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備忘録 雑感

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全日本講評 個人総括編2

2016-03-22 10:20:25 | 日記

チャレンジ通算9回目となった

第42回全日本大会を

43歳で迎えた。

(こんなことも記録にとどめておかないと覚束ない)

 

30-31歳(2003年、愛知世界選手権2年前)に

明確にAクラスへの正式参戦と全日本へのチャレンジを決めた。

(30歳でバレーボールと訣別したので)

 

そして自分なりのトレーニングをすすめてきて、

6年前の愛知開催(菅沼・守善)でのチャレンジ・悔しさが

その後も継続するための大きな転機となったと覚えている。

そのときに

50歳までのチャレンジ目標も描いたと記憶している。

 

チャレンジ初期は、「7000m」などのコース設定におののきつつも、

苦手な走力トレーニングに取り組み、

定期的な3000mや計測スプリント競技にも参戦してきた。

 

経過6回目の福井において、

独自に決めた「入賞」ラインに届いたことと、

また別に全日本リレー愛知県選手団入りを目標に加えたことによって、

「走力(持久力)」以外にも「技術」も気にするようになった。

 

40A初戦の菅平は、少々特殊な設定だったので、

事実上8回目のチャレンジとなる

昨年の福島全日本が

走力・技術力併せて試す初機会ととらえていた。

 

しかし、直前の愛知インカレでの負傷。

その翌週・翌々週も無理に大会出場して挑んだ福島。

結果、キロタイム17分巡航135という、

何とか完走しただけの結果となってしまった。

 

その後、膝は回復したものの、

別の事情によってこの半年トレーニングできずじまい。

2月の岡崎合宿で、松澤さんに一押ししてもらったおかげで、

この一ヶ月は何とか心身ともに盛り上げて20日を迎えた。

 

土屋さん、岡野先生に次ぐくらいの時間に会場に到着。

スタート地区へ2回足を運ぶ間に、

身体も温まり始め気持ちが整ってきた。

スタート地区は事前予想の第3候補。

(諸君は第1候補としていたが)

おなじみの鉄塔だったので、ずいぶん落ち着く要因となった。

 

そして、スタートユニットにEカードをはめる時に思わぬことがあった。

 

ユニット上部に油性ペンで書かれた「スタート」

という自分の字を見つけたとき

まったく緊張していないことを自覚した。

緊張がほぐれたのではなく、自覚出来たたことが大きかった。

良いスタートを切った。

 

特に1ポは、

予想通りの尾根で、かつ行ったことのある場所。

2ポも”岡崎沼(湿地)”の一つとしていつも気をつけていた場所の奥。

ほぼ予定通りのすべり出し。

3ポで南に戻るも、スタート地区候補1からの1・2ポ予想で

絶対と決めつけていた尾根に上がる場所。

そして、ついに最大の楽しみのレッグへ。

4-5の尾根北上は何度も何度も失敗し、

復習してきたレッグ。

今回は尾根の乗り換え場所ごとに

西村さんらしい表現があり

とても安心して確認が取れた。

尾根上を早く走ることはできなかったが、

まさに堪能できた。

 

しかしこの序盤すぎあたりから、

予想を超えるレベルで

別事情による身体的影響が出てきた。

 

またこれも予想外のこととして、

Bヤブのあたりのうす暗がりで

15000の細かな地図が目に入ってこないことに気付いた。

尾根をたどるルートを意識的に選んだので、

実際にはそこまで支障はなかったが、

視力低下(左0.8~1.0 右1.5のアンバランス)問題は今後の課題となるであろう。

 

9-10の道走りでは、

もう早バテ始めていたが、

残り5レッグと気持ちを立て直す時間ともなった。

 

そして10-11の尾根たどり中、

多くのOB選手が西からやってきた。

そのあと給水所後の懐かしの自然観察の里方面への散策路でも

多くのOB選手とすれ違った。

 

また、このあたりは

家族でグループクラスで

おんぶしたりかついだり、休憩しながら寄り道しながらと、

さんざん難儀した想い出の地…。

戦前も何人かのOBと、

「想い出に浸らないように」とお互い注意していたが、

やはり集中力の低下からか余計なことに頭が行ってしまった。

 

それが影響してか、

例の太陽の小道で知っている道ながらも

分岐を見まちがえてロス。

多くの初心者がうろうろしていた難箇所は健在だった。

 

最後のバーベキュー場からは

もちろん予想通りであるし、

何も見なくても行けるレッグ。

 

こんなに

楽しめた全日本大会は今までになかった。

身体的準備不足で、結果には反省が残るが

ここまでの9年の流れの中では満足感が高い。

 

これも松井選手はじめ愛知県協会の皆さんのおかげ。

そして松澤さんや、多くのOBの先輩に刺激を与えてもらっているおかげである。

しっかり恩返しはしていかねばならない。

 

 

来年度の栃木大会においては、

下見などかなりの難題が予想されるが、

岩手全日本リレー・愛知県選手権への目標と併せて

3/31までには明確にしていきたいところである。

心身の状況を自覚し過ぎているので

逆にむずかしい状況である。

 

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