音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

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サイコキャンディー (ジーザス&メリーチェイン/1985年)

2012-09-30 | ロック (イギリス)


1984から1985年というのはロック音楽に取ってはとても不思議な時間だった。その要因は幾つかあって、まず、パンクの後を受けてロック界に様々な物議を醸し出していたニューウェーヴが略、1983年に終焉した。ポリス(この時点では解散していなかったが、もうそれは目に見えていた)の活動終了、U2の新境地出発、エコバニの完成度、そしてニューオーダーが手に入れた新しいサウンド。そもそもパンクは既成ロックへの弛んだ姿勢への反動だったらしいが、ニューウェーヴはロックと民族音楽やテクノ等、違う分野との融合がテーマだった。そしてその音楽はアメリカに蔓延っていたディスコサウンドを一掃することに於いては、本家のソウルミュージックとは利害が一致したのでその点に関しては意図も容易く、「サタデーナイトフィーヴァー」的なディスコサウンドは一掃できたものの、今度はニューウェーヴがディスコ・ティックで頻繁にかけられるようになった。そう、ディスコとはミュージックというソフトでなくダンスホールという場所、ハードのブームだったことにやっと気がついたのである。そしてそれを最も早くから把握し機会を待っていたのが、マイケル・ジャクソンとその周辺だった。だから彼はたった1枚のアルバムで1億2000万ものセールスを可能にしたのであった。

ところで表題のジーザス&メリーチェイン、通称ジザメリ結成の背景には、ニューウェーヴ直後にプリンスがロックとファンクを融合させたり、ポールウェラーがスタイル・カウンシルを、スティングがソロ活動をはじめるなど、ニューウェーヴ終焉後の、だが決して混沌とはしていなく、寧ろポッカリと大きな空間が開いていた時代にとても大きな問題提起を掲げてデビューしたイギリスのバンドである。彼らのメロディや歌詞は1960年代のガールズ・ポップを彷彿とさせるものだったが、一方で、この時代特有のノイジーなポスト・パンクのトリートメントで施されたそのポップ・ミュージックは、全編に渡りフィードバック・ノイズに彩られていた。これはそもそも彼らのコンセプトが前述の「60年代米ポップを、耳を劈くような轟音ギターフィードバックでデフォルメする」ことに目的をおいていた為であり、この趣旨はロックンロールの正統への揶揄であり、また、当時の主流になりつつあったエレクトロニカポップに対する警告でもあった。だからこのアルバム、まだポータブルオーディオで聴いている分には悪くないが、安物のスピーカーを通して聴くと、まさにただ単にノイジーなだけで、なんの価値もない。そんなところが後々「シューゲイザー」の始祖的な評価をされたが、筆者的にはそれこそが無理にある理論だと思っている。要は、リアルタイムにジザメリが出てきた環境を考えれば、この作品に込められたメッセージは深く、題してシューゲイザーは後付けであることがわかる。なんでこんなノイズがとリスナーは思うかもしれないし、筆者もその一人だが、当時これらの素晴らしい楽曲をノイズなしで発表したら、やはりその当時もかなり市民権を得ていた単なるポップ音楽懐古主義と同一されていたに違いない。その拘りこそがジザメリなのだ。

しかし、テイストは同じでも、遥かに60年代ポップスよりいい曲が沢山収録されている。だからそれはそれで残念だし、可能であればノイズなしにこれらの曲を聴いてみたい。そして、ロックの創始から四半世紀たったこの時期にも正統な後継者が、音をさらに進化させていたという過程をもっと楽しめる作品になると思うからだ。


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