哲学の科学

science of philosophy

マンガは言語なのか(2)

2018-01-13 | yy61マンガは言語なのか


歌舞伎などもそうですね。役者を見に行く。スポーツ観戦もそうかもしれない。
毎週のように繰り返します。読者、視聴者、観客が飽きないかぎり同じパターンを繰り返す。ビジネスになっています。

市民は何を必要としているか?パンとサーカス(panum et circensus)といわれます。古代ローマでサーカスというのはコロッセウムでの剣闘士の試合でした。アリーナの中で行われる虚構の死闘。それを日常世界にいる市民である観客が見ている。スポーツやドラマなどテレビ画面に映る映像を見ている私たちに似ているのではないでしょうか?
何万人、何十万人が毎回同じパターンの映像を見ている。毎回まったく同じということはない。少しずつ違う新しいイベントが入る。仲間と共通の話題になります。同一の虚構を共有している、といえます。
マンガも似ています。毎週発売される。連載漫画。それがテレビアニメにもなる。ますます虚構の世界に浸ることができる。
仲間と共有する虚構。物語、おとぎ話がそうです。
チョッキのポケットから懐中時計を取り出すウサギなんて現実にいるはずがありません。しかし、お話がそうなっているとそれはすぐに共有できる。
一緒にお話を聞いている友達と同じものを想像することができます。言葉で聞いただけでもそれはできますが、挿絵があると完璧です。マンガでもよい。
マンガのほうがよいかもしれません。作者の感性がそのまま感じられる。身体の緊張感がゼロです。マンガだから見ているだけでよい。チョッキを着たウサギの姿に何の違和感もありません。それはマンガであるから、そうであるのが当たり前なのです。





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