と~ま君のおじぃ~ちゃん生涯学習ごっこ日記 

九十九里浜で年金暮らしの爺。惚け防止のため簡易風呂からゴミ箱にもなるドラム缶のごとき生涯学習ごっこ生活を送っています。

そろそろ化けの皮といふ仮面を脱ぎ捨てて・・・・(^0^)

2017年01月13日 14時35分00秒 | 超やさしい本の話

「妙好人伝の研究」という本をAmazonに発注した。さっきである。



菊藤明道先生の著書である。

法蔵館から出ているので、かなりのレベルである。

もっとも、この本は県立図書館から借りて読んだことがある。なかなかの本である。そして、そろそろもう買ってもいいだろうと思ったから、Amazonで見てみたら古本が売っていた。1700円であった。普通なら手が出ない。高すぎてである。そもそも法蔵館から出るような本は新本では絶体に買うことができない。ボキのような年金生活者には。

だから、すぐ買った。これで我が本になる。あとは徹底的に読むしかない。メモを書き込んでも叱られない。ボキの本だからだ(^0^)。

うれしいねぇ。こういうのが。

で、思った。

とうとう、ボキは妙好人のことについて、ブログに書き始めていくつもりになったのだなぁって。

ボキは、信仰がないから、あからさまに書いてこなかった。宗教のことは書かないできた。ボキの現役時代の仕事でも宗教については慎重に対応すべしと言われてきたから、あからさまには書いたり、言ったりはしてこなかった。

でも、密かに勉強はしていたんだけれどもねぇ。

勉強レベルだから信仰心がなかったのである。

実践がともなっていない。

しかしである。とうとうこういう本も買ったことを、あからさまに書くことにした。ま、いいか。まだまだ信仰心は持っていないのだし、中途半端は否定できないのだから。

拙ブログも仮面を被って打鍵しているだけである。

いくつか持っているボキの仮面で。

 

どっちにしたって、たいしたことはないのだけれども。

 

(^0^)

 

 

 

 

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定年漂流という本をgymでさぁ~っと読んでいたのじゃが、なんだか首筋が寒くなってしまったよ

2016年12月22日 18時23分09秒 | 超やさしい本の話

こんな本を古本チェーン店で買った。

だから、gymで読みながら、machineをやっていたのじゃが、なんだか・・・・・・・・・・。

gym仲間には、二宮金次郎みたいだなぁってからかわれたし。

それにしても、男はだらしない。定年後に、なにもしなくなってしまうのがなんと80%だそうである。作者によると。

ボキは、残りの20%で定年後も家にいないけど(^0^)。家にいる気にもならない。家にいたら今頃は死んでしまっていただろうから。

無芸大食は現役仕事人時代から得意だったけれども、定年後は無芸はともかく、大食もよくない。さらにすることがないというのもあまりよくない。

これから塾でアルバイトをしてくる。これまた趣味である。することがないよりはいい。惚け防止にもなるしねぇ。

じゃ、Bye-bye!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Amazonサイトでの内容紹介

定年夫婦の生き方や葛藤を凝縮した全15話
定年退職した夫は、四六時中家でごろごろぶらぶら、何もせずどこにも行かない…。邪魔ったらありゃしない! そのイライラで「夫在宅ストレス症候群」に蝕まれる妻たち。体調を悪くした妻、離婚の危機を迎えた妻etc。定年世代15組それぞれの定年の迎え方、生き方そして葛藤を描いた小説仕立てのノンフィクション。まもなく定年を迎える、700万人といわれる団塊の世代に贈る、「おじさんはおばさんを目指せば、幸せへの脱出ルートが見えてくる!」

内容(「BOOK」データベースより)

定年退職した夫は、四六時中家でごろごろぶらぶら、何もせず、どこにも行かないから邪魔ったらありゃしない!著者曰く、「みの虫おじさん」「生前死後硬直男」等々の蔓延でイライラが高じて「夫在宅ストレス症候群」に蝕まれ、心身を壊す妻たち―。十五組それぞれの「定年」の迎え方、生き方、そして葛藤を凝縮させた小説仕立てのノンフィクション。

内容(「MARC」データベースより)

定年退職した夫は、どうしてこうも、じゃまなんだろう。何もしない。どこへも行かない…。『西多摩新聞』に連載された、定年夫婦の様々な生き方や葛藤を凝縮した全17話を収録。
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

西田/小夜子
1941年、東京生まれ。作家・画家。74年結婚後、絵画教室「アトリエにしだ」を主宰するかたわら、小説、エッセイを書く。87年、武蔵野美術大学短大部美術科卒業。エッセイの全国的な同人誌『日曜随筆』の編集委員も務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

 

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庶民の暮らし「浮世床」・・・・・ボキそのものですなぁ(^0^)

2016年12月20日 10時30分44秒 | 超やさしい本の話

Amazonからこのような本が届いた。



嬉しい。

楽しみにしていたからである。

最近は、こういう江戸・大長屋の裏店住まいに非常に関心がある。ボキのような庶民生活に楽しみとおかしみと興味があるから。哀歓もあるし、世態風俗もわかるようになっている。粋と笑いのからくりが見えてくる。確か、落語にもあったような気がするが。

光源氏の一生も、長屋の熊さん・八さんの一生も同じだということである。人間ならば、ミンナ似たようなことをやって、メシ食って、うんこして、寝て一生を終えるのである。たいしたことはねぇのである。それをである。もったいぶって、さも高尚なる人間のようにふるまい、のたもうて、くだらない世間の憂さを晴らすというのはいかがなもんか。

最近、ボキはあることで非常に落胆したことがあったのだ。

それは叙勲の発表があって、それに漏れ続けている御仁の恨み辛みを聞いたからである。今まで尊敬していた御仁であるし、学歴も業績も立派なのに結局欲しかったのである。勲章が。

なんだ変わらねえじゃねぇかとがっかりしたからである。

ボキは、そんなもんの対象になるわけもないから安全に無関心に生きていられる。むしろ、そんなもんより長生きして孫と一緒に遊びながら過ごしたい。たまに趣味である海外旅行でも行って、下手くそな英語を試してみたい。それに、読書七回主義に陥ったから、古典も七回読むことにした。だから充実してきたのじゃ。

わははっははっはははっはははははっはははっはは。

庶民は強い。

ボキも強い。

庶民だからだ。

さ、これから退学した某大学に行ってくる。中国語講座を受講してくる。楽しみである。まったくものにならんが、それなりに楽しみにしているので。

 

Bye-bye!

 

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今日は、Gymも休みだし、図書館は長期の休館に入った。ボキには行くところがない・・トホホ

2016年02月15日 08時40分02秒 | 超やさしい本の話

茂木健一郎センセの「脳を活かす勉強法」に書いてあったけど、朝起きてすぐブログの記事を書いてから、勉強を始めるのだそうだ。センセは。ボキもそうだけど、アタマが悪いボキのような人間は、なんかもっと良い例があるような気がしてならんのだけど。

 

 

昨日は暖かかった。ちょっとおかしいくらいに。しかも九十九里は、それでなくても暖かい。ストーブ無しでもよかったくらいである。雪国の方々には悪いくらいである。

昨日は、現役時代にやっていた仕事の退職ナントカ会というところから、退職**だよりというのが送られてきた。ざっと読んで捨ててしまったが、相変わらずボキのブログと一緒である。つまり、つまらないのだ。ボキのブログも日常生活を書いているからつまらないのであるが(あまり正直に書いているとは言えないけど)、退職**だよりというのはもっと私的な世界が書いてある。しかも文章が硬いから、読む気がしない。知人が書いている場合は斜め読みをするが、生きていたということを確認すればそれで終わり。訃報連絡もあるから、そこだけはじっくりと見ている。それだけである。

つまり、文章が硬いというのはおもしろくないのである。だから、論文もおもしろくないのが多い。そりゃそうだ。おもしろおかしく書いていたら、書いた本人の能力や適性が疑われる。必要だから読んでいるだけである。論文というのはそもそもそういうもんだろうから。

しかしである。おもしろいか、おもしろくないかというのは、結構重要である。読んでいて楽しくないのでは、本を買う気もしない。

昨日も、古書店にGymの帰りに寄って二冊ほど本を買った。合計216円。脳科学者の茂木健一郎センセの「脳を活かす勉強法」を買った。さらにもう一冊。おもしろそうだから買ったのである。

そしたら案の定、あっという間に読了。二冊とも。ビジネス書みたいなもんで、まったく時間がかからない。斜め読みをしているからである。じっくり読むに値しないからだ。ノウハウだけ知ればそれでいいからである。だから古書で十分である。

ビジネス書なんて、著者がそれこそぺちゃくちゃしゃべって、それをライターが代理で書いている場合もあるから、本の選択には気をつけなくちゃならんと思っているくらいである。

じっくり読むのは、古典だけでいい。時代を超えて残ってきたということだけで、やはり価値はある。人を引きつけるものがあるんだろうから。

しかし、古典ばかり読んでいるとアタマが堅くなる。

興味関心が狭くなるからである。

これは気をつけないとアカン。

だから、ボキも可能なかぎり、興味関心を広く持つようにしているのだけれども。もっともアレか。興味関心を広く持っていても、なんの価値もない。だいいちそれを応用する場がない。

生きているだけでめっけもんだからである。そういう意味では、ボキは謙虚である。いかに自分に価値がないか、応用がきかないか、世の中のためになっていないかということは分かっているからである。十分に。マジに。

だから一隅で生きているのだ。一隅を照らすという文言があるが、ボキは照らす程の人間ではない。むしろ照らしていただくような人間である。他人から愛情をいただいて、照らしていただいて、やっと生きているだけの人間である。

感謝である。

それだけでも。

ふうううううううううむ。

今日もかなりまともに書いてしまったねぇ~。

今日は、Gymも休みだし、図書館は長期の休館に入った。あああああああああああああ。

行くところがない。退屈しのぎの場所が。

パチンコ行っても、カネがねぇし。

それにアレは、実につまらんし。

そうか、ごろごろ寝っ転がっているか。それくらいしかないか。

 

それにしても、つまらんジジイですなぁ。

さ、これくらいにしましょ。

健康に悪いから。

グハハッハハハハッハ。

 

Bye-bye!

 

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東千葉駅前、トイレ、江戸時代春本、上野千鶴子センセ・・・びっくりびっくり

2016年02月14日 09時48分46秒 | 超やさしい本の話

千葉駅の一駅前から歩いていった。便秘防止のためにである。便秘というと、トイレ事情というものに非常に関心があるのだけれども。外国も、飛行機でも。ボキの場合。マジに。

 

 

(*_*) マイッタ

昨日はボランティアでやっている歴史関係の会議と、文化講座と古文書講座のお手伝いで千葉市に電車で行っていた。だからすっかり疲れてしまって、昨日の夜はばたんきゅう~であった。バカブログの更新をするのを忘れてしまうくらいに。

なにしろ千葉市は遠い。それに九十九里浜から見たら大都会である。美人も多い(かなり主観が入っているけど)。美人が多いから、千葉駅まで行かない。

その一駅手前の東千葉駅で下車する。

なんでか。

歩くためである。Walkingをするためである。でないとうんちもでなくなる。便秘の原因も、運動をしないことにあるんでっせ。知っていましたか?今朝、NHKの「チョイス」という健康番組でやっていたから、さっそく知ったかぶりをやっているだけだけど。

それに、東千葉駅には人がいない。なにも千葉駅手前でわざわざ降りて歩いているもの好きはいない。もっとも、東千葉駅の周辺にはあまりにも有名なかつての歓楽街の栄町がある。こっちは夕方から栄える町である。

わははっはははっははっはははっは。

だから、午前中の10時から会議があるってぇわけで、誰もいない東千葉駅をとことこ歩いていたわけである。

繁華街の通りは、夜はともかく、朝は実にさみしいもんである。栄枯盛衰の跡である。驕る者はなんとやらで、昨日の夜に遊んでいた輩の栄枯盛衰の「枯」と「衰」の部分だけが残っている。こういう風景はいいもんである。ネオンが枯れてしまって、あらゆる遊び場所がやっと眠りについてきた時間帯である。

ボキは、もうそういう場所には行かないし、行けない。関係ないからである。それにカネもねぇのだ。なにしろ天下御免の年金生活ジジイである。年金はくだらないことに使っちゃいけねぇいけねぇ。有効活用である。そして、時間が余ったら、ボランティアでもやって世間に恩返しである。マジに。

ついでに言えば、年金暮らしになってから、食も細くなった。ゼータクなもんを食っているカネがネェのだ。あたりまえである。それなりに生きるしかないからだ。

NHKの「チョイス」でも言っていたが、これもまた便秘の原因だそうな。高齢になると、歩かない・食事が細くなる・水分を取らない等々でもって段々と便秘になるとのことだった。

これって、大事なことですなぁ~。

で、なにをつらつら書いているのかというと、また外国に行くからである。遊びに(ちょっぴり語学の実地訓練もあるけど)。それで海外に行くと、生活時間帯が違ってくるからしんぺぇなのである。それに国によっては、トイレ事情が違ってくる。

ウオッシュレットがない国が圧倒的に多いからだ。外国のけっこういいホテルでも。

ウオッシュレット統計なる統計も見ていた。さっきまで。

さらに飛行機のトイレ種類別統計も見ていた。ビジネスクラスなら、ウオッシュレットがついているとあった。しかし、それは日本のJALとかANAの飛行機くらいなもんであった。

去年カナダ・アメリカに行ったときは、ビジネスクラスで行ったのであるが、エアカナダのトイレは普通のトイレであった。

くだらないことだが、それでもって便秘になってしまうくらいに、ボキのおしりは軟弱なんである。

バカみたいですな。

もっともバカそのものか。

バカでなければ、こんなもんでもってブログを開設するわけもないですからなぁ。

午後から文化講座と古文書講座があったので、そのまま、コンビニで買ってきた弁当を食べていた。午後から、受付とか会場準備をやらせていただくからである。椅子出しもである。

コンビニ弁当と言っても、野菜サラダを一つ。それに三色弁当というやつ。プラスヨーグルトである。それを時間をかけてゆっくりいただく。

食べ終わってから、会場の千葉市文化センターの真向かいにあるパルコの七階にある書店に行った。

行ったら新刊書がいくらでもあって、(*_*) マイッタ。

欲しくてたまらんかったから、カードで買ってしまったよん。七冊も。今月末には、三番目のバイト先から振り込みがあるからだけど。歴史関係図書が多かった。最後に買ったのが、江戸時代の春本研究書。これにかの有名なる上野千鶴子大先生が、解説を書いていたのに二度びっくりした。上野先生が、こういうものに興味があったということで、ある意味ショックを受けてしまったのである。

わははははっははっはははっはは。

 

朝から雨である。

どうしようか。

午後からGymには行くが。

トレーナーから、ある運動を指導してもらうからである。

楽しみ、楽しみ。

それまでなにをやっていようかと思っているだけであるが。

ショッピングセンターにでも行くか。

なにしろじっとしていると、ビョーキになるっていうんじゃ、話にならないからである。

じゃぁねぇ~。

 

Bye-bye

 

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この本のタイトル(「できる男はうんこがデカイ」)どおりだなぁ~

2016年02月04日 13時09分43秒 | 超やさしい本の話

「できる男はうんこがデカイ」って、これ医者が書いたホンなんですぜ。最後っ屁だけど、「できる」から「うんこ」がデカイのか、「うんこ」がデカイから「できる」のか・・・・トホホ

 

 

11:35・・・・図書館にいる。

原稿の訂正作業をやっていた。

すらすらすらすらとやってしまったのだが、ふと思ったことがある。

それは、「できる男はうんこがデカイ」という本のことである。

確か、拙ブログでも書評まがいのでたらめ読書記録でもって、紹介した記憶があるが、いつ書いたか覚えていない。

いないから、また書く。

この本のタイトルどおりだなぁ~としみじみ思うからである。

なぜか。

それは大腸キャメラを呑んだから、ここ三日ほど、大腸が空っぽで、出るものが出なかったからである。出ても恥ずかしそうにホンのちょっとだけ。

これじゃ~、パワーが出ない。

当たり前である。

食うモンも食っていないで、なにがパワーぞ!

きちんと食っていないと、男は黙って仕事もできねぇのである。

まさか草食動物ではあるめぇし。

草食ってばかりいたら、パワーが出ないではないか。

山羊や、兎ではないんだよ~ん。

だから、「できる男はうんこがデカイ」のである。

今朝、巨大なものがボキのおしりから、にょろにょろと出ていってくださったからである。思わず、合掌してしまったよん。

ボキのうんちにである。

ちなみに、ボキんちのトイレは、むろんウオッシュレットである。さらに、便座を立つと自動的に流れていってしまうから、「さよ~なら~」と言っていなくなっちまう。

瞬間的な合掌であったけど。

ま、健康な証である。

パワーが段々蘇ってきたし。ボキの場合。

しかもあれだな、アピール度も増してきたし。

原稿を書くってことは、パワーとアピールしたいっていう欲望がないとアカンですな。でないと、天に向かってつばを吐いているだけになっちまうから。

もっともあれか。

そもそも天に向かってつばシテいるのと大して違いはないか。

ジジイのさみしいバカブログだから。

でもあれだね。

「できる男はうんこがデカイ」って、これ医者が書いたホンなんですぜ。

最後っ屁だけど、「できる」から「うんこ」がデカイのか、「うんこ」がデカイから「できる」のか。

ちょっと疑問に思うのだけれども。

 

どーでも良いような話ではある。

 

さ、さっき編集者の方に、原稿5本、メールで送ったので、自宅に帰ります。

もしかして、ボキは、できるジジイかもしれないから。

 

 

わはははっはははっははははっははははは。

 

※(藤田紘一郎著 「できる男はウンコがデカい」 宝島社新書)

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タイに行って、美しくて優しい美人を見てみたいですなぁ~

2016年01月25日 13時48分54秒 | 超やさしい本の話

ゲッツ板谷の「タイ怪人紀行」が、タイ美人へのあこがれを触発したようで


 

まだタイ国に行ったことがない。チャンスがなかった。それに財務省担当の古女房ドノが、行きたいと言わない。言わないから、行けない。なにしろカネは全部あっちが持っているからだ。

しかし、タイに行ってみたい。

なぜか。

言葉が実にやわらかく響いてくるからだ。そうなのだ。タイ語を話している方々の会話を聞いたことがあるからである。

発音が独特である。そして、やさしい。さすがに、微笑みの国であると思っている。ここらあたりは、日本の荒々しい近代女性とはまったく違っている。冬の真っ最中に、おバカ丸出しのミニスカートはいて、生足でもって闊歩しているバカとは違う。

あくまで身体を被うものを着ていて(おバカキャラねーちゃんのような半分裸になっているようなものは着ていないから)、まちがっても太ももをあらわにしているようなドレスなんか着ない。

こういう精神はいいものである。

世阿弥の秘すれば花である。この精神である。

なんで、タイに興味を感じ始めたかというと、実は理由がある。老人大学で、仲間数人と古着の回収ボランティアをやっているのだが、それをfacebookで広報しているのである。私が。広報担当で。

それでタイの方々が、興味を持ってくれて、数人の友達ができた。さらに、そういうタイの方々のグループにも入れていただいた。許可制であるから、誰でも参加できるわけではない。そのグループが、なんと5400人もおられるのだ。

マイッタ。

タイ語はまったくできないし、なんと書いてあるのかも理解できない。翻訳ソフトを使ってもダメである。

だから、書いてあることをひたすら眺めているだけである。

情けない。

で、だんだんとタイに興味を感じ始めたのである。隣のマレーシアとか、シンガポールには行ったことがある。四年前に。

タイにも行っておけばよかったなぁと思っている。

ただし、今後はわからないが。

タイとはご縁がある。

一番最初に大学学部を卒業した時に、就職試験を受けた。ある旅行会社であった。一次試験、二次試験と通過して、面接となった。それでいそいそと出かけて行ったのである。

面接で言われた。

「君には、チェンマイ支店に行ってもらうから」

「えっ?」

驚いたのである。

まさかの海外勤務であった。最初から。しかもタイである。行ったこともないし、チェンマイに関する知識すらなかった。

びびった。

結局就職を諦めた。お断りをしたのである。あの時、そのまま旅行会社に就職していたら、今の私はない。九十九里浜に棲息していることもなかっただろうし。それよりなにより、タイの美人と結婚していたかもしれないなぁ・・・・。その方がよかったりして。

がははっはははっははっははっははは。

冗談だけれども。

でも、チェンマイなら行ってみたいですな。

タイという独特の文化にも接してみたい。若い時とは違って、海外旅行というのが違った意味を持ってきているから。遊びの延長という意識はまったくなくなってしまったので。

もっとも、財布を握っているのが古女房ドノでは遊びに行けるわけもなし。

ゲッツ板谷センセの「タイ怪人紀行」を読んでいると、ますます行ってみたくなっちまうからである。

これくらいにしましょ。これくらいに。

 

また書きます。

 

Bye-bye

 

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内館牧子センセの「養老院より大学院」(講談社)である。

2016年01月23日 16時49分57秒 | 超やさしい本の話

オイラは、「大学院」より「養老院」だったなぁ~、その準備もしているし・・・トホホ

 

 

昨日は千葉市に宿泊した。今日の第三のバイトのためにである。万一、鉄道がエンコして(?)動かなかったら、しょうが無いからだった。

実にオイラは、慎重な性格である(自分でいうか)。あるところに行っていた。内容は言えない。

犯罪ではない。バイトである。バイト。学校関係。時期が時期であるから、いろいろオファーがあって、商売繁盛しているのだよん。ありがてぇなぁと思う。

泊まったホテルは、じゃらんで予約したんだけど、相変わらずボロボロであった。もっとも千葉市で一番安いホテルだったからしょうがないか。一泊4010円であった。

現役時代に、一度泊まった記憶がある。その時以来だから、ボロボロにもなるわけだ。

食事はつかないから、夕方、線路沿いにあるガート下の食堂に行った。なんだか新宿のハモニカ横丁みたいで、うれしくなっちまった。

長崎ちゃんぽんの野菜バージョンというのを喰った。美味かった。実にこういうの久しぶりに喰った。6年ぶりだな。長崎に友人と行ったときに喰ったっけ。食い足りなくて、さらに屋台みたいな店でアルコールをがぶ飲みしていたけど。

で、ここだけの話、古女房ドノには絶対言えないけど、ビールを少しだけ飲んじまったのである。これもまた美味かった。でも、ビールを少しだけと言っても、ちょうど一合だけである。たった一合のビールが、こんなに美味いとは・・・・・いけない、いけない、また病気になっちまう。いけないことはしちゃいけないんですな。

(_ _ )/ハンセイ

それから、千葉市にある古書店チェーンで、買ったのである。「養老院より大学院」という珍書を。最初、逆だと思っていたから始末に負えない。つまり、「大学院より養老院」だと思っていたからである。それならわかる。大学院なんか行っても、趣味であるから、利益を生み出さないではないか。ましてや、ジジババになってからそんなところに行ってもしょうがねぇだろう、このバカと叱られているような気がしていたからである。

しかし、それは完全に間違いであった。

そんな程度なんだなぁ、オレの大学院理解なんていうのは。だから中退せざるを得なくなってしまったのだよん。バカは、バカである。どこまでいっても。

タイトルのことをこれから始める。

内館牧子センセの「養老院より大学院」(講談社)である。

快著である。実に気持ちのいい本である。

知ってのとおり、センセは、相撲基地外である。オナゴには珍しいタイプである。

一流の脚本家であるのに、54歳で、東北大学大学院修士課程に学びなおしのために入学したのである。そして、3年かかって修士をとったのである。

凄い!

なんてたって、東北人には憧れの東北帝国大学である。

東大、京大、東北大というのは、日本の御三家である。エリート校である。スーパーがつくくらいの。我が母校(高校)からも。私の時で27人しか合格していないのである。母校は山形にあったから、仙台の東北帝国大学に進むことは、憧れの的であり、まさに受験カーストをひっくり返したという伝説の対象にもなるからだ。

それにセンセは受かったのである。

たいしたもんである。

社会人受験生と言っても、語学のレベルが半端ではない。

「養老院より大学院」には、その超一流の東北帝国大学大学院での講義や、ゼミのレベルがこれでもか、これでもかと紹介されている。

しかも、一次資料をどれだけ読みこなせるかということが書いてあって、時には、寝袋持参で外国文献を読み漁る様が紹介してあった。

うなるしかなかった。

我が身のことを比較してしまったからである。

こんなオレじゃぁ、所詮無理だったんだよんと思った。一次資料も、古典の古文書から読まなくちゃならなんし、英語はまだしも、中国語となるとチンプンカンプンであった。

あああああああああああああああ。

無理無理。

ホテルで慨嘆していたんである。

アルコールのせいではない。

Kindleを持っていったので、シングルルームで坂本冬美を聞きながら、ナミダを流していたんである(どーも嘘っぽいなぁ)。

それがいつのまにか、Kindleちゃん、モーツアルトに変わっていたから、電源を落としてしまったけど。それに、モーツアルトを聴き始めると、寝てしまうからでもある。

まだシャワーもあびていなかったし。

そういうわけである。

今日は、おとなしく寝ましょう。

古女房ドノもいないし。

でかけるって行っていたから。

たまには一人でぽつねんと過ごすのである。坂本冬美を聞きながら。

まちがってもモーツアルトなんか聴かない。

あっと言う間に「養老院」送りになっちまうので。

 

ぎゃははっはははっははっはははは。

 

じゃぁ~~~~~ねぇ~~~~~~

 

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「逝きし世の面影」という本を読んで、実に明るい気分に

2016年01月22日 09時12分25秒 | 超やさしい本の話

陽気に生きるためのコツが、この本には書いてあるねぇ~

 

 

渡辺京二さんの著書である「逝きし世の面影」という本を読んで、実に明るい気分になった。この本はかの高名なる東大教授の養老孟司先生の本で知ったのであるが、実にいい(「世につまらない本はない」朝日文庫)。

こういうきっかけが大事である。読んだこともない本を教えてくださるのだから、これだけでもありがたいではないか。知ったかぶりをしていたら、こういうことを知るチャンスがなくなっちまうのである。だから謙虚に生きなくてはならないと思っているのだが。間違ってはいないだろう。たぶん。

しかし、渡辺京二さんの本は、いい。なんてたって、日本民族が明るく楽しく、なんでも幸福に物事を受け止めて生きてきたということを、多くの外国人の目からこれでもかこれでもかと書いてあるのだ。

快書である。

特に、第二章がいい。「陽気な人々」という章である。ちょっと引用してみよう。

「19世紀中葉、日本の地を初めて踏んだ欧米人が最初に抱いたのは、他の点がどうあろうと、この国民はたしかに満足しており幸福であるという印象だった。ときには辛辣に日本を批判したオールコックさえ『日本人はいろいろな欠点をもっているとはいえ、幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる』と書いている。」

どうだろうか。

じつに体感的に納得できるのではないのか。

要するに日本民族は、こだわりというものがないのだ。一遍チャラにする能力に長けているのだ。だから、戦争に負けても、いったんチャラにして、戦後の経済競争を勝ち上がってきたのである。そう思う。

さらに、忘れっぽいのではないのか。

知人で、出産を経験した方がいみじくも言っていたが、出産の痛さも忘れちゃったわよんという発言を聞いたときもそう思った。こっちは。もっとも、私の古女房ドノにはそんなことは聞けない。聞いたら、パンチが降ってくるからだ。

わははっははっはっはは。

この渡辺京二先生の本には、イザベラ・バードが東北を旅していたときのことも書いてあった。日本人は、イザベラ・バードの荷物を持ってくれても、見返りを求めないのだという。イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird, 1831年10月15日 - 1904年10月7日)は、イギリスの女性旅行家、紀行作家。明治時代の東北地方や北海道、関西などを旅行し、その旅行記"Unbeaten Tracks in Japan"(日本語題『日本奥地紀行』『バード 日本紀行』)を書いた。

なるほどである。

お役に立てばいい、それだけだというのは日本人共通の思いではないのか。

だから、日本人は陽気で親切なのである。

こういうのが、どっから来ているのか。

「ご恩返し」の精神ではないのかと、昨日ふと思ったのである。

ここまで生きてきたのも、周囲の方々にご迷惑をおかけしてきたからこそであるという精神である。だから、どんなに周囲にいじめられても、なじられても、厳しくオレやワタシを指導してくださったのであると思うことに長けているのである。日本人は。

したがって、「ご恩返し」をすることが生きがいになる。

福祉の根本はこれであるとも、昨日知った。福祉の仕事の紹介をしている書籍を県立図書館から借りてきたからである。昨日のうちに全部読んでしまったが。

シャープの創業者早川徳二がそうであった。福祉に貢献した経済界の大立て者である。彼は、それこそ貧困の中を生きてきて、シャープを創業した。しかも、関東大震災でもって妻と子を喪った。一から出直しであった。

シャープは、現在経営の面で四苦八苦であるが、創業者の志だけは稀有のものがある。

私も、「ご恩返し」をしなくちゃならんなぁ~。まだまだお返しをしていない。中退した大学院とか、あちこちの学会とか、バイト先もそうだ。

もっとも、あれだな。

オレのような、なんの取り柄もないただの一介の庶民にできることは少ない。

少ないならないで、それもまたありである。

ささやかに生きていこうと思っている。

それしかないし。

今日は、三つ目のバイトでもって千葉市に行かなくちゃならない。

これもまた「ご恩返し」であろうなぁ。

ありがたいもんである。

天候が心配だが。あちこち。

ま、陽気に生きていきましょうや。

それくらいしかできないから。

 

(^.^)/~~~

 

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「秘境ブータン」の文庫がローソンに来たので

2016年01月16日 08時54分27秒 | 超やさしい本の話

旅は生きているうちに行かないとアカンですなぁ~

 

 

「秘境ブータン」という本をAmazonから買った。昨日来た。来たというのは違うな。ローソンに来た。来たから取りに行ったというのが正解だな。

県立図書館から一回借りたのだが、あまりにもボロボロで触るのも遠慮したくなるほどであったから、買ったのである。しかも、珍しく新品で。岩波現代文庫で出ていたのである。

写真が楽しい。

養老孟司先生がはまるのもわかるような気がする。

行ってみたい。

なんでか。

私の少年時代の東北みちのくのような雰囲気があるからだ。

つまりおおいなる田舎である。

素敵な田舎である。

近代的な旅行もいい。それはそれなりにいい。去年行ったカナダ・アメリカの旅もまたいいものである。自然を満喫してきたから。

しかし、去年行った山形県の肘折温泉も良かった。ひなびた田舎の温泉で、内湯が3つもあって、部屋は6つしかないスモール旅館であった。朝市もやっていて、山形の食材も手に入る。

こういうのがいい。

ジジババになったら、湯治にでかけるのが一番の贅沢である。

そう思う。

ただし、東北は遠い。

千葉からだと実に遠い。

自分で運転していくから余計に遠い。

ふるさとだからと言っても、遠いものは遠い。

でも出かけてしまう。

なにしろ癒やされる。

もっとも、癒やされるほど仕事してないけど。あたりまえである。ただの、バイトジジイであるからだ。仕事は無いからだ。

もうそんな世界とはおさらばしたからである。

こういう考えであるから、本当は若い人と話はしたくないのだ。悪影響というのもあるだろうから。しかし、経験だけは語ることができる。現役だった時代のことは。

先日、バイト先の大学から授業評価が送られてきたけど、あれは参考になった。評価が実に高かった。試験のときも、「とーま君のようなヒトと一緒の職場に就職したいです」と書かれてあったし。だから、それはそれで希望をも伝えているつもりである。

教職は、楽しい、生きがいのある仕事ですよと。

ブータンも行ってみたいが、イタリアも行ってみたい。行ったことがないからである。

計画中である。

楽しく、生きていきたいとしみじみ思う。

だって、生きていなくちゃ旅にも行けないからである。人間は、100%死んじゃうのであるから。

生きているうちが花でございますよん。

 

Bye-bye

 

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図書館から本を二冊借りたが、あまりもボロボロでAmazonに発注した

2016年01月14日 08時02分25秒 | 超やさしい本の話

たまには真面目なことも書いているですな

 

 

中尾佐助著である「秘境ブータン」なる本を、県立図書館から借りたのである。しかし、ボロボロで読むのがかわいそうになった。それくらいボロボロなのである。

触るとなよなよと崩れ落ちるような日本的美女のようである(もっともこんなオナゴはもういねぇか)。だからあまりにもかわいそうになって、昨日の夜Amazonに注文した。そしたらなんと文庫の新刊で売っていた。知らないというのはたいしたもんである。

明日あたり家に来るだろう。

楽しみである。

しかしである。ボロボロな本というのは、かわいそうだが、こりゃオレのようなジジイにもあてはまるなぁとも思った。オレもボロボロじゃないかとも思っているからである。否定はできないからである。

「狂気の現象学『引き裂かれた自己』」も注文した。こっちも図書館から借りたのだが、ボロボロであったからだ。既に読んでノートにもとったが、なにしろ借りた本であるから、マーカーで線を引いたり書き込みもできない。だから、Amazonに注文した。

こっちの方は、フロイトよりもいい。フロイトは、性をキーワードにしているが、R・D・レイングは違う。分裂気質というのがキーワードになっている。あまり心理学は好きではないとしばしば書いてきたけれども、この本のような書き方はちょっと違う。東大教授であった養老孟司センセも、この本で自己分析をされたという。医学部の学生時代に、やや精神的に迷いのあったときにこの分析でもって、治してしまったという。なるほどである。それくらい良書である。もし、精神的な問題でいろいろ悩んでおられたら、読まれた方がいいかもしれない。

朝食をいただきながら、100分で名著(NHK)の「内村鑑三」を録画していたので見た。第二回目であった。上杉鷹山と二宮尊徳を扱っていた。

上杉鷹山は私の母校を作ってくださった方であるから、私にはおなじみである。

問題は二宮尊徳の方だ。

ナニが問題だったかというと、録画を見ながらハタと気がついたことがあったからである。

例の、薪を背負って歩きながら読書している姿にはっとしたのだ。あ、これは「ながら読書」のチャンピオンであると感じたのである。

そうなんだ。

二宮尊徳センセもやっていたのである。

「ながら読書」を。

ながら***でやっていると、なんだか恥ずかしかったのであるが、それでいいのだと思ったからである。

机の前に正座して読むような本がないから、それでいいのだと気がついたのである。

そもそもそんな低レベルである。

うううううううううううううむ。

たまには真面目なことも書いているですな。

今日のアタシャ。

 

さ、今日も天気がいい。

午前中は図書館に行く。

Walkingを兼ねて。

原稿を書く。

図書館が一番いい。

落ち着くからだ。

 

じゃぁねぇ~。

 

(^_^)ノ””””

 

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桃尻語訳「枕草子」を買った。Amazonから。

2016年01月05日 20時45分46秒 | 超やさしい本の話

文庫本三冊全部持っていると思っていたら、無かった。もう惚けがきているんかいのぉ~

 

 

桃尻語訳「枕草子」をさっきAmazonに注文した。

河出文庫になっているもんだが、かの有名な橋本治センセの名著(迷著?)である。

なにしろ楽しい。

東大国文科を出ているのに、まったくおふざけ半分で書いているような感じがする。しかし、この本を嘗めちゃいけない。橋本治センセのすぐれた学識が、あちこちと出てくるのだ。

こういう感じで古典を勉強していたら、迷路にさまようことはなかったなぁと思う。

で、今日気がついたのが、文庫を一冊しか持っていなかったということなんで。

上巻しかなかったのである。

中巻、下巻を持っていなかった。

書庫で確かあったはずだが・・・・と思って探していたんだが、無かった。

無かったから、さっきAmazonに注文したのである。情けない。

全部買ったつもりでいたのが、実におかしい。

とうとう、惚けがきたのかと思った。

ま、いいか。

私の読書は、楽しみでやっているだけだから。

 

じゃぁねぇ~。

 

(^_^)ノ””””

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せっかく県立図書館でゴミ論文を書こうとしたら、もっと面白い本があって

2015年12月10日 17時39分37秒 | 超やさしい本の話

「古代の歌―アジアの歌文化と日本古代文学 」という本に感動していたのだった、けふは

 

この本である。

万葉集と古事記、中国の少数民族の呪術と呪歌をあつかっているのだが、著者のことは初めて知った。私なんかよりはるかに若いが、かなりの研究者とお見受けした。

これから大学教授として成長されていくのであろう。まだそこまで行っておられないが。

この本にDVDがついていて、それは県立図書館といえども貸してくださらなかったので、しょうがないからカウンターの脇で見させてもらった。

むろん、メモを取りながらである。死者と生け贄、呪歌とお経、踊り等々に見入ってしまったよ。

こういう視点から、民俗芸能をみてみるのも、楽しいもんでしょうなぁ~。

この本自分でも買ってみたくなったが、Amazonの中古本でも16000円する。これじゃダメでアル。諦めた。

退職する前なら、買えたかもしれないが。

ああああああああああ、クヤシイですよん。

 

 

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夜空の星と消え去る運命しかないのだろうけど、源氏物語の読書カードも

2015年12月10日 11時52分28秒 | 超やさしい本の話

この写真は、源氏物語関係の読書カードでござる。

ずいぶん古いカードだけれども、まだ捨てられないでいる。

思い出のカードである。

思えば、恩師の石田穣二先生からずいぶん厳しいご指導をいただいたものであった。

学部生時代だから、50年近く前になる。

あの頃から、懶惰な学生であったのだなぁ~。

当然、学部の時に在籍した大学大学院には進学できなかったから、就職した。ある意味、諦念の所業でござりましたよん。

だから、その後、別の大学大学院で修士をとったのが奇跡であったのだ。さらに修士をとった時とは別の大学大学院で博士をと願ったが、まさに願いだけだった。学業劣等で、夜空の星のように消え去ってしまったからだ。

星はもろくも夜空に消えていってしまったのだ。

それもまたありである。

死んだら、ミンナ消えていくのだから。

 

(^-^)/

 

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昭和55年に購入した武田祐吉先生の「万葉集全講」がなんと1円で売っていた

2015年12月02日 17時20分53秒 | 超やさしい本の話

今朝、walkingで放送大学の講義「古事記と万葉集」を聞きながら、歩いていた。

放送大学は、私の生涯学習スタートのきっかけを作ってくださったありがたい大学である。

だから楽しく聞いていたのだが。。。。。

家に帰って、万葉集関係の本を探したらかなりあった。その中で、一番思い出があったのが「武田祐吉先生の『万葉集全講』」(明治書院)である。ウラを見たら、5800円と書いてある。上下二冊ある。だからその倍の値段である。

昭和55年に購入したのだから、かなりの出費であった。まだ私の給料も安かったし。あ、今はまったくのサラリー=無収入である・・・年金しかもらっていないから。

で、それではAmazonでいくらになっているのか?と調べてみた。

それがタイトルのように「1円」なのである。

(*_*) マイッタ

 

専門書なんてこんなもんなんだろう。

ダレも買わないだろうから。

でも、この本でもって万葉集入門をしてきた私には、ちょっとばかり残念な気がする。それに、私の書庫にあるゴミのような各種専門書も全部捨てられてしまうのだ。なんとも、なんとも、人間のすること、したことなんて無意味ですなぁ~。

どうせ滅びるだけでありまするよん。

 

あああああああああ、バカバカしい。

 

さ、これから中国語講座である。

タノシミである。

gymでもNHKの中国語講座を聞き始めたし。ラジオの方。

趣味でやっているだけだから、それに友達づくりで行っているだけだから、暇なジジイでございますよ。

 

じゃぁ~ねぇ・・・・(;_;)/~~~

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/