と~ま君のおじぃ~ちゃん生涯学習ごっこ日記 

九十九里浜で年金暮らしの健康オタク爺。惚け防止のため、老人大学&その他で軽薄三昧なる生涯学習ごっこ生活をしておりまぁ~す

ジタバタして生きてきたから、今こそボキは陽狂、風狂の輩としてのんびり生きていきたいのじゃ。

2016年10月15日 08時02分58秒 | 老人大学で悪業三昧・健康オタクの時代

徳はないから陰徳とは言えないけど、陽狂、風狂ならボキも合致するなぁ・・・・トホホ

 

 

陰徳陽狂の人ということを初めて知った。昨日の某大学生涯学習センターで。徒然草の冒頭に描かれている増賀上人(僧賀とも)のことを詳しくご指導いただいたので。この部分は、浅学非才のボキはさ~と通り過ぎていたからである。しかし、昨日はかなりの時間を割いて教授に説明いただいた。

知らないことは知らないから感謝したのである。まったく、何年徒然草を読んできたのであろうか。無為徒食である。ボキなんか。いっぱしの仕事人を気取ってなにをやっていたのだろうと思った。37年も仕事人を自称していたのである。笑っちまう。こんな程度でもって生きてきたのである。どうしようもない。もっと知るべきこと、やらねばならぬことがたくさんあるではないか。改めてそのことを思っていた。受講中は。

そして、家に帰ってから(つまり塾から帰ってきて)、増賀上人のことを調べた。資料にして印刷もした。関連の論文もいろいろと印刷してみた。かなり多い。関連する資料が。

ますます感動した。

芭蕉も興味関心を持っていた御仁である。さらに増賀にはおもしろい奇行が多い。比叡山で得られない道心を求めて、伊勢に下向した際には、示現によって私物をなげうち、裸形となって帰山する。この話に芭蕉は、伊勢山田において、「裸には まだ衣更着の 嵐かな」という一句を作っているくらいである。

要するに、深遠なる仏教哲学の碩学であるにもかかわらず、決してそのことを表に出さず、風狂を気取った法師である。徳高い高僧であるにも関わらず、その徳を隠してあくまで明るく、陽狂の生活を送った方である。それこそが、吉田兼好のみならず芭蕉のこころまで動かしたのだ。

これぞまさしく「つれづれなるままに」である。日暮らし・・・・なにもすることがなく、決まりきった生活の中でもってつまらない計算もなくて生きていた御仁である。さらに皮肉もそうとうなもんじゃよ。

で、ここまで書いてきてふと思ったのが、これってボキの目指すべき心境ではないのかということである。

陽狂、風狂・・・・なんでもいい。もうボキは普通の生活を送っていないしねぇ。そして思った。陽狂なんである。陽狂。明るく基地外一歩手前まできているのじゃ。皮肉ばかり拙ブログで書いているしねぇ。これ、ボキそのものではないか。

ふううううううううううむ。

エリック・ホッファーにも教えてもらったが、老境を慈しむということでもある。あるいはモンテーニュの随想録もそうである。老境になって、なにを今更である。ジタバタして生きてきたから、今こそボキは陽狂、風狂の輩としてのんびり生きていきたいのじゃ。

芭蕉のように「旅に病んで 夢は枯れ野をかけめぐる」で、このおおいにつまらない人生の幕引きができれば、ボキはマンゾクである。

この秋に、紅葉を愛でる旅に出ようか。また我が故郷に愛車を駆って。みちのく東北で、ボキは夢ばかり見てきたような気がするから。

 

Bye-bye!

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