ヤンバルと荒城の月

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粕屋少年航空兵墜落現場を尋ねて

2016-11-06 18:58:49 | 日記

竹田市宮城久保の粕屋少年航空兵墜落の地をママと訪れてみた。若干19歳で紫電改ごと体当りした場所は田舎の山中、現在でも車の少ない場所、記念碑には粕屋少年の写真が貼り付けられて居る、紅顔の美少年に涙せずには居れなかった。来年の護国神社参拝の後は全員揃ってお参りしたいと思う。電話番号の変更の知らせを主な友人達にする。今後は毎月、貯蓄して行かなければ成らない、ママと相談しながら一歩一歩と頑張る。これが俺の人生だ誰にも邪魔されない。次から次と出てくる難題にはホトホト疲れる、ママは現在、23年勤務になる、会社にて手取り15万円、最近受け取るように成った年金16万円これを2ヶ月を半分にしても8万円ある、平均で少なくとも22から23有る、馬鹿娘にこれを毎月せびられて来た実体が判明したので有る、馬鹿娘ももう30歳、母親にぶら下がる様な歳ではない、大阪の兄貴にも相談して縁を切ればと云う話に成った、ママが本当に縁が切れるのかが分岐点になるが今はその気に成ったようだ、ママの自己破産も視野に俺も考えて居るところだ、今日迄に散々、苦労の人生だったママの人生、俺も此れくらいの事で逃げる訳には行かない、何としても助けてやらなければ成らないと考えて居るところだ。俺はママを棄てる事はしない、此のママの窮状を救う事が第一と考えて居る。其れには何もかも打ち明けてくれる事が大切だ、この馬鹿娘、馬鹿息子から守る事が肝要と考えてママを説得して居るところだ。くじけるな俺が守ってやるから一緒に此れからの人生を切り拓いていこうなママ。馬鹿娘には天罰が下り地獄が待って居る事だろうけどもう俺とママは取り合う事もない。

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