NPO法人土と風の舎

埼玉県川越市を拠点に『人と自然と地域をつなぐ』を合言葉に、園芸福祉活動をしています。

鳴子うり(真桑瓜)

2017-08-13 10:49:55 | 畑をみんなで楽しもう
去年、伝統野菜勉強会で講師の大竹道茂さんから、たくさんの江戸・東京野菜の種を貰ったことは、以前ブログでも書いた。今年はその種を大事に、いやいやこえどファーム流で自由奔放に育てている。その一つに鳴子うりがあるが、いよいよ収穫時期が近づいてきた。

記録によると江戸幕府を開いた徳川家は、元和年間(1615-24)に美濃国(現在の岐阜県)真桑(まくわ)村から農民を呼び寄せ、新宿の鳴子と府中是政(これまさ)村(現在の府中市)に幕府御用畑を設け、真桑瓜を栽培させた。元禄11年(1698)に新宿に宿場が開かれたこともあり、宿泊客目当てに栽培は次第に盛んとなり、鳴子で育てられたことから「鳴子ウリ」と呼ばれ、明治にいたるまで特産地として栄えた。当時の鳴子ウリは長さ10cmほど、太さは直径5~6cmで、へたのある元より末のほうが少し大きな小型瓜。外観は緑色で表面に細く濃緑のすじがあり、熟すと甘い香りとともに黄色に色づく。果肉は緑色で甘味に富み、甘いものの少なかった江戸時代、水菓子として貴重な果物だったそうだ。(JA東京中央会のHPより引用)

ところで、なぜ川越で真桑瓜なのか? 川越の地誌「武蔵三芳野名勝図会」(享和1年(1801年)稿)には、川越の産物のとして、索麵の次に甜瓜(金真桑・銀真桑)が挙げられている。川越でも江戸時代には真桑瓜が栽培されいたことが窺い知れるのである。と言うわけで、こえどファームでも当時に思いをはせ真桑瓜を栽培してきたのである。

11日には、試し穫りと称していくつか収穫してみた。早速、畑で食べてみたが、ほんのりした甘さでやさしい味のする真桑瓜だった。甘みの強い果物が多い現代ではビミョーな甘さだが、確かに甘いものの少なかった江戸時代には貴重な果物だったことだろう。メンバー曰く、「懐かしい味」だそうだ。調べてみると、完熟度はヘタが取れているかどうかで分かるようだ。普通は畑でヘタがとれているものから収穫するとある。本格的な収穫にはまだ少し早いようだ。




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