哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

オスメスの本能論を排する

2016年11月03日 | yyy54性的魅力の存在論


この事実に関して、動物の雄は生殖のために雌を追い求め雌は雄を受け入れる選択をするような本能を持つから当然だ、という俗説で私たちはたいてい納得させられています。一方、科学は、本能といわれるものの存在自体を否定しています。哲学の科学を標榜する拙稿としては、ここは科学の味方をして本能論を排するべきでしょう。








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1 コメント

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内なる強かさ ()
2016-11-03 21:20:22
初めまして。ブログのほんの少ししか読んでいませんが、コメントさせてもらいます。

雌雄を決する、というのは、男性が優位に立っている事を告白するようなものだと思います。差別、というほどではありませんが、雄である事が、勝者の条件であるかのような言い回し。そのニュアンスからは、勝負に勝つものは、男性的な本能によるものだ、とするような断定があります。

男性の勝負は一瞬だと言いますが、長く重荷を背負い、道を歩いていく事による、個人の優劣もあるでしょう。また、強かではなくとも、女性の美しさは、男性には無いものです。日本のメディアなどを中心としたトランスジェンダーの波は、高尚ではなく、下劣そのものでしょう。

日本の保守主義が、低迷しているのは、市場を生み出す実力が、女性中心でありますが、市場とは商品が無ければ形成されず、また、女性が財や消費の魅力に敏感な生き物である事とも深い関係があると思います。

だから、男性の復権、というよりは、男女一対の絆の中での強かさが探られるべきだと思います。市場も、男女のコンセンサスがあって、男性が譲歩しているから、消費や購入が成り立つ、というもの。

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