たわ言

思いつくまま

慈雨という概念が大切

2017-06-19 14:56:03 | 日記
  ブロック塀越しに隣の家の邪魔をしている南天を切った。前回から5年ほどになるか。昔から鬼門に「難を転ずる」という意味でナンテンを植えたものだ。何の難か、歓迎する難もあるのに・・・?   葉っぱは案外かさ張る。細かく刻んだがゴミ袋一杯になった。

 畑は収穫物が種類も量も少なくなった。  カボチャも2番成りの花が咲いて受粉しているが着果が少なくなってきた。出来上がりは中菓「こなふき姫」が10個・長い「甘龍」が4・5個程度かなー。  

 明日の夜か、明後日にはいよいよ梅雨の雨がくるらしい。テレビの天気予報を聞いていると雨が邪魔ものの扱いをされているような気がする。恵みの雨、慈雨という考えがない。 都会の人々にとっては雨がいやかもしれないが、ダムの貯水率を考えてみたらよい。いよいよとなって騒ぎ立てるくせに・・・。 百姓にとっては雨はなくてはならないもの。記紀には天皇自ら神に仏に雨を祈られ、牛を生贄に殺したり、市を移したりしている。

 水道を捻ったら水が出てくるものではない。地方の水をかき集めて都会に送っているから成り立つもの。 雨に感謝するということも大切だ。     まいる

   
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