と~ま君のおじぃ~ちゃん生涯学習ごっこ日記 

人間が大好きなご隠居を気取っているシニアです。九十九里浜で生涯学習ごっこ生活を送りながら、自他共栄のために生きています。

蹴鞠ってやったことないけど

2013年03月31日 14時02分16秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

蹴鞠のことを

 

 

 蹴鞠というのはやったことがない。相当に難しいのではないかと思っている。あれは、柔軟な身体を持ち、さらに柔軟な思考ができなくては、とてもじゃぁないができない。愚生のような運動音痴にはムリである。しかし、楽しそうである。なにしろ鞠を落っことしてはならぬから、八面六臂の活躍が期待される。こいつはなかなかの運動神経を要する。

 単純な動きではなさそうだし、相手の動きも当然予想しなくてはならぬ。まさに神のごとき神経を持っていないとならない。そんなの到底愚生にはできやしない。

 しかしである。蹴鞠の精霊というものが存在したらしいとなると話は別である。おもしろそうではないか。しかもそれが、顔は人間、手と足、そして身体はサルとなると。愚生はこういうのが好きなのである。動物と人間がからんで、それがしかも精霊と関係があるとなると、まさにおとぎ話のような気がしてしまう。

 できれば、桜の花でも愛でながら、一献一献また一献というように美酒を味わいたいもんである。酒の名前は美少年とか。わははは。サルどのも、オイラも、真っ赤な顔をして呑んだら楽しいでしょうなぁ。あ、サルどのは、最初から顔が赤いか。

 成通卿口伝日記という古典があって、群書類従の巻354に載っているのだが、すこぶるおもしろいものなのだ。藤原成通という1097年ころの蹴鞠の名人が登場してくる。あんまり上手なので、「鞠聖」とも呼ばれたのだそうな。白川上皇の取り巻きの中でも才能豊かな人物であったらしい。

 この方が、あるとき祝いをやっているときに、(その祝いというのも千日蹴鞠をやるというたぐいのもの)先に述べた顔は人間、手と足と身体はサルという童子たちが登場してくる。3~4歳くらいの。「御鞠の聖」とも言い、名前をそれぞれ春楊花、夏安林、秋園という。

 この童子たちは、昔から多くの人々が、中世芸能や技芸の守宮神として崇めてきたということである。守宮神というのは、造園、大工、細工師、金属の技術者、染織家などの技を見守る神でもあったし、精霊でもあった。むろん、猿楽や田楽の芸人もそうであったのだ。

 守宮神は、シュグジ、シュクジン、シャグジなどと読まれている。中性的な神で宿とも書かれる。能の翁という作品もこれまた宿の顕現の姿とされていて、愚生なんかには実に興味深い。

 それがサルという形をとって現れてくるというのも、実に楽しいではないか。動物たちに囲まれて、ひとつの芸能を行うというのは、まさしく古生代の、あるいは土着の神々たちの姿を現しているようであるから。

 昨日の晩に、NHKのドラマがあった。蝦夷を攻める大和朝廷と、その蝦夷のアテルイという主人公との闘いであった。奈良時代の後期に設定されていたが、実に興味深く拝見させていただいた。NHKの番組紹介には、「奈良時代末期、東北を舞台に活躍した英雄アテルイの生涯を描く。朝廷の侵略から自らの土地を、民を守るためにアテルイが立ち上がる。空前のスケールで描く古代史ロマン。」とあったが、ためになった。縄文時代は、神々がどうやって祀られていたのだろうかと思うからである。愚生の興味・関心はそこのところにあるからである。

 ともかく、中世時代はおもしろい時代である。とてつもなく大きな世界でもある。



 そんなことを今日は書かせていただいた。

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3月30日(土)のつぶやき

2013年03月31日 05時10分46秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

613/清原深養父/今ははや恋ひ死なましをあひ見むとたのめしことぞ命なりける #tanka #waka

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612/凡河内躬恒/我のみぞかなしかりける彦星もあはですぐせる年しなければ #tanka #waka

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モーパッサンの『女の一生』にとりかかると、開巻早々、田舎のシャトーに着いたヒロインのジャンヌが、寝室にかかったオランダ製のタピスリーの図柄を解読する場面がある。3枚一組のタピスリーの描写が続き、最後に小さく描かれたライオンからそれがピュラムスとティスベの物語を描いたものだとわかる

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[3.27千葉仁王行脚Photo]永昌寺の仁王-その2。そして道元禅師像(以上) twitpic.com/cfdez3 twitpic.com/cfdf8u twitpic.com/cfdfhp #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]市原市永昌寺の仁王-その1 twitpic.com/cfdei7 twitpic.com/cfdepo #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]建暦寺境内のスナップ twitpic.com/cfde3m twitpic.com/cfde7k twitpic.com/cfdebr #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]君津市建暦寺の仁王 twitpic.com/cfddt7 twitpic.com/cfddwy #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]光明寺釈迦三尊。脇侍の文殊菩薩と普賢菩薩 twitpic.com/cfddit twitpic.com/cfddoc #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]光明寺でたまたま覗いたお堂にいらした室町の釈迦三尊。快慶様式の美仏 twitpic.com/cfdd8x twitpic.com/cfdddd #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]富津市光明寺の仁王 twitpic.com/cfdbhw twitpic.com/cfdbu3 twitpic.com/cfdbxl #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]萬満寺の仁王-その2 twitpic.com/cfdajk twitpic.com/cfdaop twitpic.com/cfdb4d #仁王 #千葉の仁王

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[3.27千葉仁王行脚Photo]まずは松戸市萬満寺の仁王-その1 twitpic.com/cfdacr twitpic.com/cfdax6 #仁王 #千葉の仁王

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山本博文『江戸城の宮廷政治―熊本藩細川忠興・忠利父子の往復書簡』(講談社、1996年)。157~165頁は細川父子書状に登場する、伊達政宗のかなり激しいエピソードがてんこもり。加々爪忠澄や毛利吉安の頭をはたいたことから始まって、かなり激しい話ばかりです。

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学名は発見者の名前を無理にラテン語化して、第2変化男性属格の i を付ける習慣なので、偶然こういうことに。―――朝日新聞デジタル:日本最古の哺乳類化石、学名は「カワイイ」 - テック&サイエンス asahi.com/tech_science/u…

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トゥンヤイ-フワイ・カーケン野生生物保護区【タイ王国】【自然遺産】 pic.twitter.com/TBuo9fYljo

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木喰仏:木喰は、江戸時代後期の仏教行者・仏像彫刻家。全国におびただしい数の遺品が残る、「木喰仏」の作者である。日本全国を旅し、訪れた先に一木造の仏像を刻んで奉納した。twitpic.com/8mv2fa

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609/壬生忠岑/命にもまさりて惜しくあるものは見はてぬ夢のさむるなりけり #tanka #waka

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映画「雨あがる」を見て

2013年03月30日 08時22分04秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 

徹底した善人

 

 

 退職してから、レンタルビデオ店に出入りすることが多くなった。愚生のことだから、時代劇が多い。一昨日も「雨あがる」というのを借りてきて見させていただいた。

 拙ブログでお世話になっているgooに映画の紹介が出ていたから、以下に引用させていただく。↓

 

人を押しのけてまで出世することが出来ない心優しい武士と、そんな夫を理解し支える妻の心暖まる絆を描いた時代劇。監督は、98年に亡くなった黒澤明監督の助監督として活躍し、本作でデビューを飾った小泉堯史。脚本は、山本周五郎による短編を基にした「まあだだよ」の黒澤明の遺稿。 撮影には「まあだだよ」の上田正治があたり、また撮影協力として「まあだだよ」の斎藤孝雄が参加している。主演は、「まあだだよ」の寺尾聰と「生きたい」の宮崎美子。99年の第56回ヴェネチア国際映画祭緑の獅子賞を受賞。

亨保時代。武芸の達人でありながら、人の好さが災いして仕官がかなわない武士・三沢伊兵衛とその妻・たよ。旅の途中のふたりは、長い大雨で河を渡ることが出来ず、ある宿場町に足止めされていた。ふたりが投宿する安宿には、同じように雨が上がるのを鬱々として待つ貧しい人々がいた。そんな彼らの心を和ませようと、伊兵衛は禁じられている賭試合で儲けた金で、酒や食べ物を彼らに振る舞う。翌日、長かった雨もようやくあがり、気分転換に表へ出かけた伊兵衛は若侍同士の果たし合いに遭遇する。危険を顧みず仲裁に入る伊兵衛。そんな彼の行いに感心した藩の城主・永井和泉守重明は、伊兵衛に剣術指南番の話を持ちかけた。ところが、頭の固い城の家老たちは猛反対。ひとまず御前試合で判断を下すことになるが、そこで伊兵衛は、自ら相手をすると申し出た重明を池に落とすという大失態をしてしまう。それから数日後、伊兵衛の元にやってきた家老は、賭試合を理由に彼の仕官の話を断った。だが、たよは夫が何のために賭試合をしたかも分からずに判断を下した彼らを木偶の坊と非難し、仕官の話を辞退するのだった。そして、再び旅に出る伊兵衛とたよ。ところがその後方には、ふたりを追って馬を駆る重明の姿があった…。

 

 寺尾聰さんが演じる剣豪の伊兵衛が実にいい。強いのに、それを誇示しない。いつもへりくだっていて、言葉も丁寧である。弱い人や、貧しい人への慮りを常に忘れない。しかし、これまでいくつかの藩に仕えたが、途中で失敗してしまう。中途退職というわけである。

 剣の戦い方が出色のできである。最初から勝とうと思っていないのである。負けて当たりまえであるというような心境である。「無欲」の心境を描いている。根底には、これまでの鍛錬があるから、そうなると技量と心境が一致していて、なるほどこれでは無敵であると感心していた。

 こういう彼に目をつけたのが、藩の城主、つまり殿様である。我が藩に剣道指南として来てくれないかとやるわけである。ところが、御前試合をやると誰もかなわない。この殿様、なかなか変わっていて、とうとうご自分が試合に登場してしまう。しかも槍である。木刀と槍では、槍の方が有利だと素人の愚生なんかは思ってしまうのだが、案の定、殿様は負けてしまう。しかも、吹っ飛ばされて池の中にボチャーンである。伊兵衛はここでもちょんぼをやってしまう。「大丈夫ですか?」と優しく殿を気遣う。これが、殿様の逆鱗に触れた。怒ってしまう。

 せっかくの就職がこれでダメになる。狭量な殿様だとも思ったが、(他にも賭け試合をやったということもマイナスになっている)こいつは、伊兵衛の人格にも原因がある。負けた方は、憐憫の情を示されると、それだけで腹が立つのだということを、伊兵衛は知らなかったのだ。余裕がありすぎると、狭量で余裕の無い愚生のような凡人はコンプレックスで実に情けなくなるわけである。当然である。負けているのだから。

 そんな体験は、愚生もこれまで何度もしてきた。柔道しかり。負けてばかりいた。仕事でも負けてばかりいた。ま、そこから立ち直ることが得意技であったからこれまで生きてこられたのであるが。ははははは。

 しかしである。あまりにも強い方が、内実は実に心優しい方であるということを知ることは、辛いものがある。人間の出来が違うからである。器が違う。賢い人は、そこから学ぶ。学べないのは、賢くないからである。愚生もそうだ。なかなかわからない。自分が情けないからである。

 でも、この映画はほのぼのとしたあたたかい心情を愚生のようなぼんくらに与えてくれる。あり得ないような話しではないかと言われる自称賢人もおられるだろう。それでも、愚生はこの映画から、生き延びるための智慧をいただいたような気がしたのである。こういう映画は珍しい。いつも、ふうううううっとため息をつくような、やりきれない思いをするからである。映画を見ると。先月見た「レ・ミゼラブル」もそうだ。やりきれない虚無を感じる。その反対側に愛があるのは、十分わかったのであるが。

 どんな状況になっても生き延びることである。それをモットーとしていきたい。あまり残された時間はないのだけれども。焦らず、じっくりとやりたいと思う。そんなことを考えた。いい映画であった。

 

 

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3月29日(金)のつぶやき

2013年03月30日 05時35分13秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

「わたし(イエス)は、あなたが食べなくてはならないパン、飲まなくてはならない血、語らなくてはならない真実、灯さなくてはならない光、与えなくてはならない平和である。」イエスは、わたしのすべてなのです。

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プラハを舞台に根源的なグロテスクを描く 『火葬人』 (ラジスラフ・フクス 著/阿部賢一 訳) | 書評 - 文藝春秋WEB gekkan.bunshun.jp/articles/-/592

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【今日の名言】恋する男にとっては,相手がどんな身なりをしていても,そんなことはどうでもいい,相手もかれのことを考えていることがわかればいいのだ.――ルソー『エミール』(下)? iwnm.jp/meigen

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高句麗古墳群【朝鮮民主主義人民共和国】【文化遺産】 pic.twitter.com/LoHKSt9VbQ

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コスタ・ド・デスコブリメントの大西洋岸森林保護区群【ブラジル】【自然遺産】 pic.twitter.com/V72GPL9rjD

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「世界女子柔道の母」福田さんをしのぶ 山口さんら参加 t.asahi.com/a9qw

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興福寺木造千手観音立像:完成まで四半世紀を要したと伝わる。造像担当者であった成朝が病気で亡くなり、制作途中で放置されたためである。その後、何らかの理由で制作が再開され、別の仏師の手によって完成された。twitpic.com/9crz2m

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おはようございます。曇りです。花粉症は軽減しています。けふは、在籍校に行きません。年度末ですから、院生室の掃除があるのではないかと予想しているからです。イルところがない(^0^)


家の掃除をさせていただいて、細々とした用事を済ませます。花粉で網戸が汚れていますしねぇ。


孫が歩き始めたと連絡があり、じじとばばは、たいへん喜んでおります。こんな平穏なことを書けることが、安全保障にも結びついているんですね。きな臭いのはもう結構ですから。愚生のような庶民が暮らせることが重要です。


興福寺木造文殊菩薩坐像:文殊菩薩は釈迦の実在の弟子とされている。維摩居士像同様、定慶の作品である。古くから学問僧の祈願仏として崇拝されている。twitpic.com/9cryby

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古代から続いているもの

2013年03月29日 22時19分01秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 

老人の叡智

 

 

 老いた人というのは、愚生を除いて、すこぶるいいことを言われることが多い。そういう方々の珠玉の言葉にこれまで何度も救われたことがあったし、愚生が若いときは本当にお世話になったと思う。事実、屁のつっぱりみたいな少年時代をやんちゃに送っていたから、バカなガキだったと思う。ま、それはそれで懐かしい思い出でもある。

 愚生は、聖書も読む。これまで新旧の聖書を七回ほど通読した。反対側で仏教の教典読解もしているから、およそ信仰とはほど遠い人間でもある。あくまで知識として勉強しているから、未だに救われないのだが。絞ることができないのである。10代からずっとやっているのだが、かえって混迷を深めていると実感している。

 このことを前提として、イエスのことをちょとだけ書かせていただく。それは、イエスは青年の思想ということである。思想と言ったら信徒の方々に叱られるのだろうけれども。イエスは30代で亡くなっている。だからである。愚生は年取ったイエスが何を言っただろうかと思う時がしばしばあるからである。愚生と同じ60代ならば、何を言ったのだろうかと思うのである。それはもう歴史的な必然としてあり得ない話しであるから、これ以上は書かない。それでも、老いとか、病いとか、挫折とか、敗北とか、左遷とか、どういうように話しをしたであろうかと思う。

 一神教というのは、非対称としてのゴッドが主人公である。絶対の存在であるから、愚生のような凡人には永遠に乗りこえられない存在でもある。だからちっぽけな存在としての愚生なんかは、圧倒的なゴッドの前で原罪を意識せざるを得なくなる。このことは圧倒的な現実である。あいもかわらず、愚生なんか、つまらないことばかりやっていて善人の反対側にいる。そりゃ法律的な悪を行うわけではないが、食物連鎖の中で生きていて、魚を始めとするいのちを食べることによって生命を維持している。なんだか申し訳なくてたまらないのである。

 旧約聖書にヨブ記というのがある。実にヨブは怖い。あらすじは、ここには紹介しないが、あのようなヨブ記を読んでいるから、西洋人は怖いのだ。ヨブ記の場合は、ゴッドは頭ごなしにしっかりせよと言う。ヨブはどんな悲惨な目にあっても、救われない。(と、愚生は思っているのだが)だから、見捨てられるからこそ西洋の一神教は成り立つのであろう。イエスが、最後に十字架にかからず、ゴッドから救済されていたら、キリスト教はこの世に存在しなかったであろうから。

 日本人は、多神教である。一神教の割合が少ない。理由についてはここでは述べない。愚生の大きな関心事であるから。それは別に書く長文の駄文でこれから書いていきたいからでもある。そして思うのが、日本人というのは、ヨブとか、イエスのような生き方は苦手なのではないかということである。最後はどっかで救われてしまっている。へらへら笑いながら、4月には仏陀の祭りを祝い、12月にはキリストの誕生を祝い、正月には神道の神社に初詣でに行く。なぜなのだろうと思うのである。こういう精神構造は、日本人がふざけた民族であるというのではないのだろうとも思う。むしろ旧石器時代から連綿として続いてきた、古代からのDNAなのではあるまいか。

 よく言えばバランスのとれた思考をすることができるということなのであろう。二者択一をしない。AかBかと迫らない。戦わない。不戦勝をねらっている節もある。激しい感情の変化を厭う傾向もある。

 こういうのを「老人の智慧」というのではないか。日本人は古来からそうやって生きてきたような気がするのである。和をもって尊しとなすと言われた聖徳太子のような方もおられたのだ。そういう意味では希有の國でもある。

 そんなことを今日は思ったのである。

 

 

 (^_-)-☆

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3月28日(木)のつぶやき

2013年03月29日 05時34分54秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

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589/紀貫之/露ならぬ心を花に置きそめて風吹くごとに物思ひぞつく #tanka #waka

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588/紀貫之/越えぬ間は吉野の山の桜花人づてにのみ聞き渡るかな #tanka #waka

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しかるに親王の行啓においては、その儀あながちに然るべからず。向後は事によつて随兵を召し具せらるべしと云々。→ 昨日ツイートさせて頂いた永井晋『金沢北条氏の研究』にあった実時の小侍所の役割で、鎌倉幕府が皇族将軍宗尊親王より下位になったという意味の実際がすでにここに現れています。

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4月14日、寅の一刻、将軍家始めて鶴岳の八幡宮に御参。(行列は略)。陸奥掃部助実時、遠江守光盛は、鎧を布衣に改め著して供奉せしむと云々。右大将家(頼朝)より三位中将家(頼嗣)に至るまで、将軍の威儀を糺され、御出の度ごとに、一両人たりといへども、勇士を供奉せしめずといふことなし。

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『全訳吾妻鏡』より建長4年4月1日、宗尊親王の鎌倉到着の日の続き:次に親王南面に出御。両国司(時頼・重時)、廊の切妻の地下に候ぜらる。相公羽林参進して、御簾三箇間を上ぐ。次に前右馬権頭政村、御劒を持参す。南門に入り、庭上を経て、寝殿の沓脱より昇り、御座の傍に置き、本座に帰著す。

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おはようございます。花曇りの天気ですね。けふは、在籍校にいきましょう。いろいろ準備をしないと。


もう一つの方の大学は、来月早々から愚生の講義が始まります。こちらの方の準備もしないといかんです。どんな学生さんがこられるのかなと楽しみです。大学といえども、教え方が下手だと、存亡に関わることになりますから。


来週から本格的に大学は始動します。教わっている方の大学も、教えている方の大学もです。あっち行ってほい、こっちきてほいってやっているようなものでまったくいろいろ大変です・・(^-^)/


あ、塾もあった。昨日も、今日も。昨日は、高校に新入生で入った男の子が、割り込んできてどうしても愚生に教えてほしいとなりました。小論文です。1600字もあります。ありがたや、ありがたや。こんなつまらない老人でもお役に立つんですから。まったく。


「もし、人間的な名誉のためにこの仕事をするのなら、せいぜい一年くらいしか続けられはしません。イエスのためにするからこそ、続けられるのです。」

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東大寺僧形八幡神像:重源の依頼で、快慶が制作した。東大寺鎮守八幡宮の神体で、写実的な鎌倉彫刻。twitpic.com/8mumzi

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595/紀友則/しきたへの枕の下に海はあれど人をみるめはおひずぞありける #tanka #waka

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東大寺重源上人像:東大寺俊乗堂の本尊で、1180年の平重衡による南都焼き討ちから東大寺復興造営にあたった大勧進俊乗房重源の肖像彫刻。重源に多くの造仏を依頼された慶派により、重源の死後、間をおかずに制作された。twitpic.com/8muq82

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……あるいは世に出ようとしてなお彷徨う者に、安々と産声を揚げしめるために、数百年の間凡人の父母が、来ては祷った道祖神の祭場と、根原一つであることが、ほぼ明白になった。つまり我々は皆、形を母の胎に仮ると同時に、魂を里の淋しい石原から得たのである」(柳田国男『赤子塚の話』より)

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銀河鉄道の夜

2013年03月28日 16時36分52秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

宮沢賢治をどう読むか

 

 

 宮沢賢治をどう読むかという問題は、実に深いことを要求してきます。あの有名な「雨にも負けず」を、ただ単なるセンチメンタリズムという観点からのみ、読解していこうとすると間違ってしまいます。

  宮沢賢治は、深い。立ち位置が違っています。東京から遠い土地にいたから、あるいは童話という形でしか作品を発表できなかったから生前は世に知られることがありませんでした。科学と、農民の知恵と、大いなる宗教心と全部ミックスしたような一人の智慧者であったような気がしてならないのです。

 小川未明とかの童話作家たちとまったく違う立ち位置にあります。小川未明は子供たちのために書いていました。ところが、宮沢賢治は違う。哲学者でもない。あるいは音楽の芸術家でもない。ある意味非常に深い思想家の面もあり、偉大な宗教家の面もあり、複雑な体系をもった科学者でもあり・・というように簡単には規定できない人ではなかったのかと思うからです。

 通常の童話作家たちよりも、宮沢賢治の体験の方が、もっと深い層の意識に足をつっこんでいたために、あれだけの作品群を残すことができたと思います。死のすれすれまでいっていますから、むしろ愚生のような老人にならないと理解不可能な部分もあるのではないかと、ここのところ読書ノートを抱えながら考えておるのであります。

 宮沢賢治は、通常の意識世界を描いたのではなかった、意識の下へ下へと描いていったのだと思うといちいち納得が伴います。あ、そうか、そうだったんだ、へぇ・・・っていうような具合にです。下へ下へと降りていくと、人間も動物もみんな一緒になって語りかけてきます。それが彼の作品群で登場してくる人間と動物たちのある種の物語にあります。たとえば、セロひきのゴーシェとかにです。

 対立がない。AとBとを本質的に敵対関係にあるものとして、非対称のものとして考えていない。ここのところが宮沢賢治のおもしろいところでして、農業を教えている科学者でもあったのですから、そこのところでなぜ、融合的な非対称ではない「対称」の関係でもって関係性をみることができたのかと思うと、ひじょうに興味がわいてきます。

 「銀河鉄道の夜」という有名な作品があります。愚生も相当入れ込んだ時期があって、好きな作品です。

 ところが、この作品は奇妙なところがたくさんあります。ちょっと、こりゃどういうこっちゃ?と何度も考えさせられます。

 はじめ、母と息子の物語としてスタートします。ある意味では、ずっと母性原理の支配する物語でもあります。しかし、チェロのような声をした男の声が聞こえてくる。いろいろ物語は進展して、最後はお父さんの帰ることをお母さんに知らせなくちゃというところで物語は終わります。

 ところがマンガの「銀河鉄道999」では、ずーっとお母さんの物語になっています。ここのあたりが、誤解の始まりで、宮沢賢治は男性の原理もかなり導入をしているのにも関わらず、我々はそういうように理解を迫られているのです。

 確かに、あの鉄道がふらふらと宇宙空間を飛んでいるのだか、走っているんだかわからない動きをしながら、存在している宇宙というのは、母性そのものでありましょう。読んでいると、あるいはマンガを見ていると、さらにはテレビアニメになったものを見ていると、落ち着きを感じます。母親の胎内にあるような安心感というものはこのようなものではなかったのかとも思います。さらに、無数の星たちも描かれている。曼荼羅的な意図を感じてしまいます。

 いわゆるオタクと呼ばれる人には、身につまされる体験的読み方しかできないのではないかとも思います。あの主人公は、オタクそのものですから。包まれているような安心感の中で、なにを感じるのかということは、それこそ人それぞれでいいんでしょう。しかし、母性として見るから、読むから反発も感じるのでしょう。俺はこんなんじゃないっていうような言い方で。

 でも、宮沢賢治はそこのところを突破しているのです。

 若くして亡くなりましたから、これからどんな作品を書いたのであろうかと思うと、全体像を明らかにすることは至難の業であります。だから作家論というのは、難しいと思っているのですが、このことは、一つの作品だけで、あるいは一つの視点だけで書けるようなものでもありません。

 言葉足らず。

 これです。もっともっと書いていきたいことが愚生にはたくさんあります。書かねばならないこともたくさんあります。それでも、愚生の言いたいことは書けない。全体像も書けない。才能もない。むむむ、、、アタマも悪い。アタマがいいとかという観点からは、東台系の大学を出ている研究者・学者しか、全体像を書くことはできないのかも知れません。しかし、変わった性格であるから、誰にも期待されずとも、いつまでも駄文を書いていくんでしょう。

 

 これくらいにします。また宮沢賢治のことは、書いてみたいものであります。

 

 

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3月27日(水)のつぶやき

2013年03月28日 05時10分15秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

おはようございます。雨が降っています。けふは花粉症が比較的に楽になっています。だんだんと、楽になっていきます。順調な春であります。


新聞朝刊の付録に教職員人事異動の記事が出ていました。現役時代とちがって興味がわかないのに、不思議になりました。完全にリタイアしていますねぇ。まったく、どうしようもない。


異界に生きてしまっています。むしろ在籍校の先生がどうなっているのかなって思ってしまいます。師匠がおられなくなったら、愚生はおしめぇですから。そっちの方が心配です。


勤労学生、生涯学習者、社会人学生、老年学生・・といろいろあるんでしょうけど。愚生の呼び名は。ダメだったら、またどっかで生涯学習をやればいいだけだろう?って言われるだけですからねぇ。


ラテン語で挫折すると言う人の大半はamō,amās,...ですでに挫折している。見てわかるというのと、血肉になるまで繰り返すというのでは雲泥の差がある。バットの素振りを10回でやめにする選手はいない。

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【御朱印】寺社巡りの楽しみの一つに御朱印集めというものがある。御朱印とは、寺社で頂ける墨書と押印した印のこと。お参りが終わったあと、社務所や納経所で300円程払えば頂ける。ただし、真宗系寺院に御朱印は存在しないので注意。twitpic.com/9cvbw4

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高野山霊宝館では、4月6日から奈良国立博物館ではじまる「当麻寺-極楽浄土へのあこがれ-」展に対し、重要文化財3件の出品協力をいたします。品目は次の通りです。当麻曼荼羅縁起、九品曼荼羅図(以上清浄心院)、阿弥陀浄土曼荼羅図(西禅院)。

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多摩美・芸術人類学研究所の「「野生の思考」再興」は公開講義・対談という形で行います。基礎的な話から始めて安藤礼二さんとの議論にまでもっていく予定。フレイザー、モース、レヴィ=ストロースのテキストは僕が訳し直したものを配るつもりです。参加自由ですので学生以外の方も是非!

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【短大が変わる(上)】牛丼・公開・同時5教授…“橋下”流を先駆ける教育、1000人に「挑戦状」 - MSN産経ニュース sankei.jp.msn.com/west/west_life…


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サーカス小屋は胎蔵界か

2013年03月27日 18時55分04秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 

中原中也の「サーカス」という詩は・・・・・・・

 

 

幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処でのひと盛り
今夜此処でのひと盛り

サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
安いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


屋外は真ッ暗 暗の暗
夜は劫々と更けまする
落下傘奴のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 

 

 とても良い詩である。国語の読解風には、拙ブログには書かない。もうそんなの卒業したのだから。愚生なりにどう考えるかってことを書かせていだたく。

 それはこの詩から、ザシキワラシの去った旧家のごとき趣を感じるからである。妖精が、ゆあーんゆよーんとなんだかわけのわからない言葉を唱えながら、サーカス小屋の上の方から降ってくるような気がするのだ。いつくもの戦争が通りすぎ、時代の疾風が吹き荒れていった現代のどこかに、サーカスの小屋が建っている。なかなか憎いような演出である。中原中也という人は凄い詩人である。ちなみに、我が師匠はこの詩人のことを必ず言われる。ゼミの時に。だんだんと愚生も好きになってきたんだが。

 

 サーカスの小屋というのは、考えてみれば奇妙な形をしている。あれはいったいどういう意味であんなふうな形をしているのだろうかと、思っていた。

 簡単な形状である。しかし、かなり頑丈でもある。そして、その中ではいろいろな芸能が展開されている。テントは、中で展開されている芸能を守っている母の胎内のようなものでもある。そうすると、胞子的な発想からあのテントは出来ているのではあるまいかと発想するのもまた楽しいものである。母の胎内で、繰り広げられるファンタジー。我々は、テントの中で年をとるのを忘れ、すばらしい技量の技を堪能する。現実の恨み辛みを一時でも忘れて、忘我の心境に至る。

 芸能の根本のような気がしてならない。田舎の寺院などにいくと、お堂があって、そのお堂の前で展開される郷土芸能を見るチャンスがある。そういうのを見るのが好きでけっこう出かける。数は少ないが、お堂の脇とか、後ろにももう一つの小さい祠みたいなものがある時もある。そうした祠に祀ってある神々は、むしろ土着信仰と結びついていて、立派なお堂の方は、後から建てられたものの方が多い。そんなことを大きくなってから知ることになって、愚生は、これはサーカス小屋と一緒だと感じていたのである。

 サーカス小屋も、古代から連綿と続いている土着信仰と後からきた日本神道や仏教勢力との習合みたいなもので、西洋文化とドッキングした新しい日本の芸能であると愚生は感じてしまう。規模が小さいほど、そんな感じがする。

 日本人の芸能を考えていくと、今のサーカス小屋とそんなに違いはなかったのではないかと思いついたのである。「守られた」「不思議な空間」で、まるで母の胎内にいるような安心感で芸能を楽しむ。ささやかな常民の喜びがそこにはあるのではないかと。

 明治維新による文明開化というものがもたらした西洋文化と日本の文化のドッキングが、テントによって外部の悪魔的世界から守られているということである。

 一昨年だったか見たシルクド・ソレイユとかいうまことに巨大なサーカス(と言ったら失礼になるのかな?)には、あまりに巨大すぎて、そんな感じはしなかったのだが。しかし、あれもまた大きなおっかさんに守られている胎児が愚生であると思えば良かったのかなとも思う。

 

 

(^_-)-☆

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3月26日(火)のつぶやき

2013年03月27日 05時10分33秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

世阿弥のことば「年々去来の花」「時時の初心を忘るべからず」="若い頃から年齢が高くなるまで、その時々に身に付けた藝を忘れないように"。世阿弥自身、少年時の連歌の教養を、後年になっても持ち続け藝論に生かした。世阿弥にとってもこのことばは、能の実演にかぎられたことばではなかった。

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世阿弥の藝論は、能楽の実演にかぎらず、いろいろなことに応用できると言われる。それもそのはず、世阿弥自身が「能の実演」だけを特別視して他から切り取ることがなかったのだ、ある戒めを能の実演だけでなくほかのことにも当てはめていたのだと気がついた。

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私自身、人を迷わせ翻弄させていないか、強弁していないか、「我を張って」いないか。「ほんとうのことは何か」「あなた(たとえば世阿弥)はどんな人か」から軸がずれなければ。「稽古は強かれ、情識はなかれ」という世阿弥のことばも、能を演じるときだけのことばではない。

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世の中に多い講演・講義も、「○○大学(大学院)教授」とか”有名な人"とか、"単純なわかりやすい話”とか"ビジュアル"とか、人々を迷わせ翻弄するものがほんとうに多いと感じる。でも講演・講義を聴く方々も「我」にとらわれずによく御覧になれば、"本物"かどうかはきっとわかる。

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研究作業で「締切に追われて忙しい」「人を説得できなくては」「何かこれを証明する資料がないか」こんなことを考えていたら、結局はうまく行かない。こんなことは「自分」の都合で、「我を張る」ことでしかない。これでは相手(研究対象)はこちらへやってきてくれない。傍にいても気がつかない。

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学問研究は、当たり前のことだけれど、常に誠実な態度で臨みたい。歴史的なことをするなら「ほんとうのことは何だったのか」をいつも忘れないように。目の前に翻弄されること、誘惑されることが多いのだから。

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生駒山の東山麓にある往馬神社の火祭り。2011年に県の無形民俗文化財。「いこま」なるほど(^^)/拝殿そばに咲く上溝桜(うわみずざくら)写真で見るとクリペッチンの花みたい。これも桜なんや!(今朝の朝日奈良版)

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イエスのことばを確実に理解することができるために、イエスへの渇きをいやすことができるために、イエスへの愛を満たすことができるために、イエスは御自分をパンとなさったのです。しかし、主はそうまでなされても、満足されません。主ご自身が飢える者となられたのです。

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東京新聞:川崎の郷土史研究家ら 謎の難読碑文 tokyo-np.co.jp/article/nation… 江戸末期、「桜田門外の変」の惨劇から逃れた彦根藩士が、現在の川崎市に残した碑文を、地元の郷土史研究団体が解読した。碑は小田急線向ケ丘遊園駅近くの広福寺(同市多摩区)にある。

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おはようございます。9:00です。さ、これから在籍校へ。キャンパス内の桜が散りかけていましたが、昨日。けふは大丈夫かなぁ。


しかし、はかないもんですなぁ。花のいのちは。オレのようにしぶとく生きていってほしいのだけれども。ムリか。


美しいものは、みんなはかない。残念ながら。美人もそうだけど、滅びていくものには哀愁があるなぁなんて思うのですよ。哀愁のある生き方をこれからしたいもんです。オレも滅亡していくんですからねぇ。あと、何年生きられるかわからんけれども。もっともオレは、美とは縁遠いけど。(^-^)/


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桜をご堪能あれ

2013年03月26日 11時16分55秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(東金キャンパスの桜です)

 人事の時期なんですねぇ。年度末ですもん。町内会をやっても、組長がご多忙でなかなかのものがありました。そうだったんだ、みんな大変な時期だったんだと今更のように気がつきました。ご苦労様でございます。実にご苦労様でございます。こういう時期に、愚生のように読書三昧で時を過ごしていられるのは、リタイア組だけでありましょう。ま、ノートをとって、夏休みまでには原稿400字で300枚を書き上げるという壮大な目標を持ってしまったので、シマッタと思っているのですが。(^0^)/

 けふは、キャンパスの桜をフォトで紹介しました。いかがですか。もう在籍校に入学して二度目です。いい雰囲気です。昨日は天候がよくなかったので、フォトを断念しましたが。こうやって散るまでのいのちを大切にして生きていきたいものでありますなぁ。

 はかないからこそのいのちであります。

  まるで映画のように一瞬に消えてしまう定めであります。消えていくのはいやだけど、それもまた仕方なし。願わくは、桜のように惜しまれつつ去っていきたいものであります。この世から。笑顔で、あああああ美しい世の中であったとかつぶやきながら。(^-^)/

  話しは変わりますが、昨日NHKで見たサッカーの本田圭佑選手という方の特別番組ですが、あれ、実に良かった。挫折や失敗はある。しかし、それは逆に神様が与えてくれたチャンスである。自分はやれるのだという自信をもってプレーしたいというようなコメントがありました。感激しました。若いのにたいしたもんだと。確かに、そうでありましょう。けがや、失敗は常にあります。だからと言って、今すぐ辞めちまうというのは、誰にでもできる。そこのところを、信念をもってチャレンジしていくというのは、非常に重要なことであります。

 こういう精神構造を持っているからこそ、日本を代表するような選手になれるわけであります。本田選手のことは嫌いな人も多いのだそうですが、愚生は、好きとか嫌いとかそういうんではなくて、凄い若者がいるもんだと敬服した次第であります。どんな逆境に居ても、こういう姿勢でありたいものであります。

 やはり一芸に突出した方というのは、違います。

 桜もそう。一芸に優れている。美というその一事において。だから、愚生のような常民を誘い、鑑賞をさせてくださる。なんだか、桜の精霊にこちらへどうぞ、あちらへどうぞと導かれて彷徨しているような気になりますから、桜の実力は本物であります。

 桜の花に誘われながら、四月の後半に、みちのく桜紀行をやってまいります。角館、弘前等々。

 この世の中は美しいと思いながら。あ、まだ死にたくはないですがね。

 (^_-)-☆

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3月25日(月)のつぶやき その2

2013年03月26日 04時49分09秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

年金生活者にはとてもシビアな問題ですよん。


さ、これからジムへ行って運動してきます。そして、サウナに入って、温泉とフルコース。これももう20年近くやっていますから、殆ど顔を洗うのと一緒になってきましたなぁ・・・・それでは暫し留守をします。


もう、「これをやっておけば大丈夫」という、最強の学問なんて、無いよね。学生の時に大事なのは、新しい分野を学ぶやり方を覚えること。どの分野が重要になるかなんて、誰もわからない。だから、自分で新しい領域を開拓できるようになる事が、何よりも大事。

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3月25日(月)のつぶやき その1

2013年03月26日 04時49分08秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

特集「災害」に寄せて (特集 災害) / 小山 哲: 96(1)=497:2013.1, P.1-4 bit.ly/10DL4s0

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発掘調査より知られる貞観一一年(八六九)陸奥国巨大地震・津波の被害とその復興 (特集 災害) / 柳澤 和明: 96(1)=497:2013.1, P.5-41 bit.ly/10DL3UX

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一五八〇年ロンドン地震と神罰 (特集 災害) / 楠 義彦: 96(1)=497:2013.1, P.71-99 bit.ly/10DL3UP

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新薬師寺木造薬師如来像:一般の仏像に比べ眼が大きいのが特徴で、聖武天皇が光明皇后の眼病平癒を祈願して新薬師寺を創建したとの伝承も、この像の眼の大きさと関連づけられている。しかし、実際に制作されたのは平安初期であると考えられる。twitpic.com/9cg571

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3/24東京新聞・中日新聞の読書面で,額田勲『孤独死』( iwnm.jp/603252 )が紹介されました.「孤独死の実態を描き出す」「無縁社会化や3・11後の状況にも有益な実践報告だ」

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薬師寺三神像:僧形八幡神を中心にし、右に神功皇后、左に仲津姫命を配した三神一具の像。現存最古のの木造神像の一つ。twitpic.com/8ofr5j

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授業中、「わからないところある?」と聞かれて、「はい」と答えるのは難しい。他の人はわかってるのに自分だけわかってないと言ってるようなものだから。かわりに「気になるところある?」と聞く。これだと抵抗がないから反応がぐんと増える、と本で読んで昨日実践したらその通りの結果で驚いた。

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今年は桜の開花が例年より早いそうですが、高野山はまだまだ、寒い日も多いです。防寒の用意をお忘れなく。なお、高野山での桜の見頃は例年4月下旬頃です。

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仁和寺では、桜の前から後まで、このミツバツツジがとても綺麗です。早くも満開の株があります。 pic.twitter.com/ySmhmLBfpi

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神護寺薬師如来立像:神護寺は、孝謙天皇の寵愛を受けた道鏡の即位を阻止した和気清麻呂が建立した寺。この如来像は道鏡を封じ込めた仏像とされ、不均衡な顔立ちが怪僧のもがき苦しむ姿を表すという説がある。twitpic.com/9cgps1

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芸術新潮ベーコン特集、都築響一さんが保坂健二朗さんとの対談でふれている、ベーコンの遺言執行人ブライアン・クラークのステンドグラスとはこれのこと。池袋西武本館B1からリブロに行ったところ、エスカレーターのある吹き抜けスペースです。(米) pic.twitter.com/X3nMxXMpPD

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”未曾有の大惨事となった第一次世界大戦以後、侵略は国際法上違法と考えられるようになった。侵略が違法である以上、軍事はすべて防衛目的であるはずである。ここにおいて軍事を防衛と置き換える風潮が生じた。” j.mp/WAKXIS 『戦争の常識』鍛冶俊樹

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そして『集合知とは何か』(西垣通:中公新書)も何とか読了。こちらは一気読み!とは行かなかったけれど、少しずつ読み進めるのが愉しかった。集合知の在り方から知の定義、そして知を生み出す共同体やコミュニケーションの在り方にまで踏み込んだ。『なめらかな社会とその敵』と重なって見える。

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今回発見された伊達政宗の書状。佐竹配下の武士に叛乱を勧めるものだそうですが、天正17年というと擦上原の戦いの年で、佐竹・蘆名との対立が深かった頃ですから、成る程という感じ。結構合戦で忙しいはずなんですが、その合間合間に乱舞(能)の記録があるのが面白いです。当時の能の意味とは?

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室生寺弥勒堂釈迦如来坐像:9世紀末の作で、ヒノキの一木造。衣文には大小の波をリズミカルに繰り返す翻波式が全面に用いられている。弥勒堂の客仏であるが、伝来・由緒は不明。twitpic.com/8oe08q

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臨終の男の人がわたしたちのシスターにこう言いました。「いよいよ神の家に帰ります」彼はだれのことも恨みに思ってはいませんでした。彼は苦しみについては一言も言わず、ただ「神の国に帰ります」とだけ。そして目を閉じ、神の家に帰ったのでした。実に簡素で、美しい最期でした。

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県が文化財指定・選択 滋賀 - MSN産経ニュース feedly.com/k/ZNW98A

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”教育は社会政策の態度と関係した。教育の高い人は進歩的であった。” j.mp/IlA5fM 『性格のパワー 世界最先端の心理学研究でここまで解明された』村上宣寛

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556/安倍清行/つつめども袖にたまらぬ白玉は人を見ぬ目の涙なりけり #tanka #waka

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うううううう、伊達の薄着で在籍校に行ってしまって、シマッタ・・・寒いですな。アタマも。はははは。


16:57帰ってきました。けふは随分ノートをとって、マンゾク・マンゾク。アタマに入っていないだろうって?・・そうかもしれない。


ノートって、とること自体が目的になるとちょっといかんですねぇ。とったら最後、後は段ボール行きっていうのも多いから。(^-^)/


しかし、問題意識を持ってある特定の分野とか、著者を知るには、ノートは欠かせませんですよねぇ。新しい分野にチャレンジしているときは特に。そう思います。


なにしろ、愚生は僻村の老学生でしゅから。ノートを買うのにも、えらい苦労しているし。在籍校の近くのスーパーでB5の100枚ノートを買ってきたのですが、なんと260円でした。居住地で買うとあと60円もかかる。ハハハ


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コンパスの針の置き方

2013年03月25日 16時29分24秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

 いつも勝手なことばかり書いていて、少しは申し訳ないとは思っているのだけれども書かないと忘れてしまうからブログに書かせていただいている。そういう側面を愚生はけっこう重視していて、ここからへたくそな論文めいたものにいくつか発展していったから、けっして愚生には疎かにできないのである。

 だから許されよ。
 
 日常的なことは、Twitter一本に絞ってしまったから、Twitterでつぶやいたことは、ダイレクトにブログに反映されるように仕組んである。最近は、このTwitterで意見を交換させていただく方も増えて、なかなか楽しい。それぞれのツールに役割分担を願っているから、こちらはこちらでいいものである。
 
 それで、けふは、「地域学」ってなことである。「地方史」というと、なんとなく中央と対峙している地方という感じがして、愚生はあまりおもしろくない。その中央だって、京都を中心とした関西勢力と、江戸の勢力と対峙している。江戸から後はどっちが中央なんだかわからんくらいに変遷してきている。地方の対象が変わってきている、と屁のつっぱりみたいに考えているからである。

 だから、「地域学」とでもしたほうがよろしいのではないかと思うのである。愚生が今住んでいるのは、関東である。だから「関東学」とでもいったほうが感覚的にはすっとくる。まさにすっとくるのであって、そこには根拠もなにもないのであるが。

 特に、中世のことを調べていると、錯覚に陥りやすい。厳に戒めているのだが、どうしても中世文化は西国中心というか、京都・奈良以外は視野に入ってこないということになりやすい。これはとても危険なことである。中世のときも、関東は存在していたのであり、文化のレベルも高かった。安房地区からも、竹に書かれた文字が、京都まで運ばれていったし、考えもつかないような交流が、関西文化圏と関東にはあったのである。

 八丈島も、時代劇などを見ると島流しのイメージが強く、流された以上、もう帰ってこられない島が八丈島というのが我々には染み着いている。しかし、ここには装飾品をまとった縄文時代人の墳墓が発見されている。死んだ後に、自分で墳墓を作る死人はいないから、常態的に生活していた縄文人がいたということになる。そのことがなにを意味するのか。縄文時代の人々は、今よりも考えられないような海上の道を持っていたのである。
 
 現在の我々は、臆病である。だから、太平洋を小さな舟で行き来することなんてできないと断定してしまうのである。我々のご先祖様たちは、今よりも勇敢であったと考えるべきであろう。
 
 グローバルなんとかという言葉がはやっているけれども、我がご先祖様たちは、東洋の世界だけではあったけれども、なかなかしたたかに生きていたのだ。

 そこには、日本古来の民族が持っている大いなる大地信仰というものがあって、アニミズムとドッキングしたところの土着信仰と、神道が合体している。後から仏教が入ってきて、それこそ神仏習合的な形態になっていったのだけれども、まだまだその影響は現代の日本人にも影響している。無宗教であることを誇りに思うような、世界の中では特異な民族になってしまったけれども、まだまだいろいろな意味で習俗を気にしたりする人は多い。仏滅とか、大安とか、大吉とか、大凶とか。さらには、日本国民ほとんど全員がキリストの誕生日を祝っているという実におもしろい国でもある。つまり、古代からふわ~っとした信仰みたいなものを持っていたんだろうと愚生は思うことにしている。大地や海、大自然への限りない畏れと信頼が同居していたのであると思っている。それが如実に信仰に現れていると。ま、今はそのことには触れない。これからの愚生の追求課題であるから。
 
 大地への、海への畏れと信頼があるから、逆にどこへでも出かけていたのだ。天竺というのは大げさとしても、中国南方とか、インドシナ半島あたりまで。しかし、今日は北方にもいろいろと出かけていたらしいということを、知った。さすがである。つまり津軽海峡をどうどうと小舟で行き来していたらしいのだ。確かに、去年大間の港から見えた函館は、渡るのに不可能な距離ではないようにも思えた。

 コンパスの針をどこに置くかである。関西に置けば、関東は遠くの地。関東に置けば、その逆である。八丈島に置けば、関東も近在地になる。八重山諸島にコンパスの針を置けば、また違って見えるのが本州であろう。

 地域学というのは、このコンパスの針の置き方である。どこに置くかはその人の自由である。視点といってもいいけれども。それによって、人生が変わってしまう人もいるかもしれない。

 愚生のように。

 ハハハ。

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3月24日(日)のつぶやき

2013年03月25日 05時09分13秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年

(承前)『大日本史料』に引用されている「柳原家記録」には、仙台藩お抱えの大鼓方幸流・白極善兵衛言次が伯耆大掾に補任されている記事がある、と読んだのですが、未だ確認できていません。ただその引用文には「太鼓打」との注記があり、その「太」の文字に()つけて「大」と訂正してありました。

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542/読人知らず/春たてば消ゆる氷の残りなく君が心は我にとけなむ #tanka #waka

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観世音寺馬頭観音立像:馬頭観音は怒りの激しさによって人びとを苦しみから救い、馬が牧草を食うように悪趣を取り除くといわれている。観世音寺は東大寺、下野薬師寺とともに「天下三戒壇」のひとつで、開基は天智天皇である。 twitpic.com/9cgiee

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”神は矛盾の典型である。小さなことにこだわり、人を巧みに操り、懲罰的である一方で、度量が大きく、率直であり、寛大である。” j.mp/JbrSrn 『旧約聖書のゲーム理論 ゲーム・プレーヤーとしての神』S.ブラムス

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おはようございます。本日正午より目黒の喜多六平太記念能楽堂において喜多流職分会自主公演「自然居士」「西行桜」「鉄輪」でございます。私も「経政曲」の仕舞を、勤めさせていただきます。また開演前に事前講座もございます。ご高覧お待ちもうします。

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だいぶ前に録ったBSプレミアム新日本風土記の佐渡の回観てるけど、佐渡にはムジナ(狸)信仰があるのか。狼とか蛇とか狐とかいろんな動物信仰があるけど、これってその土地で親しみがあったり象徴する動物に「自然」の力や不思議を見てるってことなのかな。素朴だけど真摯な祈りを感じる。

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もう、お昼ですね。なんだかけふは、冬に逆戻りしたような案配ですが。ちょっと寒いです。


キーボードを交換しました。時々、こうやって気分転換しています。ちょっと軽めのタッチのを使っていたのですが、やや深めのにチェンジしました。


せめてこれくらいのゼータクは、許されよ。あとはナンニモゼータクできないんですからねぇ。


けふ、小さな旅というNHKの番組を見ていました。草津温泉をやっていました。温泉もなんもどこにも行ったことがないので、興味深くいつも拝見させていただいているのですが、今日のは「遅咲菩薩」というのが草津にはあるのだそうで。なかなかいいネーミングですよねぇ。オレも参拝してみるかな。


新薬師寺十二神将像:本尊薬師如来坐像を囲む。12躯のうち、1躯のみ昭和の補作である。各神将がそれぞれ7千、総計8万4千の眷属夜叉を率い、それは人間の持つ煩悩の数に対応しているという。 twitpic.com/8mtdzh

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高森萩山神社の春季例大祭始まる - 中日新聞 feedly.com/k/Xz7mHi

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1055 上と下と横と中央とにおいて、そなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、それらに対する喜びと偏執と識別とを除き去って、変化する生存状態のうちにとどまるな(スッタニパータ)

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年取ると、「死」を考える前に「病」を考えるようになる。「死」の比喩をもてあそぶ人は「病」を多分知らない。

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ブログ更新。恒例、本棚に入れたい新刊書等をリストアップしました。今週は若干多めなので二回に分けます。『歴史の彼方に隠された濁点の源流を探る』(汲古書院)『漢字雑談』(... d.hatena.ne.jp/consigliere/20…

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宇都宮大学が、よくある私大のような宣伝をし始めた→「知ってますか?(宇都宮大学サイトより)」utsunomiya-u.ac.jp/docs/130311_Ut… twitpic.com/cdxjt2

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【利根川図志】飯沼観世音 飯沼山円福寺、十一面観世音(坂東二十七番)…。そもそもちょうしといえる名は、志摩の国の答志と音かよいたれば、仮名も天不志(てふし)とかくべく、詞の心は出伏(でふし)、または遠伏(とおふし)などのよしなるべくおぼゆと、与清鹿島日記にいえり。

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【利根川図志】滑川観世音 滑川村にあり。滑川龍正院という。坂東順礼二十八番の霊場なり。本尊十一面観世音(御長一丈二尺、定朝御作)、脇立不動明王・毘沙門天なり。…承和七庚申の年草創、御堂の側に船越地蔵の堂あり。この地蔵尊、網もて朝日淵よりすくい上げたまうという。

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興福寺八部衆・五部浄像:像の冠をかぶる頭部と上半身の一部が残る。正面を見つめる少年のような表情が印象深い。twitpic.com/8mu2px

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みんなの声が届いたみたいで、NHKの教養系番組が4月から強化されるそうです。不定期放送だった「古典芸能への招待」も毎月放送に!yomiuri.co.jp/entertainment/…

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「主よ、あなたを愛します。主よ、お許しください。主よ、あなたを信じます。主よ、あなたに頼ります。あなたがわたしたちを愛してくださるように、わたしたちも互いに愛し合えるようお助けください」と祈ればいいのです。祈りを通じて学びあうとき、そこからあなたの力が生まれてきます。

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コメント
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/