融通無碍 翼を休めてみませんか

新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

明日は礼拝です

2016年07月30日 | 礼拝のご案内

 明日7月31日(日)は、主日礼拝です。午前9時から教会学校、午前10時15分から讃美歌練習、午前10時30分から礼拝が始まります。メッセージは「愛していたら懲らしめていた」、讃美歌は「わたしたちを造られた神よ」(今月の歌)、「よろこびの日よ」、「一日の仕事を終え」です。礼拝後は、祈りの一時、お茶の一時があります。ご興味のある方は、どなたでもご参加ください。

 ここ浜坂でも、しばらく暑い日が続いています。週の半ば、暑さのために体調を崩していました。自分は若いんだと思うのはやめて、自分のことを頭の悪い体力のないおっさんだと自覚すべきではないかと思っています。そんなことより、暑い日が続きますので、熱中症などにお気をつけください。

 来週は、但馬地区合同CSキャンプが行われます。庭の草刈りをしたいのですが、体力温存を優先して、キャンプが終わってからしようと思っています。

 

 


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「侮辱されても祝福していた」

2016年07月29日 | 聖書のお話

「侮辱されても祝福していた」 コリントの信徒への手紙一 4章6~13節

 パウロは、「キリストに仕える者」とか、「神の秘められた計画を委ねられた管理者」という存在が、人間が考えるような立派な人だとか、位の高い人ではなく、むしろ人間が考えるような弱い人であり、僕(奴隷)であると教えています。この世的に考えると、立派な人や位の高い人は、尊敬されたりするものでし、この世的に考えると、弱い人や 僕(奴隷)は、何の落ち度もないのに人間として人権が尊重されないとか、様々な意味で侮辱されたりすることもあるように思います。

 「キリストに仕える者」とか、「神の秘められた計画を委ねられた管理者」とは、十字架に架けられたイエスさんを宣べ伝える宣教者のことです。宣教者パウロは、イエスさんを宣べ伝える働きの中で、人間的な弱さの極みを経験しました。そのことを通して、十字架に架けられるという人間的な弱さの極みを経験されたイエスさんに近づくことができ、その痛みを共感できるようになったのではないでしょうか。人間的には、侮辱されるよりも尊敬されたいと思うものです。しかし、イエスさんは、尊敬されるのではなく侮辱されながら十字架に架けられ、十字架の上から人々の罪を赦し、祝福されました。パウロは、宣教者というものは侮辱されても祝福できるようでなければ勤まらないと教えているように思います。だから、教会の中で人を高めたり、低めたりするような派閥争いが行われることを厳しく戒めているように思います。

 


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「7/25 高江ヘリパッド強行工事から3日経って」(動画のご紹介です)

2016年07月27日 | 日記

 沖縄、高江での動画をご紹介します。

 かつて、わずか5年ではありますが、沖縄の教会で勤めていましたので、風景などが懐かしく思います。

 山本太郎議員のスピーチですが、ご自分を振り返り、沖縄に基地があっても仕方ないんじゃないかと何も考えずに過ごしていたことを反省されていました。東日本大震災をきっかけに、社会の問題や政治の問題に真剣に取り組むようになったそうです。

 彼は、まっすぐです。逆に、沖縄に基地がなくては自分たちが困ると考える内地の人たちは、沖縄の人たちの住むところ、暮らしが滅茶苦茶になっても自分さえ良ければそれで良いと考えていることになりますから、品性が無いと言われても仕方ないように思います。

 

7/25 高江ヘリパッド強行工事から3日経って

 

 


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高江での光景→「明日は我が身」

2016年07月23日 | 日記

 150人しかいない高江の住民に対して、500人の機動隊を投入して住民を暴力的に排除するという手段は、あまりにも下劣極まりません。刃向かう者は、容赦しないという政権与党の露骨なまでの姿勢が示されています。

 記事をご紹介しますので、お読みになってください。選挙がらみの、あまりにもセコ過ぎるやり口が紐解かれています。画像をクリックすると、記事に移動します。

 まるで、「明日は我が身」のような光景だと思います。武器を売って儲ける軍需産業のために、戦争という火遊びを起こして、子どもたちを兵士として死地へと追いやるような世の中になったとき、逆らう者は高江のようになるぞ・・・と。

 高江で起こっていることは、「明日は我が身」の光景に他なりません。「そんなことが起こるはずがない」という方もおられます。そう思いたい気持ちも分からないでもありませんが、世界の潮流は「そんなことが起こるはずがない」という思いとは反対の方向へと進んでいるように感じます。

 人は、自分の思いたいように思ってしまうところがあります。そのために、簡単に印象操作をされたり、詭弁に欺されたりすることがあります。そうならないためには、しんどくても自分の力で知る努力をして、一方向からの知識や情報だけでなく、多方向から知識や情報を得、それを自分で分析して、自分の力で大まかな判断ができるようでありたいと思っています。

 


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明日は礼拝です

2016年07月23日 | 礼拝のご案内

 明日7月24日(日)は、主日礼拝です。午前9時から教会学校、午前10時15分から讃美歌練習、午前10時30分から礼拝が始まります。メッセージは「侮辱されても祝福していた」、讃美歌は「わたしたちを造られた神よ」(今月の歌)、「よろこびの日よ」、「一日の仕事を終え」です。礼拝後は、祈りの一時、お茶の一時があります。ご興味のある方は、どなたでもご参加ください。

 今週は、草刈りとか、野外祈祷会とか、少し疲れました。そのせいか、昨日は寝違えて首が回りませんでした。今日は、いくぶん良くなりました。

 明日は、但馬地区合同CSキャンプの申し込み締め切り日です。ちょうど、キャンプの二日目が、浜坂南小の4年生の登校日にあたってしまいました。キャンプの日程は、ずいぶん前から決まっていたのですが、仕方ありません。子どもたちは、キャンプの方が楽しいでしょうが、学校行事ですので保護者の立場としたら判断が難しいところです。無理のないようにと願っています。

 

 


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