へたれなーす、時々修行日和

――心にうつりゆくよしなしごとを、気ままに綴ります。

制度と、契約

2016-10-18 | 日々是好日
の勤めている副業は、サービス高齢者住宅での夜勤業務で、
病院のような慌ただしさはない。
終の棲家として入居している高齢の方と、
自宅での介護力では厳しい疾患を持つ方が入居している。
その性質から、介護スタッフが中心となり、生活サポートに重きを置いている。

介護保険とか、制度上のことはには難しくてよくわかんない。
でも、利用する人のためのことを真に考えた制度ではない気がする。
批判する気はないけれど、制約が余りにも多すぎる。
以前から肌で感じていたことだけれども、“言ったもん勝ち”な感じがする。

本当に必要なひとに、この制度の恩恵が届けられているか、
制度に詳しくない素人さんのには、疑念しか湧かない。

必要があって病院に入ることを“入院”、入った人を“患者”、
必要があって施設に入ることを“入所”、“入所者”、
またはその施設の特性から、“入居”、“入居者”と、言葉の分類がされる。

“入院”していれば医師も看護師も24時間常駐していて、
入院している理由が“治療、療養”なので、
その入院施設のレベルに応じた対応がなされる。
その対応の結果の良し悪しは兎も角、
呼べば直ぐに対応できる資格者が、患者さんの許に来る。
“入院”時にメリットデメリットを説明をされたうえで、
患者さん、もしくはその近親者が承諾して初めて、“契約”が取り交わされる。

しかし、施設ともなると、施設にもよるが24時間常駐ではないところが多い。
サービス高齢者住宅はその名称通り、“自宅”扱いである。
夜間帯は特に、看護師の派遣はオンコール体制となっており、
現場(=介護スタッフ)の判断に非常に左右される。
の勤めている施設は、24時間看護師が常駐しており、
医療を必要としない方は勿論、比較的医療依存度の高い方もかなり幅広く、
対応可能となっている。

一般的に、そういった施設に入居する契約時に、
“訪問介護”と“訪問看護”の必要可否を、
入居時の身体、生活レベルから判断し、契約内容を決定する。
本来の自宅ではなく施設に入居するため、
殆どの方は“訪問介護”は必要なので契約するが、
“訪問看護”は契約していない方も散見する。
そんな方は、状態を情報として看護師は把握しているが、
実際の介入となると、敬遠されがちである。

敬遠される理由は、日々対応するスタッフが、
“介護”、“看護師”で発生する料金が倍以上変わってくるから。
なので、被介護者、特に料金を支払う被介護者の家族からすると、
極力料金の安い“介護スタッフ”に対応してほしいが、
必要時はちらっと看護師に見に来てほしい。
あわよくば“介護スタッフ料金”で、ということを平気で言う家族もいる。
経営者側は、料金の高い“看護師”が行ってくれるのは歓迎だが、
契約はちゃんとしてくれ、行ったら必ず計上するように、と言われる。

高齢者は、少しの環境変化や気候の変化で状態が変わりやすい。
たちは、介護スタッフからの報告で、
緊急性の度合い=訪問の必要可否を判断する。
勿論、緊急性が高い場合、命に関わるような危機的状況にあると判断した場合は、
契約など無視してすっ飛んでいく。

困るのはグレーな状況の時。
例えば、入居者からのクレーム含め、緊急性は高くなく、
介護スタッフで対応できそうなレベルである場合。
その場での適切と思われる指示をたちは出すわけだが、
これが従わない、もしくは勝手な判断で、
状況を悪化させたり複雑にしたりする介護スタッフもいることも事実。

そうすると、直ぐに行ってくれなかった看護師が悪い、ということになり、
“調子悪いって言うからナースさんに言ってるのに、
訪問看護を契約してないからって行ってくれない”、
という一部分のみを捉えた不満が介護スタッフの間で敷衍し、
“ここのナースは高い給料だけもらって働かない”となり、
介護スタッフからの歪んだ不平不満が怒涛のように押し寄せられ、
気付けばたちは、謂れのない中傷を受ける羽目になっている。

勿論、誰かが調子が悪いと聞いたたちが、行きたくないわけがない。
心配だから見に行って、出来ることがあれば何とかしたいと思っている。
でも、“契約”がないことが、必要と思われる人のところへ行くことを阻んでいる。
入居者側が、訪問看護の契約を不要、としているためだ。

が直接言われたこと。
介護スタッフから、何かしら心身の不調を訴えている入居者がいる、
という話を聞いたため、念のため、という感覚で訪問すると、
の着ている白衣で看護師が来たと判断し、
“あんた来たらあかん、お金かかるやろ!この守銭奴!”と。
訪問していきなりそう怒鳴られたので、はまずは落ち着いてもらおうと、
“介護スタッフからあなたの話を聞き、心配になったから顔を見に来ただけです”、
と言った。
“顔見に来ただけ?ならカネかからんのやね?”と言って途端に安堵される。
ああ、心配したがイケなかったのね、と正直思ってしまった。

…現在の福祉制度が、そうさせているように思えてならない瞬間。


でもやはり、“契約”は大事なのだとは思う。
提供する側からすると、契約なしにその恩恵に与れると思われるのは、
筋違いというもので、相互の信頼関係を構築したうえで、契約を交わす。
地上での為すべきことのために尽力したいです。
そのために、あなたの力が必要です。
この頼りない身に、あなたの力を流してください。
…では、こちらもこの契約に則り、あなたに力を流しましょう。
あなたがこちらを求めている限り。

霊的な話となると、その“契約”がなく、本人に求める意思がない場合、
高貴な存在は、何とかしたくてもできない。
最悪、人は自ら大切な生命線ともいえるその繋がりをも断ち切ってしまう。
でも、そう選ぶのもその選択で招く結果も、人に与えられた自由意志。


こんな喩えをすると、めっちゃめちゃ怒られそうだと、
はぷるぷる手を震わせながら…

それでも投稿ボタンを、そっと、ポチッとな…
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