えびす顔の造花卸売り問屋社長からの手紙

かすかな希望を抱いて幸せを自慢する尊大な日記。重複掲載御免。造花仏花の造花輸入卸売り問屋・卸専門ニューホンコン造花提供

新井さんを偲ぶ会エピソード「奇跡」

2017年03月07日 22時40分00秒 | 韓国・北朝鮮
 福島のみなさん こんにちは

 先日、大阪・生野で開かれた新井明夫さん、朴正泰さんを偲ぶ会での二つ目のエピソードです。

 新井さんは幼いころとても貧しかった。中学卒業後、昼間は印刷会社で働き、夜間高校に通った。仕事がしんどかったりで中退。しかし一所懸命に働き親方に認めら、20代で独立。構えた会社をどんどん大きくし、印刷業組合の理事長も長年務めた。印刷の国家検定の主任検定委員も10年以上務めた。そんな中、周りは大学卒業などの学歴のある人ばかり。中学しか出ていない引け目を感じ、社長業、理事長業で忙しい中、夜間の桃谷高校に入学。卒業後には同校の後援会長を引き受けた。活躍が認められ、厚生労働大臣表彰を受けた。その受章が報告されたある会で、自身を振り返り、幼いころ生活保護を受けていたことを告白し、

 「小さいころとても貧しくて、生活保護を受けていました。それがとても嫌で恥ずかしかった。しかし今の私があるのも、生活保護で助けてもらったお陰。無かったら今の私はなかった。日本には感謝している。表彰を受けたことで、少しはご恩返しができたと思う」と語った。

 日本と韓国、朝鮮の歴史を振り返る時、在日の方々が厳しい生活を強いられたその理由の一端が、新井さんが感謝していると語った『日本』にあるのは明らかです。そのことを新井さんは先刻承知の上で、日本への感謝を述べ、恩返しできたとまで語られた。受章報告での挨拶という場所柄、自らの無念の気持ちを封印されての言葉なのか、それとも本心からの言葉なのか、分かりませんでした。新井さんが元気になったら必ずお聞きしようと思っていたのに、そのお答えをお聞きする前に亡くなられた。これからもずっとその答えを探していきたい。

 こんな話を偲ぶ会に参加された皆さんの前で話しました。そして、その答えは永遠に分からずに終わるかとも思っていました。しかしそのあとに参加者の金吉浩さんが、この答えを皆の前で明かしてくれました。

 「岡田さんの問いかけ、実は私、新井さんから答えを聞いていたのです。私も本当に新井さんがどう思っているのか尋ねました。新井さんはこう答えました。『あの時日本は私を助けてくれた。ほかのどの人も助けてくれなかったのに日本だけが助けてくれた。そのことについて、歴史的な問題は置いておいて、感謝している。ご恩返しをしようと頑張ってきた。受章してそれが少しはできたと思う』」

 永遠に問い続けなければいけないと思っていた問い、はからずも新井さんの偲ぶ会で明らかになりました。奇跡が起こりました。

 もちろんこの新井さんの言葉だけで、日本の歴史的な責任、罪が軽くなるなんて微塵も思っていません。日本のことを自慢する気もさらさらありません。しかし、こういう言い方をするだけで反感を買うかもしれないけれど、新井さんの言葉が本心からだったのは、日本人としてとても嬉しい。

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