって:それ以来、ジャージを普段着に買うのはやめました。ユニクロも買わなくなりました。普段着は:古着屋でデザイナーものを買う。そして惜しみなく着て働く60年代のアメリカ人を目指してたわけか 。まだジャージはピアノの練習で着てますけどね。エド・ハーディなんで 捨てられないんですよ、ボロくなっても(とかゆってる時点でボンビー臭いよなぁ。何年目だ?高級下着に手を出したら大変だ!捨てれなくて


新しい粗末な服を買うよりは、セカンドハンドでも良い服を買ったほうがイイ。と思って古着屋を覗いてみれば、着古していない、買った時の値札もついてるような未着用のものもいっぱいあるんですね。自分のボロボロのヴィトンを査定してもらってる間に見て回れば、なんだか「わらしべ長者」になった気分で買えるし


要するにブランドものはバッグとか財布くらいしか売れないんですね。ブランドものは「証明書」がないと引き取ってくれないので、服はほとんどムリ。持ち込んだ:むかーしのバーバリーのトレンチはコンディション良くても引き取ってくれませんでした。

「ブランドの服は買い取りできませんが、デザイナーブランド(ピンクハウスとか)なら買い取りできます」と言われました。バーバリーが売れないのにアルバローザのコートは買い取ってくれたという。不思議な世の中〜

 

そうそう

「チャイナ・ゲート」という映画は戦争映画でしたが、当時からすでにアメリカ軍というよりは多国籍軍で、「プロの軍人」というフリーランスのような軍人が紛争地に赴いて仕事としての戦争をしていたんですね。

殺し、殺されるのも仕事のうちなので、仲間の軍人を見送るシーンを見て「極道の女たち」をちょっと思い出してしまった。軍人と結婚するというのは、こういうことなんだよね。日本の自衛隊員もその家族も、こういう腹は座ってるんだろうか

背骨を破損して動けなくて死を待つ状態の仲間を、他の仲間が囲んでると:「俺はもうダメだ。先に行け。なぜ待ってる」と聞いたら「生きたまま葬れないから待ってる」と答えるんです。死ぬまでの時間つぶし?に色々話して「死ぬのに時間がかかってすまない」とか詫びつつ亡くなると、穴を掘って埋葬してから進軍してました。爆死(木っ端みじん)や奇襲を受けた場合以外は落ち着いて淡々と埋葬をするんですね。プロというか何と言うか。


第2次大戦からは「女と子どもから真っ先に殺す」のが戦争だそうです。軍人同士の闘いというより市民狙い。シリアでも病院、学校が狙われるし。ついでに「神社仏閣(教会など)を攻撃するものが戦勝を揚げる。だから我々(アメリカ)は勝者なんだ」とも。内部告発的な要素が多々ある問題作だったんでしょうね。


50年前の映画を観るというのも面白い。つい先日バイオハザードを観たばかりだったから、余計に面白く感じるのかもしれない。


手塚治虫の「アドルフに告ぐ」を思い出しました。

 

 
 
 


さてー 今日は「ショック集団」だ!



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Noel 〜ノエル〜

2016年12月26日 | 世の中のこと

ベランダで咲くバラ。1年草なのか多年草の仲間なのか1年中咲きます

 

イヴのイヴ、23日は:「バイオハザード:ザ・ファイナル」を観てきましたよ〜 

 

映画『バイオハザード:ザ・ファイナル』新予告編

 

とりあえず完結まで観た。満足。

ヤザワのCDレーベル、Geisha Farmは、このアリスからインスパイアされたもの。そうはいってもバイオハザードを知ったのはレーベルを立ち上げた後だったんだけどね。時代的な雰囲気を感じたんでしょうか。知った後はハマってハマって:笑。どっち(アリスなのかアンブレラ社なのか)に共感してたのかと言えば、当時は当然・アンブレラ社だったわけで:笑

「自分のクローンをいっぱい作って、室内楽とかアンサンブルもするわ。でも1体はヤザワの万が一の疾患時や怪我のための臓器提供用よ」などと話すと:「アンタってこわっ」と引かれたものです。

 

好物はステーキ。次が焼肉。とかゆってた肉食時代は:考え方も弱肉強食志向であったんだな。何かの犠牲の上に現状の生活が成り立っている。ありがとう。いただきます。という考えは人間に対しても発揮されるのだよ。あの頃のアタシは凶暴で残忍だった。反省。

 

それからヴィーガンにもなり、レーベルは世界規模で流通もされて、各サイトでリリースの紹介文が反映されるので、今のところレーベルのHPの必要性が特になく、何年か前にクローズしましたが、「音楽の才能のDNAを注入したバイオ・ゲイシャを生産」して、近未来的な音楽を奏でるべく世に放すためのレーベルです。ちょっと漫画チックなコンセプトでしたが、2002年に立ち上げたので気分も若かったんでしょうネ。

 

ミラ・ジョボヴィッチもファイナルではマッチョすぎて女子プロレスラーにすら見えませんでした。最初からミラはゲイ(レズ)だと思っていたけど、子どもも夫もいるママなんですよね。汚れた服にドロドロの顔で最初から最後まで闘っていて、ある種の母親パワーなのかというほど強かったっす。チャーリーズ・エンジェルみたいな「キャット・ファイト」じゃ全然・なくて、男子プロレスに参入してもイケそうっす

 

バイオハザードの前日には、今GYAO!で無料配信中の:「メランコリア」を観て、ちょっと考えてみれば、自分はどうするか答えがとっくに出ているということに気がつきました。

特にオススメの映画でもないですが(メランコリア)、タダだし、48時間後に地球は消滅する。ということを考えながら観たら、今の生き方が変わるかも?ヤザワは変わらずこのままGo!ですけど

48時間で世界が終わるなら、家で天変地異に怯える家族 と一緒にいて、ピアノを弾いて聞かせます。お腹が減ればなんか食べて。頭がカユければシャワーでも浴びて。

 

今年のクリスマスは:ノエルのハウスにキャンドルを灯して、ダイニングにもキャンドルを点けて、特にごちそうも作らず、かといって粗食というわけでもない滋養のある食事をノン・アルコールで食べました。

なんとなくノエルが帰ってくるような気がして

それからクリスマス・プレゼントを制作

久しぶりのアクセサリー作り。手持ちの石やらビーズ(飽きてしまったアクセサリー)をリメイクすることから始まったけど、作りたい時というのは、何か自分の仕事の構成を考えたりしてる時ということに気がついた。こうしてデザインのメモを作って、数とか色の組み合わせを考えていくんだけど、頭が整理されていく感じがする。

いい感じ

パワーストーンのブレスはシリコンゴムのものが多いけど、こうしてひと手間かけて金具でアジャスターを付けたりビーズを挟んだりすると、「数珠」じゃなくてブレスレットになるの

 

さて出来たので差し上げたりしますよ〜 。受け取った人は:ヤザワの悪口を言うと手首が締まったり石で殴られたりするのだ・・ってそれじゃ不幸のプレゼントだな:笑

シアワセになるように石も浄化済みです安心して?

 

他にも色々試してみるわけです

これは別にチャーム付きブレスレットを作ろうとしてるわけじゃなくて、センター石(パール)のあるネックレスにしようか、ブレスを長くしただけのネックレスを作ってみようか考えちう。

左2つはネックレスでもカワイイはず

こちらは切れてしまったブレスにロンデルを足して修理ちう

このブレスはフリマで売ろうと思って苗や手作りお菓子と一緒に持って行ったら、落として切れたので売れなくなってしまったのでした。こういうことは偶然だと私は思わないので、修理して、もうしばらく一緒にいることにしました。

神秘主義なのでね

神秘といえば

ここ2ヶ月以上、飲み残しの豆乳が腐らずに、冷蔵庫で勝手にヨーグルトになってます

冬でも1週間は保たないのに

どういうわけか

いい感じの匂いになってて、食べてみたらヨーグルトなんです。フツーに美味しい。スムージーにも使ってます。

一体、何の菌で発酵してるんだ

 

冷蔵庫の中には:酵素やら酵母やら麹やら納豆菌やら乳酸菌のボトルはありますが、別に豆乳に入れたりしてるわけじゃないんですよ。

冷蔵庫の空気中に漂っている菌が入り込んだり、部屋の中を漂っている菌が、開け閉めの時に入ったのか・・・

自分の家が「癒しの場」と化してます

豆乳が空気から乳酸菌を摂取したように、人類も光合成や呼吸で進化するかもですね

 

本日、沖縄は25°でしたが、寒くなる折り、風邪など召さず良い年をお迎え下さい。

 

さー明日から桜坂劇場のサミュエル・フラーを観にいくかなー

 

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喪中の年末の過ごし方

2016年12月11日 | 文化・芸術

    沖縄は23°〜26°という爽やかな季節。「冬野菜」を植えたり年末仕事で忙しー

 

「お歳暮」と「年賀はがき」を年末業務から削除して5年。とても快適

ムリして無駄して疲労して何やってんだろうね日本人。みなさまもやめなさ〜れ  

それでも「お中元」はしてますけどネ。マンゴの季節でもあるので。それも本当に「実入り」のある仕事関係の方だけ。ちょっと今年はお世話になったかなーと感じた方にも贈ってみたら、「お返し」に小麦粉で作った乳、卵入りの菓子が送られてきたので、やはり来年は「ちょっと世話になった」程度でのマンゴ贈答は止めようと思いました。相手にも負担でしょうから。郵送費とそう変わらない菓子を「お返し」されてもなぁマンゴだったんだぜお返しなんて・全然・期待してなかったのに、こんなコスいこと考えさせられて

性格が悪いんじゃありませんよ。商品価値に敏感なんです。アーティストですから  

 

そういうワケで自分がアレルギー持ちになって以来、贈り物文化がウザいです  

ぐっすり寝てるところを叩き起こされて(時間不定での宅配は朝イチ)、食べる事の出来ない物を届けられる。その上「お返し」するハメになったら踏んだり蹴ったり

「先日はけっこうなお菓子(そうめん)を頂戴いたしまして誠にありがとうございました。当方、重度の小麦アレルギーのため食すことはなりませんでしたが、お世話になっている方々にお振る舞いしたところ、大変美味しいとの評判でした。重ねてお礼申し上げます。寒くなる(暑さ厳しい)季節の折り、〜様におかれましてもどうぞご自愛下さいませ。取り急ぎお礼まで。かしこ(菓子怖)」

と・お礼状を送って、「お返し」はしないようにしていたら年末がだいぶラクになりました

それでも収入に影響ないし。かえって支出が減ったくらい。「お歳暮&年賀ハガキ」断捨離オススメ

Facebookやツイッターのフレンドやフォロワーと違って、年賀ハガキはやり取りがあると冠婚葬祭にも関わることになりますよ?「自分が死んだら香典をくれそうな人」にだけ送ってはどうでしょか?

そして年末にはさして意味のない「忘年会」もありますからね。こちらもアレルギーになって以来、参加はムリ(とりあえずビール!も出来ない)なので、自分がシアワセになるものを自分だけで飲んで食べる。

花を飾って・・

こちらは先日のコンサートでお出ししたヌーボー

コンサートでは仕入れ価格でご提供しました

高価なヌーボーなので、100円でも上がりを出そうとすると「手が出ない飲めない」ワインになってしまうので、仕入れ値で高い分にはしょーがないよなーヤザワのお祝いだしなーとセレクトしました

ヌーボーなのに軽すぎず、香りはフレッシュで素晴らしく、悪酔いしない素晴らしいワイン

亜硫酸塩が入ってない(から悪酔いしない)

もうどこでも発売と同時に売り切れですが、来年も飲みたいです ブドウの出来にもよるけど。

 

金曜日まで桜坂劇場でやってた「バベットの晩餐会」

 

『バベットの晩餐会 デジタル・リマスター版』予告

 

以前DVDで観てます。リマスター版は結局観れませんでしたが 「亀スープ」への憧憬が蘇りました。どうやら首里城のふもとの池に棲息しているらしい。「カミツキガメに注意」の看板があるそうな。

カミツキガメを捕まえて食べてみた

ヴィーガンなのに亀は食べるのかと聞かれますが、オーガニックのうえ害獣ということで捕殺されているらしいということを聞いたので、供養として食したいと思います。

カミツキガメ解体編〜尋常でなかった「精がつきそう感」

コレを見て「アタシはバベットにはなれないなー」と思いました。。

さばいてくれる人大募集「肉」になっちゃえば、あとはヤザワが腕をふるいます

 

19世紀にはフランスとイギリスの貴族用の高級料理食材だったウミガメ。いずれマグロもそうなるのでしょう。ま、庶民も食べてるから不公平感はウミガメよりはないわな。

カミツキガメが食べれるなら、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)だって食べれるはずだで食べてる人のサイトも見ましたが、こちらは何だか可哀想でした。凶暴じゃないし、怖がって頭を引っ込めて出さないのを強引に断首してしまうんです 。でもスゴい色なのに毒があるわけでもなく食べられるということが分かったのは良かったのかな。身体を張ったレポートに感謝

 

そんなことを考えつつ観た「日本中が涙した」という映画

 

『この世界の片隅に』(11/12(土)公開)本予告

 

沖縄は日本ではないようです。誰も泣いてませんでしたよ?私も含めて。

風景画は確かにキレイでしたが寝そうでした

「ワケも分からず結婚させられて嫁に来て働かされて理不尽な人生」と言われた「すずさん」が、得意だった絵を描けなくなっても嫁ぎ先の家族は誰もそのことは気にもせず、「腕のことなら(家事が上手く出来ないこと)気にしなくていい。この家にずっと居ていい」と・ありがた〜いお言葉を頂戴して、「この世界の片隅でワタシを見つけてくれてありがとう」という女奴隷の映画でした。

「日本中で泣いて」いたというのはフェミニスト 

「かわいそうなゾウ」を映画化したら、水たまりになるほど泣いたと思うけど

 

こちらに期待します!

サミュエル・フラー上映スケジュール

桜坂劇場では18日からの公開です。た〜の〜し〜み〜

 

年末も充実〜

つまらない義理イヴェントなんて「インフルになった」で欠席しちゃえ 

 

あ!それとワタシ、今年は喪中ですので新年のご挨拶もご不要です

 

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シーモアさんと、大人のための人生入門

2016年11月28日 | 音楽

                                  今年のバケツで育てた自然栽培米。大豊作

 

去年収穫のこの一房から増やしました

ノエルが亡くなる2日前ほど

ノエルが亡くなって1週間

辛くて何かしてないと状況

 

そういえば、コンサートでヨハンの映画の話をトークでして、泣いてしまいましたね、私

聞いていた皆さんは:「映画も音楽も良くてヨハンの成功を喜んで涙ぐんでいるヤザワ」に見えたに違いない。と、ふと先ほど気がついたんですが、実は:ノエルと重なってフラッシュバックしてしまって号泣直前でした。

 

獣医に余命宣告をされて、看病して(ホーキング博士の看病ほど大変でも長期でもないけど)、というのがハマりすぎてしまった。

忘れてたつもりだったけど、まだ全然「喪中」です。まだまだ泣きそう

 

前のワンコのバニラの時も、亡くなって半年ほどでのコンサートのトークで「亡き王女のためのパヴァーヌ」で、やはりフラッシュバックして泣いたんです。

自分ではアガっていないつもりでも、やはりテンションが高く、感情移入しやすい状態になっているので、ああいうことになるんですね。感情バロメータが振り切れるような感覚でないと演奏モードにならないので、トークで妙に落ち着いてトーンダウンすると演奏はノレなくなってしまうんです。演奏モードのまま話すと、高ぶってああいうことになるし。

 

みっともないなーアタシ。。鼻水たらしてたよなー と1週間も経って思い出した。

 

そういえば9月の「マジカルミステリツアー」でも泣きかけたから。あの時は(話を)振られて泣いたのに、今回は自分で話してるうちに泣いたという。

 

やれやれ。。。。 

すっかり1人で気恥ずかしくなって、気分転換に映画を観ることに

 

観たい映画だらけの中、やはり奥深いピアノ教師の映画を観てきましたよ、桜坂劇場 グッ・ジョブ!

 

 映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』予告編

 

 

けっこー人気あってビックリしました。レッスンの風景とかが多いのに、みんなピアノ・レスナーなのかな?と思ったくらい。

イーサン・ホークが映画の中で語っているように:「同業者でもこれほど悩みを救ってもらうことはできなかった」というのはよく分かる。同業者同士の気安さはあってもライバル心もあるから、同じ悩みを持つ畑違いの人がいい。

 

ピアノの映画なので「そんなことは当たり前だ」と思うことだらけではありましたが、場所がNYなので、ちょっとした散歩の時に映るイエロー・キャブとかセントラル・パークとか、建物が懐かしくて嬉しかった

 

「どうして成功したピアニストや才能あるピアニストほど性格が悪いのでしょうか?」という質問に:「それは高みを目指す芸術家本来の気質と聴衆の求めるものとのギャップがありすぎて、ピアニストはノイローゼになっているのです」という答えは身に滲みました。。

 

大多数の人間に好かれようと努力することが商業主義なので、それで成功して金持ちになったら「金持ちケンカせず」になっても良さそうなのにね?ところがこれが違うんだなー成功すればするほど荒れるんだなー(精神的に)ヘルタースケルターの「りりこ」みたくなりがちなんだなー

 

沖縄に来て、ロハスな暮らしをするようになって、自分でもようやくバランスが取れたような気がします。

クラシック音楽のコンサートやオペラやバレエなんか生涯、行くこともないであろう人々とも知り合いになって、世の中には色々な人がいるということが分かったので、「ギャップ」と思わなくなったんです。

 

それと「暗譜」のこと。

 

2009年のブログで書いてました スタンダード:暗譜?

 

けっこー踏み込んだ内容のドキュメンタリーで、フツーの人には面白いのかと思いましたが、イーサン・ホークが制作するくらいだから面白いんでしょうね。

 

ツイッターでこういうの見て

 

11月24日

今日のこれからのタスクを公開します。 ・台詞を覚える ・ワルツ踊ってる動画観る ・カホンのリズムパターンの動画観る ・レ・ミゼラブルを観る ・マクロス7を観る 信じられないかも知れませんが、すべて1つの公演のための作業です

 

*** ほう面白いな 色々やってるなー

 

と思うから。

ちなみにヤザワのコンサートの準備も:

*テーピングをする *ピアノを練習する *腕のアイシングと灸をする *自分の練習の録音を聞きつつ楽譜に気がついたことを書き込む *他の人の演奏があれば聞く *曲と同年代の絵画や小説を見たり読んだりする *その時代の背景を調べる *筋肉をほぐすミオンパシーをしてホメオパシーを飲んで寝る

 

というようなもの。これ+日常雑務になります。自分では「こんなのつまらないでしょ?」とか思うけど、練習風景とか面白いのかもね。ドレスを着たコンサート姿しかフツーは見ないだろうから。ジャージで(笑)メトロノームをかけてジリジリとテンポアップして練習してる姿とか見たら「ピアニストってアスリートだなぁ」とビックリするのかも

 

   

 

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大いなる力

2016年11月27日 | 日常

 「また恐竜描いてる・・・」と似顔絵教室仲間に呆れられながらも描いたT-Rex  

恐竜は難しいっす。こればっかりはまだ「好きこそモノの上手なれ・・」とはいきませんっ

 

 

先週のコンサートにはお越しいただきありがとうございました

 

初めての那覇での初めての「(ひとり)Absolute-MIX」でしたが、自分的に:またやってもいいなと思えました。

沖縄に来てから、東京では出会う事もなかったであろう音楽家とも出会いがあり、楽しいことが出来るかもしれません

 

******************

 

毎回、本番の1ヶ月前くらいに思うことで、これは私の知る限りの演奏家は全員・言うんですが、「まーだ全然・弾けてないけど、本番では弾けるはず」というようなこと。

「火事場の馬鹿力ってやつよねー」「ほんとほんと。いつも弾けなくても本番には間に合って弾けるものなのよねー」

 

もちろん、本番でボロボロになってしまう(止まる、つっかえる、泣く 、ふてくされながら弾き続ける、etc.)ヒトというのもプロの演奏家でなければいるとは思いますが、こういうヒトと演奏家の違いというのは、実力とか技量というよりは、「不思議と本番では弾ける」という点にあると思います。普段はすごく上手でも、本番ではダメという。普段はそこそこでもナゼか本番では人が変わったように上手に弾く(←演奏家)。

 

私も20代のキャリアの始め頃は、舞台のピアノの前で、緊張のあまり失神寸前(東京でデカい箱だったというのもある。400〜2000人キャパ)で弾いていたものでしたが、ナゼか素晴らしく弾いていました。

 

「アレは何だっただろう ナニかが私に取り憑いて弾いていたか、音楽の神様が助けてくれたんだな」としか思えない状況が何年か続き、そのうちに「なーに。本番では弾けるものさ」という安心感というか自信というか、舞台への恐怖感がいつしか消えていたんです。

 

 

今回も:実は1ヶ月前まで、尾高尚忠「ソナチネ」の1楽章がまとまらず、「うはー・・思ってたより弾きにくいし、まとめにくいなー」と嫌気がさしてしまって、2週間ほど寝かせて(放って)置いたら、ある日「今日はまとまるな」という閃きがあって、弾いてみたら仕上がっていたのでした。いつものパターン。

 

「このままではマズい。この(ヒドい演奏の)まま弾かせるワケにはいかない」と、尾高さんがピアノ部屋に居たような日が、2週間前に閃いた日だった気がします。

 

ソナチネを放置していた2週間:「これで本番になったら、過去最低の出来の曲ね 」などと思っていたんですが、心のどこかで:「それでも尾高さんはいいのか」というような、助けを乞うているのか脅しているのか自分でも分からない気持ちではいたんです。呼んだんだと思う。それしかありえない。なんか気配もあったような感じだったし。尾高さんなのか、他の誰か演奏家とかなのか・・・

 

じゃあ現存の作曲家の曲はどういうことなのよと思うに、まず作曲家本人が「(ヤザワが)上手くいきますように」と強力に祈っているし、本人の知らない所でヤザワが弾く事になっていても、「んなんか自分の曲が弾かれるような気がする上手くいきますように」と、やっぱり第六感で察知して祈ってるような気がするんです。

 

ワタシには特定の宗教もなく、占いも興味がないタイプなんですが、こういう風にずーっと弾いてきたので、誰に祈って感謝をしたらいいのか分からないながらも、「大いなる力」によって生かされているという自覚はあります。

 

********

目の前の人が、ヤザワの悪口とかヤな噂話をしていたというのも、画像として浮かびます

ここまでいくと不幸な能力の一歩手前だけど、これも演奏家同士だと「分かるよー当たり前だよーそんなの気配に出てるじゃん」とやはり言うんだよね。

本番でボロボロになるような人というのは:悪口や敵意、悪意は伝わらないと思い込んでいて、素知らぬ顔で接してくる。「厚顔のくせしてアガるんだよなー不思議なヒトだなー」と思う。

 

「大いなる力」に導かれて沖縄にも来たし、自分では特に性格が激良い。とも思えないんですが、「大いなる力」はどうやって人を選ぶのかということに、最近・縁があって読んだ本で興味を持ちました。

 

神さまがくれたひとすじの道
いんやく りお
サンマーク出版

 

三線少年(You Tubeでも観れる)は哲学家。でも子どもの世界観じゃないので、やはり「大いなる力」を感じるんです。

 

このヒトは人望はあるのに「大いなる力」はやってこなかったのか  

予告編だけ観ると:「ピアニストのステージでの重圧と不安」からピアノ教師になったことになってるけど。50歳も過ぎてまだ重圧とかあったのかデビューからずっとそれは地獄だ

まるで「大いなる力」に見放されているとしか思えない。。

 

 映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』予告編

 

 

気のせいか顔つきが意地悪そうな気はします

どういうことなのか観てこなくちゃ

感想は後日また!

 

 

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リゲティ〜 G.Ligeti〜

2016年11月19日 | 現代音楽

                     明日(コンサート)の準備ちう。まだやることがあるんですぅ〜

 

こうなると「ロハスなライフスタイルはどこに」という状態に見えますが、とてーもロハスなこともしてますよ

 

ワタクシは「パーマカルチャー」なる団体(家庭菜園)の会員でもあるので、持続可能なライフスタイルを目指すのであります。

出来ることは自分でやる 今回はPA的なこともやります。それの準備。

自分で出来ないことは・・・これまでは他人にやってもらってましたが、人生の方針が変わったので、出来ない事はやらないことにしました。

 

リゲティが60歳をちょい超えたあたりで受けたインタビューで:「もう私は高齢なので、コンピュータ音楽には世代的に遅すぎるから手を出さない」と答えていました。生きていれば93歳なので、確かに遅い。そんな爺さんがエレクトロ・アコースティックとかやってたら腰を抜かして感動するぞ!

 

当時のコンピュータは確かに、PCというノリではなかった。プログラマーとかエンジニアとか、その筋の人でないと使いこなすことが出来なかった。

でも今や:60歳で「コンピュータ音楽は出来ない」とかゆってたら、「認知症も目前だな・・」と思われる時代になってしまった。パーソナル・コンピュータが使えないパースンはパーかボケなのだ。

 

毎回・「頑張れ!アタシ!」と自分を励ましつつ亀のように進歩してますよ

 

それにしても、「コンピュータ音楽はもう世代的にムリ」と言ったリゲティの音楽自体は、緻密で完璧で・しかもポップで、この先・人工知能が作曲をしたとしても、この曲に追いつくことがあるのだろうかという人類の誇りとなる手工芸品のような音楽です。

リゲティのエチュードから2曲弾きますが、弾く度に「発見」があるという、クラシックの名曲のような奥深さもある。

 

今回はエチュードの2番と5番、CDのAbsolute-MIXに収録したものを弾きますが、レコ芸の批評で「ともかく指のまわる人で、快速感のリゲティのエチュード云々」とか、褒められてるんですが、実はこの2曲はエチュードの中でも特にテンポの速い曲ではなく、どちらかというと落ち着いた曲想なんです。

「そんなに速く弾いたかしら」と・ちょっと(だいぶ)テンポを落として弾いてみれば、また違う音風景が広がったのでした。

「弾く度に新しい発見がある」と演奏家が言うのは・こういうことなのかな 

速くても、ゆったりとしててもステキな曲です。そんな曲はそうありません。やはり名曲を超えた人類の遺産なのだ。

 

これまで、リゲティを弾く度に「エッシャーの版画を音にしたようだ」と感じていたんですが、今回は違う風景を描くように弾いてみたいもの。

リゲティは「共感覚」と言われる感性(感覚)の持ち主で、音を聞いて色がイメージ出来るんですが、ヤザワもそうなので、共感覚というものが世間で知られるようになる以前は、「ヘンな人」と思われていたふしがある。

 

90年代からずっと、私のコンサートでは照明を入れてましたが、これを「コンサートをショー・アップして、芸術をエンタテイメント化(芸能化)してる」と、からかわれたりしました。

自分的には:色が見えてしまうので、それを照明で表現してたんです。なので、照明プラン(この曲の〜分あたりで赤とか)はヤザワが考えていました。音に色がついて、ようやく自分の表現となったんです。色が白い時は、スポットとかで「舞台左から光が差す感じ」とかね。

ドレスも前半と後半でよく着替えて、それもバカな評論家に「オシャレですよね〜」と言わせ、その評論家の底の浅さを露呈させてましたが、これも音にあった色に着替えて照明と合わせてたんです。

 

ほんとは匂いとか味も浮かぶんです。それでスクリャービンとか共感して好きなんだと思う。

コンサートではスクリャービンのように香を焚いたりはしませんが、音楽に合う飲み物やツマミを準備します。こういうことも全て私の表現の一部。

 

こだわりなのか、そうせざるを得ないのか、自分でもよく分からないけど、楽しい

 

いよいよ明日!

まだ当日券もありますので、是非いらしてくださいね そして飲んで 味わって聞いて下さい。

ヌーボーはオーガニック。コーヒーもこだわり焙煎。他はスパークリングのお水か大宜味村の湧き水で、ロー・チーズとロー・ケーキ。

こんな準備をしているので、せっかくお誘いいただいたラジオ番組もお断りして、営業そっちのけ

気分としては、新譜のお祝いに集まっていただいて、楽しい時間をご一緒したいんです

 

では明日ね〜    

 

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ヨハン・ヨハンソン Johann Johannsson

2016年11月14日 | 現代音楽

FMレキオ(80.6Mhz)毎週月曜日15:00~「プロジェクト21」

電波帯のヒトでお時間合ったら聞いてみて?3曲フルで流していただきました〜

「半生」を語るというこの番組

 

「半生」とは、音大(桐朋学園大学とか東京芸大)に入る人種はどのような幼少期や青春期を過ごしてきたのか

という「秘密の花園」のヴェールを剥ぐ。ような感じでした。自分では当たり前過ぎてつまらないと思うことが、どうも世間的には尋常ではないようなので、「フーン。コレがアタシの半生なのかもな」と思いながら話してるうちに、気を抜いて大失言をしてしまいましたよ。生番組

今日の再放送で終わり。ストリーミングで保存されないのが何よりです 

 

さて 過去は忘れて

コンサートの詳細ブログ Talk Concert 矢沢朋子 Piano+plus

チケットペイ http://bit.ly/2e17PDNでもコンサートの詳細

 

コンサートで弾く作曲家とか曲を軽くご紹介しますよ。直前まで。

今日は:ヨハン・ヨハンソン です。この映画のサウンドトラックの作曲家

こんな売れっ子になる直前に、ヤザワに書いてくれた曲がUntitledです。

 

映画『博士と彼女のセオリー』予告編

 

 映画も音楽もすごく良かったです

この音楽なくして成り立たない映画だと思う。

博士と彼女のセオリー [DVD]
 
 

サウンドトラックだけでもステキ

The Theory of Everything
 
 

 

そんなヨハンが手がけたアクションもの。こんな「いかにも」ハリウッドな映画に、どちらかというと:アンビエント系のヨハンが・いったい・どんな音楽を作ったんだと興味シンシンで観ました。

やっぱり・アンビエントでしたが、逆に、コワさが増しましたよ

 

4/9公開 映画『ボーダーライン』本編映像 -強制捜査-  

 

アカデミー賞の作曲賞にもノミネートされた超!話題作ではありますが、やはりアクションなので、音楽はあまり目立たない。ゆえにサウンドトラック盤もない。後日、出来るかもしれないけど。アンビエントでホラーとかアクションというのもコワくてピッタリです。。

 

ちょっと自分の話になるけど:

クラシックのピアニストとか演奏家は、ラジオでも話したけど、小さい頃からずーっと練習をして、音大に行って、コンクールを受けて、というオリンピック選手のような暮らしをしてきています。

なので:「すっげー 人間の指ってこんなに動くのか」というような超絶技巧な曲をバリバリと弾きたいものなんですが、

世の中で「売れている」クラシックの曲というのは、それとは真逆の・音数の少ないボワ〜ンとした曲が多い。サティとかね。音大で勉強しないような曲。素人でもすぐ弾けるから。

現代音楽でもそう。ペルトとか。

世の中の大多数の人が、クラシック音楽に求めているものというのは、ヴィルトゥオーゾ的な超絶技巧を堪能することではなく、誰でも弾ける簡単な曲を味わい深く弾いてるのを聞きたいのかもしれないですね。かつて腕を壊して箸も使えなかった時に、ふと思ったんです。

 

ヨハンの音楽とはそんな時期に出会いました。

もうこれまでの自分の得意だったプログラムは弾けないと思い、痛みにのたうちまわっていた私の前に現れた天上の音楽。

「コレだ。この人に曲を作ってもらおう」と思ったんです

 

腕を故障しなかったら出会わなかった。本当に一筋の光が差して、道が見えたんです。今まで目を向けなかった方向でした。そこは、谷も山もなく、草原のような・冬は雪が積もるような、でも平和で穏やかな風景でした。初めて、サティをちゃんと勉強したのもその頃。

 

病気とか怪我というのは、自分を見つめ直すきっかけになります。本当に利口な人は、そんな事態になる前に考えたりするんでしょうね。ワタシのようなバカには、これほどのお灸が必要だったんだなーと思いました。

 

「そういつまでもウルサい曲ばかり弾いてないで、世の中を見渡して、音楽とは何か?と深く考えなさい。もういい歳なんだから」ということだったと思ってます。

 

もし、故障してなかったら:リゲティのエチュードとか、メシアンとかそんなのばっかり弾いてたと思う。今回も弾くけどね、リゲティ。もう2度と弾けないと思ってた時期が何年も続いたんです。今でもまだメシアンは躊躇してます。腕が悪化するかも・・とまだ怖い。6年かかってリゲティまでに復活したので、焦らず治して、いずれまたメシアンもバリバリと弾きたいもの。メシアンで録音したかった曲は録音してあるのが幸いでした。やっぱりバリバリ系は好きは好き

 

両方(アンビエント系とバリバリ系)入ったアルバムがコレ

矢沢朋子ピアノ・ソロ Absolute-MIX
 
 

 

私にとっては転機となった思い出深い、感謝でいっぱいのヨハンのUntitledが入ってます。

ラジオでもCDでもコンサートでも、聞いてね

   
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明日(木曜日)FM21「プロジェクトI」18:00〜出ます〜

2016年11月09日 | 日常

 

FM21(76.8Mhz)毎週木曜日18:00~「プロジェクト21」パーソナリティは嘉味田朝子さん。

 

出演者はこれまでの自分の半生を1時間ほどかけて話しつつ今後の展開:プロジェクトについて語るという生番組。

今回は3、4曲ほど紹介してくれるそうなので、旧譜からもかけてもらおうかなーと思ってます。

電波帯のあたりの人は聞いてみてね〜

 

そしてこの番組の再放送が:次の月曜日14日の15:00~ FMレキオ(80.6Mhz)です。こちらは那覇市内でも入るので、お時間合う人は聞いてみて?曲もそのまま流れますよ〜

 

再放送:FMレキオ(80.6Mhz)毎週月曜日15:00~「プロジェクト21」

 

半生かぁ

懺悔(反省)番組になったりして。。

 

ま・ヤザワの性格からして、「反省すれど後悔せず」みたいなところが強いので、今後の展開について、過去を振り切る(忘れる?)ようにアツく語ることでしょう。

 

欠点は多々なんですが、美点を増やして欠点は目立たないようにしてます。

これは肌のシミとかもそうで、調子が良くてツヤツヤしてればシミなんか気にならない からネ

 

「後悔したくない」あまり、ケンカになると仲直りが出来ない。「ゴメンね」なんて言うくらいなら絶交したままでいいという性格なんです。自分は悪くないと思ったら、もう絶対に引かないし折れない。

ということで・去年、かつての大親友と15年ぶり以上で和解しました。

5年前には高校からの仲良しと8年ぶりに和解したし。近所だったので色んな所で会う度に「ウ〜ッ ガウガウッ」と(ヤザワが)吠えててとりつくしまがなかった。(相手の詫びを)受け入れるのに8年もかかった。それほどヒドいことをアンタはしたし、言ったのよと威張り散らしながら仲直りしました。確かにヤザワの言う通りなんだけど、よく・ここまで言われてまで仲直りしようと思うなーと、ある種・感心したけど。それがソイツの美点ということなのかな?

 

他にもいっぱいそんな「かつての友達」がいます。

別に懐かしくもないです。今、シアワセだから 

 

こんな話にならないといいなー

 

こんな性格なので、「若い頃に戻りたい」なんて思ったこともないです。

過去は恥ずかしいけど美しい

今が「過去」になるので、出来る事はベストを尽くしたい。せめてベターでも。

と思って日々暮らしています

明日ね

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沈める寺- La cathédrale engloutie

2016年11月08日 | 音楽

連休中に読んだ本。ワタシの幅広い読書傾向が分かるでしょ?

 

仲道センパイのむかーしのエッセイを今・読みました。

そして細木数子の生い立ち(暴露本)も

ジャポニズムは:フランス的な視点とウィーン・モダニズム的な視点と、もう1度おさらいしたくて読みました。すでにリピート3回目。何回読んでも「そういえばアレは・・」的に忘れてるからネ

 

なんでこんなセレクトなのかと・思うかもしれないけど、細木数子本以外は仕事上・必要で読みました。「魔女の履歴書」は、なんだかAmazonで「これも読みなされ」と表示されたので、思わずポチっとしたんですが、感想は特にないです。「そうだったのかー」という感じ。

 

ここんとこラジオに立て続けに出演してますが、自分が弾く曲や音楽の話を振られると、どうも難しい表現になりがち。NHKのクラシック番組ではないし教育番組ではないので、もっと分かりやすい話し方をしなくてはいけないと思って仲道センパイの本を読みました。明後日のラジオ番組に活かせるといんだけど。。

 

私の仕事の傾向が:「0歳児からのコンサート」とか「胎教コンサート」とか「親子で楽しむ名曲」では全くないので、大人でクラシック音楽が好きな、ある程度の教養がある人に語りかけるような表現をしないと。難しいんだ、コレが 。「専門的な話を、ある普遍的な事象を導入として(説明ほどくどくなく)ポイントを押さえて語る」わけだから。

 

20日のリサイタルでは、何曲かドビュッシーも弾きます。やっぱりワインにはフランス音楽

ショパンにはウォッカのほうが合うと思う。

まあそれで・プログラムの中のプレリュードからの「沈める寺」についてポイントを押さえて語る練習としてブログに書いてみましたよ。

 

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この曲は、ドビュッシーが「シオン修道会」の総長と「薔薇十字会」をかけもちしていた晩年に作曲されたので、秘密結社の秘技を習得、もしくは「世界のヒミツ」を知った・アーティスト特有の・神秘主義に満ちあふれています。

「沈める寺」という曲は、海底に沈んだ古代都市の寺から聞こえてくる鐘(完全5度)を表現していると思われます。ダイビングで訪れた海底都市の鐘を聞いてるような感覚を表現したいもの。

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どうよ。 分かりやすい? 

かなーりマニアックですが、ドビュッシー自体がそういう人生だったし、そういう曲を作ったんだから。だから好きなの。ショパンやリストみたいなタラシじゃないのん

この他、『亜麻色の髪の乙女』- La fille aux cheveux de lin も弾きます。

 

「亜麻」ってナニもしかして話題のヘンプ

と思ってウィキを見てみれば:「ヘンプと間違われるが、全く別の植物で、ヘンプより高級」なんだそうだ。ヘンプはコーヒー豆の袋(麻袋)や紐になるのに対して、亜麻はリネンなのかな?

大変・勉強になりました。

******************

その他、ドビュッシーのエチュードも1曲、弾きます。「アルペジョのための」

 

いまだにクラシックのピアノ音楽といえば、ショパンやリスト、モーツァルトやバッハしか聞いたことがないしイメージ湧かない人も多いらしいけど

フランス音楽(ドビュッシー、ラヴェル)からが本当の意味でのピアノ音楽です。

ピアノの機能をフルに使っています。印象派といわれる、絵画でいえばターナーのような色彩感覚を音で表現するために、ペダルの使い方が多様になって、滲んだような・色が交差するような・光が空から差すような風景を音にしたのです。こんなことができる楽器はピアノだけ。あとはコンピュータしか無理。他の楽器は「メロディ」を奏でるもので、風景を表現したりするのには向かない。

「メロディ」だけではない音世界を表現できる楽器というのがピアノの醍醐味

 だからピアノは楽器の王様なの

王者にふさわしい図体のデカさ。ひと目で「楽器の王様」と分かります。

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どうでしょか

ちなみに「亜麻色の髪の乙女」は、ローランサンとかドガのような雰囲気であります。

 

やっぱり「音」を説明するってホントに難しいですー

 

ところで昨日、思わずレンタルで観てしまった「ボヴァリー夫人」

観たかったのに観そびれていたんです。

 

映画『ボヴァリー夫人』予告編

 

可哀想でした 

ガッツがあれば「細木数子」に。なければボヴァリー夫人という事でした。

やはり医者とピアニストのカップルというのがベスト。実際・多いし、無理がない。

 

 

こっちはコメディでサイコー

 

『ボヴァリー夫人とパン屋』劇場予告編

 

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阿佐ヶ谷スターロード山路の「よしこ」逝く

2016年11月06日 | 文化・芸術

ふと見たツイッターで、阿佐ヶ谷のスターロードにある『山路』のよしこさんが亡くなったことを知りました。

 

元・地元だったので、目が冴えちゃって眠れない夜とか、食べはぐって腹ぺこの深夜とか、山路のドアをくぐったのでした。「なんか食べさせて〜」と言うと、焼きそばとかお好み焼きを作ってくれました。

 

週末はよしこDJの懐メロ歌謡曲で、ガイジンでいっぱいの小さい店でしたが、ウィークデーの営業はクラシックをかけてたんです。

元カレがチェリストで、「ものすごく貢いだのに捨てられた」という話を、客が私1人のウィークデーの時によく聞かされた。貢いだ金額が徐々に増えてくのよね。

「別れても、そのカネには利子がついてて増えてるの」と・からかったら、ニヤニヤとバツが悪そうな顔をしながら:

 

「アンタ達クラシックの演奏家ってゆーのは『心』がないのよ 技術だけで弾いてて人間の気持ちとか全然分かってない人種なのよそんなんじゃヒトを感動させたりするなんて無理よ」とか、急に説教しだしたり。

「(ぷぷ。振られた腹いせだ)でも技術のないクラシックなんて聞けたもんじゃないわよー」とかうだうだしながら飲んでると、クラシックとか現代音楽をかけてくれるの。ライヒとかナイマンかけてくれるオカマのママなんて他にいないよね。

 

山路には藤枝守氏に連れて行ってもらったのが最初。ウチからすぐだったので、それからはちょくちょく1人で行くようになって。オカマの店だから安心だし、気を遣うヒトだったから、私が1人で食べて飲んでうだうだしてる時に、一見の男性客が来ると:「ウチは会員制だから」とゆって入れなかったり。

「アタシ帰るから、ご新規さん入れたら?」とか言うと・「紹介じゃないのは危ないのよ」とも言ってたな〜

説教が祟って、藤枝っちは寄り付かなくなっちゃったけど、私には時々、「藤枝さんどうしてんのよ?」とか聞いてたなー

 

そういう私も何も言わずに引っ越してしまった。

5月に寄るんだったな。。。思いつかなかったけど 


芸術の秋。台風よ去れ

2013年のブログ よしこさんのこと思い出してたのね。

 

昔は音楽家じゃないヒトと音楽の話をすることが出来なかった。自分が専門職すぎて。今なら、もっと話せて、ひょっとすると参考になったこともあったのかもしれない。

 

山路みたいな店が桜坂近辺にもないかなーとぶらぶらしてみても、やっぱりない。

「よしこ」はオンリーワンだったんだよね

 

合掌。

おつかれさまでした。

ゆっくり休んでください

 

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