融通無碍 翼を休めてみませんか

新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

おいおい、ご飯が口から出ちゃったじゃないか

2016年11月30日 | 日記

 韓国の大統領がどうのこうの言われていますが、日本の首相は、自分の発言が自分でおかしいとは思わないのでしょうか。

 「ブレない」・・・

 この人は、自分が嘘など言っていないと思ってるようですが、これが嘘でないなら、自明性の喪失を来してしまいます。

 

 自分は嘘などついていないというのなら、理念を掲げて「TPP断固反対、ぶれない」と言ったのではなく、最初っから欺すつもりだったということになります。

 けれども、カルト・シンゾー君にしてみれば、自明性など喪失しているのですから、私の言っていることなど分からないということになるのでしょう。

 毎日新聞の記事ですが、噴飯ものです。

 「ぶれてはならない」・・・

 よくこんなセリフが口から出るなと思いました。いくら語彙が足りないとはいえ、以前言ったことと、セリフがかぶっています。多少、おどおどしているようですが。(画像をクリックすると、ニュース記事をご紹介できます。)

 日本国民の民意は、TPP反対です。だから自民党に投票したのです。それが常識というものです。自民党は、その国民を裏切った。

 何が「日本の固い決意」だ、それはシンゾー君の頭の中のことであって、TPP反対が日本の硬い決意なんです。選挙で大勝した自民党は、そのような自覚を持つべきではないでしょうか。しかし、何せ自明性を喪失しているのですから、それも無理だ。

 「国民のみなさんはTPP反対だけれども、私はこれこれこういう理由で良いものだと確信しています。だから、私はTPPを推進したい。もし、間違ったことが起こったなら、私は国民の皆さまに土下座をし、腹を切ってお詫びします・・・」それぐらいのことを言えば、まだ分かるというものです。

 そんな会話にすらならない。自分の発言に対する自覚さえないのですから。そして、常に責任転嫁を謀り、責任を曖昧にしようとする姑息さが見え隠れします。もはや、政治家以前の問題で、社会人としての一般常識すら欠如している感があります。


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今日は、アドヴェント第一礼拝でした

2016年11月27日 | 礼拝のご案内

 本日、11月27日(日)は、第一アドヴェント礼拝でした。午前9時からの教会学校は、ベルの練習、降誕劇の打ち合わせをしました。午前10時15分から讃美歌練習は、教会学校が少しずれ込んだために、行いませんでした。午前10時30分から礼拝を守りました。メッセージは「霊によってつながっていた」、讃美歌は「主は教会の基となり」(今月の歌)、「主を待ち望むアドヴェント」の一番を、「久しく待ちにし」でした。礼拝後は、祈りの一時、会堂清掃、お茶の一時があり、午後1時30分からは合唱の練習がありました。

 「ありました」というのは、前日、つまり昨日の土曜日に礼拝の予告とご案内の記事を書くことができず、日曜日の夜にこの記事を書いているからです。昨日は、降誕劇のシナリオを遅くまで校正したりして、ブログに日曜日の礼拝案内を載せることを失念してしまいました。申し訳ありません。

 ところで、クリスマスが近づき、教会では色々な仕事が増えました。また、鳥取や東北では大きな地震が起こり、お天気も雨の日が続き、寒暖の差が激しくて風邪を引きかけたりもしました。それで、何だか仕事もはかどらず、ブログを更新する時間もありませんでした。

 気になるTPPですが、自国の国益が損なわれるために、大国のアメリカですら批准することに反対の意を唱える人たちが多いにも関わらず、いまどき輸出するモノも少ない日本が、中小企業、小規模農業が打撃を受けることが分かっていながら、どうしてTPPを批准することに急いでいるのでしょうか。

 国会での審議も、野党が欠席する中、何もしないままで時間が過ぎるのを待ち、それをもって採決するといったことが自民党・公明党にとって行われています。国の重要な経済問題につながる協定であるにも関わらず、あまりにも稚拙、中身もない、ただ採決あるのみといった無責任な国会運営をしていることは、誰の目から見ても明らかです。

 政府与党は、誰の方を向いて政治ごっこをしているのでしょうか。グローバリストらの命令ですか、経団連企業ですか、それともどこかの宗教ですか。国民の方を見るべきではないですか。それができないなら、そんな政党はいらない。

 一事が万事、この調子ですから、世の中どんどん劣化していくばかりのように思えます。我が身を振り返り、自分も劣化しないように頑張らなければと思う、今日この頃です。

 


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「鏡のように映し出していた」

2016年11月25日 | 聖書のお話

「鏡のように映し出していた」 コリントの信徒への手紙一 14章20~25節

 子どもを叱るとき、気をつけなければならないことがあります。それは、子どもが叱られたとき、何がいけなかったのかを子ども自身が考えることができるような叱り方をしなければならないということです。子どもは、時に悪いことをしますが、悪いことと分かっていて、それをする子どもは少ないと思います。一方で、大人は悪いことを知った上で、それでも悪いことをするものです。

 コリントの教会の信徒たちは、異言をどう思っていたのでしょうか。それぞれは、自らの信仰が成長するようにとの願いから、むしろ積極的に異言を語っていたようです。その結果、自己中心的になり、他者への配慮が欠けていました。パウロは、自分のしていることが悪いことであるとは考えもせず、それをし続けるところが、まるで子どものようであると言っているのかもしれません。行いは、その人の心の思いを鏡のように映し出すものだからです。

 パウロは、異言ばかり語っていると、教会に来て間もない人が「なんじゃこりゃ」と思って教会を去ってしまうことになりはしないかと注意しています。むしろ、教会に来て間もない人にとっては、預言を聞くことの方が益であると教えています。パウロは、預言とは、聞く人の徳を高める言葉であると教えています。預言とは、別の言い方をすれば共感、共有、共鳴であり、互いの立場を配慮し、寄り添い、支え合い、共に生きるための賜物です。

 


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心よりお見舞い申し上げます。

2016年11月22日 | 日記

 今日、朝起きたら、東北の方で大きな地震が起こったとのニュースを見ました。

 津波警報も出て、福島第2原子力発電所の冷却プールの電源が止まったとのニュースを見て、5年前の東北地方太平洋沖地震を思い起こして緊張しました。

 幸いにも、5年前のような大きな津波が襲ってくることはなく、被害も最小限だったようですが、早朝から避難をして、交通渋滞の中、たいへんお疲れではなかったかと思います。心よりお見舞い申し上げます。

 自分のことを思うと、少し気が緩んでいたのかもしれません。よく考えたら、川内にせよ、伊方にせよ、大地震と津波によって、福島の二の舞になる可能性は十分あります。

 万が一という事故が福島で起こったのですから、仙台や伊方で事故が起こらないとは誰も言えなくなりました。ましてや、昨今の状況から考えると、日本列島は盛大に活動中で、大地震や噴火が起こる傾向が強まっているのではないでしょうか。

 原子力発電所がひとたび事故を起こしたら、陸も海も汚染され、人も環境も、そして経済も大打撃を受けます。そのための保障や、廃炉のための費用など、莫大なお金がかかってしまいます。利権に群がる人たちはそれで良いのでしょうが、国民にとっては、これほどまでの金食い虫はありません。原発と心中するのは、まっぴらご免です。

 また、これまで散々「安全」だとか、「二酸化炭素を出さない」(笑)だとか、「電気代が安い」とか、良いことばかりを国民に言い続けて来たのが、全部嘘だったことがバレてしまいました。それでも、日本という国は、原発を他の国へ輸出して儲けようと考えているのですから、何とおぞましいのでしょうか。

 明るい材料としては、ベトナム政府が日本から受注する予定だった原子力発電所を取りやめたというニュースがありました。賢明な判断だと思います。これについて、間接的でも犯罪行為に荷担しなくて済んだという点で、ホッとしています。

 


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明日は礼拝です

2016年11月19日 | 礼拝のご案内

 明日、11月20日(日)は、主日礼拝として守ります。教会暦では、収穫感謝日になっています。午前9時からの教会学校は、小学校の登校日になっていますので、お休みします。午前10時15分から讃美歌練習、午前10時30分から礼拝が始まります。メッセージは「鏡のように映し出していた」です。讃美歌は「主は教会の基となり」(今月の歌)、「春のあした」、「人は畑をよく耕し」です。礼拝後は、祈りの一時、お茶の一時があります。ご興味のある方は、どなたでもご出席ください。

 浜坂みなとカニ祭りは、時折日が射す曇りの中で行われました。朝方、小雨が降ったために、吹奏楽の演奏が中止となり、楽しみにしていた人たちは、がっかりしていました。浜坂の吹奏楽部は有名です。

 カニ祭りが終わり、これから天候も不順になると、カニ漁に出られず、年末ということもあり、相場が上がるそうです。今が、一番買い時だとお店の人が言われていました。

 

 


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