オレンジ屋根のピエール

読書好きの覚書。(過去の日記は老後の楽しみ♪)

『みかづき』

2017-05-16 00:48:26 | 本と雑誌

『みかづき』 森 絵都 著 (集英社)

とてもいいお話を読ませてもらった。
戦後の教育について、これほど詳細に、また塾と文部省との確執を知ることが出来たこと、大変興味深いものだった。
大変膨大な資料をもとにここまでの大作を書かれて、こちらはそれを簡単に読むことが出来るから、これまたありがたいことだ。

自分自身は、まだ詰め込み教育がわずかに残っていながら、ゆとり教育へと方向転換を検討されていた時期に義務教育を受けていたようだ。
確かに幼いころ、世間では大学受験の壮絶な戦いと悲壮感を、ユーモアと皮肉をまじえて歌った「受験生ブルース」なるものが流行っていたのを記憶している。

そんな時世に、いよいよ正規の授業についていけない子どもたちがぽつりぽつりと出現し始めた1960年代。
大島吾郎は、小学校の用務員でありながら、子どもたちにとってその幾分気安い立場に、気楽に用務員室へとやってくる子らを相手に、勉強でわからないところをみてやっていた。
そして、その説明がわかりやすくて、少しずつわからなくて困っていた子たちが、みるみる成績をあげていくのだ。

そう・・・原点は、授業についていけない子たちを、拾い上げて、みんなと同じ軌道に乗せてあげる・・・それが教育の基本である。
その原点と、後に吾郎の孫である一郎とが、時を隔てて奇しくもつながってしまうのだ。
吾郎が蒔いたタネが、半世紀ほどを経て、巡り巡ってちゃんと実を結ぶ物語になっている。

公教育が太陽なら、塾は月。それは、光と影の間柄というふうに語られているが、今となっては区別なくどちらも太陽ではなかろうか?
いずれにしても、子どもたちの教育について真剣に向き合い、良き方向へと突き進めるように奮闘している人々を讃えたい。

ただ、お役人が考える教育というものが、いつの時代も上手くいかないのはなぜだろう。
吾郎の妻となる千明が受けた国民学校での教育を恨み、その後文部省と敵対していく様子はとても考えさせられるが、戦前・敗戦直後の教育を詳しく知らない私にとっては、千明ではなくとも「お怒りごもっとも」と言わざるを得ないのではなかろうか・・・と思えた。

高度な民度を誇る日本で、上質な教育をぜひともひとりの落ちこぼれもなく、機会も与えられて、未来に向けて日本を支える人材が育つようにと祈るばかりだ。
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