旅するウメボシイソギンチャク

アートと自然を私なりの視線で紹介します。虫眼鏡を持って歩くも好し。深い海を夢想するも好し。

黄瀬川を下る

2016-10-18 11:23:48 | 日記
ジオツアー三島28「長久保城と黄瀬川に懸る滝」に参加しました
国道246号バイパスの建設工事から、地形がすっかり変わってしまい
今は長久保城の一部が城山神社に残っています

戦略上の要所であったため
今川氏・武田氏・北条氏・徳川氏が支配を争ったそうです






傾斜を利用した滑り台は改修工事の予定でしょうか 




長久保城の城壁にあたる黄瀬川
本流にかかる滝のひとつ「牛ケ淵」
浸食がすすんでいますが落差2~3mとか





少し下って「鎧ケ淵」
何回かにわたって流れた富士山の溶岩による段差が滝を形成します
川底に残る地層や地形から
溶岩が愛鷹山に乗り上げて止まったようすが観察できます








尾尻のバス停と大和芋の畑
長泉産大和芋の推奨管理をすすめる農場のようです



高さ9mの「鮎壺の滝」
約1万年前の富士山の噴火による三島溶岩流の側端にできたもので
滝の裏側には溶岩樹型もみられそうです
残念なことに富士山がマンションに隠れてしまう 







川底には黄色っぽい愛鷹ローム層がみられます
滝上に生き残っている一本の松
川上側の根に小石が絡まり根が切り取られ、瀕死の状況
でも貴重な1本


御殿場線下土狩駅横にあるジオ長泉ビジターセンターに立ち寄り
割狐塚稲荷神社に足を運びました
長泉町の足元を覆う溶岩流
東西に走る道路のアップダウンからも観察できます
こちらのお宅は地下に溶岩 





荻素橋付近、川の流れでできたポットホールがみられます





ポットホールをつくったまん丸の石は
お地蔵さんの頭になったのでしょうか






愛鷹山水神社に向かう道の途中にみられるという板状節理
「へぎ石」と呼ばれ、こんなふうに道端に 




愛鷹山は徳川時代幕府御用馬の放牧場だったそうです
毎年9月~11月頃にかけて行われた馬の捕獲
このイベントが多くの見物人を集めたとききました

天高く馬肥ゆる秋 

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