趣味人Tの伝言

日々の趣味活動についてご紹介

松山の転車台

2017-02-21 | 転車台訪問

毎年10月に松山運転所で開催されているふれあいまつりにて転車台を見学してきました。

着々と移転計画が進んでいるためこの地で開催されるふれあいまつりもあと数回で見納めでしょう。

転車台は下路式のバランスト形18m級(G2-1)です。運転所の入り口から見えないこともないですが、細部の観察&動作を見るにはイベントがもっていこいです。奥の7000系は洗車体験に使用されていました。

銘板によると製造年は1926年(大正15年)、メーカーは横河橋梁でした。

爪受けは何種類か混在していました。かつては5線が接続していたようです。(現在は3線)

18mを超える大型車を回す際は車体がはみ出るため、ピットの外側に注意喚起で黄色く塗られたコンクリートブロックが並べてあります。今時の製造なら柵が標準装備になっているであろう部分ですね。

乗車体験の2000系が入線します。片運の先頭車が逆走…気動車ならではの芸当です。

架線は転車台の少し手前で終端を迎えているため「クモの巣」はありません。

手前側はブロックの代わりに黄色い破線が描かれていますが、イベント時は安全のためカラーコーンも立てられています。2000系は21m級なのではみ出し量はこのくらいが最大と思われます。

車両の端の方に座れば躍動感を楽しめるし、中央部なら移動量が少ないのでピット内をじっくり観察できます。ただし、ヤグラに当たる部分は視界が良くありません。それも1つの味と言えますがね。

所属する車両の4割が気動車なので移転先でも転車台が設置される可能性は高いと思います。

そう言えば道後温泉本館は10月から耐震補強工事に入りますね。営業は続けるみたいです。

最後に牽引車を観察

モーターハウジングのカバーが取り換えられている位で、その他は原型を留めているようです。

ところで牽引車の右にある丸い標識は何でしょう…?

横から見ると分岐器の転換装置の1つであるエスケープ式転換器にそっくりでした。

この標識は桁の施錠レバーと連動して回転するようです。

緑→桁を固定しているので入線可、赤→桁がフリーのため入線不可を現しています。

動画も撮ってみました。

施錠レバーの操作と共に標識が回転する様子が分かります。

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山寺の転車台

2016-11-21 | 転車台訪問

作並と山寺は20kmほどしか離れていませんが、どちらの駅にも転車台が設置されています。

両駅は仙山東線と仙山西線という別々の路線の終点として開業したため折り返し用に設置されました。

そして1937年(昭和12年)、仙山トンネルが開通したことにより両線は繋がり仙山線に改称されました。

作並-山寺間は開業当初から直流電化されていたものの、のちに日本初の交流電化に切替えられたのは有名な話ですね。山寺の転車台は駅の開業した1933年(昭和8年)に設置されたものです。

駅舎を出て右に2回曲がり、線路下を通り過ぎてさらに右に曲がると近くで見学できる道に出ます。

18m級のバランスト形上路式転車台です。ピットが深く危険なため全周に渡って柵が立てられていました。

線路や集電ケーブルは撤去されていますが、それ以外の部分は原型を留めているようです。

塗装表記も残っていました。最後に塗装したのは1964年ということで、半世紀以上前になりますね。

前述のようにピットが深く掘られているため、円周軌条は一段高い位置に敷かれています。

側壁の意匠が上段と下段で異なっているのが興味深い…

牽引車は昭和初期特有の箱型で、発掘された作並も同型でした。運転はちょっとスリルがありそう

大歯車にかかる部分のカバーが丸く切り欠いてある点が作並と異なります。

他の場所にある牽引車の窓枠はアルミサッシなどに換装されていますので、原型の木製窓枠が残っているのは恐らくここではないかと思います。トタン屋根は応急処置的なものがそのまま残ったんでしょうか?

作並の転車台と共に、仙山線の鉄道技術資産として土木学会の推奨土木遺産に認定されています。

今後も末永い保存を期待したいと思います。

p.s. 会津高原尾瀬口の転車台を更新しました。野岩鉄道開業30周年ツアー

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作並の転車台

2016-09-20 | 転車台訪問

8/28に作並駅の開業85周年記念イベントが開催されました。直前まで開催を知らなかったのですが、たまたま47NEWSを見ていたら目に留まったんです。すぐに切符を用意したのは言うまでもありません

レールスターの体験乗車と転車台見学会の参加者は、駅前で車に乗り込みぐるっと大回りして会場に移動します。会場はホームの目と鼻の先にあるのですが、安全上の配慮で線路は横断できないみたいです。

転車台の前には盛土で造ったお立ち台が出来ていました。なるほど、これは観察するにはもってこいです。

このお立ち台は転車台を掘り起こした際に出た土を使っているそうな。

階段を登って全景を拝みます。転車台は無煙化後は長らく埋められていたのですが、2014年に市民団体とJRの協力によって掘り起こされたそうです。その後、仙山線の鉄道技術資産として土木学会の推奨土木遺産に認定されました。奥の機関庫も認定されていますが現役設備なので近づくことは叶いませんでした。

18m級のバランスト型転車台です。主桁のレールは撤去されているものの、ほぼ完璧に近い状態で残されていました。牽引車は同時期に設置された山寺と同じ箱型で今や絶滅危惧種です。よく残っていたもんだ!

円周軌条もしっかり残っていました。撮影していて気になったのはピットの側壁の形状です。

桁の山側はコンクリートブロックと柱で構成された万代塀のような形状ですが、

ホーム側はフラットなコンクリート壁でした。試験的なのか後天的な改造なのかは不明です。

外周線路も完全に撤去されているのでどのような線路配置だったのかも気になるところですね。

レールは直締式の桁なので、枕木は元々ありません。

曲がりくねってるけどロック用の伝達ロッドや手回し棒もありますね。銘板は確認できませんでした。

端部には両側ノック式の爪とガードレールがありました。上に載ってる金具はなんだろう?

要所の錆を落として油注せば手動で回せそうな気もします。とにかく往時の姿を見ることができて満足です。

掘り起こされる前の姿はこんな感じでした(2010年)。近づけなかったので列車内から撮っています。

言われなければ気が付かない、やぐらの上半分が見えているだけの状態でした。

p.s. 弘前の転車台を更新しました。SL銀河青函DC号

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坂町の転車台

2016-07-11 | 転車台訪問

羽越本線坂町には旧坂町機関区の転車台が今も現役で残されています。現役と言っても年に数回しか活躍する機会はありませんが、動態保存されているだけでもありがたいことだと思います。

その貴重な転向をSL村上ひな街道号の運転時に見ることが出来ました。

嬉しいことに転車台の周囲が開放されていましたので、柵の目の前でスタンバイします。

電柱にぶら下がる釣鐘は機関区時代の名残でしょうか?使われなくなった給水塔の姿も見えます。

村上には転車台がないためELで編成ごと回送してきて転向を行います。

この転車台は18m級下路式のG2-1で、レールは枕木締結です。ロック機構は板スライド式。

機関区が機能していた頃は集電用のヤグラがありましたが、いつの間にか撤去されてしまったようです。

しかし牽引車は現役のようで、作業員の方が中に入っていました。どこから集電しているのだろう?

牽引車が生きているということは桁の内部にスリップリングを設置した可能性が考えられますが、幅が広い下路式ゆえに外からは確認できませんでした。中央支承を囲むような電線管が見えるだけです。

回し始めは人の手を借りて動き出しました。完全に手動だったらこんなに少人数で動かせるはずありません

十字マークと安全の文字はサイズが変わりながらも昔からペイントされていたようです。

回し終わりの微調整も人力を併用しています。モーターアシスト式転車台とでも言いましょうか…

手動用テコは牽引車の横を除く3ヵ所に標準装備されています。

近年まで残されていた扇形庫は老朽化のため取り壊されてしまいました。

手前に広がる線路は扇形庫に接続していた線路です。こちらもいずれ撤去されてしまいそうな佇まい

いかにも給水塔から給水しているような写真ですが、残念ながら遺構と化しています。

水源を辿っていくと敷地のすぐそばにある消火栓へと繋がっていました。

東能代で転向を見学した際は消火栓が近くになかったのか、消防車が出動していました。

車がホースをつぶさないようスロープもきちんと設置されています。

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本牧市民公園の転車台

2016-01-07 | 転車台訪問

根岸駅からバスで10分ほどのところにある本牧市民・臨海公園。

ここには旧横浜機関区高島車庫で使用されていた転車台が移設保存されています。

安全柵に掲示されている案内板によると移設されたのは平成3年のようです。

ピットは新設で円周軌条は桁と共に運んできたものと思われます。

流石に通電はしないものの、手動なら実際に動かせそうなくらい見事に復元されています。

サイズは18m級でバランスト形の上路式です。施錠機構は板スライド式のようでした。

キャットウォークは両側に付いています。全体が板張りで分かりにくいですがレールは枕木締結です。

訪問時は通行止めでしたが、以前は桁の上を歩くこともできたようです。

牽引車は屋根の大きな庇が目立ちますね。

作業灯はロックレバーを照らすように装備。

桁側のみ格子窓で、残りの3面は横桟付です。

窓上に銘板が貼ってありました。福島製作所製で製造年月は30 12と記載されています。

1930年なのか昭和30年なのかは不明です。

同じく福島製作所製の津山の牽引車は昭和29年製造らしいので昭和30年でしょうか

牽引車の正式名は二輪式転車台電動牽引機と言うらしいです。型式はF4型?

外周線路は2線分再現されており、車止めもちゃんとあります。

言われなければ移設保存とは思えませんね

第二種車止めの頭頂部に社紋が付いていました。一体どこのメーカーなんだろう…

転車台から繋がる線路の先にはD51 516も保存されています。

1941年(昭和41年)大宮工場にて落成、晩年は新鶴見機関区で活躍していました。

そういえば山北のD52 70が圧縮空気で動態復活するそうな(SLではなくCLとでも言いましょうか)

動くのは数十メートルですが非常に楽しみにしています。

このD51 516も動態化して転車台で回ったら…なんて想像しちゃいました。

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