団塊オヤジの短編小説goo

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「羊と人間の関係」について考える

2015-01-16 06:55:21 | 歴史

羊は野生種の起源をたどれば250万年前の氷河期に、家畜としての歴史をさかのぼっても紀元前8000~7000年にはなるといいます。

人類最初の文字とされるメソポタミア文字(前5000年)にはもう牛とならんで羊を表わす文字があったといい、前4000年までには西アジアのみならずヨーロッパ、北アフリカ、中国にも家畜化がひろまっていたといいます。人類の歴史に羊は欠かせぬ存在だったようです。

アブラハムにはじまる旧約の民にとってはもちろん、大英帝国の富のいしずえになったのも羊でした。彼らに敗れはしたけれど、世界最強の艦隊をそなえて「無敵」の名をほしいままにしたスペインの富をささえたのも、コロンブスやマゼランの遠征費用を賄ったのも羊でした。

羊が人類の歴史をひらき、歴史をつくってきた。まさに「人類史の立役者」ともいうべき羊を、19世紀もすえの四半世紀に至るまで、普通の日本人は目のあたりにしたことがなかったといいます。

羊そのものではなく、高級毛織物ラシャがはじめて官許のポルトガル船で入ってきたのが1555年(天文24年、弘治元年)だそうです。

羊の毛を刈り、それを織ってラシャを生産すれば国家の利益になる。なんてことを思いたった平賀源内が、長崎から「緬羊(めんよう)」を入手し(長崎のオランダ商館では自給用の羊を飼育)、日本ではじめて飼育と製織をこころみるや、たちどころに羊が「痒い痒い病※」にかかり挫折したというのが1771年(明和8年)のことだそうです。

※疥癬(かいせん、英: scabies)は、無気門亜目ヒゼンダニ科のダニ、ヒゼンダニ(学名:Sarcoptes scabiei var. hominis)の寄生による皮膚感染症。湿瘡(しっそう)、皮癬(ひぜん)ともいう。日本ではヒツジの疥癬は家畜伝染病予防法における届出伝染病(同法の定める家畜伝染病以外の監視伝染病)に指定されている。知られている皮膚疾患の中で、掻痒は最高度である。

Wikipedia

政府が軍用の毛織をまかなうため、緬羊飼育振興対策に本腰を入れたのは明治になってからでしたが、これも失敗におわりました。明治後期に大流行した薄地で温かいウール素材モスリンもすべてが舶来品でした。

第一次世界大戦によって輸入がストップしてはじめて「100万頭増殖計画」を政策とし、紆余曲折をへつつ、第二次大戦前後の食糧難、物不足をあがなう資材としてようやく羊は「花形家畜」になりました。目標の100万頭を達成したのが増産のピークとなる1957年(昭和32年)だったというから、日本がいかに人類史において特殊であるかがうかがえます。

 

文献上、日本にはじめて羊がやってきたのは『日本書紀』推古天皇七年(599年)九月一日、「百済、駱駝一疋、驢一疋、羊二頭、白雉一隻を貢る(百済(くだら)、駱駝(らくだ)一匹(ひとつ)、驢(うさぎうま)一匹、羊二頭(ふたつ)、白雉(しろきぎす)一隻(ひとつ)を貢(たてまつ)れり)」にさかのぼります。

駱駝」は「ラクダ」、「驢」は“うさぎうま”と訓がふられているが「ロバ」のことのようだ。「羊」はそのまま「ヒツジ」で、「白雉」は“しろききぎす”と訓がふってあり、「白いキギス(キジ)」のことといわれます。

外交上のプレゼントになるくらいだから珍獣であったにちがいありません。

数少ないその後の史料においても、羊は政治臭をまとわせられた貢物でありつづけました。したがって、日常的に未方(ひつじのかた)、未刻(ひつじのこく)、未年(ひつじどし)などとはいいながら、庶民にとって十二支の「未」は、動物の「羊」とはまったく無縁でした。おそらく想像と観念の中にしか住んでいなかったと思われます。

たとえば、勅撰和歌集『千載集』にこんな一首があるそうです。

『栄花物語』の作者として知られる赤染衛門(956?~1041年)が山寺に詣でたときに詠んだ歌だそうです

 けふもまた午(むま)の貝こそ

 吹きつなれ

 ひつじの歩み近づきぬらん

午(むま)刻のこくに法螺貝が鳴った。その音色をききながら、屠所にひかれる羊の歩みのように寿命が刻々と尽き、死が近づいていることをしみじみと感じさせられた(午の刻の次は未の刻)

ほぼ同時代人である紫式部の『源氏物語』浮舟巻にも「羊の歩み」が出てきます。ヒロイン浮舟が薫大将と匂宮から熱愛され、板ばさみの苦悩から入水自殺を決意するという場面です。「川のほうを見やりつつ、羊の歩みよりもほどなき心地す……」

宇治川のほうに目をやりやりすると、死が間近に迫ってくるような気がするというのです。

典拠は仏典。『涅槃経』に「是れ寿命は……囚の市に趣きて歩歩死に近づくがごとく、牛羊を牽きて屠所に詣いたるが如し」と説かれ、『摩訶摩耶経』にも、牛羊が一歩あゆむたびに死に近づくよりも、人の命が刻々と死にむかうことのほうが疾はやいと説かれているといいます。

彼女たちは当代きっての才女ですが、王朝時代、そこそこ教養のある人々は、「羊の歩み」ときいては命のはかなさ世のはかなさを思い、無常の理ことわりかみしめたにちがいありません。

もちろん、「屠所にひかれてゆく羊」に救主の姿を仮託した人々が、はるかアジアの西のかなたにいたなどということは知るよしもなかったでしょう。

不可思議な羊の正体参考

 

したっけ。

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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (飛花ぽん)
2015-01-16 12:35:53
何羊!
二回目じゃない羊!
と、怒るな羊~
分かって貰えなかった吉田羊~~~。

紳士だったら知っている
服地はみゆきと知っている~♪
え?みゆきん?

昔は紳士服を買うと
立派なキャリングケースに入っていたけれど
今では、ほこりよけの薄いカバーだけですね。
安っぽくなったもんです。
服も安くて助かりますけれどね。きゃははは!

旦那~
いつものように
読みたくない部分は飛ばしちゃったよぉ~!
ブッブへブヘ!
羊の姿 (いまどき)
2015-01-16 12:56:02
毎年干支の人形を手がけますが、十二支の中で困るのが辰と巳と酉と未です。十二支の羊といえば、現在イメージされるふわふわの毛糸の羊ではなくて、顎髭をつけているちょっと山羊に似ているイメージで日本の土人形の源流ともいわれる京都の伏見人形で作られた山羊っぽい姿のが古い干支のイメージみたいです。それで私もその路線でモデリングしたのですが、作ったものが自分の手を離れたら何をいわれようが仕方ないとはいえ、某浅草の蕎麦の有名店(車海老の天ぷら蕎麦が名物)のツィッターで「今戸には羊がないから山羊で代用している」と書かれていてシュンとしてしまいました。
こんにちは^^ (きままなマーシャ)
2015-01-16 13:56:24
メソポタミア文明。
ティグリス川、ユーフラテス川。
政治経済は難しく感じて世界史や日本史の方が好きでした^^
羊はそんな古代から人との関わりがあったんですね。
それでも身近に感じられない理由も納得できました^^
古から生は儚く感じられていたんですね。
Unknown (みゆきん)
2015-01-16 14:13:55
羊は働き者です
未年の人は?
働かせられて食べられて、毛まで毟り取られる定め
儚いわ(ーー;)
★飛花ぽんさん★ (都月満夫)
2015-01-16 15:18:25
最初の4行を分かっていただけた感激!
飛花ぽんは必要だよう!
古いコマーシャルだね~。
今日背広も作業服みたいなもんだからね。
本文全部飛ばしたな~^^
したっけ。
★いまどきさん★ (都月満夫)
2015-01-16 15:20:59
そうですね。
一般庶民にとって、羊は想像上の生き物だったようです。
そこのところは微妙ですね^^
したっけ。
★きままなマーシャさん★ (都月満夫)
2015-01-16 15:24:01
学校では教えてもらえないことですね。
羊が平安時代に、こんな風にとらえられていたなんて考えもしませんでした^^
したっけ。
★みゆきんさん★ (都月満夫)
2015-01-16 15:26:31
羊は悲しい運命を背負わされたようです。
あなた、未年なの?
そうなの^^
したっけ。
Unknown (柴犬ケイ)
2015-01-16 17:29:23
都月さん   こんばんは♪

いつもありがとうございます♪
昔から羊は人間と関係が深かった
んですね。
今も羊は草を食べてくれて近くの市
と大学が管理して飼っている羊を2
匹盗んで留学生が1人はベトナム人
で後1人は忘れましたがそこの羊を盗
んで食べて逮捕されました。
★柴犬ケイさん★ (都月満夫)
2015-01-16 17:39:50
そうですね。人間とのかかわりは大昔からのようです。
羊を盗んで食べた!
よっぽどお腹がすいていたのでしょうか^^
したっけ。

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