哲学の科学

science of philosophy

生物学の中心教義について(4)

2017-08-12 | yy58生物学の中心教義について


どこかで発想を変えなければいけないのかもしれません。自己複製をする機構の設計はあきらめるしかないようです。
それでは設計によって実現することをあきらめたとして、ほかの方法で、どうしたら自己複製機構ができあがってくるプロセスを想定できるのか?
偶然に頼る、という方法があります。猿にタイプライターをたたき続けてもらえば、いつかは、シェイクスピア戯曲が書き上がるというアイデアがあります(無限猿定理)。筋書きの構想も作文も推敲も必要ない。無限の時間がたつうちにはどんな長編戯曲も書き上がるはずです。しかしこの想定には、その前に宇宙の終焉が来る、というオチがついています。
では、猿とタイプライターのペアの数が数兆組あって、猿が打鍵する速度が一秒間に数万回の超高速だったらどうか?シェイクスピアの戯曲ではなくて芭蕉の俳句ならどうか?うまく設定すればできそうな感じもしますね。

クリックの中心教義にこだわりすぎると、これ以上話が進まない。ジョン・フォンノイマンの自己複製概念も同じように物理的には実現可能性から遠いようなので、ここでこれらの教義や概念をちょっと脇に置いておいて、まず偶然に頼って進む道を選んでみましょう。

生物の構成部品である各種有機分子は、適当な温度で適当なイオン濃度の水溶液中に置かれると化学反応を起こしやすい。偶然に放置しておけばいろいろな高分子ができたり壊れたりを繰り返します。偶然おもしろいものもできる。種々の無機化合物を含んだ粘土、アスベストなど多孔質の固形物と水溶液がよどんでいる状態では、結晶や高分子が成長したり風化したりを繰り返します。
多孔質固体の形状が、偶然適当に、ミクロなフラスコや迷路やフィルターの役を果たすような形になっていれば、有機分子の反応は起こりやすいでしょう。ゲル状の有機高分子の絡まり具合によってはうまい具合に触媒効果もでます。そのようなミクロな構造が稠密に集積されていれば、マクロな分子(ポリマー、DNA,RNA,タンパク質、糖鎖など)の単位になる部品分子(モノマー、プリン、アミノ酸、糖など)も集積されるでしょう。
そのようなドロドロした液体を(川や海の水流などにより)無限回に近くかきまぜているうちには、小さな分子がくっつきあってだんだん大きくなり部分的にポリマーのような繰り返し構造をもつ高分子に成長する場合もあります。偶然に任せればほとんどは機能を持たないガラクタの高分子ができますが、偶然たまたま、部品の連結重合を媒介する触媒機能を持つ高分子もできることがあるでしょう。













自然科学ランキング
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 生物学の中心教義について(3) | トップ | 生物学の中心教義について(5) »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。