ココロノ☆ブラインド

♪堂本剛ヲタの日々のココロ模様を吐露します♪

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プラトニックの青年が恋しい

2014-07-17 21:48:20 | Weblog

木曜日の夜、週末に向けて日曜日にもうプラトニックの青年に会えないのかと思うと、悲しい気持ちになる。

私の中の謎は解けた(自分なりの解釈だけど)

「魔法のことばが完成します」の魔法ほことば=

「僕のハートを差し上げます」

当初いらないハズだった心臓が、何よりも大切な物に変わった後でも、「愛」があれば生きる事に不可欠な物をも喜んで与える事ができる。

最初の約束を全うすことが、青年の「honesty」誠実だったのではないだろうか?

 

この物語は全て、プラトニック公式の野島氏の

生きる、死ぬ、愛すること、愛されること について一緒に考えていただけませんか?

という言葉通り、一緒に考えていただけませんか?の問いを何よりも重要なものとして書かれたものだと思う。

一視聴者でる私にも、まわりの反応を見ても、見事にこのテーマを考えさせる事に成功したドラマではないだろうか?

だが、やはりあの結末を手放しで許す事ができないのはなぜ?

すっきり出来ないのはなぜ?

圧倒的に愛されたら、死の恐怖から解放されるのか?

というサブテーマがあったはず・・・

この問いがずっと私の中に残っている・・・

一緒に考えていただけませんか?

の問いには見事に成功していると思うが、この問いは表現されていましたか?

多分、「圧倒的に愛される」描写が少しばかり足りないのだと思う。

沙良と青年の生い立ち、沙良がどれほど愛したい人間か、青年が愛に飢えた人間かを表現するシーンが、2人が結ばれるまでに、少しずつ映像として入っていたら、もっと2人の愛が唯一無二なものだという事が分かりやすかったのかな?

青年ファンの私としては、離婚を切り出す場面も、やはり冷た過ぎる感じがして「圧倒的に愛される」感じがしない。

勿論、青年が愛ゆえの行為だと分かっているのも頭では理解できる。

けれど、わずかばかりのバイト代と離婚届という無機質な形・・・結局これが2人の今生の別れとなるのが、いかにも寂しかった。

引き合いに出すのも無粋だけれど、サマースノーの最終話の前話、夏生がユキの命の為に別れを告げた後、1人で泣き崩れるのは素直に泣けた。

沙良と青年は表面上はああでも、心の奥の奥で繋がっているんだから、あの表現でいいんだと分かっていても、断腸の思いで別れなければならないほど「青年の命が大切」という事を沙良には表現させて欲しかった。

多分そこが十分表現されていたら、「青年は圧倒的に愛された」と思えたんじゃないかしら?

予告かプレマップにあった、ポピーのお花畑の中で沙良が雨の中傘をさしてるシーンに対する、青年がケータイを持っているシーンはカットされたの?

互いが思い合っているのに別れなければならない事を、音のない2人だけの世界で分かりあっている事を印象付けるシーンとしてうってつけだったと思うのだが

最後にもう一つだけ、防犯カメラの映像を沙良が見ているシーン、せめて青年が手を差し伸べた所に、モニターの上でも良いから沙良も手を添えて欲しかった。

いつまでも一緒だよって事を示して欲しかった。

私は多分、生きる意味は後からでも付いてくるから、まずは生きていく事を大事にしたいんでしょうね?

それと、きっと分かりやすい愛をまだまだ求めているのかも知れません。

 

それにしても過去のストーリーでもいいから青年に会いたいな~

私だったらあんなかわいい双子ちゃんのお母さんだったら、絶対両方溺愛してるもん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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