と~ま君のおじぃ~ちゃん生涯学習ごっこ日記 

九十九里浜で年金暮らしの爺。惚け防止のため簡易風呂からゴミ箱にもなるドラム缶のごとき生涯学習ごっこ生活を送っています。

超熱血日本語教師 笈川幸司先生 講演会②/5

2016年11月30日 19時01分42秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

超熱血日本語教師 笈川幸司先生 講演会②/5

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超熱血日本語教師 笈川幸司先生 講演会①/5

2016年11月30日 18時58分41秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

同じ先生である。

これまたすばらしいです。

たいしたものです。

 

超熱血日本語教師 笈川幸司先生 講演会①/5

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笈川幸司先生「中国人を対象とした効果的な音声指導の実践」

2016年11月30日 18時25分48秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

同じ先生の講演編。

これは目から鱗ですなぁ。

すばらしい。

 

 

笈川幸司先生「中国人を対象とした効果的な音声指導の実践」

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中国で活躍するカリスマ日本語教師

2016年11月30日 18時22分54秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

この先生、元芸人志望。

良いこと言ってます。

「失敗なぞない まだ成功していないだけだ」

「中国語の軽声に注目して日本語教育を確立した」

これはこれは。

新しい視点である。

 

 

中国で活躍するカリスマ日本語教師

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毎日毎日ご多忙でございますなぁ、ボキの場合。笑っちまうけど。

2016年11月30日 08時33分10秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

Holy formulaはなにか・・・・わははははっははっははか?ボキの場合は。小泉八雲の怪談を今朝のNHKラジ英で聞いて思ったこと。

 

 

NHKのラジ英で、小泉八雲の怪談(A Dead Secret)をやっていたから楽しんだ。で、Chief priestが無明をさ迷っている主人公Osonoさんを救った話に感動していた。

しかし、古文書講座にこれから行くけど、毎日毎日まぁよくやるもんじゃ。あれこれと。昨日は昨日で、退学した方ではない大学の留学生日本語スピーチを老人大学で聞いてきたし。しかし、老人大学も学年が違うと人数も違うし、やる気がまったく違っている。これには驚いた。

ボキの学年は、ちょっと人数が減りすぎたからである。辞める人が多かった。残念だったが。それはそれで仕方なし。そういう学年もあるんだろうから。

それにしても高齢者になると思い込みというのが激しい。留学生というのは、母国でかなりの金持ちだから日本に留学してきているのに、相変わらず貧しい国から来たのだからという思い込みで、留学生に質問をするのである。婉曲に実家の裕福度を聞いているのである。あ、そりゃねぇだろうと思ったが、後の祭り。

実家は17部屋もあるという某国からの留学生の話に、どよめいていたからである。老人達がである。日本人の方が部屋数に到っては、貧しいではないか。17部屋もある家に住んでいる日本人は少数だからである。

ま、これくらにしよう。

それよりも、懐かしい知人がたくさんいたから、いろいろと話をしてきた。学年が違うから、老人大学に在籍していたこともお互い知らなかったからである。お互い様である。

聞かれた内容は、今、なにをしておるのだ?というのが多かった。

アルバイト中だと言ったら、全部知っていた。ボキが何をしているのかも。だったら聞かなくても良さそうなもんだと思ったが。笑うしかない。

痩せたなぁとも言われてしまった。柔道現役時代を知っている知人にである。

しかたなし。ダンダンとこっちは枯れてきているのである(^0^)。

それでもボキは、現役時代のことはまったく誰にも言っていない。言う必要もない。「元******」とか古ぼけた名刺に刷っている方も多々いるが、そんなことは絶体にしないのじゃ。

昔話も絶体にしない。特に仕事人時代の後輩諸君には。それに仕事人時代にcomputerで作ったデータは、全部処分してしまったし。ボキのハードディスクにはまったくその痕跡もないからである。関心がないし、時代遅れだからである。

ボキ自身も古文書なんか読んでいるのだから、現実とは無縁だしねぇ~~~~~。小泉八雲の怪談話のようである。

ボキの場合、Holy formulaはなにか?

なんも思いつかないが。

 

わはははっはははっはははっははは。

 

南無阿弥陀仏・・・・・・・・・・・・(^0^)。←これか?違うな。

 

Bye-bye!

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11月29日(火)のつぶやき

2016年11月30日 05時24分25秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年
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53回 日本語弁論大会 8 日本語のおもしろさ

2016年11月29日 18時46分53秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

こういう視点はすばらしい。

それにしても、ネパールの人は語学が堪能ですなぁ。

Canadaでもそうだった。

ナイアガラのホテルで親しくなったボーイさんもネパールの人だったですねぇ。

 

 

53回 日本語弁論大会 8 日本語のおもしろさ

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第54回 外国人による日本語弁論大会「冷たい? 日本人」ゼンギン シェブネム

2016年11月29日 18時03分19秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

今日、ボキも留学生による日本語のスピーチを聞いてきた。老人大学で。

感動したね。

やはり異文化理解って、大事ですな。

以前からの友人達といろいろ会ったけど。

懐かしい出会いがありましたよん。

(^0^)

 

 

 

 

第54回 外国人による日本語弁論大会「冷たい? 日本人」ゼンギン シェブネム

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海の見える岬で・・・・・・フフフ ボキらしくないけど(^0^)

2016年11月29日 06時21分54秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

T氏の文芸賞審査会で、海の見える素敵なレストラン某所に行っていた。高台にあって、九十九里浜が一望に見渡せるのだ。昨日のことである。応募作品はかなりの数である。さる大学の教授とボキが中高生を審査させていただいた。付箋をたくさん持参して行った。100円ショップで買ったのじゃが。こういうのは慣れているので。

12月に県立図書館で途中の報告会がある。公開である。NHKも取材に来るようだから、なかなかの会である。

実はボキ、第一回目の審査会に欠席した。日本にいなかったからである。イタリアに漫談旅行に行っていたのじゃ。

そして前回の審査会が通知されたときはインドに行っていたから知らなかったのである。会長をはじめ、全員にあれこれ言われてしまったよん。欠席厳禁!というわけでじゃ。そりゃそうだ。

わはははっははっははっはははっははっははは。

1月にはさらに大きな報告会がある。それは知っていたのであるが、審査会は少人数だからいろいろやることがたくさんある。

こういうのがいい。

他人のために働くことである。もう年金をいただいているのだから、自分のためだけになんかやっているってぇのは良く無い。

そして、この世は「忍土」であると思っていれば、何が起きても辛くはない。

気楽なように見えて、ボキは、けっこう真面目なのである。

今日は、午後、老人大学に行ってくる。本来ボキの登校日ではないのだが。毎週水曜日だから。

なぜか。

某大学(退学した方ではない)の留学生たちが日本語の発表をやるからである。応援団である。昨日文芸賞の審査を一緒にやらしていただいた某大学の教授に来てみないかとお誘いをいただいたからである。二つ返事である。快諾した。

実はこれに非常に関心がある。

ボランティアでやってみたいと思っているからである。

資格がないので、資格取得にチャレンジしてみたいのじゃ。ボランティアをやるのも資格が必要なんで・・・・トホホ。

チャレンジ、チャレンジ、またまたチャレンジである。

なんだか、最近昼寝をしている暇がなくなってしまった。

これは健康に良くないですなぁ。

マジに。

どうでもいいような話でございますが。


 

Bye-bye!

 

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11月28日(月)のつぶやき

2016年11月29日 05時16分08秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年
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二度目の東京オリンピック

2016年11月28日 11時22分07秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

二度目の東京オリンピックである。数年先にそれが行われるとのことだ。

 

 

それはそれでおおいに結構である。日本全国盛り上がっている。特に、新しく東京の知事になった某女史は全マスコミの注目の的である。やること、話すことが実に新鮮である。見ていて楽しい。幾人かの悪漢を仕立てて、それをやっつけるという勧善懲悪を見せてくれる。それが、首都東京で行われているのだから、先日発言をとちった某政党の代議士が言った「田舎のプロレス」どころか、大向こうを唸らせる大いなる田舎芝居である。楽しいこと限りなし。ボキは、千葉県だから関係がない。もっとやってくれとバカな応援をして、ニヤニヤ笑っているだけである。いつまで続くか見物だからである。

前回の東京オリンピックは、1964年であった。この時期、多くの文学者たちはなにを思っていたのであろうかとふと思った。思ったから、開高健の「ずばり東京」という文庫本をAmazonに発注していたのだが、今日の午前中にそれが来た。しばらく読んでいたら、実に懐かしい光景がバンバン出てくるではないか。

特に上野駅の汚さ。雲古でもってレールにまでへばりついていたという現実。駅舎の中にトイレが足りないのであるから、ミンナ平気でやっちまう。インドと変わらんではないかと思ったが、今月行ったインドには野ぐそなんかなかった。そしたら、開高健は実におもしろおかしく書いているではないか。

さらに錦糸町の連れ込み茶店みたいなものも書いてくださっている。これもまた、昭和三十年代や四十年代には確かにあったんだろう。だろうというのは、ボキはまだまだ田舎にいた紅顔の美少年だったからである(^0^)。

タクシーの運転手から聞いた話も実におもしろい。死にかけたお客さんとか、運転手をだまそうとする輩とかいろいろと出てくる。

これだもの、我々日本人は他国のことをあれこれあげつらってバカにしたらアカンですなぁ。

目くそ鼻くそであるからだ。

前回の東京オリンピックの時代に、我々日本人は確かに経済的には大いなる発展を遂げた。さらに二度目のオリンピックで経済成長をもくろんでおるのだ。それはそれで結構であろう。しかしである。なんだか、裏があると庶民のボキは思っているのじゃが。

オリンピック需要である。建築会社が儲かるシステムがなんとなく見えてくるから、不思議なもんじゃと思う。

こういう方々から見たら、ボキなんぞ、それこそ霞を喰って生きて居る仙人みたいなもんじゃろうなぁ。

 

Bye-bye!だぁ~~~~~~

 

 

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11月27日(日)のつぶやき

2016年11月28日 05時26分02秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年
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世界で一番美しいのはなんのドレスかって思うと夜も眠れない・・・・相撲の褌もドレスの一種ってか(^0^)

2016年11月27日 18時58分17秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

開高健のエッセーを読みながら、gymに行ってwalkingしていた。machineである。これでけっこう時間が持つから、ありがたいもんである。



開高健のエッセーというのは、gymに行く前に古本チェーンで108円で買った「知的な痴的な教養講座」(集英社文庫)である。さすが開高健である。エッチな話題もすこぶる楽しいし、作家としての教養の深みもあるからたまらんのである。もっともボキのような庶民はエッチな話の方がかなり楽しかったのだが。

で、本日のお題である。

世界で一番美しいのはなんのドレスか?ってぇことである。

チャイナドレスか。うううううううむ。実はボキ、チャイナドレスを見たことがないのである。ホンモノをである。退学した某大学には中国人留学生がたくさんいたが、まさか普段の授業中からチャイナドレスで大学に来るバカはいない。だから見ることがなかったのである。学問優先であるからだ。

しかしである。

そういう拙い体験でしかないけど、チャイナドレスもまた美しいのだろうと想像している。すなわち、実際に目で見たことがないのだから、想像するしかない。これが一番美しさを考えるときには効果的である。映像で見せられても、感受性の乏しいボキにはその美しさがよくわからないのだ。

これはいわゆる発禁本であってもそうだろう。字面から想像してあれこれ楽しむから、楽しいのである。だから現物は見たいけれども、見ない方がいい。そういうひねくれた考えを持っているから、じっさいに体験したことがないというだらしなさに陥るわけである。

文学っていうのは、そういうもんであろう。字面から想像してみるからいいのである。源氏物語だって、映像であれを見せられたらゲンナリである。ややこしい原文を四苦八苦しながら読解していくから楽しいのである。想像をたくましくしていくからである。桐壺なんかどったけ美人で妖艶だったろうかとか思ってしまうのである。

インドにも素敵なドレスがたくさんある。しかし、インドのドレスはつつましい。ズボンをはいていて、その上にスカートのようなものを着用している。扇情的ではないのである。こっちは実際に劇場でも見たし、インドの女性は目鼻立ちがはっきりしている。だから、いい。なかなかである。タレントでもそうなのだから、いかにインドの文化が優れているかが理解できる。サリーは、確かに美しいと思う。見たからである。

ヨーロッパ系の国々ではどうか。どうも、体力勝負的な立ち位置が見えてきてゲンナリする。夏は、特にそうだ。今のうちに日光浴をしてしまおうと考えているとのことで(現地ガイドに聞いたこと)、短い短パン姿やランニングみたいな半裸が多い。もっともボキは、6月・7月しかヨーロッパに行ったことがないからそう感じるのだろうけれども。さらに、あのパリの女性達が好んで着ているふわっとしたドレスは、いろんな隠し事があるらしいと聞いてから、これまたゲンナリしたっけ。ヨーロッパ人は風呂に入る習慣がないから体臭がきつい。シャワーはあびるのだけれども。それに、ヨーロッパに行くと、必ずホテルにビデがくっついているのは、そういう現実をふまえて作られていると聞いてなるほどと思ったっけ。そうすると、あまり興味がわかない。ううううううううううううむと唸っているしかない。

じゃぁどこがいいんじゃ?

と聞かれても困る。

どこでもいいからである(^0^)。

でも、ロシアの美女はいいらしい。

これまた実際にロシアに行って見るしかないですな。来年。夏に。美しいだろうなぁ。それとも・・・・・トホホなのかな。どっちでもいいようなもんだが。

相撲で稀勢の里がまた優勝できなかったから、今日は実におもしろくない。

どれだけ応援しても、彼はボキの期待に応えてくれない。

まるで世の中の多くの美女たちのようである。

ああああああああああああああああああああああああああああ。

今日は、千秋楽であったから、飲めない酒を一合だけ飲むことにした。

稀勢の里に捧げるつもりじゃ。

泣きたいよん。

 

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・・・・・・・・・・チーン!

 

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病気になったのは結果だろうから、結果に働きかけても意味はないだろう。むしろ大事なのは原因である。

2016年11月27日 09時32分51秒 | 老人大学ごっこ  ジジイの流儀2015年から2016年

エコノミークラス症候群になってみて、しみじみ思うことがある。



それは、「結果」であるということである。

エコノミークラス症候群になってしまったということがである。つまり、結果という現象があってボキはそれに苦しめられたということになってしまった。退職と同時に、せっかく入学させていただいた某大学大学院博士後期課程も退学であったし。それもまた結果であった。

病気になったという結果にどう働きかけても無駄である。なにも変化させることはできない。ましてや、退学したという結果も修正不可能である。ボキの人生の汚点である。永遠に記憶にとどめておきたいものであるが、その程度でしかない。ボキの人生の汚点なんて、山のようにあるからである。そのうちの一つでしかない。決定的ではないという意味で。つまり、汚点であるけど、それもまたアホなジジイを奮起させてくれる大事な材料であるからだ。

さらに、戒めとしてこれから死ぬまで人生後半の指針としていきたいからだ。こんなことはなんの自慢にもならないというのは、十分承知の上である。あたりまえである。

じゃ、なぜこんなくだらないことを拙ブログに書くのかとなると、ボキのようになってほしくないからである。

現象にとらわれてしまって、精神が狂っていたのである。平常心を失っていたのだ。そんなに、狂うほど博士号が欲しかったのである。だから自嘲しているのである。基地外であると真実思っているし。

こういう挫折を経験していると、人生、これから慎重に生きていくのだろう。たぶん。ボキは。

で、結果としての病気は、ドクターが・クスリが治してくださるのである。

素人のボキが、どんなに知識を身につけても話にならない。

それはあくまでも結果に働きかけているからである。無駄なことである。起こってしまったことは変えられない。結果よりも、その結果を招来した「原因」の方こそ重視していくべきである。

原因を変えなければ、また再発してしまうではないか。

生活習慣のデタラメさ、悪業三昧の生活、他人を蹴落とし、オノレの書いた論文こそ一番、成果主義で真っ赤に染まったボキの悪化した頭脳、論文の体裁もまったくなっていないゴミ論文の山々。

寒気がする。

あああああああああああああああああああああああああああああああああ。。

勘違い人生である。

ガンの自然退縮ということで研究をなさった九州大学の故池見名誉教授が書かれていた本をちょっとだけ見たことがある。

そこには、末期ガンから自然退縮した患者さんの共通事項が書いてあった。

①告知を受けていること

②告知後に実存的転換を起こしていること

これである。

特に②の方である。

実存的転換とは、「末期ガンの告知を受けても自暴自棄にならず、精神的試練を克服し、残された時間を悔いなく生きてゆこうと前向きな気持ちに転換すること」である。

病気になると人生観が転換するとよく言われる。

確かにそうである。

ボキも転換してしまった。

ボキの場合もまさに「残された時間を悔いなく生きてゆこうと、前向きな気持ち」になったのだ。まさにそうである。否定できない変化である。

だから生涯学習ごっこからは退却しないことに決めた。

たとえどんなに成果がなくても、笑われても、無駄金を使っていると言われても、一度決めたことはやり通すことにした。

そういう意味では頑固ジジイである、ボキは(^0^)。

だから、病気は「呼びかけ」であったのである。アホなジジイのボキに、変化を促してくれたのである。病気からである。病気というのは、そういう意味でボキには神さん・仏さん・キリストさん・マホメットさん等々である。いろんな神々である。インドに行ってしみじみそう思った。インドだって汎神論である。ヒンドゥー教に直に接してそう思ったのである。

いい人生の後半を生きていきたいものである。

あ、後半ではないな。

もう2/3は生きてしまったから。

あと少しだけである。余生は。

 

わははっはははっはははっははっはははっははっはは。

 

そういえば、徒然草7段には、四十歳前に死ぬのが理想だと書いてあったなぁ。兼好法師は、七十過ぎまで生きてしまったらしいから、困っただろうけど。

ボキ?

死ぬまでは生きていますから、ご安心を。

Bye-bye!

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開高健が見た戦場 泥沼ベトナムから

2016年11月27日 08時42分54秒 | 大学院博士ごっこ ジジイの流儀2012年から2015年

これもまたいい資料になる。

ありがたいもんです。

しかし、現代の日本はあまりにも安住しすぎでありますよ。

文学者で、戦争を描いた人間は、開高健がトップですなぁ。

 

 

 

開高健が見た戦場 泥沼ベトナムから

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/